カテゴリー「09.スピリチュアル全般」の201件の記事

2017年7月18日 (火)

人生を構成する、宿命という要素。

スピリチュアルな観点から、人生全般を語る際に、「宿命」と「運命」という言葉が対比されて使われることがあります。

宿命とは、決まっている、変えられない定めで、

運命とは、決まっていない、変えられる余地のあることで、

この2つの要素がさまざまに繋がったり、重なったりしながら、私たちの人生は進んでいきます。

人生には、決まっている、変えられない事柄は幾つもあるけれども、しかしそのすべてにこの言葉を当てはめてしまっては、この言葉の意味する本質を、とらえることができなくなるように思います。

たとえば、この世に生まれてからの期間はすべて、人生といえば人生ですが、だからといって、日常の些細なことに、この言葉をあてはめて解釈してしまっては、人生という言葉のもつ重さが、わかりにくくなってしまうように。

(ですから、普通はそういう表現はしませんよね。何でも人生という言葉をつかったら、大げさだという印象になってしまいます)

私たちの人生には、必ず宿命というものが関連しているけれども、しかし、あえてそのことは意識しなくても、十分であるとも思うのです。

そうしなくても、人生も、宿命としての学びも、止まることなく進んでいきますし、

自分で意識できる宿命というのは、きっと全体のうちの、ごくごく一部分でしかないでしょうから。

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2017年6月25日 (日)

使い込むことで、道具にオーラをつけて「自分仕様」にする。

いつも使っている道具は、手にしっくりと馴染んで「使いやすい」という実感を覚えるものです。

それは、慣れていることの安心感という作用もありますし、「道具についている、自分のオーラ」への親和性でもあるのです。

過去記事:「オーラ的考察、ホームとアウェイ」にあるように、よくいる場所、よく使う物には、自分のオーラが付着していくものです。

関わる機会、触れる回数が多いほどに、自分のオーラがたくさんつきますから、違和感がなく安心できるので、使いやすい、手にしっくり馴染むなどの感覚がでてきます。

過去記事では、「ホームの状況を作ればいい」という観点から、場所について書いた内容となります。

それを、道具に当てはめて「使いやすい道具を作り上げていく」こともできます。

購入する際に、手にしっくりくる使いやすい形や素材を選び、それらを「使い込んでいく」ことで、自分のオーラをたくさんつけていき、より、自分に合っているものへと「育てていく」といいですよね。

そうすると、緊張する場面でも、道具についている自分のオーラが、ホーム的感覚を与えてくれて、気持ちの上でも助けになりますし、その道具をつかったよい動きをすることの助けにもなるでしょう(^_^)。

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2017年6月16日 (金)

色のエネルギーにふれる。

赤や青という、色には、「固有のエネルギー」があるようです。

というよりも、色は、エネルギーそのものである、というほうが当てはまるかもしれません。

たとえばオーラの色で性質などがわかることも、色別の特徴や作用があることから逆算して把握をしています。

日々、たくさんの品物を通して、色を見たり、ふれたりすることは、色のエネルギーとの関わりを作っていることになりますね。

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植物の緑をみると気持ちが落ち着いたり、青い空をみると心が晴れやかになったり、黄色いひまわりを見ると元気がわいてきたりするのは、それぞれの色がもつエネルギーの作用でもあるのでしょう。

その色からどのような印象を受けるかには、個人差はあるでしょうけれど、その中でもある程度の共通性がみられるのは、色が与える作用があることと、人がそれを受けとっていることのあらわれだと思います(^_^)。

春から夏にかけては、自然のようすも、人が身につける服装なども、色とりどりで賑やかになりますね。

たくさんの色のエネルギーにふれて、刺激をいただきながら、元気に過ごしたいものです(^_^)。

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2017年5月23日 (火)

誰もが、霊的な関与をうけながら、学びを重ねている。

人とは、肉体という器を伴った霊的な存在である、とスピリチュアリズムでは解釈をします。

普通は、人という存在と、霊という存在を、わけてとらえていますけれど、実は私たちは霊であるということで(^_^;)、霊的な事柄やエネルギーに、馴染みやすい性質を持っていることになります。

そのため、誰もが、必要に応じて、霊的な事柄やエネルギーの関与を受けることとなり、そのうちのひとつに、守護霊という導き役の存在のサポートが含まれます。

こちらは、スピリチュアリズムに関心をお持ちの方にとっては、既におなじみの知識ですよね(^_^)。

自分と守護霊との関係性というのは、「この世に生まれる以前からの、たましいの繋がり」です。一般的な人間関係のような、立場や感情に左右される不安定な繋がりとは違い、きりはなされることのない、深く強固な関係です。

