カテゴリー「08.直感、霊感、霊能力」の87件の記事

2017年10月14日 (土)

スピリチュアル的な、エネルギーを察知するセンサ-の位置。

すべての人に、霊的な感覚、スピリチュアルなセンスが備わっています。

そうしたセンスとは、霊やエネルギーがみえることに限らず、エネルギーの動きを察知するとか、気配を感じるとか、ある情報が伝わってくるとか、

直接の関わりがなくても把握できるという、共感のような働き方だったり、または、予知、予測のようなものだったり、バリエーションはいろいろです。

わりと多くの人に備わっているのは、エネルギーを、体感覚で感じとるセンスです。

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目に見えないエネルギーが、自分に伝わってきたときに、「体感覚の反応」をともなって、キャッチされるセンスは、「強い」「弱い」の差はあるとしても、ほとんどの人に備わっていると思います。

それぞれ、反応が起こりやすい「センサーとなる体の部位」があるようで、どこに、どう反応が起こるかは、個人差があります。

たとえば、

髪の毛が静電気のようにチリッとする、肩のあたりにふわっと暖かい空気がくる、手のひらがピリピリする、手のひらに圧力がくるのを感じるなど、バリエーションはいろいろです。

その人の、反応が起こりやすい場所というのは、だいたい決まってくるものです。

得意なところに起こりやすいか、苦手なところに起こりやすいかの、どちらかなので(^_^)。

こういうことは、無意識でいると気づかずにスルーになりますが、意識してみると、自分の決まったパターンがあることが、わかることもあるでしょう。

「どこの部分に反応が起こるか」と、「その反応は、何を意味するか」という2つのうち、まずは、「どこの部分に」という、センサーの位置の把握をしてみるのが、順番としてわかりやすいですね。

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2017年8月 5日 (土)

深い呼吸が、エネルギーを体感でとらえることを促す。

「体感覚で、感じとるセンス」は、胸の位置にあるチャクラと連動しています。

エネルギーレベルでの器官と、実際の肉体の器官は、連動している部分がかなり大きいので、感じることは、呼吸のリズムと関連しています。

呼吸は、胸の位置にある肺などの臓器をうごかして行いますよね。胸の位置にあるチャクラが感じることを司っているので、この動きと作用は、連動することが多いのです。

感じるセンスが高い方は、意識してみるとわかると思いますが、呼吸を止めているときは感じるものが伝わってきにくいと思うのです。

自然なリズムで、吸う、吐く、と繰り返しているときは、エネルギーが自分のセンサーに伝わってきやすいのではないでしょうか(^_^)。

深い呼吸をしっかり行っているときには、感じるセンサーも(本人比で)よく働きやすいです.

また、エネルギーの動きも、連動した「出入り」となるため、不要なものが、長く内に留まることもなくなります。

浅い呼吸になっていると、「感じるセンスの高い人」なら、ネガティブなものばかり感じやすくなりますし、感じるセンスが普通の人は、普段よりもなお感じにくくなります。

そして、エネルギーの動きも、連動しますので、浅い呼吸になると、「十分にとりいれられない、そして、はき出せない」となるため、不要なエネルギも、留まったままになりやすいのですよね(^_^;)。

十分な、深い呼吸をしていくと、エネルギーのめぐりもよくなり、感じるセンサーも、自分比でよい状態に整います(*^_^*)。

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2017年5月20日 (土)

「感じる」センスには、思い込みが入りやすいという特徴が。

過去記事で、「感じるセンス」と「わかるセンス」との違い、という内容をお伝えしました。

記事内のとおり、こうしたスピリチュアルなセンスとしての感じるとは、「何らかの体感覚を伴う反応」で把握する感覚で、

わかるとは、「根拠がなくても、そうだと確信がわいてくるというわかり方をする」という内的な感覚のことです。

どちらも、内的な感覚なので、この両者の区分けは曖昧になりやすく、また、他人と共有して確認しあったりすることも難しいので、「自分では、そうだと思っている」ところから、なかなか理解も納得も深まりにくいところではあります。

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ご相談者さまの、いろいろなお話を総合すると、多くの方は、「感じるという感覚」のほうが、「わかる」よりも、感度のよいセンサーであると思っていて、「わかる」というセンサーを軽視しているケースが結構多いようなんですよね(^_^;)。

