カテゴリー「08.直感、霊感、霊能力」の117件の記事

2017年10月14日 (土)

スピリチュアル的な、エネルギーを察知するセンサ-の位置。

すべての人に、霊的な感覚、スピリチュアルなセンスが備わっています。

そうしたセンスとは、霊やエネルギーがみえることに限らず、エネルギーの動きを察知するとか、気配を感じるとか、ある情報が伝わってくるとか、

直接の関わりがなくても把握できるという、共感のような働き方だったり、または、予知、予測のようなものだったり、バリエーションはいろいろです。

わりと多くの人に備わっているのは、エネルギーを、体感覚で感じとるセンスです。

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目に見えないエネルギーが、自分に伝わってきたときに、「体感覚の反応」をともなって、キャッチされるセンスは、「強い」「弱い」の差はあるとしても、ほとんどの人に備わっていると思います。

それぞれ、反応が起こりやすい「センサーとなる体の部位」があるようで、どこに、どう反応が起こるかは、個人差があります。

たとえば、

髪の毛が静電気のようにチリッとする、肩のあたりにふわっと暖かい空気がくる、手のひらがピリピリする、手のひらに圧力がくるのを感じるなど、バリエーションはいろいろです。

その人の、反応が起こりやすい場所というのは、だいたい決まってくるものです。

得意なところに起こりやすいか、苦手なところに起こりやすいかの、どちらかなので(^_^)。

こういうことは、無意識でいると気づかずにスルーになりますが、意識してみると、自分の決まったパターンがあることが、わかることもあるでしょう。

「どこの部分に反応が起こるか」と、「その反応は、何を意味するか」という2つのうち、まずは、「どこの部分に」という、センサーの位置の把握をしてみるのが、順番としてわかりやすいですね。

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2017年8月 5日 (土)

深い呼吸が、エネルギーを体感でとらえることを促す。

「体感覚で、感じとるセンス」は、胸の位置にあるチャクラと連動しています。

エネルギーレベルでの器官と、実際の肉体の器官は、連動している部分がかなり大きいので、感じることは、呼吸のリズムと関連しています。

呼吸は、胸の位置にある肺などの臓器をうごかして行いますよね。胸の位置にあるチャクラが感じることを司っているので、この動きと作用は、連動することが多いのです。

感じるセンスが高い方は、意識してみるとわかると思いますが、呼吸を止めているときは感じるものが伝わってきにくいと思うのです。

自然なリズムで、吸う、吐く、と繰り返しているときは、エネルギーが自分のセンサーに伝わってきやすいのではないでしょうか(^_^)。

深い呼吸をしっかり行っているときには、感じるセンサーも(本人比で)よく働きやすいです.

また、エネルギーの動きも、連動した「出入り」となるため、不要なものが、長く内に留まることもなくなります。

浅い呼吸になっていると、「感じるセンスの高い人」なら、ネガティブなものばかり感じやすくなりますし、感じるセンスが普通の人は、普段よりもなお感じにくくなります。

そして、エネルギーの動きも、連動しますので、浅い呼吸になると、「十分にとりいれられない、そして、はき出せない」となるため、不要なエネルギも、留まったままになりやすいのですよね(^_^;)。

十分な、深い呼吸をしていくと、エネルギーのめぐりもよくなり、感じるセンサーも、自分比でよい状態に整います(*^_^*)。

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2017年6月28日 (水)

守護霊、先祖霊と、その他の霊、それぞれが放つ波長は違う。

世の中にはときどき、「霊がみえる人」がいます。

そのセンスのことを「霊視」と言いますね。

しかし、霊視ができる人でも、見える対象と範囲はそれぞれです。「霊視ができる=どんな霊も見えるということではない」のです。

浄化していない、いわゆる「幽霊」がみえるとしても、守護霊が見えないケースもあるということは、なんとなくイメージがつくと思いますけれど、

守護霊が見える人で、幽霊には波長があわないから見えないというケースも、結構よくありますね。

私もどちらかといえば後者のほうで、よほど自分のコンディションが下がっているときでないと、普段は見えないです(仕事のときは別)。そういう人は結構多いと思います。

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どうしてこうした違いがでるかというと、それぞれが放つ波長が違いますので、「霊視者がもつ波長の幅と、合っているものが見える」というしくみになるためです。

