カテゴリー「06.波長の法則」の23件の記事

2017年6月29日 (木)

次に何をしたらいいか、周囲の人(を自分がどう感じるか)が教えてくれる。

この世でおこることはすべて、同じ要素をもつもの同士が引きあうという「波長の法則」が関係しています。

人間関係もまた、この法則のとおり、自分と何かの同じ要素をもつ人と、関わりができるようになっているので、周囲の人には、自分の一部分があらわれています。

しかし、そのときどきで、自分の周囲の「人たち」という、複数との間にみられる共通点や傾向は変わっていくものです。

自分が備えているうちの、どの部分が前面にでて引きあっているかが変わるわるためでしょうね。

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周囲の人たちと、自分との間に、(必ず何かの共通点があるとはいえ)少しの開きを感じることがあると思います。

そういうときは、その開き、違いから、今の自分が学ぶべきことや、とるべき行動がわかります

自分よりも、向上心が高い人が多いと感じるか、または逆に、自分よりも、向上心が低い人が多いと感じるか。

どちらに該当するかによって、相対的に「今の自分を計る」ことができるのです。

自分より向上心が高い人が周囲にいる場合は、「成長するとき」です

その人たちを手本にしたり、または刺激を受けたりして、伸びていくことができる時期にさしかかっていますし、また、それが必要な時期であるということです。

そうして自分が伸びていく時期には、周囲の人たちの向上心について、気づくことが多くなるものなのです。

自分より向上心が低い人が周囲にいる場合は、「新しいことに踏み出すとき」です

今まで、なじんでいた場所に、少しのものたりなさを覚えるときに、周囲の人にそうした印象を抱いてしまうものだからです。

そういうときには、自分が新しいことへ踏み出すタイミングであることに気づきましょう。自分の意識が「前に」と思っているときには、他のそうしていない人が、動いていないことが目立って感じられやすいのです。

その人たちが気づかせてくれたことに感謝して、新しい何かに向かって、スタートをきるのがいいでしょう。

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2017年2月26日 (日)

波長の「上下の幅」は、声域のように「備わっている」もの。

目に見えないエネルギーの性質などをあらわす表現として、「波長」または「波動」という言葉が使われることがあります。

 *波長について説明した過去記事*

 ・波長というのは、その人のもつ「質」としての振動数
 ・スピリチュアルな意味での「波長」とは、エネルギーの振動
 ・自分のエネルギーが振動できる幅によって、引きあうものが決まる

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波長というのは、その人や物が備えているエネルギーの質をあらわす振動です。振動の範囲は広く、上下の幅があります。

波長の幅を、他のことにたとえるならば、声域のようなものです

声域とは、その人が出すことができる「声の高さや低さの幅」のことですよね。

2オクターブの声域をもつ人が、常にその幅いっぱいの声を使っていることはなく、あるときは、備わっている範囲での高い声、また別のときは、備わっている範囲での低めの声、という使われ方になります。

波長も、備わっている幅のうち、そのときの条件により、高い領域の振動になることもあれば、低めの振動になることもあります。

その人の、振動できる領域においての「あらわれ方」として、上がったり下がったりすることはありますが、備えている幅自体が、もっと上になったり下になったりという変化の仕方にはなりません。

波長も、声域も「備わっている性質は、そうは変わらない」ものです。

人の声域がどのくらいあるかは、生まれもった声帯の構造などで大部分が決まってしまうのではないでしょうか(この分野はあまり知識をもっていませんが、おそらく)。

人の波長も、どのくらいの幅があるかは、生まれもって備えている「たましいの個性」で大部分が決まっています。

その中で「どの領域の波長(振動)を、あらわして過ごしていくか」は、一定することはなく、変化し続けていきます。人というのは、固定されていない不安定な存在であることと、この世には時間というしくみがある以上、必ず、そうした変化が起こります。

