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2017年5月の36件の記事

2017年5月31日 (水)

守護霊のメッセージは、自分の思考や感情を通して伝えられる。

すべての人に、人生を大局的な観点から眺めた「導き役」となる、「守護霊」という存在がいます。

このことは、スピリチュアルに関心がある方にとっては、オーラや前世と並んで、よく知られている知識だと思います(^_^)。

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守護、という文字の雰囲気から誤解されやすいのですが、守護霊というのは、困難から自分を救い出してくれる存在ではありません。

自分がこの人生を、しっかりと進んでいくために、必要に応じて、旗振り役、案内役をしてくれる、「優れた知恵を備える、もう一人の自分がいる」というような位置付けとなります。

守護霊は、あちらの世界から、こちらの側のすべてを把握していて、必要なときに、必要な導きを与えてくれるけれども、

この人生を進んでいくのは、自分自身なのです。

そのために、必要なことを考え、ふさわしい行動をとるのも、自分自身です。

そうした根幹の部分に、守護霊が干渉してくることはありません。

日々の生活情の出来事について、たとえば、こちらの選択肢がふさわしいだろうかとか、このことを止めたほうがいいだろうかという、ひとつひとつについて、守護霊が、ああしろ、こうすべきと、伝えてくることは少ないです。

守護霊が伝えてくることがあるとしたら、もっと広く大局的なこと、全体的なことです。または、いろいろ迷ったり考えたりしていることがあるなら、それらを整理して、前に進ませるための「少しのヒント」です。

ずばりの答えを伝えてくれることは、ほとんどないですね。そういうことは、自分で決める自由があり、責任があり、それらを含めた経験のすべてが人生の学びだからでしょう(^_^)。

学びを手伝うことはあっても、学びを代わってしまっては、身につかないからですね(^_^;)。

守護霊が、何かを伝えようとする際には、「思考」を通して行われることが多いようです。自分だけで考えているつもりの、さまざまな思考の中に、守護霊からのヒントが含まれて伝わっていることがあります。

または、日常のあらゆる出来事に対して、自分が抱く印象や感情の中に、それが含まれている場合もあります。

守護霊と自分自身は、たましいという内的な繋がりをもつ関係ですから、そうした「内的な繋がり」をいかした伝え方が、自然な形なのでしょう。

思考、感情、印象などの、自分の心の動きや、意識の動きというエネルギーを通して伝えられてくるのは、その内的な部分で、お互いが繋がっている、ということでもあります(^_^)。

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2017年5月29日 (月)

シンプルが、わかりやすい。

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自分の思っていることを、相手に伝えるときに、

「自分の思いをあらわす言葉を探そう」とすると、難しいのです。

どんな言葉も、自分の言いたいことの全部をあらわしていない、あれも微妙に違う、これも何かが当てはまらない、何を選んでもピッタリにならない、と、なかなか適切な言葉が見つかりません。

そこで、「相手に伝わりやすい言葉を探そう」という考え方に変えてみると、格段に、ふさわしい言葉が見つかりやすくなります。

前者は複雑なものを探すことになり、 後者は、簡単なものを探すことになります。

簡単なものが見つかりやすいのは、当然ですね。

「わかりやすさ」を優先すれば、実は、ものごとは簡単になります。

言い換えると「シンプル」になるということです。

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2017年5月28日 (日)

行動してみて、わかることがある|今日のメッセージ。

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自分が決めて、自分が納得のいくようにやってみることで、気づかされることがあるものです。

自発的な動きをしてみて、はじめてわかることがあります。

周囲からさせられることではなく、自分がやろうと決めて動くことだからこそ、深くわかることがあるのです。

大事なのは、結果だけではなく、

継続する期間や、費やす時間の長さだけでもなく。

自分が想定している、もっと外の領域に、

たくさんの、新しいことがあるのです。

新しい行動は、新しい気づきに繋がります。

自分が決めた行動は、自分の意図的な気づきを深くします。

 

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2017年5月27日 (土)

違いが大きいほど、気づきも大きくなる。

この世の学びとして、人間関係ほど、苦労させられるものはありません(^_^;)。

本当にまあ、次から次へと、いろんな課題がやってくるなぁ、という感じで、おわりなく「いろいろ」が起こるものですよね。

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それぞれ独自の個性をもっている人が、集まっている場所が「この世」です。

同じものが引き寄せ合う、「波長の法則」というスピリチュアルなしくみは、何もかもが共通しているという意味ではありません。小さい比率でも、引きあうものがあれば関係が作られることもあります。

ですから、表向きはまったく違っていて、共通点などあるとは思えないような相手とも、何かが引きあって、関わりがつくられてしまうこともあります。

似ている点が小さく、違いが大きい相手との関係は、負担を感じやすいですね。

しかし、違いが大きい相手からは、気づかされることもまた大きいという、メリットもあります。

この世では、「あれ」と「これ」を比較することで、違いから「わかる」という気づきが生まれます。この感覚には、時間というしくみが関連していることは、これまで何度もお伝えしたとおりです。

この世に生きる私たちにとって、比較をして、違いから把握するという気づき方は、もっとも認識しやすい手法なのです。

この世で、気づきを与えてくれる対象は、人以外にもたくさんあります。たとえば、理想と現実が違うことだったり、自分の中にある、内的な思いが変化していくことだったり、そうした「違い」も、いろんなことを気づかせてくれて学ばせてくれます。

それらは、自分がそのことに意識を向けない限り、あまり気にしないでいられるので、自分が気づくタイミングで気づいて、学びにしていくという、どちらかというと「静の気づき」ですね。

ところが、人間関係は、相手の意思がありますから、自分の都合は無関係に、いきなり動きがついたり、思わぬ働きかけを思わぬタイミングでされたりという、「動の気づき」が与えられます。

動の気づきには、動きの大きさに比例して、反応も大きくなります。ときにそれが、対立になったり、感情が乱されてカチンとくることもあったり、気づくけれども、それを受けとめる負担もでてきます。

動きが大きいものが、与える振動は大きい、ということです。

良くも、悪くも。

大きい振動は、印象も刺激も大きく、学びになり、気づきになり、役立つ面が多分にあるけれども、やはり、大きい分だけ、受けとめる負担というものが、発生してくるということなのです。

違いが大きいほど、違う振動(=波長)に、揺り動かされることになりますから、

得られるけれども、負担もでる、ということです。

そして、得たことを実感するまでには、ある程度の時間が掛かります。このことに気づくには、また別の「何かとの比較」が必要になるからです。「ああ、あのとき、こんなふうに経験値となって得られていたんだなぁ」と思える何かが起こったときに、「わかる」ので(^_^)。

しかし、負担のほうは、すぐに「わかり」ますよね(^_^;)笑。それまでの平穏さとの比較をすれば、こちらは違いが顕著なので、こちらのほうが、いとも簡単に認識されやすいため、

人間関係の違いによる負担で苦労させられている点だけが、自分の中で、クローズアップされているだけで、苦労の分だけ実は、得られてもいるということなのです。

・・・なかなか、気づきにくいですが(^_^;)。

人間関係で、相手との違いで苦労させられているときは、「きっと、何か得られているんだろう。気づくタイミングは今ではないけれど、またいつか何かの出来事がそれを教えてkるれるだろう」と、未来を楽しみにしましょう(^_^)。

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リーディングのご感想|固定電話のセッション。

リーディングをご利用いただいたIRさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

先日は固定電話によるセッションありがとうございました!