霊が放っている波長の差で、どういう関係性の霊であるかの見当はつくからこそ、霊視鑑定というものが成立するわけです。

たとえば「武士の霊が見えた」として、それが先祖なのか、守護霊なのか、どちらでもないのかは一見しただけではわからず、霊との交信でやりとりをして「あなたは、○○さんの守護霊ですか」と確認する・・・などということにはなりません。

その方がまとっているエネルギーに、違いがありますからね。

具体的に、先祖の誰かというところまでは(私はそんなに先祖霊とも波長が合いやすいほうではないため(^_^;))わからないこともありますが、先祖か守護霊かわからない、などということはないですし、それを間違うということも、職業で霊視をするレベルの人には、まず起こらないと思います。

ましてや、憑依している霊などとは、見間違いようがないです。

霊視という言葉が、ある意味まぎらわしのですけれども(^_^;)、霊の姿をみての判断ではなく、エネルギー的な見わけが、なされて、霊視というものが成立する、ということでしょうか。

こう、文章でかくととてもまわりくどくなりますが、

「人」にも個性によって、いろいろ差があるように、

「霊」もまた、性質の差がありますから、ひとくくりにはならないということですね。

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2017年5月20日 (土)

「感じる」センスには、思い込みが入りやすいという特徴が。

過去記事で、「感じるセンス」と「わかるセンス」との違い、という内容をお伝えしました。

記事内のとおり、こうしたスピリチュアルなセンスとしての感じるとは、「何らかの体感覚を伴う反応」で把握する感覚で、

わかるとは、「根拠がなくても、そうだと確信がわいてくるというわかり方をする」という内的な感覚のことです。

どちらも、内的な感覚なので、この両者の区分けは曖昧になりやすく、また、他人と共有して確認しあったりすることも難しいので、「自分では、そうだと思っている」ところから、なかなか理解も納得も深まりにくいところではあります。

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ご相談者さまの、いろいろなお話を総合すると、多くの方は、「感じるという感覚」のほうが、「わかる」よりも、感度のよいセンサーであると思っていて、「わかる」というセンサーを軽視しているケースが結構多いようなんですよね(^_^;)。

「感じるセンサーが、自分に備わっていたらいいのに」と思っている方は、頭の中でそうかもと思うわかり方より、体感覚のビリッとくる等の反応を伴うほうが、確実性があって把握しやすいという思いからなのでしょうけれども、

しかし、実は、感じるという感覚には、客観性が伴った感覚とは限らないという、「判別のしにくさ」もあるのです。

どちらも必ず、間違う可能性はある。

「感じる」ことも、「わかる」ことも、自分の内的な感覚ですから、客観性があるとは言い切れないということは、どちらにも共通することです。

スピリチュアルなセンスの精度は、そんなに高いものではありません。それはすべての人に言えることです。

しかし、どちらかといえば、「わかる」感覚が鋭い人は、自分のわかることへの思い入れが少ないので、冷静でいられるので、思い込みにとらわれにくく、「感じる」感覚が強い人は、体感覚という反応が実際に伴うため、それが「起こった」ことの印象が強くなるので、思い込みになりやすいという特徴があります。

【わかるタイプ】

頭の中で確信がわくという、「わかる」感覚が鋭い人は、思考との境目があまりないため、その感覚にこだわらないでいられます。

「そうだと思ったけれども、でも、思い込みかもしれないな」とか、「そうだと確信があるが、しかし、これが事実とも正しいとも言い切れないし」というわりきりが簡単にできるので、ひとつひとつの、「わかった」感覚にとらわれないでいられます。

