« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

2017年8月の16件の記事

2017年8月30日 (水)

好きなことを選ぶと、うまくいく人もいれば、そうではない人もいる。

「好きなことをして人生をすごそう、そのほうがうまくいく」という考え方を持つ人がいます。

一方、「好きなことでうまくいくほど、世の中は甘くないよ」という考え方もありますよね。

前者はとっても夢いっぱいに思えて、後者はとても現実的に思えます。

このうちの、どちらが正しいのか、といえば、それは「人により、それぞれ」です。

13896484_s
全員に必ず当てはまる、ひとつのパターンが存在するのではなく、「好きなことがうまくいく人」もいれば、「好きなことよりも、もっとうまくいくことが存在する人」もいます。

これは本当に、人それぞれなので、まとめるのは難しいですが、私の知っているケースの統計的には、「好きなことが、うまくいく人」は、1~2割でしょうか。「好きなことより、もっとうまくいくことが、別にある人」のほうが、ずっと多いようです。

そのため、「好きなことをすると、人生はうまくいく」という主張が、少数なので珍しいため、目立つことになります。

そして、そういうストレートにわかりやすいことは好まれるので、それがすべての人に当てはまる「正しいこと」のように解釈されがちなのですが、

世の中の全員に、そのパターンが当てはまるわけでもない、ということなのです。

当てはまるかどうかは、「備えている本質」との兼ね合いとなります。



すべての人に、その人の得意なこと、うまくできることが存在します。

しかし、そうした「自分の得意なこと、うまくできる事柄」を、好きと思うかどうかは、それぞれです。

ここが、両者の違いを生んでいるポイントですね。

「得意」と「好き」が揃っている人は、当然のことながら、好きなことでうまくいでしょうけれど、

「得意」と「好き」が違っている人は、こちらも当然ながら、好きなことだけ選んだら、得意なことから遠ざかることになりますから、あまりかみ合わずに、停滞しがちになるんですよね。。。

自分を知って、自分の好きなことと、備わっていることがどのくらい合っているかを考えてみることで、どちらが該当するかがわかります。

が、こうして「考えなければわからない」人は、おそらくはほとんどが後者の「揃っていない人」になると思われます。揃っている人は、考えるまでもなく一択になるので(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月29日 (火)

ヒーリングのセンスは、オーラの色には限定されません。

オーラの色によって、スピリチュアルなセンスの備わり方が決まっている、という、思い込みをなさっている方が少なくないようです。

ですが、センスの備わりは、オーラの色とは、それほどの関連性はないと思います。

関連性がゼロとはいいませんが・・・、しかし、「○○色であれば、○○の力がある」と区分けできるほどのものではないので、センスについては、オーラの色とはわけたとらえ方をしていくほうがいいでしょう。

29722209_s

「紫のオーラであれば、霊感が強い」とか、「緑のオーラであれば、ヒーリング力がある」という解釈がなされているケースが多いようなのですが、

スピリチュアルなセンスは、オーラの色には限定されないので、たとえば、オーラが赤くても、霊感が強い人はたくさんいますし、オーラが青くても、ヒーリング力がある人もたくさんいます。

私のご相談者さんは、全般的にヒーリングに関心がある方が多いようで、オーラに緑があってほしかった、という声がよくあがるのですが、そこはあまり心配しなくても大丈夫なのです。

オーラが緑でも、青でも、ヒーリングセンスがある人はいますので(^_^)、色のみですべてが決まっているわけではないということですね。

人は誰もが、スピリチュアルな存在なので、広い意味でのスピリチュアルなセンス(ヒーリングセンスも含めて)は、誰にでも備わっています。

備わり方の、大小という違いはありますし、また、どのような働きかけや作用に向いているセンスであるかは、それぞれ違います。そうした幅広い「いろいろ」があることですから、特定の一色のオーラだけに限定されるものではないですので(^_^)、色のみにとらわれなようにしてください。

