カテゴリー「10.考え方、感情」の203件の記事

2016年12月13日 (火)

他人に意見したくなる内容は、自分にも当てはまる場合がある。

他人に「もっとこうすべき」「あなたのここはおかしい」というふうに、相手に「それは違う」と、意見したくなることは、「自分自身にもあてはまる」場合があります。

他人に言いたくなることは、実は、自分自身に言いたいことで・・・、言い換えると「(広い意味で自分である)守護霊が、あなたに言いたいこと」という場合があります。

もっとこうすべき、ああするのはおかしい、という、「それ」を自分がしていないか、見つめ直してみることが大切だと思います。

こういうことは、なかなか受け入れがたいものですが、冷静になって考えてみると、自分のイライラの原因は、ほとんど「自分自身の中にある」ものです。

しかし中には「自分はその事柄を乗り越えているから、自分に当てはまることはない。だからこそ、まだ乗り越えていなくて努力もしていない他人にイライラしてしまう」というケースもあります。

そうしたケースは、「乗り越えた自分を認めてほしい気持ち」が関連していることが多いですね。

認めてほしいのだけれども、プライドもあるので、そうした態度はしたくない、そんなことは微塵も思っていなくて、乗り越えていることが普通ですという態度でいたいという矛盾を抱えるときに、他人へのイライラがでてくることがあります。

そういうものが何もなければ、他人の「理想的でないとか、常識的でないとかの言動」があっても、「特に何というわけではない、誰かの言動のひとつ」として、さらりと心を通過していくだけだと思うのです。

それが、心に引っ掛かるなら、反応しているのは、自分の心だということですね。

周囲の人や目に映る事象(に対して、自分が思うこと)はすべて、自分の心の鏡となっていて、私たちにいろんなことを気づかせてくれます。

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2016年11月21日 (月)

他人という「鏡」に映っているのは、過去の自分かもしれません。

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周囲の人は、自分を映し出す「鏡」である、という表現があります。

自分と周囲の人には、同じものが引き寄せ合う法則によって、似たような部分がありますから、相手の様子から自分の一部分を知ることができます。

この「他人という鏡」に映る「自分」は、リアルタイムとは限らず、昔の自分という場合もあります

少し前の自分の様子がそこに映っていると、その行為をしている相手がとっても気になってしまうのです。

他人のしていることに対して、「なぜ、そんな簡単なことも理解できないの?」とイライラすることがあるものですが、こうした感情は、過去の「そんな簡単なこと」を、知らずに苦労した自分へのイライラであることが多いです。 その人に対して、あまり好意的に思っていない場合に、そうした感情がでやすいです。

または、他人がうまくできないときに、「なんとかして、自分が助けてあげたい」とか「このようにしたら、もっと楽にやれるよ」と教えたくなることがあります。この場合は、「 過去に、同じようなシチュエーションで困っていた自分」を相手の中にみて、相手を助けることで(当時の)自分を助けたくなるのです。 その人に対して、「いい人だな」とか「親切で優しい人だ」とか、好意的に思っている場合に、この感情がでやすいです。

このように、相手という鏡で、過去の自分をみて、いろんな感情がでてくることがあるんですね。

どちらにしても、今の自分は「そこから、さらに進んだところにいる」からこそ、そうした感情がでてきます。成長している証拠です(^_^)。

こうして、相手にみているのは、自分の一部だという理解をすると、「他人は自分の過去を見せてくれるありがた存在だ」というとらえ方になれます。

忘れていたことを思い出させてくれたり、相手を助けることで、自分(の、過去に対する)感情を癒すチャンスを与えてくれたりするのですから。



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2016年9月24日 (土)

思考力が高い人、行動力が高い人。それぞれのメリットをいかす。

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スピリチュアルが好きな人は、見えない領域の形のないものに関心があるということなので、「思考力が高い人」が多いです。

エネルギーというのは、いろんな種類があるわけでなく、すべては「ひとつ」で、それを何に対して使うかということなので、思考力が高い人は、主に思考にエネルギーを費やしています。そのため、行動のほうにエネルギーがむかわなくなりやすいです。