「感じるセンサーが、自分に備わっていたらいいのに」と思っている方は、頭の中でそうかもと思うわかり方より、体感覚のビリッとくる等の反応を伴うほうが、確実性があって把握しやすいという思いからなのでしょうけれども、

しかし、実は、感じるという感覚には、客観性が伴った感覚とは限らないという、「判別のしにくさ」もあるのです。

どちらも必ず、間違う可能性はある。

「感じる」ことも、「わかる」ことも、自分の内的な感覚ですから、客観性があるとは言い切れないということは、どちらにも共通することです。

スピリチュアルなセンスの精度は、そんなに高いものではありません。それはすべての人に言えることです。

しかし、どちらかといえば、「わかる」感覚が鋭い人は、自分のわかることへの思い入れが少ないので、冷静でいられるので、思い込みにとらわれにくく、「感じる」感覚が強い人は、体感覚という反応が実際に伴うため、それが「起こった」ことの印象が強くなるので、思い込みになりやすいという特徴があります。

【わかるタイプ】

頭の中で確信がわくという、「わかる」感覚が鋭い人は、思考との境目があまりないため、その感覚にこだわらないでいられます。

「そうだと思ったけれども、でも、思い込みかもしれないな」とか、「そうだと確信があるが、しかし、これが事実とも正しいとも言い切れないし」というわりきりが簡単にできるので、ひとつひとつの、「わかった」感覚にとらわれないでいられます。

自分の直感的な把握を、軽視してしまうことが多いのですが、しかしその分、冷静にもなれますね。それを信じるという思い入れも小さいので、認識違いもありうるという感覚もまた、受け入れやすいということです。…と書くと、いいような、悪いような、ですけれど(^_^;)、

「自分の感覚を、信じることができにくいけれど、その分、違うこともありうるという点は受け入れやすい」のがこちらのタイプです。

【感じるタイプ】

体感覚を伴う反応で、「感じる」人は、体への印象が強いため、「感じたのだから、そう感じる何かがあるはずだ」という認識もまた強くなるため、そこから意識を離しにくいです。

体感覚の反応が、実際に自分に起こるため、「わかる」タイプよりも楽に、それを信じることができます(^_^)。それ自体はとてもいいことなのだけれども、メリットの裏表として、感じたことから思い込みが生じることも、「わかる」タイプよりも、多くなってしまいます。。。

普通に考えて、「そうかと思ったけれども、違うかも」という思考は自然にできるけれど、「体感覚で反応があったけれども、違うかも」という認識には、あまりなりませんよね。

たとえば、「食べ物を口にいれて、甘いと思ったけれども、でも思い込みで、実際は甘くないかも?」という認識には普通はなりません。

体感を伴う反応は、自分の中での事実として認識されやすい事柄ですから、当然といえば当然です。

「体感という反応がわかりやすいので、感覚を信じること簡単にできるかわりに、しかしそれは、自分の個人的な反応であり、外の何かを感じたあらわれとは限らないという認識を、もちにくい」のが、こちらのタイプです。

どちらも、「得意分野」と「苦手分野」がある。

どちらのセンサーも、完全ではないという理解が大事です。

これまで幾つもの記事で書いてきたように、スピリチュアルなセンスの働き方にも、どんなことがうまくできるかという個人差があります。

「自然現象の変化が当たる」とか、「相手の体調の変化が感じられる」とか、「本質の把握ができる」というような、得意な分野があって、それ以外のことは同じようには把握できません。

わかることも、感じることも、得意分野に対しては、把握できることが多い分だけ、実際以上に大きく反応してしまうこともあります。または、苦手分野の把握には、ノイズが入って間違えることもあるのです。

苦手なことや、できなことは、「無反応で、把握できない」ならば、わかりやすいし簡単なのだけれども、そのようにはならず、できないことでも「何らかの反応や解釈が、自分の内部で結びついて、作られてしまうこともある」ので、こうしたスピリチュアルな感覚のみの把握を、あまりに重視しても、むしろ人生が混乱してしまいます。

そういうセンスも、ひとつ手段としてうまくいかすようにして、それのみにとらわれないバランスが大事ですね(^_^)。

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2017年4月15日 (土)

ひらめきや直感を、増やしてくれるものは。

仕事でも、日常生活でも、たくさんのひらめきに助けられて、ものごとを決断したり、進ませたりしているものです。

「この件は、Aという方法がうまくいきそうだ」とか、「Aと、Bを組み合わせると、まったく別の面白い結果になりそうだ」というひらめきで、いろいろ試すプロセスをスキップして、いきなり結果を出せることがありますよね。