自分自身の心掛けや姿勢でも変わりますし、外側の環境や、そのとき関わりがある他者の影響などでも変わります。

しかし、備えている本質としての波長の領域そのもの(の幅)は、そう簡単には変わりません。こちらを変えるとしたら、一生を通じて、または、何度も生まれ変わりを重ねてという、壮大なとりくみとなります。

私たちが、この人生において、自発的に波長を高くしていこうと意識するとしたら、「備わっている幅の中で、なるべく高いところで振動できる自分でいられるように」、という部分になりますね。そのことすらも、とても難しく、どこまでもおわりがないものです。

備わっていて、使われていないところや、気づいていないことは、どの時点でも必ず存在しますから、人は学び続けていき、変化し続けていくことになります(^_^)。

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2016年12月28日 (水)

怒りでいっぱいのときほど、さらに怒りを刺激することがおこるのは。

自分に関わるものごとは、同じ要素がある事柄が引きあうしくみである、「波長の法則」によって展開していきます。

自分にはまったく要因のない理不尽な事柄が降りかかったように思えることでも、何かしらの共通点があって、それに気づかされる学びであることが多いです。

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|怒りでいっぱいのときは、さらに怒りが引き寄せられる(^_^;)。

多くの人が、経験したことがあると思うのですが、怒りでいっぱいになっているときに限って、・・・その怒りに油を注ぐような出来事に遭遇するものですよね(^_^;)。

不愉快な感情を持ったままでいると、その思いのエネルギーが外へ放たれますので、同じ要素をもつものが引きあって、ますます、不愉快になってしまう状態におかれることがあるものです。

それは、同じ要素を持った人同士が出会うことで、反応してしまうためです。反応があれば、何かしらの事柄が展開します。


|自分に余裕があるときには、怒りが刺激されない。

自分がとても充実して満たされた気分になっているときには、他人が多少のミスをしたり、迷惑となる行動をしたところで、怒りの感情はわきません。愉快ではないとしても、怒りにまではなりにくいものではないでしょうか。

または、相手に許しの気持ちを持てる人も、怒りはわきません。お互い様だと思えば、許すこともできます。

ある目的に向かって、集中して打ち込んでいるときなども、他人に意識がむかないので、多少のことはどうでもよくなります(許しているわけではないが、そのことを重視しなくなる)。

ところが、怒りでいっぱいのときには、他人の些細なミスが許せなくなり、ますます、怒りがわいてきます。

そういうときは、怒りが誘発されるできごとが引き寄せられてくる・・・というよりは、自分が(本来、気にするまでもないことに対しても)怒りの反応を示してしまう、というほうが適切な表現かもしれません。

自分が怒りの感情を持っていると、他人の怒りを刺激することにもなり、そうした相手の反応が、自分に降りかかってきたり、自分の中にある怒りを刺激するというループになります。


|自分の中にあるそれを、見つめてみること。

そのような構図を考えてみれば、相手の態度が悪いからでてくる怒りのようであっても、自分の中にも、それに反応する何かがあるかもしれず、一方的に相手のせいにはできないとわかります。

だからといって、相手に責任がないという意味ではないですよ。

「ものごとが展開する、スピリチュアルなしくみの話」と、「現実として、その事柄が起こった責任はどこにあるかという話」は、主旨が違ってきますから、事実としての責任は、相手にある場合も多いでしょう。

そういうこととは別口で、自分の内側を見つめていくことや、しくみをしることで、以降に役立つこともあるでしょうから、そういう活かし方をしたいものですね。

 

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2016年10月12日 (水)

波長というのは、その人のもつ「質」としての振動数。

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スピリチュアルな意味での「波長」「波動」という言葉で表されるものは、言い換えると、「スピリチュアルなエネルギーの振動(数)」のことです。

人の波長というのは、その人がそなえている「固有の振動する幅」とでも言えばいいでしょうか、放っているエネルギーに、その振動できる幅の情報がふくまれていて、「あの人の波長が○○である」という言葉で表現されたりしますね。