この世で何らかの成果を出そうと思ったら、行動が必要で、思考のみでものごととを成すことはできないけれど、「思考力をいかして、行動を最小限にすること」は可能です。いいアイデアを練って、なるべく短い距離でゴールできるような方法を考えて進むことができます。

「行動力が高い人」は、上記と同様に、エネルギーはひとつであり、それを何に対して使うかということですから、行動にエネルギーが注がれる分、思考にまわるエネルギーが少なくなります。

こちらのタイプの人は、行動の量でカバーするという方法がとれます。無駄な動きも多くなりそうですが笑、しかし、成果を出すためには必ずその前に行動が必要になりますので、行動だけが得意な人のほうが、思考だけが得意な人よりも、成果を出しやすいという特徴があります。

それぞれメリットもあれば、その裏となる(同じ要素が逆に作用する)デメリットもあります。

自分のタイプを見極めていけば、うまく自分をいかすことができ、自分の人生を実り多き方向へと運ぶこともできるでしょう(^_^)。

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2016年8月22日 (月)

不必要な思考が、止まらなくなるときには。

頭の中が忙しく働いて、必要のないことでも考え続けてしまったり、次々にアイデアが浮かんだり(だいたい現実的でないもの、具体性のないものとなる)、過去の出来事が思い出されたりしてしまうことがあります。

そういう「不必要な思考が止まらない」状態になるのは、エネルギーが頭にばかり集まっていて、他のところでスムーズに流れていかないためです。

どこにエネルギーが集まりやすいかというのは、「その人の過剰になりやすいところ」です。過剰になるのは、「得意なこと」です。できすぎてしまうから、多くなるので。苦手なことは、そんなにたくさんできませんからね。

もとから「思考が得意な人」が、頭にエネルギーが集まりすぎてしまって、不必要なことにまでそれが止まらなくなってしまうということです。

ではなぜ、集まりすぎてしまうのかというと、その他のどこかへの「流れ」「動き」が滞っているからです。これは、どこの何が該当するかは個人差がありますね。その人の苦手なところとの兼ね合いになるので、一律にまとめることはできません。

滞っているところを特定して、そこをスムーズにしていくと改善したり軽減したりします。

多いのは、「行動しない」ことで、身体全体のエネルギーの動きが鈍くなっているか、または、「話さない(口を使わない、エネルギーを出さない)」ことで、首から下へエネルギーが巡らずに留まってしまうことなどです。

さらには、身体の機能との繋がりで、首や肩のコリや姿勢が悪いことなどが影響して、頭とその他の部分のエネルギーの連携がうまくいっていないこともあります。こちらだとわかりやすいですね、首が普段と比べて動きやすいか可動域を確認すればだいたいわかると思います。

身体の機能と内面は繋がっていますし、現実のものごとと見えない領域のことも繋がっています。

その状況に合わせて、

「行動する」「身体を動かす」「会話をする」「人と関わる」「身体のケアをする」「運動する」「休む」などから適した対応をとってみて、バランスを取り戻すとよいでしょう。

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2016年7月19日 (火)

思考がとまらなくなるのは、「恐れ」が掛け算になっているため。

それほど重要性の高くないことも含めて、常に思考がおわりなく頭をめぐってしまうことがあります。またはそうなりやすい人がいます。

あれもこれも思いついてしまう、少しでも関連性があると(たとえば単語の響きが似ている、同じ人が関わるなど)他の思考に次々と派生していき、おわりなく何かを考え、おわりなく頭を働かせてしまうような状態です。

こういうことは、その人にとっての、ある一定の条件下において「そうなる」ともいえますし、その人自身が「そうしている」ともいえます。

ほとんどのケースでは、「自分の恐れに気づかないように」頭や意識を忙しく「させている」ことが多いようです。

とぎれなくいろんなことを考えることで、「恐れに繋がる、それ」に気づかないよう、意識が向かわないようにして、自分の安定をはかっているという「防御」なんですね。

そういうふうに、いくらでも思考がでてくるということは、思考力の高さだったり、ひらめきのよさ、直感力の高さ、アイデアの豊富さなどの優れたところがいくつか備わっているからです。