こうしたひらめきが、たくさん増えていけば、それだけ、ものごとがスムーズになったり、手間が最小限になったりして、時間と労力を有効に使うことができます。

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①ひらめきは、自分の「内」にある経験の「あらわれ」。

ひらめきは、何も前提がないところから、いきなり「それ」が発生しているもので、まったく自分の知識や意識の及ばないところから、与えられるものとか、つかみとってくるものと、多くの人が思っているのではないでしょうか。

自分の外にあるものが降ってくるという構図で、理解している人が多いと思います。

確かに、そうして、自分の意識の範囲より外にあることを、ひらめくケースもときにはありますが、毎回ではありません。

ひらめきの大部分は「自分が既に知っていることの中から、適切なアイデアを結びつけている」というしくみで起こっています。結びつけ作業が一瞬で、自分の理性的な思考がはさまれていないため、いきなりそれが発生しているような感覚になるだけです。

たとえるならば、自分の経験値や知識が集まった「引き出し」の中から、その件に適切なものを、「いきなり見つけて、素早く開ける」という作業がなされているようなものです。

つまり、ひらめきや直感が冴えているといのは、「適切な引き出しを見つけて、引き出すとうい、内的な作業が早い」ことです

ということは、「自分の引き出しの数を増やす」ことや、「引き出しの中身をうめておく」ことが役立つとわかりますね

引きだしは、それまでに経験した行動や思考の蓄積、獲得した知識などが該当します。

たとえば、たまたま人から聞いた雑談のような話とか、旅行先で食べた食事の内容とか、子どもの頃に聞いた童謡の一節とか、直接はそれが何かに役立つようには思えないものもふくめて、それらのすべてが、「自分の人生で培った引き出し」で、そうした「小さいパーツ」が、ひらめきの底上げとなって役立ってくれるのです。

なぜなら、ひとつのひらめきに、使われる引きだしは1個とは限らないからです。「学校で習得した化学の知識」と、「旅行先で食べた食事」という2個の引きだしが同時に使われて、とても斬新なひらめきに、結びつくこともあるということです(^_^)。

ひらめきや直感というのは、そうした「事前の準備(経験値をたくさんもっていること)」によって、使える幅が広がっていきますから増えていくようになります。

②その次の段階として、外から降ってくるものをキャッチする。

自分の意識の外からやってくるひらめき、というしくみも確かに存在します。しかし、その比率は、上記の内的なほうと比べるとそんなに多くはありません。

外からくるものは、「自分の引きだしの総数が多くなっている人」が、キャッチしやすいのです。引きだしの数や密度がそのまま、外のものをキャッチする「網の細かさ」となるからですね。

経験を増やして、内的な結びつきのひらめきが増えて行くと、自然と、外から降ってくる領域のひらめきも、含まれていくようになります(^_^)。

 

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2017年4月 7日 (金)

備わっているセンスは、使うことで磨かれていく。

人は、「肉体という物質を伴っている、霊的な存在」であるので、広い意味でいえば、誰もが、霊としての感性、スピリチュアルなセンスを備えているものです。

どんな性質が、どのくらい備わっているかは個人差があり、これはかなりの部分で「生まれもった性質(=本質)」が関連します。

後天的に培われる部分もゼロではないですけれど、大部分は、たましいの領域にある性質がベースになります。

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|自分について知っていくほど、自分をいかしやすくなる。

こうしたセンスは、自覚しているかどうかに関わらず、必要な場面があれば自然と発揮されますから、別に自覚しないままでも問題はありません(^_^)。

しかし、わかっておくと、意図的に自分のセンスを発揮できたり、自分という存在をいかしたりできますから、その分だけ、人生を創造的なものにしていくことができるようになると思うのです。

ですので、スピリチュアルに関心をもっている方には、「自分の過去の経験を分析する」ことで、自分のセンスを把握していくことをお勧めします。

一例として、「関わる人を、元気にする力がある」とします。こういうことは、一方的に自覚するのは難しく、周囲の人が教えてくれますね、「あなたと一緒にいると、何だか元気がでてきて助かるわ」と複数の人から言われる、というように(^_^)。

こういうセンスがあるとわかれば、人の輪の中に入っていくこと、人間関係の中に身を置くことを、意識して行っていけば、自分のセンスが自ずと使われていくでしょうし、引き出されていくようになりますよね。

