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2017年8月の26件の記事

2017年8月23日 (水)

備えている個性や特徴を、どうあらわしていくか。

人は皆、たましいの存在なので、誰もが、たましいの領域から備えてきた「個性」「特徴」がを内包しています。

どんなことが得意か、どんな分野を好むか、こうした個性の特徴は、育っていく過程の経験から作られていくように思えますよね。

もちろんそういう面もありますが、後天的な影響よりも、先天的に備えている本質のあらわれのほうが優先して大きい、というのが、これまでたくさんの方を霊査したことから統計的にわかってきた、私の見解です。

先天的にたくさんの「種」が備わっていて、そのうちのどれが大きく育っていくかが、後の環境や状況との兼ね合いで、変わっていくというところでしょうか。

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最近のできごとでは、「パンダの赤ちゃん」のようすが、象徴的だなと思いました(^_^)。

生まれてまもなくは、説明がないと、種類がまったくわかりませんが、時間とともに白黒があらわれて、パンダらしくなりましたよね。

あの模様は、最初から備わっている要素が、だんたんと出てきたもので、外のようすに影響されたものではありません。

私たちも同じように、この世で過ごす人生の時間のどこかで、備えているたましいの個性のいろんな面が、外の状況や環境に応じて、表面にでてくるようになっています。

つまり、生まれてから後の、時間の経過というしくみと、たくさんの経験が、私たちが備えている性質を引き出してくれているし、または、あらわす機会を与えられている、とも言えますね。

生まれたばかりのパンダの見た目が、種類がまったくわからないように(^_^;)、私たち人間も、年が若いうちは、自分の個性がよくわからないものです。

そのため、若いころは、自分が何者であるかと悩んだり、自分探しをしたくなる人もいるのでしょうれども、年齢を重ねていけば、いろいろな経験をとおして、自分らしさがあらわれるようになり、自分というものがわかるようになっていきます。

そうした「あらわれのプロセス」を経験として学んでいるのが、私たちの人生ということですね(^_^)。

しかし、外の要素がまったく関連しないということではないですし、努力をしないと簡単にはあらわれてくれない性質もあります。

そのあたり、人の性質は、パンダさんよりもかなり複雑で、時間の経過だけでなく、自分の意思や、後天的な経験が反映する度合いはずっと大きいので、本質をうけいれつつ、それらをよりよい形で発揮していくという姿勢で、この人生を進んでいきたいものですね(^_^)。

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2017年8月22日 (火)

プロセスが楽しいのは、動きという刺激があるから。

願っていたことが現実になった、目指していたレベルに到達できたとして、そのときは達成感とか満足とか、いろんな感慨でいっぱいでも、時間とともにそれらは薄れていき、「いつもの日常」として、なじんでいくものですよね。

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目指している過程では、きっとそこに到達したら、すごく幸せな気持ちになれるだろうと思って、それをモチベーションにしているところがあるけれど、

達成してみると、「目指すところに向かって、努力しているときが楽しい」のだとわかるものです。

なかなかうまくいかなくて、苦しかった経験すらも、過ぎてみれば、「あれも、今になってみれば楽しさがあった」と懐かしくなったり。

その理由は、プロセスには「動き(変化)」があるからです。

動きによる振動は、自分の心をも動かしてくれます。

心を動かす振動、つまりは、感動です。

行動がなくても、(内的な心の動きである)感動はできなくもないけれども、行動することで与えられる振動は、わかりやすくて大きいので、わかりやすい楽しみや喜びが得られるということですね。

目標や目的があるほうが、行動を起こしやすいです。

行動を起こすことは、心の動き(感動)に繋がりやすいです。

常に何らかの(小さくてもいい)目標をもち、それに関連する行動をとって、心を動かしていくという毎日を過ごしていけたらいいですよね。

・・・まあ、それがなかなか難しいのですけども(^_^;)。

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2017年8月21日 (月)

あえて制限をつけると、動きだしやすい場合もある。

先日、「制限があるからこそ、判断できる」という内容の記事を書きました。

制限されているのはやりにくい、自由であるほうがやりやすい・・・ように、一見思えるけれども、実際はそうでもないです。

制限は、判断基準にとなって、選びやすさや、決めやすさを与えてくれています。

制限がない状態は、明確な基準がないため、判断がしにくいのですよね。

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何かをしたいという意欲はあるけれど、何をしたらいいかわからないときには、あえて「自分で制限をつけた動きをとってみる」という方法もいいでしょう。