その人の個性をあらわす、放つことができる振動数、周波帯みたいなものがあって、そこを読み取ることができるので、私は、「その人がどんな性格と性質の人なのかが、すぐわかる」のです。オーラの色で読み分けているのではないです。オーラの色もそうした要素のひとつではありますが、オーラという放たれるエネルギーにのっている波長が最大の情報源となります。


|波長という振動は、霊的な質により作られる。

波長(という振動)の、元となっているのは、その人の「霊質」「霊性」が大部分で、それをベースに、「現在の調子」という、日々で上下するコンディションという変化が加わります。

「波長が高い」という表現をするとしたら、その人が備えている質の振動数の領域が高い、というのが本来の意味だと思うのですが、なぜか今どきのスピリチュアルで「波長が高い、低い」と表現されるのは、簡単に上下するコンディションのほうをさしていることが多いようです(^_^;)。

実際、そういう変化の部分も加わって波長ですので、間違ってはいませんが・・・、しかし本来の波長と呼ぶべきエネルギーの説明としては不十分であるように私は思います(^_^;)。


|単に、性質としての差があるというだけ。

そのエネルギーの質がどこに根ざしているかという区分は、たとえば「ソプラノ」と「アルト」の違いのようなもので。ソプラノのほうが音域は高いけれど、しかし、ソプラノが優れているということではないし、アルトはソプラノを目指すべきということでもありませんよね。

本来は、波長という質の差も、そういうことを指している(部分のほうが大きい)のですけれども。どうも、別の意味のほうが大きくとらえられているようですが、それは「わかりやすい一部分」だけで、本来は、性質としての振動数=波長です。


|本来の波長という振動数に、優劣とかはない。

たとえば、理性よりも感情のほうに同調しやすい人がいるとしても、それは質の差に過ぎず、どちらが望ましいとか優れているという優劣ではないのです。現実よりも霊的なことの感化しやすい人がいるとして、それが優れているということでもないですし・・・。現実的であることが悪いとか低いとかでもないのです(^_^)。

それぞれ性質の差があることが普通であり、その状態で正解です。

この世は、「どこの領域で振動するかが一致していない、いろんな人がいる状態こそが、凸凹がかみあって調和はとられている」ということです。

ソプラノだけの演奏会は、厚みがないですよね。揃ってキレイかもしれませんが、響きの広がりがイマイチなのではないでしょうか。

波長の振動数というのは、まさしく「響き」なのです。その人が放つ響きのことです。

備えている質の中で、望ましい部分を表すようにしていくとか、備えている要素をいかしてより洗練された表し方ができるように、ということが、この世においての「向上」なのだと思います。

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2016年9月 3日 (土)

自分と相手は、共通点があり、違う点もある。

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この世で起こるものごとのすべては、同じ要素が引きあうという規則性によって展開していきます。人間関係にも、この規則性が当てはまります。

つまり「共通している要素があるもの同士が引きあう」ことで、関わりが発生するというしくみになっています。

「共通している」といっても、人の備えている要素は幅広いので、全部が何もかも同じになるわけではありません。

備えているうちの一部分が引きあえば、関わりがつくられます。

備えているものの幅が、たとえば「定規」のような「長さ」のあるものだとすれば、共通している部分はあるとしても、「自分の一番右の端」と、「相手の一番左の端」は、とても距離のある遠いものとなりますよね。

全部が同じわけではないのだから、「自分の一部分」と、「相手の一部分」を、抜き出して比較すれば、共通点はないように思えるくらいにまったく違うこともあるでしょう。


「共通している要素」にフォーカスすれば、「すごく似ている!」ように思え、

「幅広い要素の、両端同士」を比べれば、「まったく共通点がなくて、理解できない」と思えてしまう、

人間関係とは「そういうもの」ですね。


ときどき「あの人と自分は、なぜ出会ったのかわからない(まったく共通点がみられないのに)」というご相談をいただくことがあります。その相手を苦手としている(^_^;)場合の相談内容ですけれど、たとえば話が通じないとか威圧的でコミュニケーションがとれない上司とかですね(^_^;)。