初めて、初回リーディングをお願いしたのは、3年前だったと思います。人生のターニングポイントに、ブログを通してリカコさんの存在を知って、セッションを受けるようになったのも、ふさわしいタイミングだったのかな、と思います。

メールリーディングはいつもお願いしていたのですが、電話によるセッションは初めてでしたので、今回こういう時間が持てたことを嬉しく思いました。 今までも、申し込みしようとしても、なかなかタイミングが合わなくて、ようやく実現した感じでした! 

初めて聞いた声は優しくて、とても話しやすく、教えて頂いたことも参考になることばかりでした(^^)

オーラの色も、オーラの知識も交えて詳しく教えて頂き、自分に対する理解も深まりましたし、状態の悪い時の自分の、把握方法が分かったのも良かったです。

オーラの色が明るいと言って頂きましたが、友達に私といると元気が出る と言ってもらえるので、自分のオーラが明るいと、周囲の人間も元気にできるのかな~と思いました。

指導霊様からのメッセージも、今回は電話からお話しいただいたので、メモを取るのが大変でした(^_^;) あの後、単語をつなげて意味が通る文章に直しました(^^)

とくにお話しされているときのリカコさんの感じが、その時だけエネルギーが変わるというか、雰囲気が違って、メッセージ受信されている というのがすごく伝わりました!!

お電話でもお話しいただいたように、今はひらめきが良いらしく、あれもこれも興味がわいたことに対してすぐに手を出してしまっているので、今後の自分、未来の自分も意識しつつ、自分に合うものだけを選び、未来につながるように育てていこうと思いました。 毎日色々とありまして(^_^;) 

大変な時もあるけれど、とても充実しているし、人生を楽しんでいるので、それがオーラの明るさにも反映しているように感じます。

今後も良い状態をキープしつつ、やるべき事と、やりたい事の両方をやりながら、楽しみつつ人生を運んでいこうと思います(^^) ありがとうございました。

また機会があったらお願いします☆

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リーディングのご感想|スカイプセッション。

リーディングをご利用いただいたHさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

本日はリーディングセッションをありがとうございました。

セッション冒頭の「浮腫」についてご指摘を頂いて、思わず昨夜に今年に入って、ずっと我慢していたデリバリーピザを独り占めして食べたことを、こっそり霊視されたのかと恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまいました。

(//∇//) 私は特に浮腫やすく、日ごろは自炊で塩分には気をつけているのですが。今後は気をつけようと思いました。

セッション中の「質問」のやり取りの実践で、ひたすらまごつく私の状態に気がつき、これからは「質問力」をつけていくように、今日お教え頂いたポイントに留意しながら、色んな方々とのコミュニケーションを楽しむようにします。

これからは「受け身」にならないように心をオープンにしながら、ファッションなども自分に似合うものをチョイスしつつ、少しずつ変化を楽しみますね!

守護霊様も前回と同じ方のようで親近感がわきました。

最近は特に物事を否定的に捉えてしまう場面が多かったため、これからは「自分が何を求めているのかを知る」ように、自己分析しながら、ありのままの自分自身を認めていけるようにします。

いつも的確なリーディングセッションを感謝しています。

本日もリカコさんとお話しが出来て嬉しかったです。

余談の補足になりますが。 私は「コテコテ関西人」なので、粉モンが大好物なんですよ! お好み焼きが大好き過ぎて、血液がソースで出来てるってくらい(笑)、でんぷん質の糖質LOVEなので。 気をつけていきます!

ブログ記事、いつも楽しみにスピリチュアリズムの勉強をさせて頂いています! この度も、ありがとうございました。

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2017年5月26日 (金)

すべての人は繋がっていて、お互いに気づきを与える。|スピリチュアル・メッセージ。

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他者に対して思うこと、言いたくなることは、その大部分が「自分への思い」なのです。

若い人に思うことは、「かつての自分に、教えたかったこと」で

年配の方に思うことは、「これからの自分に、役立つこと」です

他者と自分は、繋がっています。

人とは多面体の存在で、とても複雑なものですから、どんなに自分の観察眼が優れていても、他者のすべてを把握できるものではありません。

わかることは、「他者の、ごく一部分のみ」です。

その「一部分」こそが、「自分と共通している点」なのです。

自分の中にないものを、相手の中に、見出すことはできず、

自分の中にないものは、自分の感性が反応を起こしません。

他者と自分は、「どこかが少しずつ、共通」していて、あらゆる意味で、繋がりをもっています。

同時に、すべての人に、「それぞれ、独自の性質」があります。

まったく同じでないからこそ、違いを比較して、「わかる」ことがあり

すべてが違わないからこそ、同じところを通して、「教えられている」ものです

「他者を通して、自分のことに気づかされ、教えられる」という学びを、この世特有のしくみである、「時間」を掛けて行われている形が、

あなたが、若い人へ(かつての自分を重ねて)思うことであり、

あなたが、(これからの自分を重ねて)年配の方へ思うことなのです。

他者という存在と、時間というしくみがある、この世という場所で、

あなたは、たくさんのことを、気づき、学んでいくことができます。

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2017年5月25日 (木)

オーラの色は、どの部分の色かによって示される要素が変わる。

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オーラとは、身体をとりまくように放たれている、スピリチュアルなエネルギーのことです。

オーラを見たり感じたりすることができる人にとっては、オーラを把握することから逆算して、その人の性質や状態などがわかります。

オーラの様子とは、その人自身を反映しています。

オーラの「どの部分を見るか」によって、把握できることが変わってきます。

頭の近くのオーラには、内面があらわれます。

頭の「上」には、性質や性格などの「本質」的な要素があらわれ、

頭の「周囲」には、そのときの思いなどの「状態」があらわれます。

本質は、安定していて変化が小さく、状態は、その時々で容易に変化します。

頭の近くの「オーラの色」は、以下のとおりです。

頭の「上」にあらわれる色は、「本質」をあらわす色です。たとえば、青色であれば、爽やかさや、冷静さが、本質的に備わっていることを示します。

頭の「周囲」にあらわれる色は、そのときの「状態」をあらわす色です。こちらが青色なら、そのときの状態が冷静であることを示します。または、緊張しているときにも、青色になることがあります。

本質的な性格は、そんなに変化はしません。爽やかで冷静な人は、明日も、明後日もそういう性格ですから、明日も、青い色は示されます。

しかし、緊張しているという状態は、そのときの一時的なものとなります。その時点で緊張しているとしても、明日や明後日は、そうではないかもしれません。こちらの色は、そのときどきで大きく変化します。明日には、青以外の、別の色があらわれているかもしれません。

オーラの色は、「どの部分の色か」によって、あらわれている要素が変わってきます。

同じ「青」でも、その部分、位置によって、意味は違ってくるということです。

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2017年5月24日 (水)

ものごとが複雑に絡み合ってしまった場合の考え方。

自分に関わるものごとは、すべて何かしらの「繋がり」があります。

同じ要素のあるもの同士が引きあうという「波長の法則」や、自分が種をまいたことが自分の行く道に実るという「カルマの法則」で、ものごとが展開していくしくみです。

こうしたしくみがあるからこそ、このことが起こっている理由は何か、という視点をもつことができ、過去を振り返ったり、今やるべきことを再認識したり、未来の計画をつくろうとしたり、「自分の人生に意識的になる」ことができます。

(何の繋がりもなく、無作為にものごとが起こるなら、規則性や理由を考えることもできず、結果をつくる準備も意味がなくなってしまいます。繋がりがあるからこそ、「一連の動き」というとらえ方ができるのです)