たとえば、「○○に関連することを、3ヶ月以内で出来ることだけやってみる」とか、「お金をあまり使わない方法で、楽しめることをしてみる」というように。

「○○の範囲内で」「○○はしない方法で」という制限は、決めやすさを助けてくれます

何かしらの動きをつけてみると、自分に活気と勢いがでてくるのがわかります。

行動したことの刺激は、自分のエネルギーを揺り動かしてくれるためです(^_^)。

けれど、こうした方法は、あくまで、スタートを助けるための「きっかけづくり」です。目的をもった動き、ではなく、動くために目的を作ったようなものですから。

こうして見つけた目的は、「やりやすい」ことではあっても、「役立つもの」や「合っているもの」ではないケースも多々あるでしょうから、本番前のウオーミングアップだととらえていき、

スタートの勢いと活気を得たら、そこで改めて、自分が何をしていくのがよいだろうかと考えてみるといいと思います(^_^)。

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2017年8月20日 (日)

「オーラ透視者が、オーラからわかること」の範囲は。

人の身体のまわりには、オーラとよばれる、スピリチュアルなエネルギーがあり、オーラのようすには、その人自身があらわれています。

おそらく、「オーラには、その人のすべてがあらわれている」と言えると思います。

おそらく、という前置きがつくのは、「オーラの何もかもを、把握することは無理」だからです。

オーラのしくみ的に、オーラと人との構造から推察すると、おそらくはそうなっているであろう、という解釈です。

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オーラには、(おそらく)その人の、何もかもがあらわれていると思うのですが、

しかし、オーラ透視者が把握できるのは「オーラ全体のうちの、一部分」なのです。

どの部分に焦点が合いやすいかには、透視者ごとの個人差があります。

私は、その人の「本質」をとらえることが得意です。オーラの色でいえば、「頭の上のほうにあらわれるオーラ」を把握するのがメインです。

その日、その時の体調や感情など、変化していく「状態」をとらえることは、あまりうまくないほうです。

私にオーラ透視を指導してくれた方は、オーラ透視全般に得意でしたが、特に「状態」をとらえることがとても上手な方でしたね。

そうした特徴は、「透視者が、持ってうまれたセンスの種類」と関連します。

たとえるなら、理系と文系と、どちらが得意であるかや、運動が得意、暗記は苦手、いうような、性質の差のようなものです(^_^)。

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2017年8月19日 (土)

制限があるからこそ、判断ができる。

日々の生活の中で、誰もが「思い通りにいかない」ことを経験します。

たとえば時間、体力、他人という存在、個性の特徴などによって、思いどおりにならないことはたくさん発生していきます。

この世には、そうした制限がたくさん存在します。

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制限に直面すると、「こんな制限がなければいいのに」と思いますよね。しかし、何も枠組みがない自由な状況というのも、目的を定めにくく、手段も選びにくいです。

さまざまな制限があるこの状況こそが、私たちに、定めることや、選ぶことを容易にしてくれているという一面もあるのです。

私たちは、このしくみによって、制限もされているけれども、学びを助けられてもいるという、両面があるということです。

制限があること = そう簡単には、思い通りにならないことを、

「やりにくいなあ」と否定的にとらえるか、「だからこそ、判断ができる」と肯定的にとらえるかによって、

人生の充実度は、結構な違いがでてくるように思います(^_^)。

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2017年8月18日 (金)

その人に起こる失敗は、その人にとって許容範囲。

「その人の器に見合った課題が与えられる」とか、「その人に乗り越えられないほどの試練が与えられることはない」という表現は、よく使われますよね。

言い換えると、「失敗も、許容範囲のことしか起こらない」とも、表現できると思います。

次に繋がるプロセスとしての失敗(に、一時的には見えてしまう)で、そこから何かを得て、進んでいくことができる学びが含まれているケースがほとんどではないでしょうか(^_^)。

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先日、いつもの美容室で、いつもの美容師さんに、いつもと同じようにカットをお願いしました。

私は、毛量が普通の人の2倍くらいあって、凝った髪型は収拾がつかなくなるので、いくたびに変えたりすることはなく、いつも同じ髪型を何年もお願いしています。

夏なので、いつもより少しだけ軽く、とリクエストしたところ、なぜか、そのときに限って「いつもより、かなり軽く」仕上がってしまいました。

普通の毛量の人なら、こうなってしまうと以前との違いが大きく感じられると思います。しかし、私の場合は、何しろ量が多いので(^_^;)、細部は全体の印象を左右しません。そして、伸びるのも早いですから、遠からず他の部分となじんでいくと思います。

私にとって、カットしすぎな髪は、まったく許容範囲の、どうということもない出来事でした。

そして、この経験から得られたものもあります。

美容室からの帰り道の地下鉄で、既にこの記事のタイトルが、頭に浮かんできました。

この件について書くための経験として、しっかり役立ちました(^_^)。

人生で経験することの「全部」とは言いませんが、ほとんどのことは、その人にとって何とかなる範囲の、次に繋がる学びの種で、未来で花を咲かせることができる経験だと思います。