ですが、上記のとおり、「どこかに共通点はある」のです。だからこそ関わりがつくられたのだけれども、しかし「全部が同じではない」ので、「合わない感覚」が大きく感じられるケースも多々あります。

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2016年5月 6日 (金)

自分のエネルギーが振動できる幅によって、引きあうものが決まる。

スピリチュアルな意味での、「波長」とか「波動」という表現をするのは、エネルギーの振動数や、振動数の(上下の)幅のことなどを意味します。

19430928_s人も、物も、できごとも、それぞれのエネルギーをもっていますし、エネルギーを放ってもいます。

それらが、放たれたり、受け取ったり、引きあったりして、この世のできごとが展開していく仕組みです。

同じ要素をもつものが引きあうという、「波長の法則」は、エネルギーの振動に共通要素があるということです。

人との出会いも、できごととの遭遇も、物との関わりもすべて、自分のもつ(放つ)振動数の幅の中でつくられていく仕組みです

そうした「幅」が大きい人は、関わりの幅も広くなります。自分が放つエネルギーが広範囲になると、呼応するものも比例しますから、いろんなタイプの人と知り合うでしょうし、いろんな物との関わりも発見も多くなるでしょう。

波長の幅というのは、人としての幅です。

人として成長していき、幅が広がればその分、放つエネルギーが広範囲となり、それに呼応するものも同様に広範囲になる仕組みです。

どんなことも該当しますから、難しく考えずに(^_^)できることから取り組むといいですね。自分の放つエネルギーを広く大きなものにしていきましょう!



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2014年8月 4日 (月)

波長を高めるとは、スピリチュアルな振動を上げること。

スピリチュアルな意味での「波長」「波動」という言葉で表されるものは、言い換えると、「スピリチュアルなエネルギーの振動(数)」のことです。

スピリチュアルな領域での、エネルギーの振動数が高いことを「波長が高い」、振動数に共通要素がある状態を、「波長が引き合っている」などというふうに表現したりします。

すべての人や品物や物事は、何らかのエネルギーをもっていて振動しています。それらに感化されたり、取り入れたり、共鳴したりしながら、人は成長していき、波長も比例して高まっていくという仕組みです。

振動をさせるためには「動きをつけること」が必要です。

そういう意味で、波長を高めるための基本的な要素は、広い意味で「行動」をすることがあげられます。

その行動を、細分化すると、主に肉体面から振動を与える「運動」と、心や感性という内面に振動を与える「感動」になります。

これらはすべて深いところでは繋がっていますので、肉体からのアプローチも内面に繋がり、内面からのアプローチは肉体へも間接的に作用していきます。

振動=波長を高めるために必要な4つの要素として、「行動」、「運動」、「感動」、さらには「水」があります。

私たちがこの肉体を通して「動き」を発したり受けとめたりする際に、水が大きな役割を果たします。

たとえば、ヒーリングを行ったり受けたりする前後に、「水を摂取する」ように言われることがあると思いますが、それも振動をキャッチしやすいように等の意図がおそらくはあるのでしょう。

「水」はどちらかといえば補助的な要素ですので、残りの3つ、行動、運動、感動、という「動き」の積みかさねが大事です。

複雑に考える必要はなく、わかりやすく言えば、日々の生活の中で、たくさんの経験を積みかさねて刺激を受けて、そこから学んでいけば、自然にさまざまなエネルギーの動きが発生し、成長に繋がっていく、ということです(^^)。

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2014年7月20日 (日)

