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2017年6月の3件の記事

2017年6月29日 (木)

次に何をしたらいいか、周囲の人(を自分がどう感じるか)が教えてくれる。

この世でおこることはすべて、同じ要素をもつもの同士が引きあうという「波長の法則」が関係しています。

人間関係もまた、この法則のとおり、自分と何かの同じ要素をもつ人と、関わりができるようになっているので、周囲の人には、自分の一部分があらわれています。

しかし、そのときどきで、自分の周囲の「人たち」という、複数との間にみられる共通点や傾向は変わっていくものです。

自分が備えているうちの、どの部分が前面にでて引きあっているかが変わるわるためでしょうね。

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周囲の人たちと、自分との間に、(必ず何かの共通点があるとはいえ)少しの開きを感じることがあると思います。

そういうときは、その開き、違いから、今の自分が学ぶべきことや、とるべき行動がわかります

自分よりも、向上心が高い人が多いと感じるか、または逆に、自分よりも、向上心が低い人が多いと感じるか。

どちらに該当するかによって、相対的に「今の自分を計る」ことができるのです。

自分より向上心が高い人が周囲にいる場合は、「成長するとき」です

その人たちを手本にしたり、または刺激を受けたりして、伸びていくことができる時期にさしかかっていますし、また、それが必要な時期であるということです。

そうして自分が伸びていく時期には、周囲の人たちの向上心について、気づくことが多くなるものなのです。

自分より向上心が低い人が周囲にいる場合は、「新しいことに踏み出すとき」です

今まで、なじんでいた場所に、少しのものたりなさを覚えるときに、周囲の人にそうした印象を抱いてしまうものだからです。

そういうときには、自分が新しいことへ踏み出すタイミングであることに気づきましょう。自分の意識が「前に」と思っているときには、他のそうしていない人が、動いていないことが目立って感じられやすいのです。

その人たちが気づかせてくれたことに感謝して、新しい何かに向かって、スタートをきるのがいいでしょう。

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2017年6月28日 (水)

守護霊、先祖霊と、その他の霊、それぞれが放つ波長は違う。

世の中にはときどき、「霊がみえる人」がいます。

そのセンスのことを「霊視」と言いますね。

しかし、霊視ができる人でも、見える対象と範囲はそれぞれです。「霊視ができる=どんな霊も見えるということではない」のです。

浄化していない、いわゆる「幽霊」がみえるとしても、守護霊が見えないケースもあるということは、なんとなくイメージがつくと思いますけれど、

守護霊が見える人で、幽霊には波長があわないから見えないというケースも、結構よくありますね。

私もどちらかといえば後者のほうで、よほど自分のコンディションが下がっているときでないと、普段は見えないです(仕事のときは別)。そういう人は結構多いと思います。

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どうしてこうした違いがでるかというと、それぞれが放つ波長が違いますので、「霊視者がもつ波長の幅と、合っているものが見える」というしくみになるためです。

霊が放っている波長の差で、どういう関係性の霊であるかの見当はつくからこそ、霊視鑑定というものが成立するわけです。

たとえば「武士の霊が見えた」として、それが先祖なのか、守護霊なのか、どちらでもないのかは一見しただけではわからず、霊との交信でやりとりをして「あなたは、○○さんの守護霊ですか」と確認する・・・などということにはなりません。

その方がまとっているエネルギーに、違いがありますからね。

具体的に、先祖の誰かというところまでは(私はそんなに先祖霊とも波長が合いやすいほうではないため(^_^;))わからないこともありますが、先祖か守護霊かわからない、などということはないですし、それを間違うということも、職業で霊視をするレベルの人には、まず起こらないと思います。

ましてや、憑依している霊などとは、見間違いようがないです。

霊視という言葉が、ある意味まぎらわしのですけれども(^_^;)、霊の姿をみての判断ではなく、エネルギー的な見わけが、なされて、霊視というものが成立する、ということでしょうか。

こう、文章でかくととてもまわりくどくなりますが、

「人」にも個性によって、いろいろ差があるように、

「霊」もまた、性質の差がありますから、ひとくくりにはならないということですね。

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2017年6月20日 (火)

家族は、別のたましいの領域から「集まっている」関係です。

まずは前提の知識として。

ブログでもよくとりあげる話題ですが、先祖霊と守護霊はカテゴリーが別の存在となります。

【過去記事】:先祖霊は血縁の繋がり。守護霊はたましいの繋がり

たとえば、今回の人生で、田中家に生まれたとしたら、先祖霊は「田中家の家系」という繋がりの関係ですよね。

田中家のお祖父さんやお祖母さんが、自分の先祖霊ということになります。

守護霊というのは、たましいの繋がりですので、フランス人やアメリカ人が守護霊であるケースもあります。日本人とは限りません。

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ここでタイトルの話題に戻します。

自分の親や兄弟、自分の子どもという「家族」も、血縁の繋がりの関係ですね

つまり、先祖霊と同じカテゴリーの、「たましいの領域は、共通していない」存在となります。

今回の人生では、同じ「田中家」という家族として生まれた仲間同士でも、学びの要素もそれぞれ、備えている個性もそれぞうという、たましいは共通していない関係なのです。

自分と守護霊は、性質その他がとてもよく似ていることが多いけれど、

家族については、「それぞれの場所からきている」存在ですから、容姿や体質という、肉体的なところは共通点が見られるとしても、性質などは、まったく違っていることがあっても、この構図からすると不思議ではないのです。

この世においては、血縁という繋がりが、もっとも根本的な近い関係となりますので、ここが繋がっているのだから、似ているはずだと、つい思い込みを持ってしまいますが

たましいの大元は別ですので、違う個性をもった人同士の集まりとなることも、場合によってはあり得るということです(^_^)。

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