センスは、使うことで、ますます磨かれます

外に向けて発揮することで、センス自体が伸びるということもありますし、使う回数が多くなると、質が高まることや量が増えることもあるでしょう。

また、「どんな場面で、誰に、何をする行為としてあらわすのが効果的となるかが、経験からわかってくる」ことで、ふさわしい使い方ができるようになる、というのもあります。

そうした幾つかの要素が関連して、磨きがかかっていくことに加えて、「守護霊(指導霊)のサポート」も関わってきます(^_^)。

自分という存在や、自分に備わっているセンスや、与えられている環境をいかしていくことは、たましいの成長という観点から望ましいことですから、そうした姿勢は、守護霊の後押しが得られやすいということと、

守護霊と自分は、たましいの繋がりがあり、本質的なものがかなり似ていたり共通していたりしますので、センスのベクトルが揃っていけば、発揮される力は大きくなるというしくみです。


まとめると、

 ①自分のセンスを知ることで、意図的に使いやすくなります。

 ②使う機会が増えると、センスはますます磨かれていきます。

 ③自分をいかす姿勢でいると、守護霊の後押しが得られやすいです。

 

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2017年3月 7日 (火)

直感が冴えているときに、そうでないときの備えもしておく。

直感力を高めたいと思う人は、「直感力を高めること、そのものが目的」ではなくて、「直感力を高めて、それを活用して、人生をうまく運びたい」ということですよね。

ならば、「人生をうまく運ぶ目的で、直感をどのようにいかすか」という観点から、以下のことをあわせて考えておくといいでしょう。

直感をより高めるという意識よりも、「もうひとつの別の視点」を組み合わせることで、人生がよりよく運ぶようになります。

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|直感が冴えているゆえの、裏表

直感が冴えていると、ひらめきが当たって、「これを選ぶと、うまくいきそうだ」という想定のとおりになるなど、分析や検証を省いて、いきなり答えにたどり着けるというメリットがあります。

そのため、冴えているときは、テンポ良くものごとが進んでいきます。

しかし、直感がずっと冴え続けるということはないもので、直感力が高い人でも、「本人比で」高低の差はありますよね。

実は、直感力が高い人は「冴えが低いときに、そこから再び持ち上がるための動き」が、とっても苦手です(^_^;)。

というか、そういうことの必要性を(普段が、冴えているため)感じにくいので、いざそうなったときに、適した対応がとれずに、深みにはまってしまうんですね(^_^;)。

直感の冴えをいかした動きは、「うまくいっているとき」は、とてもいいのです。

しかし、直感だけに頼りすぎると、うまくいかなくなったときに立て直しが難しくなります。なぜなら、「根拠なく、うまくいった」ことは、後から、同じことを意図的に再現させるのが難しいからです。

たとえば、「たまたま、適当に味付けをしたら美味しくできた」味は、もう一回、同じに作ることが難しいようなものです。

最初の話に戻りますが、「直感を、より高めること」では、こうしたリスクを吸収できません。精度が高くなったとして、その高くなった範囲の中において波があることは、変わらないからです。

そういうときのために、「たまたま」うまくいったときに、「やった!」「うまくいった!」でおわらせずに、理性の分析を加えていくことを習慣づけておくといいのです。



|可能な範囲で、理由をとらえておく。

本当に、たまたまだったのか。たまたまといっても、いい結果になったなら、何かそうなるべくしてなった理由があるのではないか。と、「次の機会にも再現できそうな理由をつかむ」ようにします。

上記の料理の味付けでいえば、適当に味付けをして美味しかったとします。調味料の分量までは覚えていなくても、使った種類くらいはわかりますよね。そういうことを記録しておくか、覚えておくようにします。

それらは、直感が冴えている人の日常では、あまり役立つ資料にはならないれども、

うまくいかない波に乗ってしまっているとき(^_^;)には、そうした「事実としての手順」が、立て直しにとても役立ちます。

うまくいったことの再現をすることで、自分の波のうちの、高いところ(うまくいっている状態)にチャンネルを戻していくことの助けになります。

はっきり言うと、直感力が高い人ほど、普段から全般的に冴えに頼っていて、そしてなんとなくうまくいってしまうため、こうした分析的にパターンをつかむという考え方が、とっても適当でいいかげんなのです(^_^;)。