オーラの色を、ヒーリングセンスと関連させた解釈をするとしたら、「どういう要素から根ざしたものか」という繋がりはわかりやすいので、そうして自分を知っておき、向いていることを選んでいく際の参考にはなると思います。しかし、センスそのものは、色が何色かという一点だけで決まるものではない、ということですね。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月28日 (月)

リーディングのご感想|スカイプ。

リーディングをご利用いただいたMTさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

セッション後に、「お腹がすく」「眠くなる」ことはよくあるようで、その件について書いた過去記事は、こちらになります(^_^)。

先ほどはありがとうございました。

実は、終わってまもなく、すごい睡魔に襲われ、でも空腹にも耐えられず。 まずは10分位でご飯を沢山食べて、即効眠り、ついさっき起きました。寝すぎです。こんなに昼寝なんてしないのに、ビックリ。夜眠れなくなりそうです。

今まで何度かSkypeでみてもらっていた事がありましたが、こんな状態になったことはなく初めてだったので、さっきリカコさんのblogでセッション後の事書いてある記事がないか探しました。

それでつい、不思議すぎてメールを送ってしまいました。

ありがとうございました。

ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします。

| | コメント (0)

2017年8月27日 (日)

個性の備わり方と、あらわれ方。

誰もが、たましいの領域から「備えて」きた、個性をもっています。

個性の「あらわれ方」については、後天的な生育環境などが関わっていくものですが、個性の「備わり」は、生まれもっているものです。

59834874_s

たとえば、神経質な人が、人生の途中で楽天家になったりはしないように、本質というのは、変わらないものです。

成長の過程で、人は器が大きくなり、感性の幅も作られますから、そうした「広がりが作られる」ことはあっても、根本のところがまったく入れ替わることはないです。

どのような行動や生き方をしようとも、根底に流れ続ける川のように、私たちのたましいの個性は、その要素が在り続け、流れ続けていきます。

スピリチュアルに関心が深い方は、自分が人として霊として、どのように生きるかという、「自分の在り方」を考えることがあると思います。

その点を、たましいの観点を含めてとらえるならば、たましいの個性としての在り方、備えて生まれてきた本質をベースに、この人生で経験して身につけたことを含めた全体をとらえていくことが必要となるでしょう。

本質は、この世での人生において、きりはなされることも、入れ替わることもない、自分自身だからです。

けれど、本質の「あらわれ方」は変えられますので(^_^)、ここは間違えないようにしましょう。

たとえば、神経質であることは備えているままでも、場面によって度合いを使い分けるとか、意図的にそれを出さないような工夫をすることもできますし、神経質であることを、細かい配慮としていかすこともできますし(^_^)、そのあたりは、後天的に身につける経験で、使い分けていくことができます。

「備わっていること」と、「あらわれること(あらわすこと)」は、完全なイコールではないですからね。

前者は変わらないけれども、後者は、変えられます。増やすことも、強くすることも、自分次第でできます。

・・・と、文字で読むと、「そうなのか、前者は変わらないのかー」という気持ちになるかもしれませんが、これまでにもたびたび書いているように、何も制限も枠組みもないと、比較の基準がなくて、やりにくいものなのです。自由さがありすぎても、うまく動けないんですよね。

根本のところが「備わっている」からこそ、ある程度の自由さをもった「あらわし方」ができるので、この組み合わせは、絶妙です(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月24日 (木)

自分の、たましいの課題となることを知るには。

スピリチュアルな観点からすれば、私たち人間は、たましいの存在であり、この人生は、たましいの学びのための経験です。

私たちにはそれぞれ、たましいの領域から備えててきた個性があり、同様に、この人生での学びの課題も、備えて生まれてきています。

これらは、ひとりひとり、違いがあります。

スピリチュアルに関心があると、「今回の人生での、たましいの課題とは、どのようなことだろう」と気になるものでもありますね(^_^)。

この場合の課題とは、「今世の人生で、やるようになっていること」とか、「経験すると決めて、または望んできたこと」という意味のことです。

21070047_s
「たましいの課題」というと、ものすごく壮大なものを思い浮かべてしまいがちですが(^_^;)、しかし、自分とあまりに遠いところにあるものは、関わることも、成すことも難しいですよね。

