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2017年7月の3件の記事

2017年7月22日 (土)

今世の要素を、自分が決めてきているという範囲について。

自分が選んで、この人生(今世)を決めているのだと、スピリチュアルな解釈においてよく使われる表現です。

自分が、この国や時代や、家族構成、性別や、身体的な特徴などのいろんなことを、決めたり選んだりしてこの世にやってきています。

ですが、その選び方というのは、何でも自由に、白い紙に好きなように描いていけるということではないです。決められる枠組みは、ある程度、存在します。

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何も制限のないところから、今回は女性で、金髪の容姿で、ヨーロッパで、こんな経歴の生勉強や生活をして、物やお金はたくさん得て・・・というふうに、何から何まで、「好きなように、決められるわけではない」のです。

そうして決める際の範囲や条件は、ある程度存在していて、それまで積み重ねてきた「前世での経験」なども、関連してきます。

たとえば、前世でAという行いをしたので、今回はAの続きをするとか、Aを活かすような生き方にするとか、または、Aは経験済みなので今回はBを経験するとか、そうした関連性で決める(というか、決まるとも言える)部分は大きいようです。

これまでに、カルマというものについて何度も書いてきました。

http://spiritual-teaching.com/archives/57

カルマというのは、「行い」の総称です。積み重ねてきたすべてが、広い意味でいえば、カルマに該当します。

いくつもの転生(前世)で培ってきた行いをベースにして、今回の人生の構成要素を決めるというしくみは、いわば、「それまでのカルマがベースになっている」と言い換えられます。

カルマという言葉のイメージが誤解されがちですけれども、行いの全部の総称、ととらえていけば、この意味が理解できるかと思います。

人は、たましいの存在で、何度も生まれ変わってあらゆる経験を重ねていて、それらのすべてがカルマとして、たましいのデータベースに蓄積されていき、その蓄積をもとにして、今回の人生のいろいろな要素を、選んで、決めてきています。

ですから、自由に好きなように、「よーし、次の人生は王様だ!」というふうに、決められるとは限らないのです(^_^;)。自分のカルマという蓄積の中に、それに繋がるものがあるか、ということですね。

カルマというのは、悪い意味のほうではなくて、行いの全部という意味のほうです。それらがあらゆる形で複雑に関連していて、この人生の宿命(決まっている、変えられない要素)にも、関連している、ということなのです。


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2017年7月11日 (火)

自分の意識と姿勢が変わると、行動による「あらわれ」が変わるもの。

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すべてを自分の思うとおりに動かすことはできないものです。特に、自分以外の誰かが関わること、その人数が多くなるほど、自分の思うとおりにいかなくなります。

そういうこともありうると、自分の思うとおりになることも、ならないこともありうるという理解をして、その上で、「自分がどのような生き方をしていくことが、自分の人生をより豊かにしていくことに繋がるか」という考え方をして、できることを工夫してみるといいのです。

その結果として、でてくるアイデアが、(思うとおりにしようと奮闘していたときのアイデアと)同じものだとしても、それを体現していく「自分の意識と姿勢」が変わっていますから、周囲へのあらわれは、変わっていくものです(^_^)。

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2017年7月 2日 (日)

自分と相手の、「時間」に対する認識の差を考える。

40代以降の方からの、ときどきあるご相談に、急に友だちとの関係が疎遠になってしまった、というものがあります。

今までは、問題なく付き合いが続いていて、得に最近になって変わったこともないのに、ここにきて距離を置かれてしまった気がする。

雰囲気からして、どうやら相手側の事情というわけではなく、自分に対して何か思うところがあって、距離をとろうとしているようなのだけれど、その理由がわからない。

何も以前と変わっていないのに何故・・・という相談は、ほとんどが以下の理由となっています。

そうしたケースは、相談者さんが、「話が長いので、会うと時間が掛かる」「話に建設的な内容が少なくて、愚痴が多い」ことが、相手を疲れされていることが多いです。

嫌われているのではないけれども、付き合う距離を変えようとされていて、以前のような親しさや頻度でのやりとりが行われないのです。

「でも、以前も同じ付き合い形で、問題なく楽しんで会話をしてきたのに」と、思われるかもしれませんね。

けれど、40代くらいになると、人生における時間の貴重さが、それ以前の年齢よりもよくわかるようになり、建設的なこと、役立つことに時間を使いたいという気持ちが増えるのです。

楽しみを得ることなども含めて、実りのあることをするなら意義があるけれども、愚痴を言うという行為が、ただ時間を消費するだけに思えて、そういう目的で時間を使いたくないという気持ちがでてくる人もいます。

こうした気持ちの抱き方には個人差がありますから、「愚痴を聞くことに時間をつかう気持ちがなくなってきた人」と、「愚痴をふくめて、女性同士の会話を楽しみたい人」との間で、差がついてしまうときに、以前から変わらない付き合い方をしているのに急に距離を置かれるということが起こるのです。

そしてもうひとつ、人は誰もが年齢とともに、若い頃と同じようにいかない部分がでてきます。40代くらいになると、自分では気がつかなくても耐性がなくなったり、周囲のことを配慮する度合いが減ってきたりするものなのです。

そのため、相手の話を聞くことが本来あまり好きではない人は、よりせっかちになって、聞くという姿勢を保つことが面倒になり(^_^;)、

自分が話すことが好きな人は、相手に聞かせている時間は相手を拘束しているという感覚が薄れてしまい、話が長くなりがちで(^_^;)、

お互いに、「昔のように長く聞いていられなくなる」⇔「昔より、話が長くてくどくなる」ということから、なおのこと、聞き役となる側の人が、態度を変えてしまうことが起こり得るということです。

ですので、こうしたケースに遭遇した場合は、時間を何に使うかということを、より深く考える時期にお互いが入ってきていることに、気づくための機会だととらえて、改めて、自分の人付き合いの姿勢や、時間の使い方などを考えてみるといいと思います。

そうして、改めるところは改めていけば、元から気があってはいたのですから、何かのきっかけでまた、楽しく付き合える関係に戻っていくこともできるでしょう(^_^)。

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