ですから、霊的な関与となると、一番の基本となるのは、守護霊などの存在との繋がりがあげられます。

誰もが、そうした存在に見守られながら、この人生という経験から学びを得ていることになります(^_^)。

こちらの関係は、とても自然であり、そして「通例・通常」な繋がりといえますね。

しかし、霊的存在の関与にも、いりいろあって、あまりありがたくない(^_^;)、「変則的かつ一時的」な、未浄化な霊による「憑依」という現象もあります。

こちらは、とても「この世的な現象」です。あちらの世界には、霊である自分が、別の霊に憑依されるなどという現象は存在しません。

この世という物質次元では、肉体と霊というそれぞれが完全に一致しませんから、必ずどこかに不安定さがあるので、そこに霊的な不調和がでてしまうと、イレギュラーな現象が起こってしまうということなのです。

肉体と、霊という、ある意味、相反する要素のあるものを同時に抱えている、私たちは、そうした不安定さの中で、あらゆる経験の「幅」の中で、たましいを鍛える学びをしているということですね(^_^)。

そして、守護霊や、未浄化霊以外にも、「他人という霊的な存在」からの関与もあります。

自分も霊なのですから、自分以外の他人もまた、肉体を伴う霊的な存在だと言えます。

人間関係も、お互いに霊的な作用を与えあっている関係性になります。

ある意味、人間関係が、一番、この世的な、「霊との関わり」の機会なのかもしれません(^_^)。

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2017年5月16日 (火)

金縛りについて。

「金縛り」といわれる、霊現象があります。そんなにレアな現象ではないので、経験したことがある方は多いのではないでしょうか。

寝ているとき、意識はしっかりしているのに、体がそれに伴って動かなくなり、上に乗られているような圧迫感などを体感したり、誰かがいるような存在感を覚えたり、中には、(動けない状態を伴って)耳元に声が聞こえたりするパターンもあります。

これは、体が疲れているときに肉体の機能的な現象として起こるものであり、特に、スピリチュアルな現象ではない、という見解もありますよね。

おそらく、「寝ているときに、体が動かなくなる」現象の大部分は、そちらのほうで、スピリチュアルな要因が伴う現象は、実際のところは、ごく一部と思われます。

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これまでの過去記事で、「睡眠と、スピリチュアルな現象」について、以下のようなことを何度かお伝えしてきました。いつも読んでくださっている方には、既におなじみの知識だと思いますが、

http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2013/03/post-635f.html

http://spiritual-teaching.com/archives/180

http://spiritual-teaching.com/archives/321

睡眠というのは実はスピリチュアルな行為であり、寝ている間の意識とは、霊的な方向に波長が合っていくので、通常の意識との落差が大きく、そのため、寝ている間のことは記憶に残りにくいのだけれども、「眠りに入ってすぐ」や、「起きる直前」は、霊的な領域への意識の広がりを残したまま、普段の意識状態に戻りつつあるため、霊的な感性によって何かを感じ取ったり把握したりすることが、自分的に「認識されやすい」ものです。

金縛りも、このことが関連している現象です。

寝ている間の「意識」は、霊的な方向に広がっていて、しかし、「体」は、物質次元の現実にありますから、その落差が、意識上に認識されたときに「金縛り」という状態になるのです。

睡眠中は、眠りが深ければ深いほど、落差はいつでもついているのです。

しかし、眠っているから、それが意識にのぼることはありません。

意識にのぼる(自分が認識する)のは、ある程度、通常の意識のほうに戻っていることが必要になります。

つまり、寝ているときに、何かの拍子に、上記のような「眠りに入ってすぐと、同じような意識状態」になったときに起こり得る、数あるスピリチュアルな現象のひとつとして、金縛りという状態を、経験する人もいる、ということなのです。

先に書いたとおり、金縛りと言われている現象の大部分は、肉体の機能としての現象であることがほとんどで、スピリチュアルな関連のことは少数と思われます。

そして、その少数のほうの現象に遭遇したとしたら、そのときは、「自分のそのときの体調や意識状態などのコンディションを見つめ直す」ことが大事です。

なぜなら、金縛りというのは、どちらかといえば、低い波長のときに起こりやすい霊現象だからです。

コンディションが整っているときは、金縛りなどとは無縁で、たとえば、勘が冴えるとか、ものごとの展開がいろいろ繋がって導かれるように広がっていくとか、そういうあらわれになることが多いです。