しかし、ときに、それらが複雑な繋がりとなりすぎて、固まって解きほぐすことができなかったり、停滞してなかなかスムーズに流れなかったり・・・、どうしたものかと戸惑うケースもでてくるものです。

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そういうときに、この状況を何とかしなければ!と、強い力を掛けて押し切ろうとしたり、動きの多さでこじれをカバーしようと負荷を掛けすぎても、・・・ますますこじれて身動きがとれなくなることもありますから、

「絡まっているところを何とかしよう」とするよりも、そこから意識をはなして、「それ以外のことする」という切り換えをしてみましょう

他で動きをつけられるところがあれば、そちらを先にやってしまうことで、自分が抱えている「やらなければいけないことリストを、少しでも減らす」という考え方です。

ちょっと絡み合ってスムーズでなくなっている程度なら、対処は早いほうがいいですよね。しかし、どうしようもなく複雑になっているときは、少し遠回りになるかもしれないけれど、

「効果的な解決の糸口を見つけるために、周囲をシンプルにしてみる」というとり組みが役立ちます。

そうすると、絡んでいるところが、いろんな角度から見えやすくなります。

他の行動の刺激によって、絡んでいる箇所に、緩みがでてきて、ほぐしやすくなったりすることもあります(^_^)。

焦って、わーっとやってしまうと、こじれているところが、ますますこじれることもあり得ます。というか、だいたいそうなります(^_^;)笑。

全体を眺めて、絡まっていないところに動きをつけてみてください

これは、問題を先送りにすることとは違います。

また、すべての問題に当てはまる方法ではありません。とり組みをしようとしても、こじれすぎていて、どうしたらいいかわからない状況(^_^;)になってしまっている場合の、ひとつの考え方です。

あとは、第三者の手を借りると、意外とすんなり解決することもあります

記事内の画像は、猫さんの爪でなんとかしようとすると、ますますひっかかるでしょうけれども、外から人間が手をいれれば、簡単にとれますよね。糸のからまりは残りますが、少なくとも猫さんは、脱出できます。

そういう方向性での解決は、外からの働きかけのほうが、効果がでるということもあります(^_^)。

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リーディングのご感想|メール回答。

リーディングをご利用いただいたKATさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

先日は、リーディングにてメッセージをいただき、ありがとうございました。

今回、オーラの色、指導霊さまからのメッセージと、ひとつの相談事項でお願い致しました。

まず、どの項目もメッセージのボリュームが感激するほど多く、読み応えのあるものでした。今でも読み返し、意識を高めたり、再認識させてもらったりしています。

指導霊さまからのメッセージでは、やりたいことがあって気持ちが前のめりになっていたこともあり、「今このとき」に意識をおき、無理のないように進んでいこうと思いました。

また相談事項に関してのメッセージですが、なぜそこまで分かるんだろう!(現実的なことも含め)と思ったことが多々ありました。

例えて説明頂いたことが非常にわかりやすく、私自身の思考もまとめられ、整理もできています。

色々なヒントやメッセージ、気づきを与えていただき、感謝するばかりです。

また、ブログのメッセージもすっと入ってくるようになりました。リーディング頂く時期も、自分にとって必要なタイミングで観ていただけるのだとひしひしと感じています。

リソース・リーディングも読み返し、自分に自信を持って進んでいきたいと思います。

リカコさんとご縁がありましたこと、嬉しく思いますし、感謝しています。

どうもありがとうございました(^ ^)

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2017年5月23日 (火)

誰もが、霊的な関与をうけながら、学びを重ねている。

人とは、肉体という器を伴った霊的な存在である、とスピリチュアリズムでは解釈をします。

普通は、人という存在と、霊という存在を、わけてとらえていますけれど、実は私たちは霊であるということで(^_^;)、霊的な事柄やエネルギーに、馴染みやすい性質を持っていることになります。

そのため、誰もが、必要に応じて、霊的な事柄やエネルギーの関与を受けることとなり、そのうちのひとつに、守護霊という導き役の存在のサポートが含まれます。

こちらは、スピリチュアリズムに関心をお持ちの方にとっては、既におなじみの知識ですよね(^_^)。

自分と守護霊との関係性というのは、「この世に生まれる以前からの、たましいの繋がり」です。一般的な人間関係のような、立場や感情に左右される不安定な繋がりとは違い、きりはなされることのない、深く強固な関係です。

ですから、霊的な関与となると、一番の基本となるのは、守護霊などの存在との繋がりがあげられます。

誰もが、そうした存在に見守られながら、この人生という経験から学びを得ていることになります(^_^)。

こちらの関係は、とても自然であり、そして「通例・通常」な繋がりといえますね。

しかし、霊的存在の関与にも、いりいろあって、あまりありがたくない(^_^;)、「変則的かつ一時的」な、未浄化な霊による「憑依」という現象もあります。

こちらは、とても「この世的な現象」です。あちらの世界には、霊である自分が、別の霊に憑依されるなどという現象は存在しません。

この世という物質次元では、肉体と霊というそれぞれが完全に一致しませんから、必ずどこかに不安定さがあるので、そこに霊的な不調和がでてしまうと、イレギュラーな現象が起こってしまうということなのです。

肉体と、霊という、ある意味、相反する要素のあるものを同時に抱えている、私たちは、そうした不安定さの中で、あらゆる経験の「幅」の中で、たましいを鍛える学びをしているということですね(^_^)。

そして、守護霊や、未浄化霊以外にも、「他人という霊的な存在」からの関与もあります。

自分も霊なのですから、自分以外の他人もまた、肉体を伴う霊的な存在だと言えます。

人間関係も、お互いに霊的な作用を与えあっている関係性になります。

ある意味、人間関係が、一番、この世的な、「霊との関わり」の機会なのかもしれません(^_^)。

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2017年5月22日 (月)

目的は、ひとつと限らず、複数あっていい。

この世の人生というのは、「この世で、与えられている時間を使うという経験」です。

人生をどのようにしていくかという意識は、「与えられている時間を、どう使うか」という意識でもあります。

時間というのは流れていくものであり、そこに留まっていてくれるものではないので、「いかにして使うかという」意図的なとらえ方をしていくことが大事です。

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そうした点に意識的になると、「時間を有意義に使おう」と考えるようになります。

費やした時間に対する、見合った何かを得て、納得したいという思いがでてくるようになります。

この世という物質次元において、「費やした時間や労力に、見合う何かを」というとらえ方は、とてもわかりやすい基準です。

何かというのは、たとえば評価だったり、お金だったり、楽しさという感情だったり、知識を得ることだったり。

時間を費やしたことが、何かの形で、自分の身になったと思えるならば、それはとても素晴らしいことですよね。

この世の経験はすべて、何らかの学びが含まれているので、無駄になることはないですが、しかし、「どんなことも何らかの学びにはなるから」という受け止め方では、少々、漠然としすぎて、納得や実感に繋がりにくいものです。

時間を有意義に使おうとするなら、何のために、何に対してそうするのかという、目的意識をもつことが有効です。

目的をもつと、意識と行動をそこに集めていくことができます。

判断の基準がうまれますから、無駄も省けますし、効率もよくなります。

そして「目的は、ひとつに限らず複数あっていい」ということも覚えておきましょう。

複数あると分散するように思えるけれど、無理にひとつにまとめようとするほうが難しいケースもあるのです

そのほうが行動しやすい性質の人もいます。

何を選んだらいいかわからないという人は、だいたいそちらのタイプに該当します。

ならば、複数の「それぞれ」にとりくみをするほうが、目的意識をもちやすいですから行動に繋げやすいですよね(^_^)。

費やした時間が、このような価値となって自分のためになったという納得は、充実感と安心感をつくります。そして、次の目的に向かうための力となって、自分をさらに前進させてくれるようになります。