人間関係の変化に、不安や寂しさを感じるときには(波長の法則)。

人との縁、関わりや出会いは、同じ要素を持つもの同士が引き合うという「波長の法則」によって展開していきます。

恋愛などの親しい関係だけに留まらず、仕事上の関係や日常生活での一時的な関係もふくめてすべてはその仕組みが関連していきます。

同じ要素を持つもの同士が引き合う、・・・ということは、言い換えると、同じ要素を持たないもの同士は引き合わない、ということです。

以前には共通要素があっても、時間とともにお互いが変化していき、共通要素は薄れていくことがあります。

以前は頻繁な関わりがあったのに最近は疎遠になったな、と感じたり、以前は意気投合していたのに、最近は話が合わないな、と思う場合は、自分か相手、または両方の変化によって引き合う共通要素が薄れたためかもしれません。

特にトラブルや問題がなくても、波長が合わなくなるときは、自然と関係性が薄れていくものです。

以前の親しい関係からすれば、寂しさを感じるかもしれませんが、自分も含めて人は皆、成長していきます。成長とは変化です。同じところに留まり続けることはできませんので、変化を受け入れていくことも必要です。

それに、人の縁とは不思議なもので、過去に大いにこじれてしまった関係も、「時間」という偉大な仕組みが自然にそれを癒してくれて、再びの繋がりが作られることもあり得ます。

大いにこじれた関係でも、そうなのですから、特に揉め事もなく自然に疎遠になっただけならなおのこと、きっかけさえあれば、より自然に再びの繋がりが作られていくこともあるでしょう。

そうなるか、そうはならないかは、自分のコントロールを離れた領域での「いろいろ」があります(^^)。そこは、お任せをして委ねていきましょう。

未来に期待しつつ、しかしこだわり過ぎず、今の自分やこれからの自分に合った、たくさんの人間関係をとおして学ぼうという意欲をもち、明るく過ごしていくと、執着や寂しさから抜けだし、新たな未来への意欲がわいてくると思います。

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2014年3月25日 (火)

物が自分に引き寄せられることも、波長の法則。

品物を大切に扱う人には、その行為に呼応するかのように、品物がたくさん集まってくることがあります。

擬人化して説明すると、「物を大切にする人は、物に好かれる」ということになります。「動物を可愛がる人は、その愛情が通じて、動物のほうからも好かれる」のと、同じようなものですね。

こういうことも、同じ要素が引き合うという「波長の法則」です。

この世のものは、すべて何らかのエネルギーが現象化したり具体化した結果です。

大切に扱うという「思い」もエネルギーですし、いろんな品物、洋服や本や食べ物もエネルギーが形を伴って作られています。

もしもその解釈が難しければ、「すべての思いや品物は、エネルギーを帯びている」という受け止め方でもいいでしょう。

エネルギー同士が、波長の法則で引き合いますから、ものを大切にするという愛のエネルギーを発信していれば、それに引き合う愛を帯びたものが、引き寄せられて集まってくるわけです。

人間関係で、同じ要素を持つ人同士が、波長の法則で引き合って、縁がつくられていく仕組みについては、理解はそれほど難しくはないと思います。

その対象の一方が、人ではなく、品物になっても、作用の仕方は同じです。

「ものを大切にする気持ちはあるのに、引き合う現象が自分には発生しない」場合は、「大切にする」という愛の気持ちよりも、「欲しい!」という欲のほうが大きかったり、自分が価値を感じない些細なものについては扱いが雑で、好きなものや高価なものだけを大事にしていないかを、考えてみてください。

「ものが欲しい!」とか「高価なものほど大事」というとらえ方は、物質的価値観によるものです。愛とは、物質的価値観を超えたものですよね。

物質的価値観には、物質的価値観のものが、引き寄せられてきます。

そうすると、誰かがあなたに品物を贈ろうとか譲ろうとかの、愛や厚意に基づくエネルギーとは、引き合いにくくなってしまい、「ものを大切にする気持ちはあるのに、(しかしそれは、物質的価値観に基づいた気持ちである度合いが大きいために)、物が自分と引き合って巡ってくるような現象が発生しない」ことも繋がるのですね。