課題はたくさんあり、スケールの大きいものも、小さいものもいろいろでしょうけれども、それらの大部分は、「自分からそう遠くないところ」に存在すると考えられます。

(離れたところにあるものに、向かっていくプロセスも含めて、チャレンジしようとしている場合も、もちろんあるので、すべてが上記のとおりとは限りませんが)

たくさんあるうちの、いくつかを、自分で把握するには、以下のような考え方をしてみるといいと思います。

●「どうしてもやりたくなること、やめられないこと」は、「たましいが決めてきた、今世でのやるべきこと」のひとつかもしれません。 たましいの求めることに、自分が動かされている可能性が考えられます。

●逆に、そうしたい気持ちはないのに、なぜか「そうするようになってしまう、やめられないこと」も、「たましいが決めてきた、今世でのやるべきこと」のひとつかもしれません。 たましいの決めてきたことに、状況が動いていくことで、自分に作用している可能性が考えられます。

備えていきた個性も、今世でのやるべきことも、複数ありますから、こうして自覚できることは一部分ですが、「そうなりやすい」「よく、そうなってしまう」という「パターン」に、それらがあらわれていることはよくあるものなのです(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月22日 (火)

プロセスが楽しいのは、動きという刺激があるから。

願っていたことが現実になった、目指していたレベルに到達できたとして、そのときは達成感とか満足とか、いろんな感慨でいっぱいでも、時間とともにそれらは薄れていき、「いつもの日常」として、なじんでいくものですよね。

77819825_s

目指している過程では、きっとそこに到達したら、すごく幸せな気持ちになれるだろうと思って、それをモチベーションにしているところがあるけれど、

達成してみると、「目指すところに向かって、努力しているときが楽しい」のだとわかるものです。

なかなかうまくいかなくて、苦しかった経験すらも、過ぎてみれば、「あれも、今になってみれば楽しさがあった」と懐かしくなったり。

その理由は、プロセスには「動き(変化)」があるからです。

動きによる振動は、自分の心をも動かしてくれます。

心を動かす振動、つまりは、感動です。

行動がなくても、(内的な心の動きである)感動はできなくもないけれども、行動することで与えられる振動は、わかりやすくて大きいので、わかりやすい楽しみや喜びが得られるということですね。

目標や目的があるほうが、行動を起こしやすいです。

行動を起こすことは、心の動き(感動)に繋がりやすいです。

常に何らかの(小さくてもいい)目標をもち、それに関連する行動をとって、心を動かしていくという毎日を過ごしていけたらいいですよね。

・・・まあ、それがなかなか難しいのですけども(^_^;)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月21日 (月)

あえて制限をつけると、動きだしやすい場合もある。

先日、「制限があるからこそ、判断できる」という内容の記事を書きました。

制限されているのはやりにくい、自由であるほうがやりやすい・・・ように、一見思えるけれども、実際はそうでもないです。

制限は、判断基準にとなって、選びやすさや、決めやすさを与えてくれています。

制限がない状態は、明確な基準がないため、判断がしにくいのですよね。

6605801_s
何かをしたいという意欲はあるけれど、何をしたらいいかわからないときには、あえて「自分で制限をつけた動きをとってみる」という方法もいいでしょう。

たとえば、「○○に関連することを、3ヶ月以内で出来ることだけやってみる」とか、「お金をあまり使わない方法で、楽しめることをしてみる」というように。

「○○の範囲内で」「○○はしない方法で」という制限は、決めやすさを助けてくれます

何かしらの動きをつけてみると、自分に活気と勢いがでてくるのがわかります。

行動したことの刺激は、自分のエネルギーを揺り動かしてくれるためです(^_^)。

けれど、こうした方法は、あくまで、スタートを助けるための「きっかけづくり」です。目的をもった動き、ではなく、動くために目的を作ったようなものですから。

こうして見つけた目的は、「やりやすい」ことではあっても、「役立つもの」や「合っているもの」ではないケースも多々あるでしょうから、本番前のウオーミングアップだととらえていき、