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2017年5月20日 (土)

ある日の、「予感」の話。

私は、スマホを使っていません。できる限り、ガラケーのまま使い続けたいと思っている人です。ボタンで押したいので。

で、「ガラケー」と、「タブレット」を使っています。

外出先でメールチェックができるというのは便利ですね。しかし、それ以外ではあまり使いこなしていなくて、私にとって、タブレットは、Kindle専用端末になっています(^_^;)。

私は、仕事でパソコンに向かっている時間が長いので、その他の空き時間を、ネットに費やしたい気持ちにはならないのでしょう。

ある日の夜、寝る前に、タブレットで雑誌を読んでいました。

最近は、月に定額を支払うと、かなりの数の雑誌が読み放題となるサービスが、いくつもありますよね。私もそうしたサービスを利用しているので、その日も、数冊の雑誌を流し読みしていました。

そうすると、ある瞬間にふと「不必要である」か、「過剰である」というような、波長が伝わってきた気がしました。どこから伝わってきたのか、何についてなのかはわかりません。

私は、寝る前に活字を見ると、頭がとても疲れるので、今は読まないほうがいいのかもしれないな、とも思いましたが、

しかし、ちょうど集中しているところだったのと、何の件が伝わったのかもわかりませんし、気のせいかもしれないですから、あまり深く考えずに、そのまま読んでしまいました。

翌朝、昨日の件が、何をあらわしているのかがわかりました。

「たぶん、そうだろう」と、行動する前からだいたいわかりました(^_^;)。

翌日は、美容室を予約していました。

もうおわかりかと思いますが、……私が前日の夜に、読んでいたのは、「美容室で出された雑誌」でした(^_^;)。

でもまあ、タブレットで読むのと、紙で読むのはやはり違って、雑誌は紙の手触りも含めてリズムがあって読みやすいので、それはそれでよかったのですが、しかし、前日のあのときにはっと気づいて途中でやめておけば、出してもらった雑誌を、もっと新鮮なキモチで読めたのになぁ、とも思いましたね(^_^;)。

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「感じる」センスには、思い込みが入りやすいという特徴が。

過去記事で、「感じるセンス」と「わかるセンス」との違い、という内容をお伝えしました。

記事内のとおり、こうしたスピリチュアルなセンスとしての感じるとは、「何らかの体感覚を伴う反応」で把握する感覚で、

わかるとは、「根拠がなくても、そうだと確信がわいてくるというわかり方をする」という内的な感覚のことです。

どちらも、内的な感覚なので、この両者の区分けは曖昧になりやすく、また、他人と共有して確認しあったりすることも難しいので、「自分では、そうだと思っている」ところから、なかなか理解も納得も深まりにくいところではあります。

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ご相談者さまの、いろいろなお話を総合すると、多くの方は、「感じるという感覚」のほうが、「わかる」よりも、感度のよいセンサーであると思っていて、「わかる」というセンサーを軽視しているケースが結構多いようなんですよね(^_^;)。

「感じるセンサーが、自分に備わっていたらいいのに」と思っている方は、頭の中でそうかもと思うわかり方より、体感覚のビリッとくる等の反応を伴うほうが、確実性があって把握しやすいという思いからなのでしょうけれども、

しかし、実は、感じるという感覚には、客観性が伴った感覚とは限らないという、「判別のしにくさ」もあるのです。

どちらも必ず、間違う可能性はある。

「感じる」ことも、「わかる」ことも、自分の内的な感覚ですから、客観性があるとは言い切れないということは、どちらにも共通することです。

スピリチュアルなセンスの精度は、そんなに高いものではありません。それはすべての人に言えることです。

しかし、どちらかといえば、「わかる」感覚が鋭い人は、自分のわかることへの思い入れが少ないので、冷静でいられるので、思い込みにとらわれにくく、「感じる」感覚が強い人は、体感覚という反応が実際に伴うため、それが「起こった」ことの印象が強くなるので、思い込みになりやすいという特徴があります。

【わかるタイプ】

頭の中で確信がわくという、「わかる」感覚が鋭い人は、思考との境目があまりないため、その感覚にこだわらないでいられます。

「そうだと思ったけれども、でも、思い込みかもしれないな」とか、「そうだと確信があるが、しかし、これが事実とも正しいとも言い切れないし」というわりきりが簡単にできるので、ひとつひとつの、「わかった」感覚にとらわれないでいられます。

自分の直感的な把握を、軽視してしまうことが多いのですが、しかしその分、冷静にもなれますね。それを信じるという思い入れも小さいので、認識違いもありうるという感覚もまた、受け入れやすいということです。…と書くと、いいような、悪いような、ですけれど(^_^;)、

「自分の感覚を、信じることができにくいけれど、その分、違うこともありうるという点は受け入れやすい」のがこちらのタイプです。

【感じるタイプ】

体感覚を伴う反応で、「感じる」人は、体への印象が強いため、「感じたのだから、そう感じる何かがあるはずだ」という認識もまた強くなるため、そこから意識を離しにくいです。

体感覚の反応が、実際に自分に起こるため、「わかる」タイプよりも楽に、それを信じることができます(^_^)。それ自体はとてもいいことなのだけれども、メリットの裏表として、感じたことから思い込みが生じることも、「わかる」タイプよりも、多くなってしまいます。。。

普通に考えて、「そうかと思ったけれども、違うかも」という思考は自然にできるけれど、「体感覚で反応があったけれども、違うかも」という認識には、あまりなりませんよね。

たとえば、「食べ物を口にいれて、甘いと思ったけれども、でも思い込みで、実際は甘くないかも?」という認識には普通はなりません。

体感を伴う反応は、自分の中での事実として認識されやすい事柄ですから、当然といえば当然です。

「体感という反応がわかりやすいので、感覚を信じること簡単にできるかわりに、しかしそれは、自分の個人的な反応であり、外の何かを感じたあらわれとは限らないという認識を、もちにくい」のが、こちらのタイプです。

どちらも、「得意分野」と「苦手分野」がある。

どちらのセンサーも、完全ではないという理解が大事です。

これまで幾つもの記事で書いてきたように、スピリチュアルなセンスの働き方にも、どんなことがうまくできるかという個人差があります。

「自然現象の変化が当たる」とか、「相手の体調の変化が感じられる」とか、「本質の把握ができる」というような、得意な分野があって、それ以外のことは同じようには把握できません。

わかることも、感じることも、得意分野に対しては、把握できることが多い分だけ、実際以上に大きく反応してしまうこともあります。または、苦手分野の把握には、ノイズが入って間違えることもあるのです。

苦手なことや、できなことは、「無反応で、把握できない」ならば、わかりやすいし簡単なのだけれども、そのようにはならず、できないことでも「何らかの反応や解釈が、自分の内部で結びついて、作られてしまうこともある」ので、こうしたスピリチュアルな感覚のみの把握を、あまりに重視しても、むしろ人生が混乱してしまいます。

そういうセンスも、ひとつ手段としてうまくいかすようにして、それのみにとらわれないバランスが大事ですね(^_^)。

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2017年5月19日 (金)