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リーディングのご感想|指導霊のメッセージ。

リーディングをご利用いただいたTNさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

遅くなりましたが、今回もありがとうございました<(_ _)>  

どれもこれもなるほどと思いつつ、妙に納得してしまいました。これまで一つに真剣に集中することが、効果や成果をだし、世間的にもよいと言われている感じがしていたですが、自分はどうしても散漫であれこれおもいついたことを次から次にやっていく、と言う感じでした。  

これではいけないのだろうと、受験生のように朝方五時とかにおきて、静かな時間に集中とかやってみましたが、パソコンのモニターを眺めて終わりでした。  

しかし、散漫ながらもそれなりに手を出していく方がなんだかんだ出来てしまったりしていて。  

今回の言葉で、私、それでいいんだ(゜o゜)  

と言う感じでした。本やTVで言われている事が自分にもあっているとは限らないのですね(^_^;)  

今回の指導霊さんは、『楽しい雰囲気の、若い巫女さん』とのことですが、きっと今の私にも、明るく朗らかでいなさいということなのかな~~と思ったりしています。

すぐに切り替えは難しいかもしれませんが、心にとめておこうと思います。

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2017年8月17日 (木)

日常と近いところに、幸せはあるもの。

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「時間をもてあます、暇で退屈な状態」と、「無難であること」は、とても似ています。

「無難」とは、「平和な状態」でもあります。

「平和」であれば、「安定している」とも言えます。

「安定」と、「幸せ」は、隣同士のような近い関係に思えます。


こうして、似ていることを、順番にたぐっていくと、

「暇で退屈な日常」は、実は、「幸せ」から、そう遠くないところにあるのだ、と気づかされます。

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■ インフォメーション ■

リーディング・セッション可能な日程および、返信までの時間は、以下のとおりとなります。ご不明な点がありましたら、お気軽にお問い合せください(*^_^*)。

【メールによる回答】

常時の受付は行っておらず、ひと月に一度程度、不定期で受付を行っています。返信までに、10日前後のお時間をいただいています(料金は 17,000円)
(前回は、8/17に受付しました)

【Skype、または固定電話のセッション】

現在は、不定期の受付となっています。実施日は、ブログ記事で、その都度ご案内をしています。(料金は 60分=17,000円。 延長料金は20分=5,000円)

 

スカイプ実施日: 8月

不定期の実施です。受付がある日は、当日にブログ記事で「本日のセッションを受付します」という記事をUPして、ご案内をさせていただいています。

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2017年8月16日 (水)

自分のオーラを見ることは難しいです。

「オーラが見えるようになれたら、自分のオーラを確認して役立てたい」というお話を、セッション中の相談の延長として、お聞かせいただくことがあります。

結論から言うと、「オーラを見ることが得意な人でも、自分のオーラを見ることは難しい」です。

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たとえば私などが、自分のオーラを鏡越しでチェックして、自分の状態を知るようなことは、あまりうまくいかないのです(^_^;)。

まったく見えないことはないですが、「ぼんやりと、輪郭がわかる程度にしか見えない」ですね。日々の状態の変化を追うようなことはまったく無理です。

オーラを鏡越しで頑張ってとらえて、自分の状態を把握するよりも、普通に体調や気分を通して、「今日はだるいなー」とか、「頭がすっきりしている」とか、「気持ちが乗っている」とかの把握のほうが、そのときの自分をとらえる精度は高いでしょう。

このことは、ほぼ全員に当てはまり、自分のオーラをとらえるとしたら、輪郭をぼんやりとらえるとか、オーラが「ある」ことが視覚を通してわかる、という、そのくらいが上限になるようにと思います。

できない理由は、「自分を自分で、というのは、客観的になりにくい」ためです。

そして、比較対象がないからでもあります。

他人をとらえる場合は、自分という比較対象があります。

相手を把握するということは、簡単にいうと、自分を基点(ゼロ)として、どのくらい違うかという、差異をとらえることと似ています。

自分と他人には、差異がありますし、距離がありますが、

自分の自分では、同じであり、距離がないですから、

他人を見るような客観的な把握は、難しいということなのです。

オーラを見ることに関しては、自分のオーラよりも、他人のオーラのほうが、かなりわかりやすいと思います(^_^)。

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2017年8月14日 (月)

友だち付き合いが億劫だった気持ちも、年齢で変化していくことがあります。

友だちと関わることが億劫になり、あまり気が乗らなくなるのは、「体力がいっぱいで、やる気に満ちている若い時期」に多いかもしれません。

友だちが嫌いではなくても、関わりに楽しさがあっても、「自力」が大きいときは、それで自分を満たしていけるので、他力をあまり必要としなくて済むというのがあります。

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だんだんと年齢を重ねてくると、体力が下がっていきますし、いろんな責任やら役割やらが増えてきて、自力だけでは大変になることもでてきて