自分の直感的な把握を、軽視してしまうことが多いのですが、しかしその分、冷静にもなれますね。それを信じるという思い入れも小さいので、認識違いもありうるという感覚もまた、受け入れやすいということです。…と書くと、いいような、悪いような、ですけれど(^_^;)、

「自分の感覚を、信じることができにくいけれど、その分、違うこともありうるという点は受け入れやすい」のがこちらのタイプです。

【感じるタイプ】

体感覚を伴う反応で、「感じる」人は、体への印象が強いため、「感じたのだから、そう感じる何かがあるはずだ」という認識もまた強くなるため、そこから意識を離しにくいです。

体感覚の反応が、実際に自分に起こるため、「わかる」タイプよりも楽に、それを信じることができます(^_^)。それ自体はとてもいいことなのだけれども、メリットの裏表として、感じたことから思い込みが生じることも、「わかる」タイプよりも、多くなってしまいます。。。

普通に考えて、「そうかと思ったけれども、違うかも」という思考は自然にできるけれど、「体感覚で反応があったけれども、違うかも」という認識には、あまりなりませんよね。

たとえば、「食べ物を口にいれて、甘いと思ったけれども、でも思い込みで、実際は甘くないかも?」という認識には普通はなりません。

体感を伴う反応は、自分の中での事実として認識されやすい事柄ですから、当然といえば当然です。

「体感という反応がわかりやすいので、感覚を信じること簡単にできるかわりに、しかしそれは、自分の個人的な反応であり、外の何かを感じたあらわれとは限らないという認識を、もちにくい」のが、こちらのタイプです。

どちらも、「得意分野」と「苦手分野」がある。

どちらのセンサーも、完全ではないという理解が大事です。

これまで幾つもの記事で書いてきたように、スピリチュアルなセンスの働き方にも、どんなことがうまくできるかという個人差があります。

「自然現象の変化が当たる」とか、「相手の体調の変化が感じられる」とか、「本質の把握ができる」というような、得意な分野があって、それ以外のことは同じようには把握できません。

わかることも、感じることも、得意分野に対しては、把握できることが多い分だけ、実際以上に大きく反応してしまうこともあります。または、苦手分野の把握には、ノイズが入って間違えることもあるのです。

苦手なことや、できなことは、「無反応で、把握できない」ならば、わかりやすいし簡単なのだけれども、そのようにはならず、できないことでも「何らかの反応や解釈が、自分の内部で結びついて、作られてしまうこともある」ので、こうしたスピリチュアルな感覚のみの把握を、あまりに重視しても、むしろ人生が混乱してしまいます。

そういうセンスも、ひとつ手段としてうまくいかすようにして、それのみにとらわれないバランスが大事ですね(^_^)。

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2017年4月15日 (土)

ひらめきや直感を、増やしてくれるものは。

仕事でも、日常生活でも、たくさんのひらめきに助けられて、ものごとを決断したり、進ませたりしているものです。

「この件は、Aという方法がうまくいきそうだ」とか、「Aと、Bを組み合わせると、まったく別の面白い結果になりそうだ」というひらめきで、いろいろ試すプロセスをスキップして、いきなり結果を出せることがありますよね。

こうしたひらめきが、たくさん増えていけば、それだけ、ものごとがスムーズになったり、手間が最小限になったりして、時間と労力を有効に使うことができます。

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①ひらめきは、自分の「内」にある経験の「あらわれ」。

ひらめきは、何も前提がないところから、いきなり「それ」が発生しているもので、まったく自分の知識や意識の及ばないところから、与えられるものとか、つかみとってくるものと、多くの人が思っているのではないでしょうか。

自分の外にあるものが降ってくるという構図で、理解している人が多いと思います。

確かに、そうして、自分の意識の範囲より外にあることを、ひらめくケースもときにはありますが、毎回ではありません。

ひらめきの大部分は「自分が既に知っていることの中から、適切なアイデアを結びつけている」というしくみで起こっています。結びつけ作業が一瞬で、自分の理性的な思考がはさまれていないため、いきなりそれが発生しているような感覚になるだけです。