守護霊の方が、「手に何かを持っている構図」

セッションの際に、守護霊さんがお出ましになるときに、「手に、何かを持っている」姿であらわれることがあります。

それは、その守護霊さんに関係する道具である場合と、まったく違う何かである場合とがあります。

守護霊さんに関する道具というのは、たとえば「武士の方がもつ刀」とか「縫い物をする職業の方の、布」のようなものですね。

あえてそうした構図ででてこられるときは、「そのことが、お伝えしたいことと関連している場合」で、ご相談者さんに何か意味があることが多いです。

たとえば、武士の方が刀をもっているというのは「そのまま自然な姿」でもあるので、ご相談者さんが、道具を使うことが上手だったり、手を使うことが得意だったり、そういう特徴が示されていることもあります。

しかし、武士の方が「書籍」などを手にしている構図であれば、あまり自然な姿とは言えないので、そこには別の、ちょっとひねった意味があり、ご相談者さんに「情報を集めてください」とか、「書籍などの文字から、役立つ知恵を得てください」というようなメッセージ性がこめられていることもあります。

こういうところからも、お伝えする内容が把握できるように「なっている」ようで、私はあまり霊聴(れいちょう)が得意なほうではないので(^_^;)、おそらくはこうして私がわかりやすい形に合わせてもらっている・・・のだろう、と思っています(^_^)。

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2017年5月18日 (木)

リーディングのご感想|指導霊のメッセージ。

リーディングをご利用いただいたNSさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

感想ですが、当たっているとか、当たっていないというレベルではなく、 「思い当たる状態から、思いがけないご指摘を受けて 自分なりに咀嚼する」 という、普段体験しない体験をさせて頂きました。  

わかりやすいところだと、目に対しては、すごく危機感を 抱いていたところなので、「見えずらい」というのはすごく納得しました。(あまりに支障がでるようだと、仕事をやめようと思っていたぐらいです)

あと、「これがあなたのパターン」と指摘されたのは、痛快というか。。。 さんざん頭を打って、そのことを、最近うすうす感じていたところなので(泣) し かし、とても重要なことをご指摘頂きました。

上司が個性的で、私と思考が全く逆なのです。 近い未来を優先して、遠い未来を見据えない。 悪気なく自分ファーストで、責任を自覚していない。 何回も警鐘を鳴らしたけれど、結局、理解してもらえず・・。 「あ~、人間って、こんなに理解しあわないんだ!」とつくづく思い、、、 しかし、そこから得たものもあります。

リソースリーディングとあわせて読み返すと、 本当に興味深いです。 今回も、ありがとうございました。

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リーディングのご感想|指導霊のメッセージ。

リーディングをご利用いただいたTNさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

このたびは、ありがとうございました😊

やはり 言って頂いているように 学びの成長を教えて頂いているんだなぁ〜と思いました。

自分では人を判断出来る見方が ある方だとは思ってはいたのですが  やはりそうだったのだ!と確信も出来ましたし、色々な事柄を考え過ぎないで 広く、大きな心で捉えられるように意識していきます。

私の考え過ぎる事での意識の変え方も言って頂いて とても ためになりました。 また、これからの人生の学びを意識して成長していきます。

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2017年5月17日 (水)

経験が、知恵をつくる。|今日のメッセージ。

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生活の中での「使える知恵」を身につけるには、土台となる知識が必要です。そして、知識を「現実的に解釈する力」をつけるための、人生経験や社会経験の積み重ねが大事です。

経験という裏付けを伴わない「知識のみの解釈」には、ときに、思い込みが入っていたり、現実にあっていない形だけのものとなってしまうことがあるからです。

または、情報が古くなっていて、現状では既に役立つものでなくなっているときに、(知識だけでは)気づくことができにくいのです。経験があれば、「そういうこと」がわかります。ものごとの解釈は多角的に行わなければなりません。

経験によって培われる解釈する力を、しっかり身につけておくと、いろんな形に、いろんな場面に応用がききます。経験そのものは古いものでも、情報が古いものでも、その掛け合わせとして生まれる知恵に厚みがでてきますから、役立つことが多いのです。

たとえば、この人生において、途中の1~2年の経験が丸ごと抜けていたとしたら、今の自分が持っている知恵がそのまま身についているだろうか?と考えてみればわかるはずです。

すべての経験が重ねられて、今があります。すべての経験が、自分自身を構成している要素です。

ひとつひとつの細かい事実までは記憶していないくても、すべての経験はどれも必要なパズルのピースのように、今のあなたを作っているということです。

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リーディングのご感想|指導霊のメッセージ。

リーディングをご利用いただいたWSさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

メッセージありがとうございました!

メッセージを何度か読み直して、 現状をよく分かってらっしゃるなぁ…とシミジミ思いました。

先の事ばかり心配して、明日の準備がおろそかになっているかもですねf(^ー^;

人同士の繋がりが苦手なのですが、 そういう役目が与えられていたのですね…。

他にも思いあたる事がたくさんあるので、メッセージを幾度も読み返して、今後の糧にしていきたいと思います。ありがとうございました!m(__)m

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2017年5月16日 (火)

金縛りについて。

「金縛り」といわれる、霊現象があります。そんなにレアな現象ではないので、経験したことがある方は多いのではないでしょうか。

寝ているとき、意識はしっかりしているのに、体がそれに伴って動かなくなり、上に乗られているような圧迫感などを体感したり、誰かがいるような存在感を覚えたり、中には、(動けない状態を伴って)耳元に声が聞こえたりするパターンもあります。

これは、体が疲れているときに肉体の機能的な現象として起こるものであり、特に、スピリチュアルな現象ではない、という見解もありますよね。

おそらく、「寝ているときに、体が動かなくなる」現象の大部分は、そちらのほうで、スピリチュアルな要因が伴う現象は、実際のところは、ごく一部と思われます。

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これまでの過去記事で、「睡眠と、スピリチュアルな現象」について、以下のようなことを何度かお伝えしてきました。いつも読んでくださっている方には、既におなじみの知識だと思いますが、

http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2013/03/post-635f.html

http://spiritual-teaching.com/archives/180

http://spiritual-teaching.com/archives/321

睡眠というのは実はスピリチュアルな行為であり、寝ている間の意識とは、霊的な方向に波長が合っていくので、通常の意識との落差が大きく、そのため、寝ている間のことは記憶に残りにくいのだけれども、「眠りに入ってすぐ」や、「起きる直前」は、霊的な領域への意識の広がりを残したまま、普段の意識状態に戻りつつあるため、霊的な感性によって何かを感じ取ったり把握したりすることが、自分的に「認識されやすい」ものです。

金縛りも、このことが関連している現象です。

寝ている間の「意識」は、霊的な方向に広がっていて、しかし、「体」は、物質次元の現実にありますから、その落差が、意識上に認識されたときに「金縛り」という状態になるのです。

睡眠中は、眠りが深ければ深いほど、落差はいつでもついているのです。

しかし、眠っているから、それが意識にのぼることはありません。

意識にのぼる(自分が認識する)のは、ある程度、通常の意識のほうに戻っていることが必要になります。

つまり、寝ているときに、何かの拍子に、上記のような「眠りに入ってすぐと、同じような意識状態」になったときに起こり得る、数あるスピリチュアルな現象のひとつとして、金縛りという状態を、経験する人もいる、ということなのです。

先に書いたとおり、金縛りと言われている現象の大部分は、肉体の機能としての現象であることがほとんどで、スピリチュアルな関連のことは少数と思われます。

そして、その少数のほうの現象に遭遇したとしたら、そのときは、「自分のそのときの体調や意識状態などのコンディションを見つめ直す」ことが大事です。

なぜなら、金縛りというのは、どちらかといえば、低い波長のときに起こりやすい霊現象だからです。

コンディションが整っているときは、金縛りなどとは無縁で、たとえば、勘が冴えるとか、ものごとの展開がいろいろ繋がって導かれるように広がっていくとか、そういうあらわれになることが多いです。

