カテゴリー「03.オーラ」の75件の記事

2017年4月 3日 (月)

オーラの内側の層は、コツをつかめば見えるものです。

身体の周囲をとりまくオーラは、7層あるとされています(いろんな分類の仕方があって、3層に見えるという見解もあります)。

オーラの内側の層は、身体という物質的な性質と近い振動のエネルギーですから、とてもとらえやすく、外側にいくほどより霊的になっていくので、微細でとらえにくいエネルギーとなります。

身体に近いほうのオーラであれば、その幾らかを視界にとらえることは、コツをつかめばほぼ誰にでも可能となります。

私はかつて、サロンを開いていたときに、相当数の方に教えましたが、できない方はわずか1人だけでした。その方は「見えない」というよりは、「コツがつかみきれなくて、できなかった」だけだと思っています。

そのくらい、見やすい一部分を視界にとらえること自体は、難しくはないことなのです。

こちらの記事にも、オーラの見方の件を少しかいています。

人のオーラという、個人差、個体差の大きいものよりも、鳥とか木とかのオーラのほうが、一般的には、見るためのコツはつかみやすいかもしれません。中には、個人差があるほうが、比較したときの差があることが、わかりやすいという人もいて、「見えるコツのつかみ方にも、個人差がある」ということですかね(^_^;)。

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2017年3月21日 (火)

オーラが「くすんでいる」のは、どんな条件のときに起こるか。

先日、あるセッションで、以下のことが話題になりました。

◎オーラは明るいほうがよく、くすんでいるのはその逆である、というのはわかります。改善するほうがいいこともわかります。しかし、何がくすみに繋がるのかがよくわかりません。具体的にはどのような場合に、くすんでしまうのでしょう?

この件について、シェアさせていただきます。

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オーラがあらわすことは多岐にわたります。

厳密にいえばどこまでも細分化されますが、わかりやすく、とても大きな区分で2つにわけるとしたら、「変化しにくい、本質的なこと」と、「その時々で変化していく、状態のあらわれ」です。

本質というのは、そんなに大きくは変化しません。

状態は、そのときどきで変化します。

ということは、オーラが明るくなったり⇔くすんだり、という変化は「状態」のあらわれであることがわかるかと思います(^_^)。

本質的なことというのは、備わっている性質や才能などです。

状態とは、そのとき一時的なものが反映される、思考や感情や体調などですね。調子の「上がり下がりがあること」が該当します。

今は怒っているけれども1時間後には怒っていない、今は緊張していても、5分後には解消されている、寝不足で頭がぼーっとするが、明日になればそれもなおるだろう、というようなことが「状態」です。

こうした「状態」に関連することが、自分の中でうまく連携していなかったり、負担になるほど大きかったり、バランスがとられていないなどの、何らかの不調和があるときに、それがくすみとなってあらわれます。

ある要素が活性化しているときには明るさとなりますし、逆に、滞ってしまうとくすみになります。しかし、あまりに活性化が過剰になってしまっても、自分にとって負荷が大きくなって、それもくすみになることもあります。

どんなよいことでも、過ぎたるは及ばざるが如しで、器をはみ出してしまえば、バランスがとられなくなるからです。

ある要素が、「うまくつかわれずに、停滞しているとき」や、または「過剰になりすぎているとき」にくすみがでやすいです

不安で行動ができない(停滞)ときは、動きが少なすぎて停滞になってくすむ、ということもありますし、または、行動をたくさんしないと落ち着かないとばかりに、行動しすぎてしまうと(過剰)、その疲弊が体調としてのくすみになる、ということもあります。

一例として。

「これから、自分はこんな活動をしたい!」と、とても意欲的になっているとき、やる気というエネルギーに満たされていて、思いが活性化していますから、オーラは明るくなります。

しかし、その事柄が、あまりに自分の才能とかけ離れているとしたら、達成のための行動をしてもしても、なかなか結果にあらわれなくなりますよね。

そうすると、どこまでやってもおわりがないので、行動を「しても、しても」が過剰になって疲弊すればくすみます。結果がでないことに、どうしてだろうと悩んでしまうと、やる気が停滞してしまいますから、くすみがでてしまうこともあります。

これは、わかりやすさのため、実際よりも極端に書いていますので、その点は割り引いてとらえてくださいね。

基本的には、やる気になることも、行動することも、オーラが明るくなります(^_^)。

自分という存在を、今回の人生のさまざまな条件の中で、いかにしていかしていくかが、たましいの学びでもあるので、そちらに沿った姿勢はどれも、「順行」ですので、明るくなります。