それで、せっかくの冴えを無駄にしている人が、私からみると本当に多いです。なんかとってももったいないです(^_^;)。



|直感と思考による分析を、バランスよく使う。

備わっている直感を、いかしていくこともとても大切であり素晴らしいことです。

しかし、直感のみで人生をうまく運ばせるというのは、現実的ではありません。

直感が冴えていないときに補完できる方法の備えをしておくことで、バランスがとりやすくなると思います。現実的な分析や判断も、やはり大事なこととなります。

そうした両面でのとらえ方が、直感をいかして、人生をうまく運ばせるためのコツになります。

冴えているときは、それをいかす。そうでないときは、補完する方法をつかって引き上げていくというふうに、状況に応じて、自分をうまく動かしていくことにとりくんでみてください。

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2017年3月 5日 (日)

自分の直感が働きやすい、「範囲」を把握しておくこと

直感とは、「直接的」または「瞬間的」な感覚で、ものごとをとらえたり、結論を把握したりすることを言いますね。

唐突にアイデアがひらめくとか、根拠はないけれど「このようにすれば、結果がこうなると確信がある」というふうに、ダイレクトな把握がなされます。

こうした感覚も、広い意味でいえば、霊感の一形態です。

霊の姿が見えたり、声が聞こえたりするだけが霊感ではないので(^_^)。直感も、霊感なんですよね。

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直感というセンスがどのくらい働くかは、「生まれもって備わっているセンス」と、「そのセンスを、どのくらい活用できているか」の兼ね合いとなります。

高いセンスを備えていても、あまり活用せずに眠らせたままになる人もいますし、備わっているセンスの枠内をいっぱいに使って、豊かに発揮する人もいます。

わかりやすく数字で置き換えると、「備わっているセンスが30あるのに、活用しているのが半分の15くらい」の人もいれば、「備わっているセンス20のうち、18くらいまで活用している」人もいる、ということです。

生まれもっているセンス「そのもの」は、基本的には変わりません

しかし、その枠内で、どのくらいの直感力を発揮するかは、自分次第で変わります

たくさん発揮をするためには、「自分に備わっている枠について、知ること」です。

自分の直感力は、どんな分野のどんな領域の事柄をキャッチすることに優れているかを、知っておくといかしやすいです。

直感が、全方面にまんべんなく働くということは、まずありません。それぞれ、発揮されやすい分野と、そうでない分野が必ずあります。

たとえば、運動能力が高い人で、いろんなスポーツが得意だとしても、本人比での得意と苦手はありますよね。球技ならなんでもいけるが、それ以外では球技ほどのパフォーマンスを発揮できない、とか。

直感力も同じで、本人比の得意分野と苦手分野があります。

この事柄についてはひらめきが当たりやすいが、別の事柄だとそうはならないという、「直感が働きやすい枠内」があります。何に対して、自分のセンサーが響きやすいか、ということです。

そうしたしくみをわかっておくことが、うまく活用するためのコツです。

直感力が高くなればなるほど、すべての事柄に対して、まんべんなく把握できるようになるハズという思い込みをしてしまうと、・・・むしろ、せっかく備わっているセンスをうまく発揮できなくなります(^_^;)。

どういうことが得意なのかを、これまでの過去の事例から把握して、自分のパターンをつかむことが、直感をいかすための近道となります

ヒントはすべて、過去の中にありますから、この機会に考えてみてください(^_^)。

たとえば、翌日の天気がひらめくことが多いなら、その人の得意分野のひとつは「天気」となります。天気がわかるからといって、翌日の株価の変動が同じように当たるわけではないし(^_^;)、直感力を磨いて高めたからといって、株価の動きが把握できるようになるということでもなく、

発揮されやすい得意な分野と、それ以外の差は、うまれるものです。

他人の感情が直感的にわかる場合も、「女性のほうがわかりやすい」とか「知り合いのことは把握しやすいが、初対面の人はわからない」とか、直感が働きやすい、得意な範囲やそのための条件があって、その特徴を把握するほど、活用しやすくなります。

こういう条件下ではつかえる、そうでなければ同じようにはいかないというふうに、意図して使い分けができるからですね。

何にでも直感を当てはめようとしないことが、精度を高くします

野球でいえば、「ストライクゾーンにこない球は、打とうとしないで見逃す」という使い分けで、ストライクに絞っていけば打率が上がる、のようなことですかね(^_^)。

そして、直感というのは、優れたセンサーではあるけれど、魔法のように何でもあたるものではないですから、

現実的な基準や、事実としての根拠も含めた、総合的な判断の精度を少しでも上げるために、直感という感覚での把握を「プラスする」くらいの位置付けで、いかしていくのがいいと思います。