たとえるならば、自分の経験値や知識が集まった「引き出し」の中から、その件に適切なものを、「いきなり見つけて、素早く開ける」という作業がなされているようなものです。

つまり、ひらめきや直感が冴えているといのは、「適切な引き出しを見つけて、引き出すとうい、内的な作業が早い」ことです

ということは、「自分の引き出しの数を増やす」ことや、「引き出しの中身をうめておく」ことが役立つとわかりますね

引きだしは、それまでに経験した行動や思考の蓄積、獲得した知識などが該当します。

たとえば、たまたま人から聞いた雑談のような話とか、旅行先で食べた食事の内容とか、子どもの頃に聞いた童謡の一節とか、直接はそれが何かに役立つようには思えないものもふくめて、それらのすべてが、「自分の人生で培った引き出し」で、そうした「小さいパーツ」が、ひらめきの底上げとなって役立ってくれるのです。

なぜなら、ひとつのひらめきに、使われる引きだしは1個とは限らないからです。「学校で習得した化学の知識」と、「旅行先で食べた食事」という2個の引きだしが同時に使われて、とても斬新なひらめきに、結びつくこともあるということです(^_^)。

ひらめきや直感というのは、そうした「事前の準備(経験値をたくさんもっていること)」によって、使える幅が広がっていきますから増えていくようになります。

②その次の段階として、外から降ってくるものをキャッチする。

自分の意識の外からやってくるひらめき、というしくみも確かに存在します。しかし、その比率は、上記の内的なほうと比べるとそんなに多くはありません。

外からくるものは、「自分の引きだしの総数が多くなっている人」が、キャッチしやすいのです。引きだしの数や密度がそのまま、外のものをキャッチする「網の細かさ」となるからですね。

経験を増やして、内的な結びつきのひらめきが増えて行くと、自然と、外から降ってくる領域のひらめきも、含まれていくようになります(^_^)。

 

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2017年4月 8日 (土)

自分のスピリチュアルなセンスを、見つける方法。

昨日の記事で、備わっているセンスを使っていきましょう!という内容をお伝えしました。

スピリチュアルなセンスというのは、誰の中にもあって、それは「たましいの領域にある本質と関連しているので、生まれもっているものである」ということや、「たましいの関連性がある守護霊さんと自分は、センスの質も近いものがある」というしくみも、昨日の記事のとおりです。

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|どのようにして、自分に備わっているセンスを見つけるか。

昨日の記事のとおり、こうしたセンスは、意識しようとしまいと、自然に「必要なときに使われていく」ものなので、過去の出来事を思い変えしてみると、何かの特徴的なものがあったり、規則性があったりするものです。

過去の経験をいろいろ思い返して、「そういえば、過去に、こんなケースがあった」という出来事から関連付けをしていくのが基本的な探し方です。

しかし、備わっていることは、自分にとって、自然で、普通に「できてしまう」ため、「普通にそういうものだ」と思ってしまうので、改めて考えてみても、なかなか、自覚するのが難しいとも言えます(^_^;)。

そういうときに役立つのは、「比較」から把握する方法です。

これまでのブログ記事でも何度も書いているとおり、この世には「時間」という変化のしくみがあり、変化があるからこそ、比較という感覚が生じます。

この世では、「比較という行為は、認識に大きく役立つ」ものとなります。

では、何と何を比較するといいのかというと、「自分以外で、スピリチュアルなセンスを備えている人」と、「自分」です。



|スピリチュアルなセンスが高い人の性質と、比較してみる。

友だちとか、家族とか、周囲の人間関係の中で、ひとりやふたり、霊感が強そうな人とか、勘が良さそうな人などがいると思うのです。もし、誰も思い当たる人がいなければ、「私」でもいいです。