しかし、そうした姿勢をとっていく中で、ときどき、一部分が「過剰」となったり、停滞したりしてしまうこともありますよね。

人生の「さまざまな条件」には、他人との関連も含まれますし、そうなると自分のペースでは進みませんし(^_^;)。

ですから、この世という場所で、自分以外とも関わりをもつ以上は、明るくなったり、くすんだりという、変化がつくのは当然のことです。

くすみは、そのときの「一時的な状態をあらわしている」にすぎません。

自分次第で、いくらでも、意図的にも変えられますし(^_^)、

また、時間の経過によって(つまり自分以外のいろんな条件が動いていくことによって)、受動的に変わることもあります。


【まとめ】

 ☑オーラのくすみは、状態のあらわれ

 ☑状態は常に変化するので、明るさ⇔くすみも変化する

 ☑停滞するエネルギーはくすむ(本来、エネルギーは動きがあるものなので)

 ☑過剰になっても、負荷が掛かるという意味でくすむことも

 ☑くすみは、一時的な「状態」なので、変化していくし、変化させることもできる

 

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2017年2月23日 (木)

他人から、いろいろ「言われやすい」人の、オーラ、エネルギー的考察。

趣味の仲間内、ママ友関係内、会社の同僚など、同じ立場の人が複数いるのに、なぜか、その人だけが、「他の人から、あれこれ言われやすい」、「口を出されやすい」という状況になることがあります。

言われている本人も、そういう状況になっていることを自覚していて、不可解な思いでいることが多いようです。そうしたご相談をときどきいただきます。

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同じ立場の人がたくさんいる中で、なぜ自分だけが??と、原因を考えてみても、思い当たることがない。

自分はその集団の中では、他人と距離をとっているほうなので、無意識に「やらかしてしまう」とか「余計なことを言ってしまう」可能性は低い。

それなのに、悪口や批判とまではいかないけれど、何かと口を出されたり、あなたってこうだよねーと決めつけをされたりする。

言われる事実がないことを言われる、他の人も同様なのに自分だけ言われる、わざわざ言葉にださなくてもいいようなことも言われる、・・・と、悪口ではないのだけれども、なぜか「言われる役割になってしまう」人がいるものなのです(^_^;)。

オーラ、エネルギーの観点から、このような役割になりやすい方には、2つの特徴がみられます。


(1)周囲を映し出すような性質のオーラである。

透明感があって、相手のことを、自分の中に鏡のように映し出してあらわしてしまう性質をもつ人がいます。その件については、過去記事で書きました。

(過去記事:他人を、鏡のように「映し出してしまう」人がいます

こういう性質の人に、相手がその人自身を投影してくるため、「実際と違うことを、言われてしまう」場合があります。または、映し出す性質ゆえの影響されやすさで、自分が影響されて、周囲の人と同じようなことを「あらわしてしまっている」ために、言われるということもあります。影響されている自覚はないので、「言われている内容が、自分と違う!」と思うのだけれども、実際のところ、そう「なってしまっている」というケースも意外と多いです(^_^;)。


(2)エネルギーを「受ける」「受信する」タイプである。

これまで何度も書いたように、エネルギーの動きとして、自分が外へ放つ作用が大きくあらわれる性質をもつ人と、逆に、自分が外から受ける作用が大きくあらわれる性質をもつ人がいます。

このとき、受ける性質が強い人は、「言われやすい」という特徴がみられます。なぜなら、受ける作用とは、外からひっぱる作用なので、相手の中にあるものを、外に引き出してしまうことがあるからです。

自分と相手の間につくられるエネルギーの動きが、「自分 ← 相手」となる(自分が外から受ける)という「向き」になるため、相手が発言しやすく、自分が言われやすいという構図になります。

相手が、エネルギーを外にむけて出すための、きっかけを与えるというか、初動の勢いを与える存在に、自分がなってしまうのです。


|気づく機会が、多くなるというメリットも。

両方の条件が揃っていると、とってもいろいろ言われやすいのですが、しかし悪いことばかりではないです。

自分の側からみれば「言われやすい」けれど、相手にとって「言いやすい人」という親しみを感じさせやすいこともあるでしょうし、相手が自分に向けて発言するという機会が多いことは、それだけ、気づかされる機会も多いと思うのです。

的外れのことも多いとしても、当たっていることもあるでしょうし、どちらでもなくても、注目されて意見が集まってくるという機会は、ありがたいことだというとらえ方もできます。

