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2017年7月の9件の記事

2017年7月24日 (月)

暑い時期は、頭にエネルギーが集まりやすい。

エネルギーは、よく使うところに集まります。

頭を忙しく働かせているときは、頭の周りに集まります。

体を使う機会が少ないときにも、(体の動きにつかわれない分)やはり、頭の周りに集まりやすくなります。

真夏の暑い時期は意外と、運動量が多くならないためか、頭の周りにエネルギーが集まりすぎてしまうことがあるようです。

そうすると、集まったエネルギーに頭が働かされてしまう?ような現象が起こり、考えなくてもいいことを延々と考え続けたり、意識が冴えて眠れなくなったりすることもあります。

解消法として、一番簡単なのは、頭のマッサージをしてもらうこと、または、髪の毛を切ってもらうこと(髪を洗ってもらうこと)など、他人にその部分がふれる行動をしてもらうことです。

他人のエネルギーは、自分のそれとの「違い」が「刺激」となって、エネルギーを大きく動かしていくことになるためです(^_^)。

この方法が、手っ取り早い方法ですね。

根本的な取り組みとしては、ゆっくり休む、しっかり眠る、という日常のサイクルをしっかり作って、全体のエネルギーのめぐりを整えていく(ことで、1箇所のみに集まりすぎないようにする)のがよいですが、

一時的な状態の改善としては、上記のようなことが役立つと思うので

ご家族で、頭が疲れてそうな方がいたら、タオル越しに頭を軽くほぐして差し上げると、かなりスッキリしていくはずです(^_^)。

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2017年7月22日 (土)

今世の要素を、自分が決めてきているという範囲について。

自分が選んで、この人生(今世)を決めているのだと、スピリチュアルな解釈においてよく使われる表現です。

自分が、この国や時代や、家族構成、性別や、身体的な特徴などのいろんなことを、決めたり選んだりしてこの世にやってきています。

ですが、その選び方というのは、何でも自由に、白い紙に好きなように描いていけるということではないです。決められる枠組みは、ある程度、存在します。

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何も制限のないところから、今回は女性で、金髪の容姿で、ヨーロッパで、こんな経歴の生勉強や生活をして、物やお金はたくさん得て・・・というふうに、何から何まで、「好きなように、決められるわけではない」のです。

そうして決める際の範囲や条件は、ある程度存在していて、それまで積み重ねてきた「前世での経験」なども、関連してきます。

たとえば、前世でAという行いをしたので、今回はAの続きをするとか、Aを活かすような生き方にするとか、または、Aは経験済みなので今回はBを経験するとか、そうした関連性で決める(というか、決まるとも言える)部分は大きいようです。

これまでに、カルマというものについて何度も書いてきました。

http://spiritual-teaching.com/archives/57

カルマというのは、「行い」の総称です。積み重ねてきたすべてが、広い意味でいえば、カルマに該当します。

いくつもの転生(前世)で培ってきた行いをベースにして、今回の人生の構成要素を決めるというしくみは、いわば、「それまでのカルマがベースになっている」と言い換えられます。

カルマという言葉のイメージが誤解されがちですけれども、行いの全部の総称、ととらえていけば、この意味が理解できるかと思います。

人は、たましいの存在で、何度も生まれ変わってあらゆる経験を重ねていて、それらのすべてがカルマとして、たましいのデータベースに蓄積されていき、その蓄積をもとにして、今回の人生のいろいろな要素を、選んで、決めてきています。

ですから、自由に好きなように、「よーし、次の人生は王様だ!」というふうに、決められるとは限らないのです(^_^;)。自分のカルマという蓄積の中に、それに繋がるものがあるか、ということですね。

カルマというのは、悪い意味のほうではなくて、行いの全部という意味のほうです。それらがあらゆる形で複雑に関連していて、この人生の宿命(決まっている、変えられない要素)にも、関連している、ということなのです。


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2017年7月19日 (水)

失敗を繰り返してしまう人と、そうでない人との差。

なんとかしたいと思いながらも、結果として、同じ失敗を繰り返してしまう人は、「前のとき、なぜ失敗したのかという、ポイントをつかんでいない」からです。なぜそうなったかを、わかっていなければ、次にどこに気をつけたらよいかもわからない、ということになります。