けれど、それのみでは、雑念がとまらなくなることはなく、「恐れ」が掛け合わされて、そうした現象がつくられることになります。

本人的には、「あれもこれも、今考えなければ!」ならないこと、なのでしょうけれども、客観的にひとつひとつみていけば、そんなに慌てることもない、どうしてもやらなければならないことでもない、その程度のことも含まれているものです。

ですが、それらを差し迫ったものに感じさせるのは、恐れによる作用なんですよね。

その状況を改善したいと思うなら、恐れが、掛け算になって大きくなっているというしくみを、まずは理解することが大事なことです。

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2016年2月 8日 (月)

思い込みの激しい人。

思い込みの激しい人の中には、たった一度のできごと(に関連する、要素と要素の結びつきなど)を、まるですべてに当てはまる普遍の規則性であるかのように、受け取ってしまう人がいます。

たまたま「そのとき、その人にとっては、そうだった」過去のできごとを、以降もずっと当てはまるかのように大げさにとらえて、とっても極端な認識の仕方をしてしまいます。たとえば、たった一度、人から冷たくされたり雑に扱われたりしたときに、「どうせすべての人は、自分を大事にしないのだろう」と思い込んでしまうことです。

そうした経験が恐れとなって、「もしかして、次の機会も、他の人からも、同様の扱いをされてしまうのではないか?」と不安がでてくる、というのならまだわかります。それは多くの人に当てはまりますよね、過去の出来事からこうなるかもと推察をするのは普通にあることです。

ですが、思い込みの激しい人とは、「誰に対しても、どんな機会もすべて、必ずそうなるようになっている」かのごとく、規則性を「見いだしてしまう」んですね。たった一度のことでも、です。

いや、まてよ、他はそうじゃないかもしれないよね、というブレーキが働かずに、思ったことがそのとおりと思考が突っ走ってしまい、自分の世界(観)をとても狭いものにしてしまいます。

誰もが、その人自身の、認識のクセというか偏りをもっていますから、皆がそれぞれ(度合いはともかく)思い込んで生きている、とも言えるのですが、あまりにそれが大きくなると、自分の人生を混乱させてしまいます。

平均がよいということではないし、認識の仕方に正解があるわけでもないけれど、「自分だけの規則性」を、世の中の常識のように思ってしまっていないかということを、ときどき、冷静に見つめなおす作業も必要だと思います。

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2015年11月18日 (水)

思考なのか、霊聴なのか。

思考の際に、頭の中で「音声に起こすようにして思考をする」タイプの方がいます。

つまり頭の中で、他人に聞かせる会話をしているかのように「えっと、まずはAの件を先にやったとして、次の準備があるからBに行けるのはいつになるかなぁー」というような、「会話風?」まはた「独り言風?」の文章化をする思考スタイルです。

ときどき「自分は、他人の考えていることが聞こえる能力がある」「他人の思いがわかる」という方からご相談をいただきますが、・・・それは実際に聞こえている場合もあれば、思い込みもあります(^^;)。

思い込みをしてしまう方のほとんどは、こうした「頭の中で音声に起こす思考をするタイプ」です。「自分が、会話風に思考したこと」を「外から、聞こえたこと」のように認識してしまいやすいからです。

たとえば「苦手な人と接して疲れたときに、頭の中に『あの人が自分のオーラを奪ったからこうなった。オーラを取られた』と聞こえた」として、

「あの人のせいで、自分が疲れて損をした」という思考を、頭の中で音声風に「自分がしている」だけで、外からの誰かのささやきが聞こえたわけではないし、事実が聞こえたわけでもない、というケースも少なくないです。

頭の中で音声に起こす思考は、その文章を「聞いている感覚に近い」ために、こうして認識がすり替わってしまうことがあるんですよね。

もちろん実際に、霊聴として事実が聞こえたり、他人の感情が聞こえたりするケースもありますし、そういうセンスをもった方もいますので「聞こえる人」の全部がそうだということではないですよ。中には上記のようなケースもある、ということです。




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2015年11月 4日 (水)