その人と、自分の性質を比較して、「共通点がある」と自覚したり、「ここは違う」と自覚したりすることができます。

たとえば、比較対象が私であれば、ブログでも書いているとおり、私は、セッションの内容を事前に、夢で一部分をみてしまうことがあります。

このことを、「自分はどうだろうか」と考えてみるのです。

そもそも、寝ている間の夢をあまり覚えていないとしたら、私と同じような「夢の見方」はしていない、ということになりますよね。ここで、違いがわかります。

「そういえば、自分は昔、夢で、外出先の天気を当てたことがある」と思い出したとしたら、「夢でみる」という点は、似ていますね。しかし、内容が違っているので、「天気を夢でみる」センスがあるのかもしれません。

または、「夢で、天気の変化をみたこともある」し、「ふと思いついた、天気の変化が、当たることが多い」なら、夢という方法に限らず、「天気の変化を事前に察知できる」センスがあるのかもしれません。

別の例として、霊感が強い友だちが、「電話がくる前に、ビリッと電気が伝わる感覚で、少し前にわかる」という人がいるとします。

同様に、「自分はどうだろうか」と比較して考えてみると、電話がくることがなんとなくわかることはあるが、ビリッとくる感じは覚えたことがない、とすれば「電話がくることがわかることがある」という共通点と、「ビリッとくる感覚にはならない」という相違点がわかります。

では、自分はどうやって、電話がくることを把握していただろうか、と改めて思い出してみれば、「そういえば、自分の場合は、電話のベルが聞こえるような感覚になることで、これから電話が鳴るかもと把握している」と、というふうに、自分の特徴を見つけやすくなります。

そうして、要素を比較していくことを、頑張って繰り返していくと、コツがわかってくるので、比較というプロセスをとらなくても、そのまま、自分のセンスを自覚できるようになってきますね(^_^)。


まとめると、

①過去の経験から探す。

他人のセンスと、自分の経験を比較してみる

③比較することで、「共通点」と「相違点」がわかり、これを繰り返していくと、自分の性質がだんだん認識されやすくなる。

ということです。

 

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2017年4月 7日 (金)

備わっているセンスは、使うことで磨かれていく。

人は、「肉体という物質を伴っている、霊的な存在」であるので、広い意味でいえば、誰もが、霊としての感性、スピリチュアルなセンスを備えているものです。

どんな性質が、どのくらい備わっているかは個人差があり、これはかなりの部分で「生まれもった性質(=本質)」が関連します。

後天的に培われる部分もゼロではないですけれど、大部分は、たましいの領域にある性質がベースになります。

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|自分について知っていくほど、自分をいかしやすくなる。

こうしたセンスは、自覚しているかどうかに関わらず、必要な場面があれば自然と発揮されますから、別に自覚しないままでも問題はありません(^_^)。

しかし、わかっておくと、意図的に自分のセンスを発揮できたり、自分という存在をいかしたりできますから、その分だけ、人生を創造的なものにしていくことができるようになると思うのです。

ですので、スピリチュアルに関心をもっている方には、「自分の過去の経験を分析する」ことで、自分のセンスを把握していくことをお勧めします。

一例として、「関わる人を、元気にする力がある」とします。こういうことは、一方的に自覚するのは難しく、周囲の人が教えてくれますね、「あなたと一緒にいると、何だか元気がでてきて助かるわ」と複数の人から言われる、というように(^_^)。

こういうセンスがあるとわかれば、人の輪の中に入っていくこと、人間関係の中に身を置くことを、意識して行っていけば、自分のセンスが自ずと使われていくでしょうし、引き出されていくようになりますよね。

センスは、使うことで、ますます磨かれます

外に向けて発揮することで、センス自体が伸びるということもありますし、使う回数が多くなると、質が高まることや量が増えることもあるでしょう。

また、「どんな場面で、誰に、何をする行為としてあらわすのが効果的となるかが、経験からわかってくる」ことで、ふさわしい使い方ができるようになる、というのもあります。

そうした幾つかの要素が関連して、磨きがかかっていくことに加えて、「守護霊(指導霊)のサポート」も関わってきます(^_^)。

自分という存在や、自分に備わっているセンスや、与えられている環境をいかしていくことは、たましいの成長という観点から望ましいことですから、そうした姿勢は、守護霊の後押しが得られやすいということと、