そこで、他力という力の価値が、よくわかるようになります。

ある程度年齢を重ねていくと、以前は「友だち付き合いなんて煩わしい。ひとりでいるのが好き」という人でも、「友だちとの関係を持ちたい」という気持ちが強くなることはあります。

それはとても自然な変化なので、あまり「なぜ」とか「何の理由が」と考え過ぎなくてもいいと思います。

そういう変化をしていくことはありうる、というとらえ方で、今の思うことを、行動にあらわしていくのがいいですね(^_^)。

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2017年8月12日 (土)

新しいことをする=慣れていないエネルギーとの関わり。

今までと違う、新しいことを生活の中にとりいれていくと、やる気が出たり、切り換えとなってリフレッシュされたりしますね。

今までと違う種類の行動をとったり、新しい洋服を身につけたり、はじめての場所に出掛けていったりすることは、「新しいエネルギーとふれる」機会となります。

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人に、オーラというエネルギーがあるのはよく知られています。

物事にも、場所にも、それ特有のエネルギーがあり、新しいことに関わることは、新しいエネルギーとふれることになります。

ここでいう新しいとは、新品という意味ではないです。

普段から、関わり慣れているエネルギー以外の何か、ということです。

慣れていないエネルギーが、自分にいつもと違う刺激となり、違う反応がつくられて、そこから気づきを得たり、楽しむことができたりします(^_^)。

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2017年8月11日 (金)

敏感なセラピストさんは、「浅い呼吸」の改善を。

他者の体に直接ふれる仕事をしていて、相手の状態に「自分も同調」してしまったり、相手のエネルギーを「自分が引き受けて」しまい、調子が悪くなったり、疲れが抜けなかったりするケースがみられます。

誰でもそういうことはあり得ますけれども、顕著に「そうなりやすい」とか、「常に、そうなってしまう」という、敏感な性質の方がいます。

スピリチュアルなことに関心が深い方は、敏感な方が多いので、セラピストという仕事を選ぶとしたら、そうなる可能性は低くはないですね。

実際、そうしたご相談をいただくことも、これまで多数ありました。

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経験が長くなっていけば、同調しないためのコツがわかったり、慣れることで余裕がでてきたりして、多少、影響に強くなることはできると思います。

しかし、根本的な「影響の受けやすさの度合い」は、生まれ持った性質(本質)なので、ここは変えられません。

このことを受け入れて、その上で、できる工夫をしていくという意識になることが現実的であり、大事なことだと思います。

相手のエネルギーに負けることがなく、セッションを量産できるタイプの人と、同じようにはいかないことは受け入れて、自分にあった工夫をすることですね。

可能であるなら、(自営業の場合)セッションの内容を工夫するとか、長めのインターバルをとるとか、仕事がおわった後のケアを十分にするとか、自分にあった方法を見つけてとりいれていくことが役立ちます。

具体的にどんなことが適しているかは、「影響を受けやすい」という枠組みだけでは判断できず、その人と、その状況によりかわります。詳しく知りたい方は、セッションを御利用ください。

その際、お伝えできるのは、「何が、起因しているのか」、「その軽減にはどんなことが有効か(その理由も含めて)」、 「集まっているお客さんとのエネルギー的な相性」など、しくみについてと、対処や工夫の提案です。

性質そのものを、根本的に変える方法というものは、存在しないので・・・、そこはご理解をいただき、「備えているものを受け入れ、備えているものをよい形にいかしていく」という観点からお伝えしていきます。

何がどう影響しているかは、ひとりひとり違いますが、共通しているのは、「呼吸が浅い」ケースが多いということです。

ここを少しでも改善できれば、かなり変わっていくと思います(^_^)。

または、「これからセラピストとして、やっていきたい」方も、深い呼吸をしていくことは大事です!

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2017年8月10日 (木)

やりたいことがあるときに限って、忙しいものですが。

やりたいことが具体的にあって、そのための時間をたくさんとりたいときに限って、別の「やらなければならないこと」が、同時期にたくさん発生して、まったく時間がとれない状況になることは、よくあります(^_^;)。

「よりによって、なぜ今、こんなに忙しいの」と愚痴のひとつも言いたくなるところですが、しかし、やることがたくさん「ある」という事実は、「自分のところに、事柄がたくさん集まっていること」ですから、ありがたいことでもあるのです。

それが、やりたい事柄か、そうでないかという点は別として、自分のところに、(その事柄が含んでいる)エネルギーがたくさん集まっているのですから、それらをうまく捌きながら、力にしていけばいいだけですね。

やりたいことに集中できない!と思うかもしれないけれど、それだけに集中できる環境のときは、「いつでもできるので」と力が入らないことも多いですし(^_^;)、

幾つもの事柄を同時進行で進めていくための練習にもなります。

気が進まないことでも、やってみて思わぬ知識がついたり、経験がふえて役立つこともあります。

やりたくないことは、そういう機会でもなければ、自分からやろうとしないことですから、好きなこと、やりたいことだけやっていては知らないままになる領域のことです。そうした機会が、自分の視野を広げてくれることもあります。