失敗から学び、繰り返しをしない人は、「前のとき、なぜ失敗したのか」を、把握することが上手な人です。ポイントがわかっていれば、次の機会に、「この部分を重点的に、気をつけていこう」と配慮することができますから(^_^)。

つまり、意識するポイントをつかむことができるかどうか、そういう考え方をして備えることができるかどうか、ということです。

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たとえば、小学生のときに、長縄とびをしたことを思い出してみれうと、この差が顕著にあらわれているように思います。

毎回、同じ人がひっかけてしまうことが多いですよね(^_^;)。まだ子どもなので、ポイントをつかんで気を付けるという感覚がわからないでしょうから、たまたま偶然にそうなったかのようなとらえ方になると、次もまた同じタイミングで飛んでしまうので、同じ理由でひっかけてしまうことになります。

このケースは、うまく飛べている人のほうも、たまたま偶然にそうなっていて、次も同じタイミングで飛んでいるから、同じ理由でうまくいっているだけでしょうけれど(^_^;)笑。

大人は、子どもよりも、理性の思考ができますから、過去を分析して、なぜそうなったかを把握して、次はそうならないように気をつけるとか、または、そうなりそうな状況を作らないようにするという配慮ができます。

もちろん、世の中にはいろんなことがあって、原因となることが把握できることばかりではないけれど、こうしたちょっとの意識で、うまくいかせることができることも結構たくさんあるので、ぜひ、心掛けてみましょう(^_^)。

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2017年7月11日 (火)

自分の意識と姿勢が変わると、行動による「あらわれ」が変わるもの。

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すべてを自分の思うとおりに動かすことはできないものです。特に、自分以外の誰かが関わること、その人数が多くなるほど、自分の思うとおりにいかなくなります。

そういうこともありうると、自分の思うとおりになることも、ならないこともありうるという理解をして、その上で、「自分がどのような生き方をしていくことが、自分の人生をより豊かにしていくことに繋がるか」という考え方をして、できることを工夫してみるといいのです。

その結果として、でてくるアイデアが、(思うとおりにしようと奮闘していたときのアイデアと)同じものだとしても、それを体現していく「自分の意識と姿勢」が変わっていますから、周囲へのあらわれは、変わっていくものです(^_^)。

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2017年7月 9日 (日)

湿度による、オーラの状態。

オーラのようすとは、基本的には、自分自身の反映です。

しかし、同時に、外からの刺激や作用をひきうける、「キャッチする網」のような役割もあるので、

そのときどきの、世の中の動きや雰囲気、四季などの自然の動きに連動した、特徴がみられることがあります。

今回の記事は、秋から冬にかけての湿度が低い時期や、夏の湿度が高い時期によくみられる、オーラの特徴について、です(^_^)。

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●湿度が低い時期にみられる特徴

湿度が低い時期にみられる特徴は、オーラも乾燥しているかのようで、なめらかさがあまりない状態、亀裂がはいりやすそうな印象を与えるオーラになっていることがあります。

なめらかさがないというのは、ささくれ立っているような「パサパサ」っぽい、そんな印象の質感になりやすいのです。

そうなると、外のものが「引っ掛かりやすい」形状になりますよね。

そして、さらに、乾燥していると、静電気が起きやすいです。

これまで過去記事でお伝えしてきたとおり、霊的なエネルギーの性質は、電気とよく似ていてなじみやすいのです。

オーラが乾燥しているかのようで、ベストコンディションになりにくく、静電気の発生によって、霊的なエネルギーと引き合いやすいという、ダブルの作用により(^_^;)、

外からの不要なエネルギーを、自分がもらってしまいやすい、オーラにひっかけてしまいやすいという現象が起こりがちです。

そうしたエネルギーを取り込んでしまうことから、本来の自分のエネルギーの動きが滞ってしまい、疲れやすくなったり、悲観的になったり、イライラしやすくなったりします。

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●湿度が高い時期に、みられる特徴。

湿度が高い時期のオーラのようすは、水分を含んでいるかのように、しっとりとしてなめらかな印象をあたえます。

水分が含まれていると、なめらかさが生じるので、外からエネルギーを引っ掛けてしまうようなことは起こりにくいです。

けれど逆に、水分が「重さ」となって、自分のエネルギーのめぐるスピードが、本来よりも遅めになってしまいます。

外から、変に「もらってしまう」ことは少なくなりますけれども、自分のエネルギーのめぐりが遅くなることで、停滞を引き起こしやすいのです。

こういうときは、体がむくみやすくなりますし、ものごとの進みも、「うまくいかないわけではないけれども、本調子のテンポやリズムではない」という、何か違うという感覚になりやすいです。