コンディションの維持のためには、しっかりとよい睡眠をとることも、肉体的な意味でも、スピリチュアルなエネルギー的な意味でも大事なこととなります(^_^)。

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リーディングのご感想|指導霊からのメッセージ。

リーディングをご利用いただいたSTさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

指導霊からのメッセージ、拝読しました。

指導霊が、若い武士だったことがわかり、妙に納得しました。 数年前から、急に歴史に興味がではじめ、武士への尊敬の念や、 血が騒ぐ対象が武士に関連しているものが多くあったからです。

指導霊の職業や性質が、日常生活へ与える影響の大きさに驚くと共に、 スピリチュアルの理解が深まった気がしました。

現在の悩みにメッセージをいただけたので、柔軟性を持って検討したいと 立ち返ることができそうです。

自身の陥りやすいパターンや傾向を言葉で整理してもらい、 感覚や感情で感じる私には、自分を客観的に捉え理解できました。

更に自身を知ることができ、今までなんとなく「もやもや」していた状態に対して、 対処できそうで心強さを感じています。

自身の気付いていなかった良いところを活かす方法もアドバイスいただいた嬉しさ と、 今までの行動が裏目にでていたこと、また自分でも違和感を抱いていたので、 今後の言動に生かしていきたいです。

やはり、私自身を一番理解してくれてる存在達がいることはありがたく、 見守ってくださっていることに感謝です。

今日からまた頑張ります。

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2017年5月15日 (月)

あなたも、相手も、悪くはなくても。|今日のメッセージ。

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人間関係で、うまくかみあわないことがあるとしても、相手も悪くはなく、あなたも悪くはない、「どちらも悪くはない」というケースはいくらでもあります。

かみあわないのは、「悪いこと」とは限らないのです。

あなたは、「きっと、自分が悪くて、こうなったのだろう」と、自分の側に原因があるものと考え過ぎるところがありますが、

あなたが悪いのではなく、誰も悪くはなく、しかしそれでも、うまくかみあわない場面は、発生してしまうものです。

価値観が違い、立場が違う、大勢の人がいるこの世という場所では、そういうことは「起こり得る」ものと受けとめて、今日からまた明るい気持ちで前進してください。

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2017年5月14日 (日)

経験が重ねられて、客観的なとらえ方ができるようになる。

人間関係において、または、ものごとを判断する場面で、自分の側からだけの解釈にとらわれず、広くいろいろな方面からの解釈をすることができれば、対応に「幅」がうまれます。

客観的なとらえ方ができる人ほど、ひとつひとつの出来事から得られる学びが深いものとなります。

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先日、「大人になるほど、難しくなる人間関係」という記事を書きました。

内容としては、子どもの頃は「立場がひとつ」しかないが、年齢が重ねられるほどに、「立場に多様性がでてくる」ので、それぞれに応じた使い分けが必要になってくることをお伝えしたものです。

立場がひとつのうちは、ひとつの側からしか、ものの見方が身につきません。つまりは、自分の側からの「主観」です。

大人になって、いろんな立場に置かれるという経験を重ねていく中で、さまざまな側からの見方が身についてきて、「客観」という感覚が磨かれていくようになります。

一方からのみ眺めるよりも、幾つもの方向から眺めるほうが、「それ」について把握できることが増えますから、解決や改善の方法が見つかりやすくなります。判断が偏らなくなり、柔軟になることができます。

客観というのは、特定の立場からの見方にとらわれず、ものごとをとらえたり解釈したりすることです。

かつて一番下だった自分も、上の立場になったときに、「両方の立場がわかる」ようになりますよね。年齢を重ねて、役割が増えていくに比例して、いろいろな立場からの見方がなされていくことが、客観の感覚を育てていくことになります。

ものごとのとらえ方に、幅がでて、奥行きがつくられていくと、受け止め方がまったく変わり、自分が得られる学びも、深いものとなっていきます。

「大人になってみて、今なら過去のあの件がよくわかる」という感覚は、そうした客観的なとらえ方を、昔よりも、深く広くできるようになったことが関連しているのでしょうね。

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2017年5月13日 (土)

今が、未来に続いています。|今日のメッセージ

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近頃のあなたの意識は、未来にばかり、向かっているのです。

未来とは、今の積み重ねで作られていくもの。未来から逆算する考え方だけでなく、今から未来へ積み上げていく考え方も、とりいれてください。

どんなに素晴らしいことでも、一方だけが過剰になれば、「つり合わせるため」の力や、「追いつかせるため」のスピードが必要となり、疲弊します。

未来に向けた意欲も、行動も、素晴らしいことなのです。しかし、照準を先にあわせすぎると、あなたは常に、全力疾走をしなければならず、緩むことができなくなります。

意識を、今このときと、今から続く少し先の未来へと、ちょうどよい配分をしてください。

無理がないことが、「長く、続けられること」です。

未来へ続く道は、まだまだ長いのですから

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2017年5月12日 (金)

大人になるほど、難しくなる人間関係。

人間関係というのは、若いうちのほうが簡単で、年齢が重なっていくほどに難しくなるものです。

なぜなら、若いうちの人間関係は「シンプルな、ひとつの立ち位置」で、大人になるほど、「相対的な立ち位置のバリエーション」を、考慮しなければならなくなるからです。

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相対とは、「他との関係で、成立していること」です。他との比較から、関係性と、自分の立ち位置がきまるようなことですね。

あの人より自分のほうが背が高いとか、この中では自分が最も新入りだとか。

田中さんが上司で、自分はその部下である、とか。

組織が存在して、上司がいるからこそ、その下の部下という役割が発生します。何も組織も上下関係もないところに、部下という序列はいきなり存在しません。

若いうちは、こうした立場がシンプルです。ほとんどの場面で、「自分が一番下」になります。

学校にいけば生徒で、家族内では子どもで、会社にいけば部下で、いろいろな場面があるようでいて、しかし「自分が、一番下」という共通点があります。

年齢を重ねて大人になれば、自分も部下を抱えるようになります。自分も子どもを持つかもしれません。当たり前のことだけれども、年齢という単純な序列でも、自分より下の層が増えていきます。

自分とは、実家では「親の子ども」であり、自分の家では「子どもの親」であり、「部長からみれば部下」であり、「新人からみれば上司」であり・・・、というふうに、その場面ごとに、いろんな役をやらなければならなくなります。

自分の親に対しての子どもとしてのふるまいと、自分の子どもに対しての親としてのふるまいはまったく違いますよね。その時々で、上になったり、下になったり・・・、それはもう、使い分けが忙しくなります。

社会との関わりの場面が多くなるほどに、「その場での自分の立ち位置」も、比例して多くなります。

自分が備えている幅ひろい要素のうち、何を前面に出してふるまうかの判断を瞬時に行い、臨機応変に切り換えていかなければならないですから、普通に一日を過ごすだけでもくたくたになりますね(^_^;)。

ですから、大人になるほどに、あらゆる人間関係において、難しさがでてくるのは当然のことで、「そういうもの」です。

立ち位置のバリエーションが増えるほどに、負担は大きくなるけれど、しかし、若い頃に、「下というポジションにいさせてもらった」ことはありがたいことで、そこは「順番」ですので、今度は自分も、上の立場として頑張っていこうという意識をもって(^_^)、いろんな役割にとり組んでいきましょう。

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2017年5月11日 (木)

それぞれの力が、調和するペースで。|今日のメッセージ。

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ものごとは、「それが、進むにふさわしいスピードで進みます」ので、無理な力を掛けないでください。

早く進ませよう、強くしっかりとしたものを作り上げたいという、あなたの気持ちはわかるのですが、しかし、進むべきスピード以上に早くすすむことはないという事実を受けとめましょう。

まだ、時間は十分にあります。

ゆっくりと考えて、ゆっくりと「効率」がよくなるとり組みをしてください。

力を掛けて押していくとり組みは、ときに、混乱や対立を作りだすことがあります。

あなたと、相手の間に。

あなたの理想と、現実の間に。

それぞれの力が、接近しすぎても、不調和を生み出します。

それぞれの力が、うまく調和していく、ふさわしいペースを、見つけてください。

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2017年5月10日 (水)

スカイプセッションの後に、眠くなったり、お腹がすいたり?