つまり、考え方しだい、受け取り方しだいですね。

やりたいことも、そうでないことも、「自分に縁のある事柄が、集まってくる」と思えば、そこから気づいたり、学んだりできることは、増えていくと思います(^_^)。

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2017年8月 9日 (水)

私たちも、霊的な存在。

私たち人間は、「肉体をもった霊的な存在である」というふうに、スピリチュアリズムでは定義します。

スピリチュアリズムに関心と理解がある方でも、皆さん、「もし、幽霊がいたらコワイ!」とか、「幽霊を見ないようにしたい!」と、気になさいますが、

そういう自分自身も、実は、「霊」であるわけですね(^_^;)。

自分という存在は、「肉体という物質」でもあり、「形をもたない霊」でもあります。

両方が密接に繋がって、今世の自分を構成しています。

このことを、江原さんの初期の頃の書籍で、「水を吸わせたスポンジのようなもの」という表現がなされていたと記憶しています。

2つの要素が重なってひとつになっている、ということをあらわしている表現でもあり、同時に、一方が他方に「なじみやすい」ということも、あらわしているようにも思えます。

「人間」と「霊」、「あちらの世界」と「こちらの世界」という、一見、相反するように思える要素同士も、「逆」ではないんですよね。

重なり合ってひとつだということです。

包括されている内輪に、私たち人間がいて、こちらの世界が存在しているというしくみです。

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リーディングのご感想|固定電話のセッション。

リーディングをご利用いただいたKさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。


自分のことをしりたいけれど、知ることが恐いとも思い、今日まで迷っていました。本当に私はこれまで、迷うこと避けていたことがたくさんです。雑誌の占いさえも見るのが恐い、この気持ちはなぜ出てくるか不思議でした。

家族の中であなただけ、気にする性格ですね と言われて、そのとおりで私だけが心配性なことが改めて浮き彫りになり笑いました。笑うと泣けてきました。安心すると泣けるんですね……。貴重な機会をいただき感謝します。自分を知ることが安心に繋がると解りました。

「それはただの気持ち」「気持ちは気持ち、気持ちと事実は別」と考えていけば、それだけのことだと安心しました。

これからは不安になることがあっても、あの気持ちを思い出せばいいという不思議な安心があります。わかりやすいお話をありがとうございました。

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リーディングのご感想|スカイプ・セッション。

リーディングをご利用いただいたYUさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

リカコさん セッションをありがとうございました。

感想ですが 前半までは、時計をみて時間を確認する余裕がありましたが後半はもうまったくわかりませんでした。時間の感覚が薄れるとはこういうことか!!と思いました。

聞きたいことが言葉にならない箇所があって自分の課題だと思いました。頭の中と心の中に空白がないとコントロールするための場所がないですから空間をつくりますね!!こんなに自分の考えていることを話したことはなかったので、楽しかったです。

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リーディングのご感想|スカイプ・セッション。

リーディングをご利用いただいたRさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

昨日は、どうもありがとうございました.

3年前からブログ拝見して、いつか いつか と思いながら3年もたちました。もっと差し迫ったものがないと 申し込んではいけないような気がしていましたが

昨日は すんなり申込したい気持ちになりました。

お送りする写真を 何度も間違って違うものを添付して申しわけ御座いませんでした。急に思い立って申込をしたので 焦って慌てました。でも 違う写真が 示唆があるとは それを行動した自分に不思議な気持ちがします.

これからは もっと自分の行動に自信をもちながら 過ごしますね!

ありがとうございました また機会があればお願いします

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2017年8月 8日 (火)

自分のセンスや技術について、もっとよく知っておく。

備わっているセンスや、習得したスキルをうまくいかすためには、その事柄を、さらに細分化して、よく知っておくことが役立ちます。

たとえば、「書くことが得意」な人がいるとします。

しかし「書くこと」といっても幅広いですよね、対象としても、内容としても。

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たとえば、小説のような長文を、内容の連動が破綻しないように書くことができる人がいるとして、しかし、そういうことが自然にできてしまうセンスをもっている人は、逆に、短く要点だけをまとめる文章が苦手というケースもあります(^_^;)。

感想文や解説文のような、ある対象について見解を述べる形式の文章は、とてもわかりやすく書けるのに、他人の発言をまとめる議事録の作成はうまくできない、というケースもあるかもしれません。