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2017年2月14日 (火)

日常の経験が、第六感を磨いていく。

スピリチュアルなセンス、霊能力などのことを、「第六感」という表現であらわすことがありますよね。

「見る」「聞く」などの、外界を感知する手段である「五感」の枠に、収まらないところにあるものという意味で、「六」がつかわれているのでしょう(^_^)。

この第六感は、五感とまったく別のところに位置するものではなく、「五感の延長上に位置して」います。または、重なっています。

逆の言い方をすると、「第六感のベースには、五感がある」とも言えます。

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一例として、「体感覚で、感じ取ってわかる」センスをもつ人がいます。

(私のクライアントさんは、この分野が秀でている人が大集中しているという、不思議な特徴があります!・・・私は、体感が優れていないのに、なぜでしょう(^_^;)笑)

以前の記事でも書いているとおり、体感覚というのは、「胸のチャクラ」との関連が深いです。

★過去記事★

体感覚で把握するセンスは「胸の位置にあるチャクラ」が関連している

(霊的な身体感覚としての)感じる力を伸ばすには。

上記で記載のとおり、手のひらのチャクラは、胸のチャクラと関連していますから、物理的な意味で手のひらで触って(ざらざらしている、暖かいなど)わかることは、同じ胸のチャクラをつかう体感覚とも無関係ではありません。

たとえば、食べ物売り場で、野菜を手にとると、なんとなくその感覚で美味しそうだとわかるとか、手で触れることで、物の様子を推察したり把握したりが得意な人っていますよね。

そういう人は、「手を通さない形でも、エネルギー的な体感覚そのものが優れているケースが多い」です。

逆の言い方をすると、「エネルギーの体感が優れている人は、手を使った把握も上手」だったり「手をつかって、何かを成すことが上手」だったりします。手を直接ふれて何かをすることや、または道具を使いこなすことなどです。

セッションのご感想や、ブログのコメントなどからもわかるとおり、私のクライアントさんは、カメラや絵をかく趣味をお持ちの方が、とーーーっても多いです。カメラを習っているとか、同人誌に漫画書いているとか、すごい人数なのです。

体感覚が優れている人は、手を使ったり道具を使ったりして、何かをしたくなるし、そういうことを好むのでしょうね(^_^)。

第六感的なセンスは、五感と関連している延長上にあります。五感と無関係なところに、いきなりそれが位置しているという構図にはなりません。

つまり、日常の中で、五感を磨いたり使ったりしていけば、自然と(その延長上の)第六感的な感覚も、磨かれていくことになります。

使うことでセンスそのものが鍛えられますし、また、いろんな出来事をたくさん経験してみることで、「自分の得意なことは、どんな条件下で発揮されやすいか」というパターンもわかってきます。

自分の性質に根ざしている、得意なことは「伸びやすい」です(^_^)。

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2016年11月27日 (日)

霊視・透視の映像がうつる場所。

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この画像は、森のイラストに私が黄色の光をいれた加工をしたものですが、最近よく、こういう「画」が、見えてくるんですよね。

下が黄色か金色に光っていて、上が深い緑色のような。しかし、これが何を意味するかは、よくわからず(^_^;)。

|霊視の映像や画像は、内的な視野でみえたり、普通に見えたりと、いろいろ。

こうした見え方は、「普通に形のあるものを見る場合と同じように、肉眼でみえる」場合と、「内的、霊的な視野に見える」場合とがあります。

私の場合は、肉眼でみるとしたら、相手のオーラをスクリーンにして、そこに映像や画像が投影されているかのように見えます。

中には、普通に形があるものと同じレベルで、形のないものも見える方もいます。私は、あまりそういう見え方は普段はなくて、本当に「ときどき」です。


内的な視野、霊的な視野で見える場合は、頭の中で思い浮かべるように見える、という表現が一番近いと思いますが、しかし、思い出しているのとは明らかに違いますね。そのものが放つ「波長」がやはり違う、というか・・・。表現は難しいのですけれども。

私の場合は、「自分の後頭部の内側?」で見えるような感覚になります。江原さんは、以前にテレビで、頭のてっぺんのほうで見えるとおっしゃっていました。なんとなく、その感覚はわかるような気がします(^_^)。