コンディションの維持のためには、しっかりとよい睡眠をとることも、肉体的な意味でも、スピリチュアルなエネルギー的な意味でも大事なこととなります(^_^)。

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2017年5月 2日 (火)

背中側を意識した呼吸で、前のめりオーラのバランスをとる。

昨日の、「エネルギーを引き受けやすい人の、改善方法」の続きです。・・・「の」が、多いですね(^_^;)。

コンディションが下がっているケースのひとつに、「不安感からの焦り」があります。不安を解消しようと、あれもこれも備えて置かなくてはと頑張り過ぎたり、不安をうめるための「何か」を見つけようとして、気持ちだけが、前に前にと進んでしまう状態です。

そういうときは、オーラのようすも、本来のあるべき位置よりも、前のほうに比重がおかれるようなアンバランスさがみられます。過去記事、「前のめりオーラ」を、あわせてお読みいただくとわかりやすいと思います(^_^)。

こうした、前のほうにエネルギーが集まっている状態を、本来のあるべき位置へと戻すことにも、呼吸を深くすることは有効です。

昨日の記事のとおり、影響をうけてしまうことが多い人は、呼吸が浅いケースが多いです。

そして、焦りの気持ちでいっぱいなときにも、緊張感から、呼吸は浅くなりがちです。

つまり、この2つはとても近い位置にあります。

オーラ的に見ても、だいたい、影響をうけやすい人は、不安が大きくて焦りも大きいので、前のめりオーラになっているか、または、不安から過剰に思考しすぎて、比重が上のほうにきている、浮き上がりオーラになっているかのどちらかです。

昨日の記事のとおり、呼吸は、エネルギーを動かすためのポンプのような役割にもなりますから、深く動きを「つけていく」ことで、エネルギーのバランスをとることができます。

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改善のための呼吸は、「背中側を意識して、そちらに空気を送り込むかのような呼吸」をするといいのです。そうすると、オーラもポンプと連動して動きますので、背中側のほうにもエネルギーが押し出されるように動いていきます。

しかし、背面を意識するというのはなかなか難しいです。やってみると、難しさがわかります(^_^;)。

目や耳が向かっている前面は意識することは簡単なのですが、背面へ意識を向けるとか、エネルギーがそちらに動くようなイメージをといっても、どうもそれが感覚として結びつかない、脳内で思い浮かべることも前面ならできるけれど・・・となりがちです。

この場合は、背中側に、何らかの物理的な「ふれる感覚」があるほうが、呼吸を意識しやすくなるので有効です。

クッションをつかう方法が簡単なので、おすすめです(^_^)。

壁に寄りかかり、背中に(壁と、自分の間に)クッションをおいて、クッションに体重を少し掛けるような形をとります。そして、クッションが触れている感覚のところに、自分の内側から(表面にふれている)クッションを、エネルギーで押すようなイメージで呼吸をします。つまり、吸うときに、背中側へ内側から押すような感覚です。

そうすると、呼吸によって、エネルギーも背面のほうにもめぐりやすくなります。

このとき、位置としては、肩甲骨の間あたりに置くのがいいですね。ここは、スピリチュアルなエネルギーの出入り口でもあるので、両方の意味で効果的です。

座布団を使う場合は、「ふたつに折って」背中の上のほうに置くといいです。広げて全面にあてた状態になると、わかりにくいです。

これまで何度も書いていることですが、この世において「比較」をした理解はとても「わかりやすい」のです。背中にふれる感覚も、全面にそれがあるよりも、一部分のみにふれた形で、「ある」場所と、「ない」場所との差がついているほうが、「ある」の場所を意識しやすいので、「わかる」が際だっていくようになります(^_^)。

他者の協力を得られる場合は、相手の人に、自分の背中に手のひらをあててもらって、同様に、内側から手をエネルギーで押しかえすようなイメージにすることでもいいですね。

クッションのほうが、自分の体の動きを吸収してくれますから、体感としてわかりやすいので、こちらの方法がおすすめです(^_^)。

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2017年5月 1日 (月)

エネルギーを、引き受けやすい人の改善方法。

エネルギーの動きとして、放つほうの力が強い人と、受けとるほうの力が強い人がいて、後者のタイプは、他者のエネルギーを「ひきうけてしまう」「もらってしまう」という形で、影響されることがあります。