守護霊と自分は、たましいの繋がりがあり、本質的なものがかなり似ていたり共通していたりしますので、センスのベクトルが揃っていけば、発揮される力は大きくなるというしくみです。


まとめると、

 ①自分のセンスを知ることで、意図的に使いやすくなります。

 ②使う機会が増えると、センスはますます磨かれていきます。

 ③自分をいかす姿勢でいると、守護霊の後押しが得られやすいです。

 

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2017年3月 7日 (火)

直感が冴えているときに、そうでないときの備えもしておく。

直感力を高めたいと思う人は、「直感力を高めること、そのものが目的」ではなくて、「直感力を高めて、それを活用して、人生をうまく運びたい」ということですよね。

ならば、「人生をうまく運ぶ目的で、直感をどのようにいかすか」という観点から、以下のことをあわせて考えておくといいでしょう。

直感をより高めるという意識よりも、「もうひとつの別の視点」を組み合わせることで、人生がよりよく運ぶようになります。

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|直感が冴えているゆえの、裏表

直感が冴えていると、ひらめきが当たって、「これを選ぶと、うまくいきそうだ」という想定のとおりになるなど、分析や検証を省いて、いきなり答えにたどり着けるというメリットがあります。

そのため、冴えているときは、テンポ良くものごとが進んでいきます。

しかし、直感がずっと冴え続けるということはないもので、直感力が高い人でも、「本人比で」高低の差はありますよね。

実は、直感力が高い人は「冴えが低いときに、そこから再び持ち上がるための動き」が、とっても苦手です(^_^;)。

というか、そういうことの必要性を(普段が、冴えているため)感じにくいので、いざそうなったときに、適した対応がとれずに、深みにはまってしまうんですね(^_^;)。

直感の冴えをいかした動きは、「うまくいっているとき」は、とてもいいのです。

しかし、直感だけに頼りすぎると、うまくいかなくなったときに立て直しが難しくなります。なぜなら、「根拠なく、うまくいった」ことは、後から、同じことを意図的に再現させるのが難しいからです。

たとえば、「たまたま、適当に味付けをしたら美味しくできた」味は、もう一回、同じに作ることが難しいようなものです。

最初の話に戻りますが、「直感を、より高めること」では、こうしたリスクを吸収できません。精度が高くなったとして、その高くなった範囲の中において波があることは、変わらないからです。

そういうときのために、「たまたま」うまくいったときに、「やった!」「うまくいった!」でおわらせずに、理性の分析を加えていくことを習慣づけておくといいのです。



|可能な範囲で、理由をとらえておく。

本当に、たまたまだったのか。たまたまといっても、いい結果になったなら、何かそうなるべくしてなった理由があるのではないか。と、「次の機会にも再現できそうな理由をつかむ」ようにします。

上記の料理の味付けでいえば、適当に味付けをして美味しかったとします。調味料の分量までは覚えていなくても、使った種類くらいはわかりますよね。そういうことを記録しておくか、覚えておくようにします。

それらは、直感が冴えている人の日常では、あまり役立つ資料にはならないれども、

うまくいかない波に乗ってしまっているとき(^_^;)には、そうした「事実としての手順」が、立て直しにとても役立ちます。

うまくいったことの再現をすることで、自分の波のうちの、高いところ(うまくいっている状態)にチャンネルを戻していくことの助けになります。

はっきり言うと、直感力が高い人ほど、普段から全般的に冴えに頼っていて、そしてなんとなくうまくいってしまうため、こうした分析的にパターンをつかむという考え方が、とっても適当でいいかげんなのです(^_^;)。

