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2017年8月の7件の記事

2017年8月30日 (水)

好きなことを選ぶと、うまくいく人もいれば、そうではない人もいる。

「好きなことをして人生をすごそう、そのほうがうまくいく」という考え方を持つ人がいます。

一方、「好きなことでうまくいくほど、世の中は甘くないよ」という考え方もありますよね。

前者はとっても夢いっぱいに思えて、後者はとても現実的に思えます。

このうちの、どちらが正しいのか、といえば、それは「人により、それぞれ」です。

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全員に必ず当てはまる、ひとつのパターンが存在するのではなく、「好きなことがうまくいく人」もいれば、「好きなことよりも、もっとうまくいくことが存在する人」もいます。

これは本当に、人それぞれなので、まとめるのは難しいですが、私の知っているケースの統計的には、「好きなことが、うまくいく人」は、1~2割でしょうか。「好きなことより、もっとうまくいくことが、別にある人」のほうが、ずっと多いようです。

そのため、「好きなことをすると、人生はうまくいく」という主張が、少数なので珍しいため、目立つことになります。

そして、そういうストレートにわかりやすいことは好まれるので、それがすべての人に当てはまる「正しいこと」のように解釈されがちなのですが、

世の中の全員に、そのパターンが当てはまるわけでもない、ということなのです。

当てはまるかどうかは、「備えている本質」との兼ね合いとなります。



すべての人に、その人の得意なこと、うまくできることが存在します。

しかし、そうした「自分の得意なこと、うまくできる事柄」を、好きと思うかどうかは、それぞれです。

ここが、両者の違いを生んでいるポイントですね。

「得意」と「好き」が揃っている人は、当然のことながら、好きなことでうまくいでしょうけれど、

「得意」と「好き」が違っている人は、こちらも当然ながら、好きなことだけ選んだら、得意なことから遠ざかることになりますから、あまりかみ合わずに、停滞しがちになるんですよね。。。

自分を知って、自分の好きなことと、備わっていることがどのくらい合っているかを考えてみることで、どちらが該当するかがわかります。

が、こうして「考えなければわからない」人は、おそらくはほとんどが後者の「揃っていない人」になると思われます。揃っている人は、考えるまでもなく一択になるので(^_^)。

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2017年8月24日 (木)

自分の、たましいの課題となることを知るには。

スピリチュアルな観点からすれば、私たち人間は、たましいの存在であり、この人生は、たましいの学びのための経験です。

私たちにはそれぞれ、たましいの領域から備えててきた個性があり、同様に、この人生での学びの課題も、備えて生まれてきています。

これらは、ひとりひとり、違いがあります。

スピリチュアルに関心があると、「今回の人生での、たましいの課題とは、どのようなことだろう」と気になるものでもありますね(^_^)。

この場合の課題とは、「今世の人生で、やるようになっていること」とか、「経験すると決めて、または望んできたこと」という意味のことです。

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「たましいの課題」というと、ものすごく壮大なものを思い浮かべてしまいがちですが(^_^;)、しかし、自分とあまりに遠いところにあるものは、関わることも、成すことも難しいですよね。

課題はたくさんあり、スケールの大きいものも、小さいものもいろいろでしょうけれども、それらの大部分は、「自分からそう遠くないところ」に存在すると考えられます。

(離れたところにあるものに、向かっていくプロセスも含めて、チャレンジしようとしている場合も、もちろんあるので、すべてが上記のとおりとは限りませんが)

たくさんあるうちの、いくつかを、自分で把握するには、以下のような考え方をしてみるといいと思います。

●「どうしてもやりたくなること、やめられないこと」は、「たましいが決めてきた、今世でのやるべきこと」のひとつかもしれません。 たましいの求めることに、自分が動かされている可能性が考えられます。

●逆に、そうしたい気持ちはないのに、なぜか「そうするようになってしまう、やめられないこと」も、「たましいが決めてきた、今世でのやるべきこと」のひとつかもしれません。 たましいの決めてきたことに、状況が動いていくことで、自分に作用している可能性が考えられます。

備えていきた個性も、今世でのやるべきことも、複数ありますから、こうして自覚できることは一部分ですが、「そうなりやすい」「よく、そうなってしまう」という「パターン」に、それらがあらわれていることはよくあるものなのです(^_^)。

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2017年8月22日 (火)

プロセスが楽しいのは、動きという刺激があるから。

願っていたことが現実になった、目指していたレベルに到達できたとして、そのときは達成感とか満足とか、いろんな感慨でいっぱいでも、時間とともにそれらは薄れていき、「いつもの日常」として、なじんでいくものですよね。