といっても、受けとる力が強ければ常にそうなる、ということではないです(^_^)。

コンディションが整っていないときとか、相手との関係性の兼ね合いなどで(向こうが上になる上下関係など)、自分の側が、もらってしまいやすい状況や条件がそろうと、放つほうが強い人と比べると、ひきうけてしまうことが起こりやすくなるのがこのタイプの人です。

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影響のあらわれとしては、たとえば、ひきうけたエネルギーが、「相手の感情」だったとします。自分の中に、もとからある「イライラ」の感情が「2」くらいの大きさでしかないのに、ひきうけたものが加わって「6」くらいになってしまうと、普段なら気にならないくらいの小さいことに対しても感情が発生しやすくなったりします。

または、とっても疲れやすくなることもあります。感情のような反応のあらわれにはならなくても、自分と違う波長(振動)のエネルギーがオーラの中に留まっていると、テリトリーの中でいつもと違う動きがでてくることになるので、よくわからないが疲れやすい、という状態になったり。

●呼吸を、深くする習慣をつける。

「コンディションがさがると、もらってしまいやすい」という反応のあらわれは共通でも、それ以外の性質は、人の数だけ違いがありますから、状態を戻すために効果的な方法も、「人それぞれ」となりますし、「ケースバイケース」となります。

しかし、そうしたピンポイントな方法ではないけれど、皆に共通して、ある程度の改善が見込める、長い目でみた取り組みの方法があって、それは「呼吸が浅い習慣を、改善すること」です。

呼吸というのは、エネルギーを動かすポンプのような役割があります。呼吸に伴って動く、エネルギーの、押す(出す)ほうの力を鍛えるようなイメージですね。

といっても、エネルギーの全部が、呼吸と連動しているわけではないし、呼吸によってすべてをコントロールできるという意味でもないですよ。それができる、一部分がある、ということです(^_^)。

●影響されてしまうことを、軽減する。

性質そのものは変えられまんが、影響の実際のあらわれは、自分次第で軽くすることができます。そういう方面からのとりくみです。

「影響されやすい性質であること」と、「実際に影響されてしまうこと」は、ちょっと違いますよね。

後者の、実際に影響されてしまう人は、まず例外なく、呼吸が浅いです。

一方、性質的に、ひきうけやすい、影響されやすいオーラの人でも、たとえば、仕事や活動として、人前で講話をするような役割とか、接客業についている人などは、プロの人特有の呼吸の方法などが身についているからだと思いますが、影響される度合いが違っていますからね。

エネルギーを常に、(その人比で)大きく動かすことができると、動きがあるということは、留まりにくいということなので、影響を最小限にすることができます。

話す機会が多い仕事の人などは、ひきうけてしまっても、それを「留まらせない」という形で、ある程度のコンディションをキープしているのだろうと、そう思います。

これは、そのときだけ何度か深呼吸をするとかの一時的な取り組みではなくて、根本的に、普段からの呼吸を深いものへ習慣づけるほうが望ましいです。

私は、数年前にとんでもない大きな骨折をしてしまいした。しかし、怪我の功名という言葉がありますけれども、その後のリハビリの延長で、トレーニングをするようになり(そうしないと歩けないので(^_^;))、筋肉が少しつくと、呼吸もしやすくなって、これでかなり影響が減ったことを実感しています。以前は、「呼吸が、ものすごく浅い」状態だったものが、「まあまあ浅い」という、下の中になった程度ですけれども(^_^;)、トレーニング前とは格段に(これでも;)変わりました。

運動もいいですし、何らかの呼吸法を行うというのも、いいと思います。今はネット上にいろんな方法やら動画やらありますから、自分に合うものを見つけてとり組んでみてください。

私は、自分の経験から、運動が一番効果があると思います。呼吸も筋肉をつかいますので、年齢とともに女性は筋力が下がっていきますから、呼吸も深くしにくくなってしまうことがあります。その点を、幾らかでも改善できたら、本当にそれだけでもかわってきますので(^_^)。

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2017年4月29日 (土)

「受けとりすぎ」て影響されている状態を、改善するには。

オーラは、自分をあらわす発信器でもあり、受信器でもあります。人との関わり、ものごととの関わり、理解すること、表現することなどの、あらゆる行いは、オーラを通して発したり、受けとったりしているしくみです。