皆さまからいただく、セッション後のご感想に、しばしば載っていることですが、「セッション後に「おわった途端に、急に眠くなった」という方もいれば、「なぜか、お腹がすいた」という方もいらっしゃいます(^_^)。

(眠くなった):http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2017/04/post-328d-2.html

(お腹がすいた):http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2017/03/post-328d.html

この記事は、最近いただいた中から探しましたが、過去にも同様の現象が起こった方のご感想はたくさんあります。

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眠くなるのは。

眠くなる件については、こちらの過去記事の説明のとおりで、霊的なエネルギーにふれることの作用です。

セッション中の、まさしく「渦中」のときは、自分もその波長の中に(中が多い(^_^;))いることになるので平気なのですが、おわったところで、普段の波長に戻ることになりますけれども、その差が大きくつくときに、「眠くなる」という現象が起こるのです。

つまり、日常の波長から、持ち上がった度合いが大きかった人ほど(その分、落差も大きくなりますから)眠くなるという現象が起こりやすいのですね。

お腹がすくのは。

お腹がすく件については、2つの理由が考えられます。

ひとつは、上記の同様に、急に普段の波長にもどったことが作用していると考えられます。上記は、落差がついたことで眠くなり、こちらのケースは、落差がついたことにより、普段の現実的な事柄がむしろ際だって、本能的な欲求が大きく感じられている、ということです。

もうひとつは、「私の波長に、同調しているため」です(^_^;)。

基本的には、セッション中は、私の側が、ご相談者さんや、霊的な存在の方たちのほうにチャンネルをあわせるかのように、振動を揃えていきいます。そのため、振動(波長)を、変化させることによる負担というのは、私の側に発生するしくみです。

しかし、エネルギーの動きは、「やりとり」でもあるので、そうした動きの作用は、ご相談者さんの側にもゼロではないですから、お互いの波長の繋がりが生まれて、「私が、お腹がすいていること」が、そのまま伝わってしまう、ということもあると思われます(^_^;)笑。

セッションの際は、私はあまり食事をしっかりとりません。少しお腹がすいているくらいが、自分の波長に「余白」ができて、自分以外の、微細な振動をキャッチしやすいですから、そういう状態を意図的につくりあげていきます。

その、私の状態をキャッチして、同調しているという影響で、お腹がすいた「ような気になる」のではないかな、と。本当にお腹がすいているのではなく。

エネルギーに敏感な方は、そういうことが起こっても、不思議でないですね(^_^)。

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2017年5月 9日 (火)

壊してしまう怖れが、作り上げることを邪魔している。|メッセージ。

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他人から親切をうけることが、「借りを作った」というプレッシャーになることがあります。相手から何も要求されていなくても、「後で、相手から恩に着せられるのではないか」と心配になったり、「自分が、お返しをするのを忘れて相手に不義理をしてしまったら困る」と不安になって、親切が「重い」と感じられることがあるものです。

何も借りを作らないでいられたら、そうした負担がなく、楽でいられます。しかし、貸し借りが何もない関係は、信頼も深まりません。

お互いに与え合うで、ときに負担になったり、不満になったりもしながら、しかしそれが返ってきたときの嬉しさが倍増したり、意外性のある返し方をされて印象深くなったりを重ねることで、信頼が作られます。「貸したことが、確かに返ってくるという信頼」は、「迷惑をかけないという気配りとは別」の、深さがある関係を作ります。

実は、あなたはひとつ認識違いをしていて、あなたの心の中にある「相手に借りをつくりたくない」という気持ちは、受けた親切を返す際の不安ではなく、「相手との間に、そうしたやりとりで築かれた信頼が、もしも壊れてしまったら・・・」、という状況が怖いのです。怖いから、信頼そのものが作られてしまう機会を避けたいという気持ちが根底にあります。

信頼関係を作るのが怖いのは、自分は信頼を受けるに値しないという思いがあるからです。好かれない、評価されるはずがないという思いが、心の深いところにあるためです。

「そのこと」に気づくと、肩の力が抜けて楽になります。その気持ちはそのまま何も変えなくても、気づくだけで、意識が肯定的になります。

気づいてしまうと、「それ」は、そんなに強い効力であなたを支配することはありません。「それ」は、あなたの一部なので、認めてしまえば、怖れるようなものではないのです。あなたに悪さをすることもありません。そのままのあなたで、信頼関係を作っていくことができるようになります。

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2017年5月 8日 (月)

「わかりすぎる」ために、「わかっていない」と思い込んでしまうことがある。

「自分は、まだまだ何もわかっていない」とか、「自分の認識力が低いために、いろんなことがわからなくなっている」と思っている人が、実は、「平均よりもずっと、いろんなことがよくわかっている人である」というケースがあります。

むしろ、「他の人たちよりずっと、わかりすぎている」ために、「わかっていないような気分になってしまう」こともあるのです(^_^;)。

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把握するセンスや、解釈する力が強い人は、多方面からの視点を備えています。

「自分の側からはこのように思うが、相手の立場としてはどうだろうか」、

「無関係な第三者への、影響とはどのようになるだろう」、

「現時点ではそうでも、将来的には変わるかもしれない、そうなったときに・・・」と、

あらゆる方面から、思考を組み立てていくことが「できてしまう」と、把握の幅が広すぎるゆえに、自分はどうしたらいいのかという点を、決めにくくなることがあります。

こうした状態は、「たくさん、わかっている」からこその、迷いですよね。

しかし、本人的には、「私は、ものごとがわかっていないから、ひとつにこうだと決められないし、はっきりしない思考になってしまう」と、自分を過小評価してしまい、

向上心の高い人ほど、改善するためのとりくみをしなければと、もっとわかろうとますます複雑に考えたり、自分を何とかしようと過剰なまでの自分磨きに走ったりして、頑張り過ぎてしまうこともあります。

自分のことよりも、相手のことを気にしすぎたり、配慮しなければという思いが強い人は、

そのように考えることが「できる」という時点で、多方面からの見方ができる幅の広さを備えているというなのだけれども、この思考パターンにはまって、自分を過小評価しているケースが結構多いです。

「わかっていない」のではなく、「わかりすぎて、決めにくい」というケースもあるということです。

そして、その場合の改善策は、もっとわかろうとすること・・・ではなく、「わかっている多数の中から、どのように、どれを、選んだり決めたりするか」の基準を見つけることですね(^_^)。

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2017年5月 6日 (土)