●まとめ。

湿度が低い時期は、外からとりこんだものに、自分のエネルギーが干渉されることで停滞が起こりやすく、

湿度が高い時期は、自分のエネルギー自体の動きが遅くなることで、停滞が生じやすいという、

それぞれの特徴がみられます(^_^)。

夏の暑い時期は、「自分のエネルギーを滞らせない」という方面からのとり組みが効果的となるでしょう。

不要なものをためない、できることを後回しにしないという、スムーズな動きを普段から心掛けていき、自分のペースを守っていくのがよいと思います。

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2017年7月 8日 (土)

時間、他人、物質が関わる、この世での学び|メッセージ。

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この世には、時間というしくみがあるので、ある程度の時間が経過しないと、ものごとが変化していかないものです。

この世には、自分以外の他人という存在がたくさんいて、それぞれの意向や都合がありますから、すべてが自分の思い通りにはなりません。

この世では、いろいろなものごとに「物質」が大きく関わるので、「思考」という形をもたないものをあらわしていくのは難しいものです。

この世で生きる人々は皆、そうした、難しい条件において、いかに過ごしていくかという経験をしています。

ですから、やりたいことの時間がなかなかとれないことも、あっという間に時間が過ぎてしまうことも、取り組んだことが実るまでに時間が掛かることも、「この世とはそういうところ」と受けとめていくことです。

他人の存在が、ときに面倒で負担になっても、自分だけのほうがずっと早くて楽であっても、相手が自分の望む動きをしてくれなくても、「この世とは、そういうところ」です。

なぜそうした、難しい条件下で過ごしているか

それは、学ぶため、気づくためです

何の制限もないところでは、比較という感覚もうまれず、なぜそうなるのかという思考もなされず、ではどうしたらうまくいくだろうと工夫する意欲もわかず、新たなものを創造することも、新たな気づきを得ることもできません。

時間という変化のしくみがあり、他人という自分と違う個性をもつ存在がいて、物質という固有の形があるものによって、制限があるからこそ、新鮮な学びを常に、得ることができるのです。

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2017年7月 6日 (木)

もっと成長したいなら「長所をのばす」という方向のとり組みを。

人にはそれぞれ、生まれ持って備わっている性質があります。

それらを、うまくいかしていけば「長所」となり、逆のあらわれ方となれば「短所」ということになります。

長所と短所は、同じ事柄の「あらわれ方の違い」であることは多いです。

たとえば、配慮が優れている人は、神経質であったり。親切な人は、依存を招きやすい人でもあったり。

「ひとつ」の要素が、状況によって違う印象や結果を作るということです。

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「もっと成長するために、短所を直そう」とする方がいますが、そうなると、繋がっている同じものである長所まで、引っ込んでしまうこともあります。

短所を直すと、もっといろいろうまくいくのではという考えなのでしょうけれども、しかし、そうしたとり組み方は、マイナスを引き上げて「ゼロ」にもっていくというだけで、それほど目立った効果にはならないことも多いです(^_^;)。

その上、長所として発揮されているところまで引っ込んでしまうようなことになれば、・・・ちょっと目的と違う結果に繋がってしまいそうですよね(^_^;)。

ピンポイントで、「この点を直して、人間関係にいかしたい」というとり組みをする場合は別だけれども、

とても広い意味での「もっと成長するため」「全体的に自分を高めたい(要素刃問わない)」という場合には、

短所を直すよりも、長所を伸ばすことを目的としていくほうが、全体のバランスが整うと思います。

長所を伸ばすと、短所の印象が相対的に小さくなりますよね。

そうしたとり組みのほうが、望む印象や結果に繋がることが多いと思われます(*^_^*)。

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2017年7月 5日 (水)