働きの比率はそれぞれで、「5:5」の人もいれば、「3:7」の人もいます。そこは、備えている性質により違いがでてきます。

2つの働きが「つり合う」というのは、一般的には、同じ量であることをイメージしますが、「3:7」という器の構成になっている人にとっては、その状態がつり合っていることになり、むりに両者を同じにする必要はありません。

器の比率には、生まれ持った性質が関連していますので、ここは変えられないし、変える必要もないところです(^_^)。

この2つの力は、「お互いに、押し合っている」ような関係性です。

内から外へ発する力の勢いが、受けとる器を支える力としても作用します

外から受けとる器にかかる重さが、発する力が必要以上に外へ暴走しないように、抑えています

両者がうまく押し合っていて、その人が元から備えている比率になっている状態が、「その人にとってちょうどよい、発揮と受けとめのバランス」となります。

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一方が、本来の器以上に大きくなると不調和がでる。

発する行いが、本来の器以上に大きくなりすぎると、抑える力はその分だけ引っ込んで小さくなります。そうなると、抑えきれずに外の出た分が、「出過ぎ」「やりすぎ」な印象を与えてしまうこともあります

受けとることが、本来の器以上に大きくなりすぎると、内から支える力は小さくなり、支えきれずに「外から受けとった情報やエネルギーが、自分の中にくいこんでくる」かのような、内側にはみだす?状態となり、外のことが自分のことのように思えたり、自と他の境目がわからなくなったりします。

受けとりすぎから、起こっている。

ご相談でよくあるケースとして、「皆と同じことをしているのに、自分だけが批判されたり、注意を受けたりする役割になってしまう」とか、「相手の指示に従う状況が続くと、どこまでが相手の意見で、どこからが自分の意見なのかがわからなくなる」、「相手から言われた言葉が、いつまでも自分の中に残って考え込んでしまう(特に、重要な内容ではないのに、意識を切り換えられない)」というものがあります。

これは、受けとりすぎている、押されすぎていることから起こります

内から支える(押し返す)力が弱くなっているので、外から押し込まれているのです。

改善するには、「では、受けとることを減らせばいい!」と考えがちですが、受けとるというのは、どちらかといえば受け身的に「起こること」なので、自分の意図するようにはなかなか配分ができにくいものです。

自分が意図に、「起こすこと」として改善しやすのは、発することのほうです。

「内から支える力=外へ押し返す力」のほうを強くしていくという方向からの取り組みを考えてみるといいでしょう。そのほうが動きを自分からつけやすく、効果もあらわれやすいです(^_^)。

発する力が、支える力にもなるということ。

こうした受けとりすぎてしまう状態は、「発すること」の比率を増やしていくことでバランスがとられます

そちらが弱くなっているから、押し込まれてしまいますので、自分の内から外に向けて発することのほうを、心掛けてみましょう。

そうして行動にあらわしてみると、困っていた状況は幾らか改善されていくでしょうし、その過程で、「それまでの自分に何がたりなかったか、実感としてよくわかる」ので、知識と経験が結びつくことで、理解が深くなって、バランスをとることが上手になっていきますね(^_^)。

 

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2017年4月28日 (金)

「痛いほどに、わかる」という表現。

先日、たまたまテレビから、懐メロらしきものが流れてきて、歌詞に「なんたらかんたらで~、痛いほどわかる~」という部分がありました。

「その人の状況や経験などから、きっとこのような気持ちだろう」と、自分もよくわかる、という状態の説明として、使われる表現ですよね。

意味としては、一般化していて誰もが理解できる言葉ですが、しかし、誰もが日常で使う表現でもないですよね。それは、「使う人」と「そうでない人」との差に、理由があるのです。

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そのことに自分も強く共感できるとか、こういうことだろうな、とわかることを文章化した表現には、「そのことは、とてもよくわかる」とか、「心の底から、そう思う」とか、他にも一般的な表現はたくさんあります。

他にもたくさんの表現がある中で、「痛いほどに」という表現を選ぶのは、 その人は、体感覚が優れている人なのだろうと考えられます。

そういう人にとっては、「体感覚での反応」と、「理解すること」が、近い位置にあって結びついた理解になりやすいので

「痛いほどに・・」とか、「まるで、体の中を逆流するように・・・」とか、「ぐっと押されるような・・・」という表現が、普段の会話の中でよく使われるものなのです。

http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2015/10/post-a943-1.html

こちらの記事に書いてあるとおり、ものごとの把握の仕方はいくつかあります。 「見ることで把握」、「聞くことで把握」、「感じて把握」、「想像(推察)を働かせる」などが代表的です。