不安感に押しつぶされそうになったら。受け止め方を変えてみましょう。

不安感を、何らかの方法で「薄れさせる」ことはできても、完全に除くことはできません。

そして「不安を引き起こす原因を解決する」ことも、幾らかの効果はあるけれども、根本な不安感そのものの解決にはなりません。

不安を引き起こす原因(たとえば仕事が心配だとか、人間関係が心配だとかの)と自分が思っていることのほとんどは、単にそれが表面化する「きっかけ」にすぎず、本当の原因はもっと深いところにある根源的なものだからです。

セッションでも、ご相談者さまの(表面的な)不安の原因を特定していき、ひとつひとつ解説して理解していただくというプロセスをとることはあるけれど、それはそのようにしても根源的な恐れはゼロになりませんよという点まで理解をしていただく「前ふり」のようなもので、 表面的な事柄を解決していっても、一時的な不安感のリセットにはなっても、長い目でみれば根本的な解決にはなりません。

(そのようにわかった上で、あえてとっているプロセスということです。解決して除くためではなく)

仕事が心配だから、上司との関係がうまくいかないからというのは、表面的な見せかけの原因であって、本当はもともと「先に不安感が存在している」のです。導火線はきっかけ、実際に燃える物質は別にある(導火線と火薬はイコールでない)のと同じような構図です。

不安感というものが、私たちには先に備わっていて、直面するいろんな出来事によってそれが「反応している」だけなのです。

では不安感とは何かというと、私たちが生まれたときから備わっている、この世で肉体をもって生きることの不安定感です。

この「有限の世界」を生きることは、たましいにとってはストレスの掛かる不安定なことです。時間という限りのある中を過ごしていくのですから、プレッシャーも掛かります。いろんな刺激がときに不安定感をかき立てるのです。

つまりこれは、生きている限りゼロにすることはできません。逆にいえば、こうした感覚をもっていることが「私たちがこの世をリアルタイムで生きている証し」でもあります。

こういう気持ちも含めて、私たちが「この世で経験する学びである」と受けとめて、前に歩いていくことが大事だと、私はそう思っています。

不安感が、自分の存在や意義を脅かすものだととらえれば、とても恐ろしくなりますが、これがあるからこそ、私たちはこうしてこの世を学んでいられるんだと思えば、受け止め方も変わりますよね。

不安感が、自分の外側から(他人に攻撃されることで)降りかかってくると思うから「押しつぶされそう」になるのであり、それは実は「自分の内側に存在している根源的なものだ」とわかれば、受け止め方が少しだけ変わっていくと思うのです。

反応を引き起こす「きっかけ」となるものは確かに外側からくるのだけれども、それに反応しているのは内側にあり、それは完全に除くことはできません。そして、除かなければいけないことでもありません。むしろ、それが内にあることが重さとなって、私たちはこの地上に留まっていられます。

けれど、不安定感を感じたくないという思いは自然なことです。できるなら穏やかに過ごしたいのは当然なので、そうした思いをもつこともまた否定する必要はありません。

ゼロにすることはできないという前提の上で、反応の仕方を緩やかにすることや、きっかけの刺激が少ない場所を選ぶことはできますから、そちらに取り組むのは効果的だと思います。

でもまた、何か別のきっかけで、思わぬ形の反応が引きおこされることはあり得ます。ここは、しっかり理解していただきたいです。

そうなったときに多くの人は、「なぜまたこうなったのだろう」「自分は、いつまでも変わってない」と、がっかりしたり自分を責めたり否定したりするけれど、「それは、普通」のことです。自分を責めるようなことではないし、ましてや他人から責められることでもありません。

長い人生のうちで、比較的変化の少ない安定している時期もあれば、変化の振り幅が大きい時期をすごすこともあります。自分の体調や精神面の上下も一定ではありません。そうした要素の兼ね合いで、比較的落ち着いていられるときもあれば、不安感が大きくなるときもあるという差がうまれるけれど、それは「なおった」のではなく「なおったはずなのに、なおってなかった」というものでもない、そうした揺らぎの幅をもつ「そういうもの」なのです。

たとえば、好きな食べ物は何回たべてもおいしくて、刺激になれて普通になることはあまりないですよね(一時的に飽きることはあっても)。ケーキが好きな人は、何回たべてもおいしいと感じるはずです。半年後でも、一年後でも。反応ってそういうものですよね。