行動するという刺激が、よいアイデアをうむ。

じっくりと思考をしても、いいアイデアがうかばないときは、少なくともその時点においてはそれ以上に進まないようだと判断して、思考に区切りをつけて、別のことをしてみるといいでしょう。

「考えることがたりていないのかな」とか「もっと違う考え方にすればいいのだろうか」とつい考え続けてしまうことがありますけれど、切り換えるほうが効果的となるようです。

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思考から意識をはなして、深呼吸をしたり、窓を開けたりして、切り替えをしてみましょう。

そして、何か「行動」をすることですね。

掃除でも、買い物でもなんでも(^_^)。

体を動かすことで、エネルギーが思考ばかりに向かわなくなり、ちょうどよい配分となり、全体の流れもよくなります

そして、そういう状態のときに、ふと、いいアイデアがうかんだりするものなんですよね。

(過去記事:歩いているときに、よいアイデアがひらめく理由

動くことの刺激が、思考にもよい作用をあたえるようです(^_^)。

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2017年7月 2日 (日)

自分と相手の、「時間」に対する認識の差を考える。

40代以降の方からの、ときどきあるご相談に、急に友だちとの関係が疎遠になってしまった、というものがあります。

今までは、問題なく付き合いが続いていて、得に最近になって変わったこともないのに、ここにきて距離を置かれてしまった気がする。

雰囲気からして、どうやら相手側の事情というわけではなく、自分に対して何か思うところがあって、距離をとろうとしているようなのだけれど、その理由がわからない。

何も以前と変わっていないのに何故・・・という相談は、ほとんどが以下の理由となっています。

そうしたケースは、相談者さんが、「話が長いので、会うと時間が掛かる」「話に建設的な内容が少なくて、愚痴が多い」ことが、相手を疲れされていることが多いです。

嫌われているのではないけれども、付き合う距離を変えようとされていて、以前のような親しさや頻度でのやりとりが行われないのです。

「でも、以前も同じ付き合い形で、問題なく楽しんで会話をしてきたのに」と、思われるかもしれませんね。

けれど、40代くらいになると、人生における時間の貴重さが、それ以前の年齢よりもよくわかるようになり、建設的なこと、役立つことに時間を使いたいという気持ちが増えるのです。

楽しみを得ることなども含めて、実りのあることをするなら意義があるけれども、愚痴を言うという行為が、ただ時間を消費するだけに思えて、そういう目的で時間を使いたくないという気持ちがでてくる人もいます。

こうした気持ちの抱き方には個人差がありますから、「愚痴を聞くことに時間をつかう気持ちがなくなってきた人」と、「愚痴をふくめて、女性同士の会話を楽しみたい人」との間で、差がついてしまうときに、以前から変わらない付き合い方をしているのに急に距離を置かれるということが起こるのです。

そしてもうひとつ、人は誰もが年齢とともに、若い頃と同じようにいかない部分がでてきます。40代くらいになると、自分では気がつかなくても耐性がなくなったり、周囲のことを配慮する度合いが減ってきたりするものなのです。

そのため、相手の話を聞くことが本来あまり好きではない人は、よりせっかちになって、聞くという姿勢を保つことが面倒になり(^_^;)、

自分が話すことが好きな人は、相手に聞かせている時間は相手を拘束しているという感覚が薄れてしまい、話が長くなりがちで(^_^;)、

お互いに、「昔のように長く聞いていられなくなる」⇔「昔より、話が長くてくどくなる」ということから、なおのこと、聞き役となる側の人が、態度を変えてしまうことが起こり得るということです。

ですので、こうしたケースに遭遇した場合は、時間を何に使うかということを、より深く考える時期にお互いが入ってきていることに、気づくための機会だととらえて、改めて、自分の人付き合いの姿勢や、時間の使い方などを考えてみるといいと思います。

そうして、改めるところは改めていけば、元から気があってはいたのですから、何かのきっかけでまた、楽しく付き合える関係に戻っていくこともできるでしょう(^_^)。

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