誰もが、これからの複数を状況に応じて使い分けているものですが、中でも、「自分の得意な把握のパターン」があって、自然とそのひとつかふたつが、メインの方法として使われています。

このとき、体感覚での把握がメインになる人が、上記のような強く共感できるという表現をする際に、「痛いほどに」という言葉を選ぶのでしょう。

普段から、ものごとを把握する際には自然に、感覚に絡んだ把握の仕方になりますからね(^_^)、わざわざ情緒的にしたとかではなく、実際にそういう感覚でとらえているのだろうと思います。

私は、どちらかといえば、見て把握する比率が高いタイプです。私なら、相手の思いや気持ちを深く理解する機会があったとして、もしも、その件を言葉にするなら、「気持ちを、深く理解しました」とか、「気持ちはわかります」とか、そのままの表現(^_^;)になりますね。私は、体感覚があまり優れていないので、痛いほどにというわかり方にもならないし、痛いほどにという表現としての例え方も、そもそも思いつかないですから。

無意識で使う言葉の選び方にも、その人の性質との関連性があるものです。ということを説明するのに、とても良い題材だと思ったので、忘れないうちに記事にしてみました(^_^)。

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2017年4月22日 (土)

スピリチュアルな要素のある夢の「見方」にも、性質の差が関連している。

睡眠というのは、とてもスピリチュアルな行為です。眠っている間の意識とは、昼間の意識とは違っていて、「スピリチュアルな領域との共鳴がとても大きく」なります。

そのため、寝ている間にみる「夢」の中に、たとえば未来の予知的なことだったり、自分や知り合いの状態が反映されていたり、スピリチュアルなメッセージ性が含まれているような内容だったりすることが、しばしばあります。

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意識の状態がスピリチュアルな領域へ広がっているという、しくみ自体は皆に共通していますが、その際に、「どのようなことをキャッチして夢として見るか」には、個人差があります。

その人の生まれもった性質として、どういう方面のものをキャッチしやすいかという、備えているアンテナの得意分野が反映されるからです。

たとえば私であれば、指導霊などの霊界の存在からメッセージ性のあることを伝えられることは多々あります。

または、セッション前に、セッションの内容に関することが夢を通して伝わってくることがあり、これはおそくらご相談者さんの指導霊さんが、見せているものだと思います。

さらには、過去記事で書いたとおり、「相手のエネルギーを、寝ている間の夢に、反映させてしまうことがります」、

セッションを通して、ご相談者さんのエネルギーを引き受けることで、夢の中に反映させて見てしまう、ということもあります。

これらは、「私が備えている性質」が関連している、「私の場合の、夢の見方」となります。

どんな見方になるかは、人それぞれの性質が関連しますから、「夢にはメッセージ性があるから、○○を見た場合には、××という意味になります」と、全員に当てはまるようなものとはならず、

スピリチュアルな要素のある夢の見方は、その人の個性が反映された「オリジナル」なものとなります(^_^)。

夢の中に、メッセージ性のある何かがあらわれているような気がするとか、わりと意味ありげな夢を見ることが多いので、その意味を自分で紐解いてみたいという場合は、

内容を記録するなり、その後の現実との関連性を調べたりして、「自分の夢にあらわれる規則性をつかむ」必要があります。

たとえば、「夢で何かを把握するセンスが、同じくらいに高い人」が二人いたとして、一人は、未来を反映させることが得意であれば、「明日の天気はこのようになります、という予知的な夢」を見ることがあるかもしれません。

もう一人は過去を反映させることが得意であれば、「現象の打開策として、過去の○○をいかすといい」というアドバイス的な夢を見るのかもしれません。

そのように、「性質を反映させた特徴があわれる」もので

何かしらの「得意なこと」と関連したパターンになっていることが多いです

たとえば私の場合は、上記のとおり、「ご相談者さんのエネルギーに感化されて、見てしまう夢」とか、「セッションで伝えることとか、関連することを先にみる」とか、「広く一般的な、メッセージ性のあること」とか、自分以外の誰かのことを見る比率が高く、自分のことは1%以下だと思います。自分が登場していてい、自分がいろんな経験をしている夢であっても、それは私のことではなく「誰かのこと」(を代理体験しているような?感じ)であるケースがほとんどです。

これは、私が「霊媒」であるので、夢で、スピリチュアル的な何かをとらえる場合もやはり、私が備えている性質を反映して、誰かの何かを媒介しているということなのでしょう。

 

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