それで、せっかくの冴えを無駄にしている人が、私からみると本当に多いです。なんかとってももったいないです(^_^;)。



|直感と思考による分析を、バランスよく使う。

備わっている直感を、いかしていくこともとても大切であり素晴らしいことです。

しかし、直感のみで人生をうまく運ばせるというのは、現実的ではありません。

直感が冴えていないときに補完できる方法の備えをしておくことで、バランスがとりやすくなると思います。現実的な分析や判断も、やはり大事なこととなります。

そうした両面でのとらえ方が、直感をいかして、人生をうまく運ばせるためのコツになります。

冴えているときは、それをいかす。そうでないときは、補完する方法をつかって引き上げていくというふうに、状況に応じて、自分をうまく動かしていくことにとりくんでみてください。

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2017年3月 5日 (日)

自分の直感が働きやすい、「範囲」を把握しておくこと

直感とは、「直接的」または「瞬間的」な感覚で、ものごとをとらえたり、結論を把握したりすることを言いますね。

唐突にアイデアがひらめくとか、根拠はないけれど「このようにすれば、結果がこうなると確信がある」というふうに、ダイレクトな把握がなされます。

こうした感覚も、広い意味でいえば、霊感の一形態です。

霊の姿が見えたり、声が聞こえたりするだけが霊感ではないので(^_^)。直感も、霊感なんですよね。

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直感というセンスがどのくらい働くかは、「生まれもって備わっているセンス」と、「そのセンスを、どのくらい活用できているか」の兼ね合いとなります。

高いセンスを備えていても、あまり活用せずに眠らせたままになる人もいますし、備わっているセンスの枠内をいっぱいに使って、豊かに発揮する人もいます。

わかりやすく数字で置き換えると、「備わっているセンスが30あるのに、活用しているのが半分の15くらい」の人もいれば、「備わっているセンス20のうち、18くらいまで活用している」人もいる、ということです。

生まれもっているセンス「そのもの」は、基本的には変わりません

しかし、その枠内で、どのくらいの直感力を発揮するかは、自分次第で変わります

たくさん発揮をするためには、「自分に備わっている枠について、知ること」です。

自分の直感力は、どんな分野のどんな領域の事柄をキャッチすることに優れているかを、知っておくといかしやすいです。

直感が、全方面にまんべんなく働くということは、まずありません。それぞれ、発揮されやすい分野と、そうでない分野が必ずあります。

たとえば、運動能力が高い人で、いろんなスポーツが得意だとしても、本人比での得意と苦手はありますよね。球技ならなんでもいけるが、それ以外では球技ほどのパフォーマンスを発揮できない、とか。

直感力も同じで、本人比の得意分野と苦手分野があります。

この事柄についてはひらめきが当たりやすいが、別の事柄だとそうはならないという、「直感が働きやすい枠内」があります。何に対して、自分のセンサーが響きやすいか、ということです。

そうしたしくみをわかっておくことが、うまく活用するためのコツです。

直感力が高くなればなるほど、すべての事柄に対して、まんべんなく把握できるようになるハズという思い込みをしてしまうと、・・・むしろ、せっかく備わっているセンスをうまく発揮できなくなります(^_^;)。

どういうことが得意なのかを、これまでの過去の事例から把握して、自分のパターンをつかむことが、直感をいかすための近道となります

ヒントはすべて、過去の中にありますから、この機会に考えてみてください(^_^)。

たとえば、翌日の天気がひらめくことが多いなら、その人の得意分野のひとつは「天気」となります。天気がわかるからといって、翌日の株価の変動が同じように当たるわけではないし(^_^;)、直感力を磨いて高めたからといって、株価の動きが把握できるようになるということでもなく、

発揮されやすい得意な分野と、それ以外の差は、うまれるものです。

他人の感情が直感的にわかる場合も、「女性のほうがわかりやすい」とか「知り合いのことは把握しやすいが、初対面の人はわからない」とか、直感が働きやすい、得意な範囲やそのための条件があって、その特徴を把握するほど、活用しやすくなります。