事実のみを描写する観察記録が得意な人もいれば、自分や他人の感情を動かすような文章が得意な人もいます。

書くことなら全般的に得意な人もいれば、ある特定の狭い分野だけが、飛び抜けてうまくできる人もいますから、個人差があります。

つまり、

シンプルに、「書くことが得意」という認識のしかたは、範囲が広いですから、おそらく、自分で思っているよりも「曖昧」なのです。

だから、それを活かす道を、見つけにくくなります。

自分が備えている、書くことというセンスや技術は、「誰に対する、どのような内容を扱うことが適しているのか」という、具体的な認識があると、

自分をいかしやすい場を見つけたり、選んだりしやすくなりますよね(^_^)。

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2017年8月 7日 (月)

スピリチュアルリーディングで、未来を把握する場合のしくみについて。

セッションでは、基本的には未来予知のようなことは、行っていないのですが、ときどき、その話の流れによって、近い未来の「可能性」についてお伝えすることがあります。

自分の未来は、自分がこれから作り上げていくものであり、前もって決まった脚本が存在するわけではないので、「未来についてお伝えすることは、その時点からみた可能性のひとつ」であり、「確定した予言ではない」ことを前提として、お伝えしています。参考意見という位置付けで解釈してください、と。

このように文章で読んだり、自分が直接、セッション中にそう言われたとしたら「ああ、そういうものなんだな」という印象になると思うのですが、客観的に、こうしたしくみを考えてみると、「可能性とはいえ、その時点で既に、伝えることができる未来の要素が「ある」ということ」は、ちょっと不思議ではありますよね。

このことには、「カルマの法則」というスピリチュアルなしくみが関連しています。

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カルマの法則については、スピリチュアリズムに関心がある方にはおなじみだと思いますし、過去にもたくさん記事を書いているので、重ねての説明は省きます。

この世のできごとはすべて、この法則によって展開していきますので、過去に起こったことも、未来でこれからおこることも、「種となる原因があり、結果がつくられる」ことが関連しています。

つまり、未来というのは、まだ決まっていない、無限の可能性があるように思えても、ある程度は、過去の行い(前世も含めて)が元となって展開していく部分が大きいということです。

勿論、それだけが未来をつくる材料ではないので、過去の自分のことだけでなく、他者との関係性や、その時代や地域などの状況の特性などとの兼ね合いも、複合的に関連することになります。

それでも、過去という積み重ねたものが関連することは確かですので、その点に焦点をあてていけば、ある程度の確率の可能性が、ひとつ、ふたつ、見出せる場合もあるということです。

これを料理にたとえると、「じゃがいも」と「人参」があるとしたら、ここからカレーを作ることができますし、コロッケをつくることもできますね。これらがありうる可能性です。

この材料からステーキを作ることはできませんから、該当しないものを省くこともできます。

つまり、過去の行いの蓄積(カルマ)から、未来の可能性を予測することは、

既にある手持ちの材料から、作ることができる料理や、その方の技術や状況をふまえて、実際に作る可能性が高い料理を、「これではないでしょうか」と、提示することに近いです。

しかし、過去の積み重ねた行いが、自分の未来に反映する「時期」や、「どのように反映するか」までは、その他の要素との兼ね合いもあるので、なかなか把握はできるものではないです。

自分だけで完結することではなく、他人が関連することであれば、相手の都合もありますからね。

そうした未知数の要素が増えていけば、不確定要素が増えていくので、未来を把握するのは難しくなります。

さらに、今から、その事柄が展開するまでの「期間」に、新たな材料が加わることで、また違う可能性が広がっていき、そちらが展開することになるかもしれません。

上記の料理の件でいえば、そこに「肉」が加わって、まったく別の広がりがたくさんでていく、ということもあり得ますので(^_^)。

そういう「いろいろ」がありますので、かなりの曖昧さを含んだものではありますが、ある程度の枠組みとしての、こうなり得るという可能性をひとつ、ふたつ、把握することはできる場合もあるのです。毎回ではありませんし、内容にもよりますが。

実際に霊査をするときには、過去のカルマがなんたらで・・・と、順をおって見ていくわけではないですけれどね。把握は、もっと瞬間的なものですが、しくみとしては、こうした関連性から、導き出されている事柄であるようです(^_^)。

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2017年8月 6日 (日)

もやもやとイライラの感情は、選択肢を増やすこと解消することもある。

やりたいことがあって、やらなければいけないことがあって、よくわかっているのに、なんだかイライラ&もやもやがあって、行動できないことがあります。

そういう気持ちになるときの理由として、「選択肢が少ない」という場合があります。

あまり具体的でない選択肢しかないとき、とても手掛けにくい選択肢しかないときに、「すぐに行動にうつしにくい」ことが、「やる気があるのに、取り掛かるまでにプロセスがいる」というイライラになります。

または、選択肢の数そのものがとても少ないときは、もやもやな気持ちになりやすです。

自分の中には、他の選択肢を思いつきそうな、そうでないような・・・という、はっきりしない感覚があって、たとえるなら「くしゃみがでそうで、でない」ような感覚で、それがはっきりと「ひらめく」「思いつく」形になるまで、もやもやが続いてしまいます。