私はポテチが大好きで、(あまり食べないようにしているけれど(^^;))きっとこの先、何万回食べてもおいしいと思うはずで、それはおそらく変わりません。

同じように、恐れや不安感が引き起こされること(もある、という可能性)も、ずっと変わらない、自分の反応の仕方であり、私たち人間が生まれもっている仕組みでもあるのです。(度合いは人により違いますが)

ものごとに、「良い」と「悪い」があって、悪いことをなおしつづけて良くなることがゴールで正しいと思ってしまうと、そうした自分や他人を責めまくって「現状を受け入れない状態」を延々と続けることになってしまいます。

ものごとに良いも悪いもない、(それは単なる便宜上の定義にすぎない)、いろんな不安定さも含めて全部が自分であり、世界であり、生きることである、と思っていけば、こうした経験から得られるものが変わってきます。

何を得るかはそれぞれ違うから一概には言えないけれども、少なくとも、現状を受け入れない状態では見えてこないものが見えてくる、とはいえるんじゃないかな、と(^^)。

不安感に対する受け止め方を、少しだけ変えられたら、その繰り返しで、少しずつ楽になれる部分はでてきますよ。それは不安感が無くなるのではなく、解消されるのでもなく、理解することで「必要以上に不安感を悪いものと受けとめなくなって、受け入れられる」という感じでしょうか。

こういうことも含めて、生きるってことなんだな、という考え方ができるようになります。




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2015年10月30日 (金)

効果的な学び方。見ることが優位か、聞くことが優位か。

理解するための手段として、「見ること」が優位な人と、「聞くこと」が優位な人では、効果的な学び方が変わってきます。

見ることが得意な人は、目を使う方法が一番簡単で効率よく情報を取り入れることができますので、「他人を観察して気づく」ことや、「上手な人のしている方法を、自分に取り入れる」こと、「本などを見る(読む)」ことから学ぶという方法が向いています。

このタイプの方は、文字や図から得た情報を、処理することに優れていますから、「いかにして、よい本やよい見本(人も含めて)を見つけるか」が勝負となりますね。見て学ぶ対象の選別がポイントです。

聞くことが得意な人は、耳を使って音声で情報を取り入れることが上手なので、「よい方法を知っている人にたずねる」ことや、「講演会や講習会などに参加する」ことや、「テレビや映像などの音(声)を通して知識を得ていく」ことが向いています。

このタイプの方は、「いかにして、(有意義な情報などを)聞くための時間を確保するか」がポイントです。見ることよりも聞くことのほうが時間が掛かりますよね。聞いて学ぶための時間を生み出す工夫が必要です。




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2015年10月29日 (木)

「幼い」と誤解されやすい、「感じて受けとる」人。

ものごとを理解したり把握したりすることを、どのような方法で行っているかには、大きくわけて4パターンあります。

「見ることで受け取る」、「聞くことで受け取る」、「感じて受け取る」、「想像(推察)を働かせる」のうち、得意なひとつかふたつを主に使っているものです。

このうち、「感じて受け取る」人は、会話の中に擬態語や擬声語がとても多く入るのが特徴です。感じている状態を言葉にすると、そう「なってしまう」のでしょうね。

「とてもあたたかな気持ちになりました」、「しっとりした雰囲気ですね」、「感情がざわざわしてきました」、「そのひと言は重いですね」というように、感覚をそのまま言葉にしたような表現は、情緒的で素敵だけれども、会話の相手や場面によっては子どもっぽい印象を与えてしまうことがあります(^^;)。

自分が体感することで把握するので、おのずとすべてが「主観的」になりやすく、客観的な説明(自分がどう思ったか等を抜いて事実だけをそのままのべること)を苦手とする人も多いですね。

言いたいことを「説明的な言葉に置き換えること」がうまくできなくて、ワガママだとか感情的になっているというふうに、誤解を受けやすいのがこのタイプです。

とにかく誤解されやすいので、この点で悩んでいる方は多いです。

このタイプの方が誤解されないように工夫するとしたら「なるべく敬語や丁寧語で話すようにすること」ですね。そうすれば、言い回しの丁寧さが「礼儀をわかっている、ちゃんとした人なんだな」という好印象になり、誤解されやすい点をカバーしてくれると思います。




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