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目指している過程では、きっとそこに到達したら、すごく幸せな気持ちになれるだろうと思って、それをモチベーションにしているところがあるけれど、

達成してみると、「目指すところに向かって、努力しているときが楽しい」のだとわかるものです。

なかなかうまくいかなくて、苦しかった経験すらも、過ぎてみれば、「あれも、今になってみれば楽しさがあった」と懐かしくなったり。

その理由は、プロセスには「動き(変化)」があるからです。

動きによる振動は、自分の心をも動かしてくれます。

心を動かす振動、つまりは、感動です。

行動がなくても、(内的な心の動きである)感動はできなくもないけれども、行動することで与えられる振動は、わかりやすくて大きいので、わかりやすい楽しみや喜びが得られるということですね。

目標や目的があるほうが、行動を起こしやすいです。

行動を起こすことは、心の動き(感動)に繋がりやすいです。

常に何らかの(小さくてもいい)目標をもち、それに関連する行動をとって、心を動かしていくという毎日を過ごしていけたらいいですよね。

・・・まあ、それがなかなか難しいのですけども(^_^;)。

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2017年8月21日 (月)

あえて制限をつけると、動きだしやすい場合もある。

先日、「制限があるからこそ、判断できる」という内容の記事を書きました。

制限されているのはやりにくい、自由であるほうがやりやすい・・・ように、一見思えるけれども、実際はそうでもないです。

制限は、判断基準にとなって、選びやすさや、決めやすさを与えてくれています。

制限がない状態は、明確な基準がないため、判断がしにくいのですよね。

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何かをしたいという意欲はあるけれど、何をしたらいいかわからないときには、あえて「自分で制限をつけた動きをとってみる」という方法もいいでしょう。

たとえば、「○○に関連することを、3ヶ月以内で出来ることだけやってみる」とか、「お金をあまり使わない方法で、楽しめることをしてみる」というように。

「○○の範囲内で」「○○はしない方法で」という制限は、決めやすさを助けてくれます

何かしらの動きをつけてみると、自分に活気と勢いがでてくるのがわかります。

行動したことの刺激は、自分のエネルギーを揺り動かしてくれるためです(^_^)。

けれど、こうした方法は、あくまで、スタートを助けるための「きっかけづくり」です。目的をもった動き、ではなく、動くために目的を作ったようなものですから。

こうして見つけた目的は、「やりやすい」ことではあっても、「役立つもの」や「合っているもの」ではないケースも多々あるでしょうから、本番前のウオーミングアップだととらえていき、

スタートの勢いと活気を得たら、そこで改めて、自分が何をしていくのがよいだろうかと考えてみるといいと思います(^_^)。

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2017年8月 8日 (火)

自分のセンスや技術について、もっとよく知っておく。

備わっているセンスや、習得したスキルをうまくいかすためには、その事柄を、さらに細分化して、よく知っておくことが役立ちます。

たとえば、「書くことが得意」な人がいるとします。

しかし「書くこと」といっても幅広いですよね、対象としても、内容としても。

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たとえば、小説のような長文を、内容の連動が破綻しないように書くことができる人がいるとして、しかし、そういうことが自然にできてしまうセンスをもっている人は、逆に、短く要点だけをまとめる文章が苦手というケースもあります(^_^;)。

感想文や解説文のような、ある対象について見解を述べる形式の文章は、とてもわかりやすく書けるのに、他人の発言をまとめる議事録の作成はうまくできない、というケースもあるかもしれません。

事実のみを描写する観察記録が得意な人もいれば、自分や他人の感情を動かすような文章が得意な人もいます。

書くことなら全般的に得意な人もいれば、ある特定の狭い分野だけが、飛び抜けてうまくできる人もいますから、個人差があります。

つまり、

シンプルに、「書くことが得意」という認識のしかたは、範囲が広いですから、おそらく、自分で思っているよりも「曖昧」なのです。

だから、それを活かす道を、見つけにくくなります。

自分が備えている、書くことというセンスや技術は、「誰に対する、どのような内容を扱うことが適しているのか」という、具体的な認識があると、

自分をいかしやすい場を見つけたり、選んだりしやすくなりますよね(^_^)。

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2017年8月 7日 (月)

スピリチュアルリーディングで、未来を把握する場合のしくみについて。

セッションでは、基本的には未来予知のようなことは、行っていないのですが、ときどき、その話の流れによって、近い未来の「可能性」についてお伝えすることがあります。

自分の未来は、自分がこれから作り上げていくものであり、前もって決まった脚本が存在するわけではないので、「未来についてお伝えすることは、その時点からみた可能性のひとつ」であり、「確定した予言ではない」ことを前提として、お伝えしています。参考意見という位置付けで解釈してください、と。