得られているほうのメリットを考えてみれば、言われてしまう不愉快さが、自分の中で小さいものになっていきます。

こうした作用を、知識としてわかっておくと、言われやすい状況は変えられないとしても、なぜ?と悩まなくて済みますから、知っているだけでかなり気持ち的に違いがあります。わかっておくと、心の余裕がでてきます(^_^)。

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2017年2月20日 (月)

オーラの色を、「体感覚」で、「感じ分ける」こともできる。

私たちは日頃、人との関わりの中で、オーラ同士で交流をしていて、いろんな情報を放ったり受けとったりしています。

人が放つオーラにはさまざまな情報が含まれていて、他人について、「なんとなくそう思った」とか、「○○だろうと感じた」という形で、それらを解釈しているケースは多いのです。

そのことを、オーラ、エネルギーの作用であるとは意識することはなくても、実際は、いろんなことを、オーラ同士の交流から把握をしています。

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オーラが視覚で見えていなくても、こうした、「自分のオーラを通して、キャッチする」形での把握もできるし、しているものであることは、スピリチュアルに関心をお持ちの方には、理解は難しくはないでしょうし、既にご存じの知識であるかもしれません。

それでも、「オーラの色」についての判別は、視覚を通して把握しないとできないもの、という認識をしている方が多いのではないでしょうか(^_^)。

実は、オーラの色についても、視覚で見わけるのではなく、「体感覚で感じ分ける」という方法もあります。実際、そういう形で霊能を発揮している方を、私は知っています。

相手のコンディションや感情などの様子や状態を、共鳴するかのように体感するというならともかく、「どうやって、色を、体感覚で把握するのか??」と、不思議に思われるかもしれませんね(^_^;)。

体感覚で、オーラの色を把握する人は、「その色を、体感しているとき特有の感覚」というのがあって、

くどい表現で文章化?するとしたら(^_^;)、「青いオーラを感じるときは、青色を見ているときのような感覚が、呼び起こされる」ようです。

そういう方法が、「その人の得意な方法」だからこそ可能となります。

私は、体感覚での把握は得意でないので、こうした感じてわけることはできませんが、「波長をとらえる」のは得意で、「固有の要素が放つ波長から、把握すること」に、置きかえをすれば、なんとなくですが言わんとしていることがわかります。

体感覚が優れている人なら、「○○を体感しているときのような、特有の感覚で、感じわける」という文章の伝えていることが、おそらくは、私よりももっと身近な感覚として、理解できるのでは、と思います(^_^)。

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2016年12月24日 (土)

放つ人のオーラ、受けとる人のオーラ。

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エネルギーの動きとして、「放つ力のほうが高い人」と、「受けとる力のほうが高い人」がいます。

放つ力が高い人は、相手に「わかりやすい」印象を与えるので、その力がとても強いとか、特徴的だとかであれば、「あの人は、オーラあるよね!」などと言われたりします。・・・オーラは誰にでもあるのですけれど(^_^;)、皆と違うインパクトを与えるよね、という意味合いでの表現ですね。

受けとる力のほうが高い人は、印象の強さにはならないようです。受けとる力がとても高くて、特徴的なエネルギーを放っていても、オーラがある、という言い方はあまりされず、「雰囲気のある人だね」みたいな表現をされることが多いと思われます。

放つ力が高い人は、どちらかといえば「強さ」が印象深くなるのに対して、

受けとる力が強い人は、「ソフトフォーカスが掛かったような、ある種の曖昧さがあるような」印象が深くなるようです。

 

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2016年10月15日 (土)

オーラの大きさ(いちばん外側)とは、身体からどのくらい離れた場所なのか。

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|オーラとは、層になっています。

オーラというのは層になっていて、一般的な分け方としては「内側に近い層から一層として、外側にむかって七つの層になっている」とされています。

一般的には、というのは、オーラ透視者によって、見え方が違ったり、(見えているところが共通していても)分け方が違ったりしていることもあるからです。

たとえば、内側からの1~3層をまとめて「肉体と関連が深いひとつ」としてわけているヒーラーさんの本を読んだことがあります。その方は、「オーラは7層といわれているが、自分にはもっと少ない層にみえる」と書かれていましたね。

人によって、「把握できるオーラの領域が違う」ので、外側の層まで見える人もいれば、内側の肉体に近い層だけが見える人もいると思います。どちらも「オーラが見える人」という意味では共通になりますが、オーラの大きさ(つまり見えている一番外側)がどこか、となると、・・・見る人(の、とらえられる範囲)によって、かなりの差がでてきてしまう可能性がありますね。