スタートの勢いと活気を得たら、そこで改めて、自分が何をしていくのがよいだろうかと考えてみるといいと思います(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月18日 (金)

その人に起こる失敗は、その人にとって許容範囲。

「その人の器に見合った課題が与えられる」とか、「その人に乗り越えられないほどの試練が与えられることはない」という表現は、よく使われますよね。

言い換えると、「失敗も、許容範囲のことしか起こらない」とも、表現できると思います。

次に繋がるプロセスとしての失敗(に、一時的には見えてしまう)で、そこから何かを得て、進んでいくことができる学びが含まれているケースがほとんどではないでしょうか(^_^)。

20645755_s

先日、いつもの美容室で、いつもの美容師さんに、いつもと同じようにカットをお願いしました。

私は、毛量が普通の人の2倍くらいあって、凝った髪型は収拾がつかなくなるので、いくたびに変えたりすることはなく、いつも同じ髪型を何年もお願いしています。

夏なので、いつもより少しだけ軽く、とリクエストしたところ、なぜか、そのときに限って「いつもより、かなり軽く」仕上がってしまいました。

普通の毛量の人なら、こうなってしまうと以前との違いが大きく感じられると思います。しかし、私の場合は、何しろ量が多いので(^_^;)、細部は全体の印象を左右しません。そして、伸びるのも早いですから、遠からず他の部分となじんでいくと思います。

私にとって、カットしすぎな髪は、まったく許容範囲の、どうということもない出来事でした。

そして、この経験から得られたものもあります。

美容室からの帰り道の地下鉄で、既にこの記事のタイトルが、頭に浮かんできました。

この件について書くための経験として、しっかり役立ちました(^_^)。

人生で経験することの「全部」とは言いませんが、ほとんどのことは、その人にとって何とかなる範囲の、次に繋がる学びの種で、未来で花を咲かせることができる経験だと思います。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (5)

2017年8月17日 (木)

日常と近いところに、幸せはあるもの。

25029030_s

「時間をもてあます、暇で退屈な状態」と、「無難であること」は、とても似ています。

「無難」とは、「平和な状態」でもあります。

「平和」であれば、「安定している」とも言えます。

「安定」と、「幸せ」は、隣同士のような近い関係に思えます。


こうして、似ていることを、順番にたぐっていくと、

「暇で退屈な日常」は、実は、「幸せ」から、そう遠くないところにあるのだ、と気づかされます。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月11日 (金)

敏感なセラピストさんは、「浅い呼吸」の改善を。

他者の体に直接ふれる仕事をしていて、相手の状態に「自分も同調」してしまったり、相手のエネルギーを「自分が引き受けて」しまい、調子が悪くなったり、疲れが抜けなかったりするケースがみられます。

誰でもそういうことはあり得ますけれども、顕著に「そうなりやすい」とか、「常に、そうなってしまう」という、敏感な性質の方がいます。

スピリチュアルなことに関心が深い方は、敏感な方が多いので、セラピストという仕事を選ぶとしたら、そうなる可能性は低くはないですね。

実際、そうしたご相談をいただくことも、これまで多数ありました。

21070047_s

経験が長くなっていけば、同調しないためのコツがわかったり、慣れることで余裕がでてきたりして、多少、影響に強くなることはできると思います。

しかし、根本的な「影響の受けやすさの度合い」は、生まれ持った性質(本質)なので、ここは変えられません。

このことを受け入れて、その上で、できる工夫をしていくという意識になることが現実的であり、大事なことだと思います。

相手のエネルギーに負けることがなく、セッションを量産できるタイプの人と、同じようにはいかないことは受け入れて、自分にあった工夫をすることですね。

可能であるなら、(自営業の場合)セッションの内容を工夫するとか、長めのインターバルをとるとか、仕事がおわった後のケアを十分にするとか、自分にあった方法を見つけてとりいれていくことが役立ちます。