あとは、「まぶたの裏」に見えることもあります。本当に霊感が強くて、霊視的なセンスが高い方は、この表現が理解できると思います。同様のことをおっしゃる方はわりと多いように思います。私の場合は、「まぶたのフチの裏?」に見えることが多いように思いますけれど・・・、他の方はどうなのでしょう。

霊視している最中に、白目になってしまう霊能者は、実は少なくないのですが、それはまぶたのフチの裏?に見えている映像を、意識の上で追ってしまうと、眼球もそれにつれて上に動いてしまうためではないかなーと、私は個人的には思っていますけれど(^_^)。

これらは代表的な、わかりやすい例をあげたものなので、他にもいろいろあると思います。

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2016年11月23日 (水)

直感力が高いために、結論に意識が向かいすぎることがある。

直感力が高い方のオーラは、頭の周囲のオーラ(身体の周囲の全体的なオーラとは別のところ)が、平均的な形状とくらべて少し「縦長」な形になっています。まるでアンテナが少し上に伸びているかのような、わかりやすい形状だなと思います。

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こういう形のオーラの方は、思考力が高く(早く)、勘もいいので、ものごとの「答え」とか「結果」がどうなるかが、瞬間的にひらめくことがよくあります。

たとえていえば、一般的な思考のしかたが、順番に階段を5段上っていくように進んでいくとしたら、直感力が高い方というのは、一段目からいきなり4段目、5段目にいってしまいます。

このように読むと、「直感力が高い人は、得だなー」「便利でいいなー」と思うかもしれません。瞬間的にさっと判断ができて、自分の中での答えが決まるというのは、効率的で役立つことになる場面は、実際に多いと思います。

しかし、そういうタイプの方は、「最終的な答えに行きつく思考は得意」だけれども、その答えに行きつくまでの「プロセス」を考えたり見つけたりすることが、苦手である方が少なくないのです(^_^;)。

階段の2段目、3段目になる思考を経由しないで、その先の答えに思考がさっといきついてしまうので、「プロセスを考えることに慣れていない」ためです。

「こうしたらいいだろう」という答えを見つけるための思考は上手です。ひらめきで一瞬にして、その領域に到達することができる方もいます。しかし、「具体的に、何をどう行動したら、そうすることができるのか」という、手段とかプロセスの部分を考えることが(慣れていないので)うまく思考をめぐらせることができない場合があります。

自分的に、できない理由がなぜかがわからないし(ああなって、こうなって、だからそうなるという思考の仕方にならないタイプなので(^_^))、そういうプロセスの部分(現実的な手段、方法など)の行動が必要であるということが、いまひとつ現実感を伴った理解とならず、目的に向かって「自分を運ばせる」ということがよくわからなかったりします。

また、そういう人は、イライラすることが多いです。いきなり結論に思考をもっていけるけれど、当然のことながら、現実が動くスピードは同じではないので、そのタイムラグが「遅い!」と感じたり、行動を伴わせていくことが、まどろっこしくなってしまうためです。

他の人よりも、結論にいたるまでのプロセスが少なくてすむゆえに、メリットとデメリットがあり、自分の得意なことは「自分にとって普通」なので、メリットに気づかずに、デメリットばかりが強調されて感じられてしまい、出口のないところへ自分を追い込んでしまうこともあります。

しかしそれは、「なぜ、そうなるかが、わかっていない」ゆえであり、わかってしまえば、こういう方は、結論にいくスピードがなにしろ速いですから(^_^)、「そうか!」という理解もはやいですね。

で、プロセスをとばしてしまう部分をどうすればいいかという点は、こういう方は、「○○をするには、こうすればいい」というハウツーのような方法を、とりあえず採用して動き出すことがいいでしょう。それが、プロセスを意識するための練習にもなりますので(^_^)。

また、苦手なところを何とかしようとするよりも、得意なことをいかすほうがいいので、「苦手であるプロセス探しは、他の人にしてもらう(という観点から、ハウツー的なものを採用する)」ほうが、自分を運ばせやすいことが多いようです。

ものごとを成すためには、無駄なプロセスは遠回りになりますから省きたいところです。しかし、必要なプロセスは当然のことながら省いてしまえばゴールに到達できません。その理解の上で、「必要なプロセスを見つける」ことが大事ですね(^_^)。


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