どちらも、選択肢をもう少し増やすか広げるという意識になることで、そうした気持ちから解放されることがあります。

すぐには見つからなくても、広げようという意識になって探し始めると、エネルギーの向き際が外になるので、内にたまった気持ちのエネルギーが流れていくためだと思います。

そして、そういうふうに、内から外に向かうエネルギーが流れていくとき、自分の内からアイデアが引き出されること多いです。

なんだかよくわからない気持ちのもやもやがあるときは、目的にあった選択肢が、現状でわかっているものより他にもないか、もう少し探してみるといいかもしれませんね(^_^)。

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2017年8月 5日 (土)

深い呼吸が、エネルギーを体感でとらえることを促す。

「体感覚で、感じとるセンス」は、胸の位置にあるチャクラと連動しています。

エネルギーレベルでの器官と、実際の肉体の器官は、連動している部分がかなり大きいので、感じることは、呼吸のリズムと関連しています。

呼吸は、胸の位置にある肺などの臓器をうごかして行いますよね。胸の位置にあるチャクラが感じることを司っているので、この動きと作用は、連動することが多いのです。

感じるセンスが高い方は、意識してみるとわかると思いますが、呼吸を止めているときは感じるものが伝わってきにくいと思うのです。

自然なリズムで、吸う、吐く、と繰り返しているときは、エネルギーが自分のセンサーに伝わってきやすいのではないでしょうか(^_^)。

深い呼吸をしっかり行っているときには、感じるセンサーも(本人比で)よく働きやすいです.

また、エネルギーの動きも、連動した「出入り」となるため、不要なものが、長く内に留まることもなくなります。

浅い呼吸になっていると、「感じるセンスの高い人」なら、ネガティブなものばかり感じやすくなりますし、感じるセンスが普通の人は、普段よりもなお感じにくくなります。

そして、エネルギーの動きも、連動しますので、浅い呼吸になると、「十分にとりいれられない、そして、はき出せない」となるため、不要なエネルギも、留まったままになりやすいのですよね(^_^;)。

十分な、深い呼吸をしていくと、エネルギーのめぐりもよくなり、感じるセンサーも、自分比でよい状態に整います(*^_^*)。

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2017年8月 4日 (金)

排出行為、不要なものを放つあらわれとして、「夢」をみることもある。

これまでにいくつも、寝ている間にみる「夢」について書いてきました。

http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2017/04/post-0adb-8.html

「こんな夢を見たら、○○になる予兆」とか、「夢に○○が出てきたら、××が得られる」という、夢の規則性が巷ではよくいわれます。

しかし、どんな夢の見方になるかは、個人差があります。

その人がどんな特徴のある夢の見方をするかによって、夢へのあらわれは、まったく違うものとなるのです。

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そのうちのひとつで、「排出行為」として、夢をみることがあります

たとえば、過去の感情をエネルギーとして、自分の中に留めていたものが、当時のようすや、当時の感情を再体験するかのようなシチュエーションの夢をみることが、エネルギーの排出(解放)となるケースがあります。

または、その時点でたまたま拾ってしまったような、不要なエネルギーを、夢に反映させる形で、自分から放出することもあります。

こうしたケースであれば、どちらも「あまり気持ちのいい内容ではない夢」になりますね(^_^;)笑。

しかし、起きたときに、見た夢の内容とは違って、なぜかスッキリしているような気持ちになるのが特徴のひとつです。

こういうパターンがでやすい人もいます(^_^)。

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2017年8月 3日 (木)

スピリチュアルなセンス3種類、または4種類。

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スピリチュアルなセンスを使って、何かを把握する場合の代表的なものとして、「見える」「聞こえる」「感じる」という3種類がありますね。

私は、ここに「わかる」を加えて、4種類とすることが多いです。

3種類にカテゴライズをする場合は、おそらくは「見える」と「聞こえる」以外のことを、「感じる」としていると思います。

見えたり、聞こえたりという把握方法ではないものを、まとめてひとつという区分けです。

4種類にする場合は見えたり、聞こえたりではないものを、さらに2つにわけて、「体感覚を伴う把握=感じる」、「体感覚とは違う形での知覚=わかる」という区分けですね。

ビリッと電気のような刺激がきたとか、ふわっと暖かいものを感じたというケースは、感じる把握、

根拠はないけれど、そうだと確信があるという知覚のしかたは、わかるという把握、

というふうにわけた場合は、4種類となります。

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2017年8月 2日 (水)

他人のことばかり一生懸命になってしまう人。

自分のことをせずに、他人のことに一生懸命な動きをする人は、とても歓迎されますし、尊敬されることも多いものです。

他人を大事にすることは、なかなかできないことであり、自分の感情だけを優先していない冷静さをもった大人な人なんだな、という印象を抱きますよね。

しかし、こうした動きをする人の中には、「他人も大事だから」という動機ではなく、「自分のことが、わからないから」という理由で、そうしているケースも結構あります。

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どちらにしても、他人への思いやりをもっている人の行動ではあるのですが、