具体的にどんなことが適しているかは、「影響を受けやすい」という枠組みだけでは判断できず、その人と、その状況によりかわります。詳しく知りたい方は、セッションを御利用ください。

その際、お伝えできるのは、「何が、起因しているのか」、「その軽減にはどんなことが有効か(その理由も含めて)」、 「集まっているお客さんとのエネルギー的な相性」など、しくみについてと、対処や工夫の提案です。

性質そのものを、根本的に変える方法というものは、存在しないので・・・、そこはご理解をいただき、「備えているものを受け入れ、備えているものをよい形にいかしていく」という観点からお伝えしていきます。

何がどう影響しているかは、ひとりひとり違いますが、共通しているのは、「呼吸が浅い」ケースが多いということです。

ここを少しでも改善できれば、かなり変わっていくと思います(^_^)。

または、「これからセラピストとして、やっていきたい」方も、深い呼吸をしていくことは大事です!

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月 8日 (火)

自分のセンスや技術について、もっとよく知っておく。

備わっているセンスや、習得したスキルをうまくいかすためには、その事柄を、さらに細分化して、よく知っておくことが役立ちます。

たとえば、「書くことが得意」な人がいるとします。

しかし「書くこと」といっても幅広いですよね、対象としても、内容としても。

22733230_s
たとえば、小説のような長文を、内容の連動が破綻しないように書くことができる人がいるとして、しかし、そういうことが自然にできてしまうセンスをもっている人は、逆に、短く要点だけをまとめる文章が苦手というケースもあります(^_^;)。

感想文や解説文のような、ある対象について見解を述べる形式の文章は、とてもわかりやすく書けるのに、他人の発言をまとめる議事録の作成はうまくできない、というケースもあるかもしれません。

事実のみを描写する観察記録が得意な人もいれば、自分や他人の感情を動かすような文章が得意な人もいます。

書くことなら全般的に得意な人もいれば、ある特定の狭い分野だけが、飛び抜けてうまくできる人もいますから、個人差があります。

つまり、

シンプルに、「書くことが得意」という認識のしかたは、範囲が広いですから、おそらく、自分で思っているよりも「曖昧」なのです。

だから、それを活かす道を、見つけにくくなります。

自分が備えている、書くことというセンスや技術は、「誰に対する、どのような内容を扱うことが適しているのか」という、具体的な認識があると、

自分をいかしやすい場を見つけたり、選んだりしやすくなりますよね(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月 7日 (月)

スピリチュアルリーディングで、未来を把握する場合のしくみについて。

セッションでは、基本的には未来予知のようなことは、行っていないのですが、ときどき、その話の流れによって、近い未来の「可能性」についてお伝えすることがあります。

自分の未来は、自分がこれから作り上げていくものであり、前もって決まった脚本が存在するわけではないので、「未来についてお伝えすることは、その時点からみた可能性のひとつ」であり、「確定した予言ではない」ことを前提として、お伝えしています。参考意見という位置付けで解釈してください、と。

このように文章で読んだり、自分が直接、セッション中にそう言われたとしたら「ああ、そういうものなんだな」という印象になると思うのですが、客観的に、こうしたしくみを考えてみると、「可能性とはいえ、その時点で既に、伝えることができる未来の要素が「ある」ということ」は、ちょっと不思議ではありますよね。

このことには、「カルマの法則」というスピリチュアルなしくみが関連しています。

22733232_s
カルマの法則については、スピリチュアリズムに関心がある方にはおなじみだと思いますし、過去にもたくさん記事を書いているので、重ねての説明は省きます。

この世のできごとはすべて、この法則によって展開していきますので、過去に起こったことも、未来でこれからおこることも、「種となる原因があり、結果がつくられる」ことが関連しています。

つまり、未来というのは、まだ決まっていない、無限の可能性があるように思えても、ある程度は、過去の行い(前世も含めて)が元となって展開していく部分が大きいということです。

勿論、それだけが未来をつくる材料ではないので、過去の自分のことだけでなく、他者との関係性や、その時代や地域などの状況の特性などとの兼ね合いも、複合的に関連することになります。