しかし、とらえているオーラが違うだけで、間違っているわけではないので・・・、そこがこうした見えない領域を語る際の難しいところではあります(^_^;)。


|オーラの、一番外側は、手をひろげたより少し内輪。

オーラは、肉体に近いほどに、エネルギーの実在感?があり、外側にいくほど曖昧でわかりにくいエネルギーになります。

そのため、「どこが外側か」という定義も難しいのですが、一般的な(オーラ透視者にとっての)把握できる層の、もっとも外側となるのは、両手を左右いっぱいに広げたよりも、若干、内輪になるくらい?、でしょうか。

オーラというのは放たれているエネルギーであり、動いているものなので、はっきりとした際があるのとは違いますけれど。

エネルギーの放たれている(届いている)範囲の外側して、「人のオーラ」という位置付けにできるのは、だいたいそのくらいだと思います。

こう、文章で書くと、とっても言い回しがくどくなってしまうのですが(^_^;)、なるべく実際に近く、しくみを含めてかくとそうなってしまいます・・・。

|エネルギーは、広がっているし、繋がっている。

そして、人のオーラと、その外側にある、いろんなエネルギーとも、ここからが別というようなはっきりとした境界にはなっていなくて、いろんな要素と、うっすらと繋がっている?ような側面もあります。

そのため、明確にここまでとは表現できにくいのですが、だいたいのイメージとしてとらえるならば、両手で円を描いた軌道のちょい内輪までの大きさ、ということになるかなと思います。

|個人差はあり、状態によっても変わる。

ただ、個人差はあります。もっと大きい人もいますし、状態も反映されますので、その時々で(備えている範囲の中で)大きくなったり小さくなったりすることもあります。

本質的な大きさを言っているか、状態の大きさを言っているかでも、まったく違ってくるので、オーラの大きさといっても、ひと言ではなかなか表せない複雑さがあります。

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2016年10月 3日 (月)

なんとなく、「重たい」ものを感じるときには。

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オーラというものが「ある」と知ると、そういう前提でイメージできますから、いろんなことをエネルギーという繋がりをからめて理解することができますよね。こういう感覚をもっていると、わかることもふえますし、できることも広がります。わかると試したくもなると思いますし(^_^)。


|エネルギーが「重い」「スッキリしない」と感じるときには。

なんとなく自分をとりまくエネルギーがすっきりしないような、重たいものを感じるときには、オーラという自分を反映したエネルギーもまた、おそらくはそういう状態になっていると思います。

身体そのものと、オーラは繋がっていますから、そういうときには身体に働きかける方法もよいし、オーラに働きかける方法もよいものです。

食事、運動、睡眠、呼吸などのような、身体の状態を整えることを意識するのもとてもよい方法です。(^_^)。

または、オーラというエネルギーに働きかけるのもよいものです。それは、「自然の作用」がとても効果がありますので、自然とふれることが効果的ですね。土や植物にふれるとか、外にでて風に当たるとか、部屋の換気をよくして風をとおすとか、水にふれる(手を洗う、入浴する)など、いろんな方法を楽しみながら工夫していくといいと思います。

夏の暑い時期は、自然にふれるといっても一苦労ですが(^_^;)、秋になって爽やかですから、外で自然にふれる機会ももちやすくなりましたよね。

さらには、他人と関わることも効果的です。人との関わりはオーラ同士の関わりであり、自分と違うエネルギーのやりとりは、とても大きな活気を与えてくれるものとなります(^_^)。

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2016年8月 1日 (月)

身体に近い、内側のオーラ。

身体をとりまくオーラは、7層あると言われていますよね。この見解がスピリチュアル業界?では、一般的な解釈かと思います。

しかし、中には、3層という見解もあります。私が知っている中でも、かなり著名な外国人ヒーラーの著書でも、7層という意見もあれば、3層という意見もありました。

これは、どこまでを一区切り(ひとつの層)としてわけるかによるのでしょうね。オーラのとらえ方は、人により把握しやすいところが違うこともあります。

3層ととらえる場合は、7層とした場合の内側から1~3層を「ひとつの層」としてみているのだと思われます。・・・なんだか数字が入り乱れてわかりにくいですかね(^_^;)?