こういう条件下ではつかえる、そうでなければ同じようにはいかないというふうに、意図して使い分けができるからですね。

何にでも直感を当てはめようとしないことが、精度を高くします

野球でいえば、「ストライクゾーンにこない球は、打とうとしないで見逃す」という使い分けで、ストライクに絞っていけば打率が上がる、のようなことですかね(^_^)。

そして、直感というのは、優れたセンサーではあるけれど、魔法のように何でもあたるものではないですから、

現実的な基準や、事実としての根拠も含めた、総合的な判断の精度を少しでも上げるために、直感という感覚での把握を「プラスする」くらいの位置付けで、いかしていくのがいいと思います。

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2017年2月25日 (土)

物語や漫画の中にも、スピリチュアルなしくみがあらわされている。

人は皆、「肉体という物質を伴っている、霊的な存在」なので、誰もが霊感を備えています。

肉体の物質の形や強さは、人により違いがあるように、備わっている霊感の強さはあらわれ方も、それぞれ違いがあります。

霊の姿が見えたり、声が聞こえたりしなくても、別の形で、とても強い霊感を備えている人もたくさん存在しています。芸術活動をしている方や、それらを好む方は、霊感が強いことが多いです。

過去記事でも書いていることですが、芸術的センスと霊感は、ほとんど同じといってもいいくらいの近い位置にあるセンスなのです。

霊感というのは、「霊的な存在やしくみをとらえる感性」でもあり、「自分が備えている、霊としての感性をいかすセンス」でもあります。

いわゆる霊能者と呼ばれる人は、前者の比率が高い人が多く、芸術センスが高いとか、勘が鋭い人とかは(別に、霊が見えたりとかしなくても)後者のような発揮をしている比率が高いということでしょうね。

しかし2種類あるということではなく、どちらも繋がっているグラデーションですけれど(^_^)。

そのため作家さんとしては、おそらくは、ごく普通にストーリーを考えているつもりでも、ストーリーを構成している要素の一分部に、または作品全体の世界観として、とてもスピリチュアルな要素が反映されているケースはたくさんあります。

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先日、たまたま見た少女漫画の中で、メインのストーリーとは無関係のエピソードのひとつとして、このようなものがありました。

主人公の少女と、関わったり話したりすると、周囲の人が、調子が悪いところがなおったりして元気になることがあり、「あなたといると、元気になる」と喜ばれるが、本人としては、その現象がおこったときには、エネルギーをすってしまって首がいたくなる、と。

たまたまそのページが目に留まって、面白いなーと思いました。こちらの記事で書いたとおり、エネルギーの入口となりやすい場所ですから。

そのエピソードは、メインのストーリーとほとんど関係がない、主人公の人物描写としての一コマという感じでしたが、こういうことをさらっと思いついてしまうのが、芸術センスとしての霊的センス、なのだと思います。

しくみを知らなくても、「なんとなく思いついて(本人は創作のつもりで)実際のしくみに近いことが書けてしまう」ことや、

または、知識があるとしても、普段はそこまで意識していないはずのことを、「必要な場面で思い出して、結びつけて組み込んでいくことができる」こと、

こうしたことも含めて、「霊としての感性がいかされている」という形の、(広い意味で)霊感、なんですよね(^_^)。

スピリチュアルというのは、日常と離れたところにある不思議なものを指す言葉ではありません。私たちは、誰もがスピリチュアルな存在なので、「日常のあらゆるできごとの中に、スピリチュアルなしくみや事柄が含まれている」ものです。

しかし、日常のことは、あまりに自分と距離が近すぎて客観視ができず、そうした解釈をあてはめるのが難しいです。

そういうときには、映画や小説やときには漫画という形で、「ちょっと距離をとった位置にある、自分と関わりがないこと」を見たり聞いたりすることが、ちょうどいい学びの教材になってくれることもあります。

スピリチュアルは何も特別なことではなくて、本当に、この世にある事柄の「すべて」に含まれています。

それにどくらい「気づいていけるか」というのが、内的に作用するセンスであり、

どのくらい、どのような形で、それを「あらわしていけるか」というが、創造する、作り出していくという外的に作用させるセンス、ということなのでしょう。

そういう意識で見てみると、いろんな作品に示唆があることに気づきますね。学びの題材はどこにでもあるなあ、と(^_^)。

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