それでも、過去という積み重ねたものが関連することは確かですので、その点に焦点をあてていけば、ある程度の確率の可能性が、ひとつ、ふたつ、見出せる場合もあるということです。

これを料理にたとえると、「じゃがいも」と「人参」があるとしたら、ここからカレーを作ることができますし、コロッケをつくることもできますね。これらがありうる可能性です。

この材料からステーキを作ることはできませんから、該当しないものを省くこともできます。

つまり、過去の行いの蓄積(カルマ)から、未来の可能性を予測することは、

既にある手持ちの材料から、作ることができる料理や、その方の技術や状況をふまえて、実際に作る可能性が高い料理を、「これではないでしょうか」と、提示することに近いです。

しかし、過去の積み重ねた行いが、自分の未来に反映する「時期」や、「どのように反映するか」までは、その他の要素との兼ね合いもあるので、なかなか把握はできるものではないです。

自分だけで完結することではなく、他人が関連することであれば、相手の都合もありますからね。

そうした未知数の要素が増えていけば、不確定要素が増えていくので、未来を把握するのは難しくなります。

さらに、今から、その事柄が展開するまでの「期間」に、新たな材料が加わることで、また違う可能性が広がっていき、そちらが展開することになるかもしれません。

上記の料理の件でいえば、そこに「肉」が加わって、まったく別の広がりがたくさんでていく、ということもあり得ますので(^_^)。

そういう「いろいろ」がありますので、かなりの曖昧さを含んだものではありますが、ある程度の枠組みとしての、こうなり得るという可能性をひとつ、ふたつ、把握することはできる場合もあるのです。毎回ではありませんし、内容にもよりますが。

実際に霊査をするときには、過去のカルマがなんたらで・・・と、順をおって見ていくわけではないですけれどね。把握は、もっと瞬間的なものですが、しくみとしては、こうした関連性から、導き出されている事柄であるようです(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月 6日 (日)

もやもやとイライラの感情は、選択肢を増やすこと解消することもある。

やりたいことがあって、やらなければいけないことがあって、よくわかっているのに、なんだかイライラ&もやもやがあって、行動できないことがあります。

そういう気持ちになるときの理由として、「選択肢が少ない」という場合があります。

あまり具体的でない選択肢しかないとき、とても手掛けにくい選択肢しかないときに、「すぐに行動にうつしにくい」ことが、「やる気があるのに、取り掛かるまでにプロセスがいる」というイライラになります。

または、選択肢の数そのものがとても少ないときは、もやもやな気持ちになりやすです。

自分の中には、他の選択肢を思いつきそうな、そうでないような・・・という、はっきりしない感覚があって、たとえるなら「くしゃみがでそうで、でない」ような感覚で、それがはっきりと「ひらめく」「思いつく」形になるまで、もやもやが続いてしまいます。

どちらも、選択肢をもう少し増やすか広げるという意識になることで、そうした気持ちから解放されることがあります。

すぐには見つからなくても、広げようという意識になって探し始めると、エネルギーの向き際が外になるので、内にたまった気持ちのエネルギーが流れていくためだと思います。

そして、そういうふうに、内から外に向かうエネルギーが流れていくとき、自分の内からアイデアが引き出されること多いです。

なんだかよくわからない気持ちのもやもやがあるときは、目的にあった選択肢が、現状でわかっているものより他にもないか、もう少し探してみるといいかもしれませんね(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:http://r.goope.jp/rikako

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月 5日 (土)

深い呼吸が、エネルギーを体感でとらえることを促す。

「体感覚で、感じとるセンス」は、胸の位置にあるチャクラと連動しています。

エネルギーレベルでの器官と、実際の肉体の器官は、連動している部分がかなり大きいので、感じることは、呼吸のリズムと関連しています。

呼吸は、胸の位置にある肺などの臓器をうごかして行いますよね。胸の位置にあるチャクラが感じることを司っているので、この動きと作用は、連動することが多いのです。

感じるセンスが高い方は、意識してみるとわかると思いますが、呼吸を止めているときは感じるものが伝わってきにくいと思うのです。

自然なリズムで、吸う、吐く、と繰り返しているときは、エネルギーが自分のセンサーに伝わってきやすいのではないでしょうか(^_^)。

深い呼吸をしっかり行っているときには、感じるセンサーも(本人比で)よく働きやすいです.