もちろん、すべてがこのケースに当てはまるとは限りませんので、分かりやすい形での一例を挙げたにすぎませんが、さまざまな形での、愛と引き合う機会が減れば、比例して、巡ってくるものも、愛を帯びたものは減っていきます。

とはいえ、この記事は、決して、「ものを大切にすれば、品物がたくさん集まってきて、得をしますよ、大切にしなければ集まってこないので損をしますよ」というような、物質的な得をするためのハウツーをお伝えしているのではないです。

物質面の損得だけを基準した解釈は、スピリチュアリズムとは無関係ですので、そのつもりでの理解をお願いします。

同じ要素のあるものが引き合うという、波長の法則は、有形の要素にも、無形の要素にも作用します。

「思い⇔思い」が引き合うこともあれば、「思い⇔品物」が引き合うこともあり、いろんなパターンがあるわけです。

私たちが放つ「思い」もエネルギーの一種であり、「品物」もエネルギーが物質化したものですから、同じような性質のエネルギー同士が、波長の法則で引きあう作用はあり得る、ということです。

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2013年7月 7日 (日)

周囲にいるのが、嫌な人ばかりと思うときには(波長の法則)。

同じ要素をもつ人同士が引き合うという、波長の法則によって、この世の人間関係は展開していきます。

引き合う部分はごく一部でも、この仕組みは成立しますので、何らかの共通要素がある人達が、繋がりが出来ていくことになり、丸ごと同じわけではないので、そこは冷静にとらえていく必要があります。

自分の周りに、意地悪で嫌な人ばかりがいて、尊敬できるような良い人がまったくいないケースがあるとします。

では、自分は良いところがまったくないから良い人と出会えず、意地悪で嫌なところばかりなので、同じような意地悪な人しか周囲にいないのか?というと、そんなことはありません。それはあまりに極端すぎるとらえ方です。

人の波長は、上から下まで幅が広いです。誰もが、良いところもあれば、悪いところもあります。

それなのになせ、嫌な人ばかりが集まっているかというと、おそらく、自分が(本来、上から下まで幅が広いうちの)波長の下の部分、低いところばかりが発揮されてしまっている状態、だからです。

備えている幅のうち、どこが表面化して発揮されていくかというのは、そのときの「状態」によります。状態が下がっているときに、備えている幅のうちの、低いところだけが出てしまうことはありますよね。

例えていえば、12色の絵の具を持っているとしても、全色使うとは限らず、その場にふさわしい数色を使うとか、気に入って使いやすい色だけを主に使うとかの、「傾向」があるように、備えている幅のうち、一部分だけが強く発揮されてしまい、それがあまり望ましい部分ではなかったというケースは、起こりうることです。

そのような状態に置かれたら、自分の全体的な波長が低いところしか存在しないからだ、というふうな受け止め方ではなく、本来は上から下まである幅のうち、現時点では下のほうを体現してしまっている状態だったのではないか、と、そちらを省みることが大事です。

本来のその人が持っている幅は、たましいの段階とイコールなので、そう簡単には変えられませんが、そのとき体現している部分というのは、「状態」ですから、状態はいくらでも変化させていくことが可能です。

周囲に嫌な人ばかり、という状況になっているときは、そのことに気付かせてくれている機会だと考えましょう。

そうして、自分が備えている幅のなるべく高いところを使っていくように心掛けると、周囲の人達も、それにつれて変わっていくものです。

周囲が変わっていく、という意味は、「その波長の高さに見合った、別の人が引き寄せられる」という意味もありますし、「同じ相手でも、その人の持っている幅のうち、より高いところが刺激され表面化していく作用を、自分が起こすことになり、相手の在り方が変化をみせる」という意味もあります。

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