このように文章で読んだり、自分が直接、セッション中にそう言われたとしたら「ああ、そういうものなんだな」という印象になると思うのですが、客観的に、こうしたしくみを考えてみると、「可能性とはいえ、その時点で既に、伝えることができる未来の要素が「ある」ということ」は、ちょっと不思議ではありますよね。

このことには、「カルマの法則」というスピリチュアルなしくみが関連しています。

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カルマの法則については、スピリチュアリズムに関心がある方にはおなじみだと思いますし、過去にもたくさん記事を書いているので、重ねての説明は省きます。

この世のできごとはすべて、この法則によって展開していきますので、過去に起こったことも、未来でこれからおこることも、「種となる原因があり、結果がつくられる」ことが関連しています。

つまり、未来というのは、まだ決まっていない、無限の可能性があるように思えても、ある程度は、過去の行い(前世も含めて)が元となって展開していく部分が大きいということです。

勿論、それだけが未来をつくる材料ではないので、過去の自分のことだけでなく、他者との関係性や、その時代や地域などの状況の特性などとの兼ね合いも、複合的に関連することになります。

それでも、過去という積み重ねたものが関連することは確かですので、その点に焦点をあてていけば、ある程度の確率の可能性が、ひとつ、ふたつ、見出せる場合もあるということです。

これを料理にたとえると、「じゃがいも」と「人参」があるとしたら、ここからカレーを作ることができますし、コロッケをつくることもできますね。これらがありうる可能性です。

この材料からステーキを作ることはできませんから、該当しないものを省くこともできます。

つまり、過去の行いの蓄積(カルマ)から、未来の可能性を予測することは、

既にある手持ちの材料から、作ることができる料理や、その方の技術や状況をふまえて、実際に作る可能性が高い料理を、「これではないでしょうか」と、提示することに近いです。

しかし、過去の積み重ねた行いが、自分の未来に反映する「時期」や、「どのように反映するか」までは、その他の要素との兼ね合いもあるので、なかなか把握はできるものではないです。

自分だけで完結することではなく、他人が関連することであれば、相手の都合もありますからね。

そうした未知数の要素が増えていけば、不確定要素が増えていくので、未来を把握するのは難しくなります。

さらに、今から、その事柄が展開するまでの「期間」に、新たな材料が加わることで、また違う可能性が広がっていき、そちらが展開することになるかもしれません。

上記の料理の件でいえば、そこに「肉」が加わって、まったく別の広がりがたくさんでていく、ということもあり得ますので(^_^)。

そういう「いろいろ」がありますので、かなりの曖昧さを含んだものではありますが、ある程度の枠組みとしての、こうなり得るという可能性をひとつ、ふたつ、把握することはできる場合もあるのです。毎回ではありませんし、内容にもよりますが。

実際に霊査をするときには、過去のカルマがなんたらで・・・と、順をおって見ていくわけではないですけれどね。把握は、もっと瞬間的なものですが、しくみとしては、こうした関連性から、導き出されている事柄であるようです(^_^)。

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2017年8月 5日 (土)

深い呼吸が、エネルギーを体感でとらえることを促す。

「体感覚で、感じとるセンス」は、胸の位置にあるチャクラと連動しています。

エネルギーレベルでの器官と、実際の肉体の器官は、連動している部分がかなり大きいので、感じることは、呼吸のリズムと関連しています。

呼吸は、胸の位置にある肺などの臓器をうごかして行いますよね。胸の位置にあるチャクラが感じることを司っているので、この動きと作用は、連動することが多いのです。

感じるセンスが高い方は、意識してみるとわかると思いますが、呼吸を止めているときは感じるものが伝わってきにくいと思うのです。

自然なリズムで、吸う、吐く、と繰り返しているときは、エネルギーが自分のセンサーに伝わってきやすいのではないでしょうか(^_^)。

深い呼吸をしっかり行っているときには、感じるセンサーも(本人比で)よく働きやすいです.

また、エネルギーの動きも、連動した「出入り」となるため、不要なものが、長く内に留まることもなくなります。

浅い呼吸になっていると、「感じるセンスの高い人」なら、ネガティブなものばかり感じやすくなりますし、感じるセンスが普通の人は、普段よりもなお感じにくくなります。

そして、エネルギーの動きも、連動しますので、浅い呼吸になると、「十分にとりいれられない、そして、はき出せない」となるため、不要なエネルギも、留まったままになりやすいのですよね(^_^;)。

十分な、深い呼吸をしていくと、エネルギーのめぐりもよくなり、感じるセンサーも、自分比でよい状態に整います(*^_^*)。

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