また、エネルギーの動きも、連動した「出入り」となるため、不要なものが、長く内に留まることもなくなります。

浅い呼吸になっていると、「感じるセンスの高い人」なら、ネガティブなものばかり感じやすくなりますし、感じるセンスが普通の人は、普段よりもなお感じにくくなります。

そして、エネルギーの動きも、連動しますので、浅い呼吸になると、「十分にとりいれられない、そして、はき出せない」となるため、不要なエネルギも、留まったままになりやすいのですよね(^_^;)。

十分な、深い呼吸をしていくと、エネルギーのめぐりもよくなり、感じるセンサーも、自分比でよい状態に整います(*^_^*)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:https://www.rikako-web.net/

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (4)

2017年8月 4日 (金)

排出行為、不要なものを放つあらわれとして、「夢」をみることもある。

これまでにいくつも、寝ている間にみる「夢」について書いてきました。

http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2017/04/post-0adb-8.html

「こんな夢を見たら、○○になる予兆」とか、「夢に○○が出てきたら、××が得られる」という、夢の規則性が巷ではよくいわれます。

しかし、どんな夢の見方になるかは、個人差があります。

その人がどんな特徴のある夢の見方をするかによって、夢へのあらわれは、まったく違うものとなるのです。

28139193_s
そのうちのひとつで、「排出行為」として、夢をみることがあります

たとえば、過去の感情をエネルギーとして、自分の中に留めていたものが、当時のようすや、当時の感情を再体験するかのようなシチュエーションの夢をみることが、エネルギーの排出(解放)となるケースがあります。

または、その時点でたまたま拾ってしまったような、不要なエネルギーを、夢に反映させる形で、自分から放出することもあります。

こうしたケースであれば、どちらも「あまり気持ちのいい内容ではない夢」になりますね(^_^;)笑。

しかし、起きたときに、見た夢の内容とは違って、なぜかスッキリしているような気持ちになるのが特徴のひとつです。

こういうパターンがでやすい人もいます(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:https://www.rikako-web.net/

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

2017年8月 1日 (火)

自分に合うものは、なじみやすく、長続きしやすく、集まりやすい。

ものでも、行動でも、「自分に合っていること」はしっくりなじんでうまくいきやすく、そうでないことに比べると、展開がスムーズだったり、成果が大きいものになったります。

しかし、「何がどうなれば、自分に合っていると言えるのか」、「これは、合っているととらえていいのか、よくわからない」という人もいるかもしれません。

こうした判断は、比較してわかるという力なのですけれども、この力が強い人もいれば、弱い人もいますし、また、経験値が少ない場合は、それが理由でうまく判断ができない場合もあります。

そういうときに目安になるのは、「波長の法則」をベースにしたとらえ方です。

波長の法則とは、「同じ要素をもつもの同士が、引きあう」というスピリチュアルなしくみのことです。

22733239_s
●合うものの、判断のしかた。

自分に合っていることは、そのことに馴染みやすい性質を自分が有している、ということでもあり、お互いが「引きあう」力が働きます。

しっくりくる、なじむ、という「自分的な感覚」もさることながら、客観的な事実をとらえる場合でも、(引きあう力が働くことで)、長続きしやすい、同じようなものがさらに集まる、という現象が起こりやすいのです。

ひとつ手に入れると、いろんなところから似たようなものを贈られたりして、集まってくるようになるのは、同じ要素が重なることで、より強力な磁石のようになるためでしょうね。

自分に合うものは、自分の放つ力を増してくれて、さらに同じようなものが集まってくることが多くなる、というこのしくみから「合う」を判断することもできますね(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします

 

◆セッションのご案内など:https://www.rikako-web.net/

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

| | コメント (0)

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »