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2017年8月27日 (日)

個性の備わり方と、あらわれ方。

誰もが、たましいの領域から「備えて」きた、個性をもっています。

個性の「あらわれ方」については、後天的な生育環境などが関わっていくものですが、個性の「備わり」は、生まれもっているものです。

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たとえば、神経質な人が、人生の途中で楽天家になったりはしないように、本質というのは、変わらないものです。

成長の過程で、人は器が大きくなり、感性の幅も作られますから、そうした「広がりが作られる」ことはあっても、根本のところがまったく入れ替わることはないです。

どのような行動や生き方をしようとも、根底に流れ続ける川のように、私たちのたましいの個性は、その要素が在り続け、流れ続けていきます。

スピリチュアルに関心が深い方は、自分が人として霊として、どのように生きるかという、「自分の在り方」を考えることがあると思います。

その点を、たましいの観点を含めてとらえるならば、たましいの個性としての在り方、備えて生まれてきた本質をベースに、この人生で経験して身につけたことを含めた全体をとらえていくことが必要となるでしょう。

本質は、この世での人生において、きりはなされることも、入れ替わることもない、自分自身だからです。

けれど、本質の「あらわれ方」は変えられますので(^_^)、ここは間違えないようにしましょう。

たとえば、神経質であることは備えているままでも、場面によって度合いを使い分けるとか、意図的にそれを出さないような工夫をすることもできますし、神経質であることを、細かい配慮としていかすこともできますし(^_^)、そのあたりは、後天的に身につける経験で、使い分けていくことができます。

「備わっていること」と、「あらわれること(あらわすこと)」は、完全なイコールではないですからね。

前者は変わらないけれども、後者は、変えられます。増やすことも、強くすることも、自分次第でできます。

・・・と、文字で読むと、「そうなのか、前者は変わらないのかー」という気持ちになるかもしれませんが、これまでにもたびたび書いているように、何も制限も枠組みもないと、比較の基準がなくて、やりにくいものなのです。自由さがありすぎても、うまく動けないんですよね。

根本のところが「備わっている」からこそ、ある程度の自由さをもった「あらわし方」ができるので、この組み合わせは、絶妙です(^_^)。

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