この1~3の内側に近い層は、肉体と連動している要素が大きいです。現世っぽいことというか、肉体をもった現世ならではのことは、こちらに反映しやすいようです。そちらよりさらに外側にいくと、霊性とか前世とかのよりスピリチュアルな領域の要素が大きい部分となります。


|内側の3層までのオーラが、働きかけをしやすい領域。

こちらの3層までのオーラに働きかけをすると、肉体にも作用しやすいです。逆に、肉体的な行動などをしたオーラへの反映も、内側の3層までの部分に作用しやすくなります。

運動や、整体などのボディケアで、オーラに良い作用を与えるとしたら、反映するのは内側の3層が主な対象となりますね。それらの行動で、4層より上位層にダイレクトな働きかけは難しいように思います。

オーラの層ごとの状態は、隣り合った層へも波及していきますので、3層が整うと、隣の4層にも作用して、そうなると5層にも・・・という間接的な作用は、幾分はなされていきます。

いわゆるスピリチュアルヒーリングのような方式で、上位層のオーラへダイレクトに働きかけをすることは可能ですが、そうした作用を実際に与えることは簡単ではないです。

また、「なされている」「できている」ことがわかりにくい部分でもあります。内側の層だと、肉体との連動が大きいので、自覚しやすいのいですが、外側になるとわかりにくいためです。

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2015年11月17日 (火)

知り合いの方に、オーラの見方を教えたら。

ある方に、月に何度か合う機会が続いていて、ときどきオーラの話をしたり、オーラの見方を軽く教えたりしているうちに、だんだんとコツをつかまれたようで、「植物のオーラ」と「動物のオーラ」が少し見えるようになったそうです。

最初は「まったくわからない」とおっしゃっていましたが、今では「普通に見える」と。

「見えやすい条件下」で「見えやすい対象」についてお伝えしたので、見えるようになったことは私にとって想定内でした。

ただし見えているのは、ほんの少し。物の周囲にある一番わかりやすいオーラの層のみで、それぞれの個別の特徴や違いなどを見分けることは、今のところはできません。今後はわかりませんが・・・。

というより、植物や動物だと、個別の違いが(たとえば人のオーラのようには)顕著ではないので「見分け」はしにくいですね。単純に、どこの層でもいいからまずは見えるように、というならば、違いが大きくない分、視界にとらえやすいのですが。

興味のある方に。見えるためのコツ&ヒントを言うと、最初の最初は、対象が「静止物」のほうが焦点をあわせやすいです。

しかし次の段階、最初の中くらい?になってくると、むしろ少し動いてくれているほうが、他との違いとか動きによるオーラの変化(という差異)をとらえやすいので、そちらのほうが見えやすくなることが多いです。激しい動きをする対象だと・・・もうまったくわかりにくいですね(^^;)、オーラはとても微細なエネルギーですから、焦点の合わせ方が難しくなってしまいます。




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2015年2月13日 (金)

オーラという受信器が整うと、分かることは増えていく。

自分のオーラは受信器なので、オーラの状態がととのっていくと、受信器が冴えて行くことに繋がりますので、いろんなことがわかるようになります。

たとえば、人づきあいにおいて、相手について、オーラを通して、なんとなく伝わることなども増えていくようになるでしょう。

相手が本心をいっているな、とか、本心ではない発言だろうな、ということの差だとか、「いつもと違う、ちょっとした違和感」などを、感じ取りやすくなります。

ただし、毎回、確実に分かるようになる、という意味ではないです。そこは魔法ではないので、受け止め方は、自分というフィルターが掛かる行為なのですから、冷静になることが大事です。

精神的に成熟していくと、オーラの質感は細かくなっていき、キャッチできること、理解できることが増えていったり、または同じ事柄についての洞察が深くなったりします。

その段階で、コンディションも整っていくと、勘が冴えたり、ひらめきが増えたりして、それらをいかして創造的に過ごしていけるようになります。

特定の個人のことに限らず、世の中の仕組みだったり、人の心の動きだったり、いろんなことが以前より深く心に留まるようにもなるでしょう。

ときには、嫌な相手が迷惑な出来事を起こしてきても、広く深く理解ができるゆえに、それにまともに怒ることもできなくなったりして、しょうがないな、と受け入れたり、諦めたりしている自分がいて、それは成長の証しと思う反面、何か損をしているような、微妙な気持ちになることもあるかもしれません(^^;)。

分かるようになると、相応の責任が伴うというか、分からなかった以前に戻ることもできないので、引き受けなければならないことも増えていきます。

成長って、楽しいことばかりではないです。

その分、引き受けなければならないこと、抱えなければならないことが増えていくということですからね。

けれども、それもまた、学びであり、 そうした不公平感のような思い?も、いつかは、乗り越えていけます。

たとえば、力の強い人と、そうでない人がいるとしたら、力の強い人が、より大きな荷物を抱えることは当たり前ですよね☆

成長していくほどに、いろんなことを抱えていくけれど、いつかは、そんな自分を誇りにおもって、喜びに変えていくこともできるようになるでしょう。

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