自分より相手を優先している、というよりは、自分のことをどうやっていいかわからないが、他人のことはわかりやすいので、そうした形の動きをしてしまう、なってしまうケースもあるということです。

こうなりがちなのは、「主観」よりも「客観」が強い、ものごとに冷静な目線を向けることが優れている人です

主観と客観を比べたときに、大きく差がついて、客観が勝っている人で、思いやりがある人が、このパターンにはまり込んでしまうのです(^_^;)。

距離があるほうが、客観性を働かせやすいので、他人のために、自分がどう動いたらいいかがわかります。もっとこうしたほうがうまくいく、ここを直すほうが効率がいいとわかるので、とても良いフォローやサポートができて感謝されます。

しかし、自分のことは、距離がないので客観を働かせにくいですね。自分のことには、同じレベルの質で動くことができません。

そうして他人のことばかりしていて、それが当然のようにに思われてくれば、不満もでてきますし、何より疲れます。

「こういうことはやめて、自分のことをしたい」と思っていても、客観性が働いて、相手のためには、もっとこうするほうがいいと「わかってしまう」と気になりますよね。それでなかなか、切り換えができません。

本人も辛いのに、無関係な第三者から、「好かれようとして、良い人アピールをしている」と誤解されたりするともう、ストレスでいっぱいになります。ですが、なかなか、やめられないのです。。。

この状態の解決・改善の方法として。

こうしたケースに該当する人は、他人のために動くことをやめる、というだけでは、うまくいきません。Aから、Bに、切り替えをするという選択肢が並んでいないからです。

他人のために動くことをやめて、自分のために動くようにすればバランスがとられて解決ですが、自分のために動く方法がわからなければ、切り換えになりませんね(^_^;)。

有効な方法として、「他人のために動くことは、そのまま続けていき、比率だけ下げる」ような動きを工夫してみてください。

そこで経験したことから得たものを、自分にもいかしていくようにする、という形で、自分のための動きをとることを、まずはやってみましょう。

客観性が強い人は、他人のことを眺めたり、他人のことに関わったりすることで、ものごとを把握して知恵にしていくセンスがありますから、そこをいかしていきます。

たとえば、Aさんのお店を手伝うことになり、お客さんとのやりとりに気配りをして疲れてしまっても、その経験から、「接客とは、こういうふうにやればいいんだ」と身につきますから、それを、自分の人間関係や仕事でいかすのです。

Aさんのお店のお客さんに、地方の名産品を発送する手伝いをしたとして、「こういう珍しい品があるんだ」とか、「ここに手配を頼むことができるんだな」とわかりますよね。その知識を覚えておけば、自分の知り合いにお礼をする機会があれば、気の利いた贈り物をすることができます。

情報収集のため、経験のためとわりきって、他人のことに「ほどほどに」関わるのがいいと思います。

たぶん、そのほうが、完全にやめるという切り換えよりも、このタイプの人には「楽」です。

やりやすい方法で、バランスをとっていくのが一番、負担が少なくて、本人的に無理がないですから(^_^)。

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2017年8月 1日 (火)

自分に合うものは、なじみやすく、長続きしやすく、集まりやすい。

ものでも、行動でも、「自分に合っていること」はしっくりなじんでうまくいきやすく、そうでないことに比べると、展開がスムーズだったり、成果が大きいものになったります。

しかし、「何がどうなれば、自分に合っていると言えるのか」、「これは、合っているととらえていいのか、よくわからない」という人もいるかもしれません。

こうした判断は、比較してわかるという力なのですけれども、この力が強い人もいれば、弱い人もいますし、また、経験値が少ない場合は、それが理由でうまく判断ができない場合もあります。

そういうときに目安になるのは、「波長の法則」をベースにしたとらえ方です。

波長の法則とは、「同じ要素をもつもの同士が、引きあう」というスピリチュアルなしくみのことです。

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●合うものの、判断のしかた。

自分に合っていることは、そのことに馴染みやすい性質を自分が有している、ということでもあり、お互いが「引きあう」力が働きます。

しっくりくる、なじむ、という「自分的な感覚」もさることながら、客観的な事実をとらえる場合でも、(引きあう力が働くことで)、長続きしやすい、同じようなものがさらに集まる、という現象が起こりやすいのです。

ひとつ手に入れると、いろんなところから似たようなものを贈られたりして、集まってくるようになるのは、同じ要素が重なることで、より強力な磁石のようになるためでしょうね。

自分に合うものは、自分の放つ力を増してくれて、さらに同じようなものが集まってくることが多くなる、というこのしくみから「合う」を判断することもできますね(^_^)。

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