「感じるセンス」と、「わかるセンス」との違い。

スピリチュアルなセンスの備わりは、細かくいえばどこまでも細分化されますが、大きなくくりにすると、3種類か、4種類にカテゴライズされます。

3種類とするなら、「見る」、「聞く」、「感じる」となりますね。

私のわけ方は、ここに「直感的にわかる」をふくめて、「見る」「聞く」「感じる」「わかる」の、4種類としてお伝えしています。

このうち、見ることと、聞くことは、区分けとしてわかりやすいのですが、

「感じる」と、「わかる」は、認識を混ぜてしまっている方が、わりと多くみられます。

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この2つは、似ているわけではないのです。しかし、「とても内的である」という共通点があるため、自分の得意なほうに引き寄せて解釈してしまう傾向があり、曖昧になってしまうもののようです。

たとえば、頭の中で思ったことと、「そう思った」と表現したり、「そう感じた」と表現したりすることを、あまり区分けせずに使ってしまうのと同じで、「わかる」と「感じる」という認識も、内的なことをあらわす表現として、なんとなくあてはめてしまうものだからです。

スピリチュアルなセンスの区分けとしての「わかる」とは、根拠はなくてもそうであろうとわかる、そうであるという確信がわいてくるような感覚です。

スピリチュアルなセンスの区分けとしての「感じる」とは、体感覚による刺激や反応をともなって何かが伝わるという感覚です。

ちなにみ、これらのセンスには、チャクラというエネルギーの取り入れ口が関連してきて、「わかる」に関連するのは、主に頭の上のほうにあるチャクラで、「感じる」に関連するのは、主に胸の位置にあるチャクラとなります。

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2017年5月 5日 (金)

何に対して、時間を使うか。

この世での人生を過ごすというのは、何かに対して「時間を費やす」ということです。

意識的であれ、無意識であれ。

「この世にいる」ということは、「時間という留まらないものの中に、自分を置いている」ことになりますからね。

何に時間をつかうか、「自分では選べない部分」と、「自分で選べる部分」とがあります。

自分の意図とは別の理由から決まってしまうこともありますし、それをやらないとものごとが前に進まないのでやるしかない事柄もあり、これらは「自分では選べない部分」です。

こうしなければならない、これを選ぶしかないという制限がなく、誰にも強制も指示もされない事柄は「自分で選べる部分」です。これは言い換えると、「自分が選ばなければならない部分」です。

自分の人生の時間を有意義に使おうとするなら、まずは、この2つ、「選べないこと」と「選べること(選ばなければならないこと)」の区分けを、考えてみるといいでしょう。

わけてとらえてみると、「何に対して、時間を使うか」という意図は、「選べること」のほうに向けていけばいいとわかります。

自分では選べないことを、意図的に選ぼうとしたり、自分で選ばなければならないことを、誰かが決めてくれるのをまっていたり、逆の認識をしてしまうと、「できないことをやろうとして、できること(しなければならないこと)をやらない」という、本来の目的と違う姿勢をとっていることになります(^_^;)。

有意義に時間をつかうために計画をつくろう!という意欲があっても、対象となる事柄のとらえ方が曖昧であると、うまくかみ合わずに停滞してしまいます。

まずは、「自分が選べること、自分が選ばなければならないこと」、言い換えると、「自分で決められること、自分が決めなければならないこと」に該当するのはどんな事柄があるかと、項目をあげてみてください。意図的に、計画的に取り組みができるのは、こちらのほうだかららです。

そして、もうひとつ考えておくことは、「選べないこと」と、「選べること」との間には、「どちらともいえない、時間にまかせるしかないこと」も、あるということ。これらについては、考え過ぎないという割り切りも大事です。

考えるということもまた、時間をつかうことですから、時間にまかせるしかない事柄については、少しそこから意識を離して、まずは、その時点での「自分に近いところから」意識を向けていくのがいいでしょう。

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2017年5月 3日 (水)

オーラの色の、「むらさき色」。

その人の性質や性格をあらわす「オーラの、むらさき色」は、一般的なイメージの紫色、たとえば「クレヨンのむらさき色」とは、少し違っていて、

どちらかというと、それよりもうちょっとあずき色に近いです。

あずき色、と置き換えてしまうとそれも違うのですが(^_^;)、普通の紫よりも、若干、あずき色寄りというか。そんな感じです。

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この記事を、最初に下書きしたと際の文章は、「オーラの緑色という場合は普通に緑で、赤は赤ですが、紫というのは若干、あずき色です」みたいな書き方をしまして、

私は本人だから、読めばわかるけれども、第三者が読んだら、何のこっちゃ?でまったくわからない内容になっていると気づいて、書き直しました(^_^;)笑。

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2017年5月 2日 (火)

背中側を意識した呼吸で、前のめりオーラのバランスをとる。

昨日の、「エネルギーを引き受けやすい人の、改善方法」の続きです。・・・「の」が、多いですね(^_^;)。

コンディションが下がっているケースのひとつに、「不安感からの焦り」があります。不安を解消しようと、あれもこれも備えて置かなくてはと頑張り過ぎたり、不安をうめるための「何か」を見つけようとして、気持ちだけが、前に前にと進んでしまう状態です。

そういうときは、オーラのようすも、本来のあるべき位置よりも、前のほうに比重がおかれるようなアンバランスさがみられます。過去記事、「前のめりオーラ」を、あわせてお読みいただくとわかりやすいと思います(^_^)。

こうした、前のほうにエネルギーが集まっている状態を、本来のあるべき位置へと戻すことにも、呼吸を深くすることは有効です。

昨日の記事のとおり、影響をうけてしまうことが多い人は、呼吸が浅いケースが多いです。

そして、焦りの気持ちでいっぱいなときにも、緊張感から、呼吸は浅くなりがちです。

つまり、この2つはとても近い位置にあります。

オーラ的に見ても、だいたい、影響をうけやすい人は、不安が大きくて焦りも大きいので、前のめりオーラになっているか、または、不安から過剰に思考しすぎて、比重が上のほうにきている、浮き上がりオーラになっているかのどちらかです。

昨日の記事のとおり、呼吸は、エネルギーを動かすためのポンプのような役割にもなりますから、深く動きを「つけていく」ことで、エネルギーのバランスをとることができます。

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改善のための呼吸は、「背中側を意識して、そちらに空気を送り込むかのような呼吸」をするといいのです。そうすると、オーラもポンプと連動して動きますので、背中側のほうにもエネルギーが押し出されるように動いていきます。

しかし、背面を意識するというのはなかなか難しいです。やってみると、難しさがわかります(^_^;)。

目や耳が向かっている前面は意識することは簡単なのですが、背面へ意識を向けるとか、エネルギーがそちらに動くようなイメージをといっても、どうもそれが感覚として結びつかない、脳内で思い浮かべることも前面ならできるけれど・・・となりがちです。

この場合は、背中側に、何らかの物理的な「ふれる感覚」があるほうが、呼吸を意識しやすくなるので有効です。

クッションをつかう方法が簡単なので、おすすめです(^_^)。

壁に寄りかかり、背中に(壁と、自分の間に)クッションをおいて、クッションに体重を少し掛けるような形をとります。そして、クッションが触れている感覚のところに、自分の内側から(表面にふれている)クッションを、エネルギーで押すようなイメージで呼吸をします。つまり、吸うときに、背中側へ内側から押すような感覚です。

そうすると、呼吸によって、エネルギーも背面のほうにもめぐりやすくなります。

このとき、位置としては、肩甲骨の間あたりに置くのがいいですね。ここは、スピリチュアルなエネルギーの出入り口でもあるので、両方の意味で効果的です。

座布団を使う場合は、「ふたつに折って」背中の上のほうに置くといいです。広げて全面にあてた状態になると、わかりにくいです。

これまで何度も書いていることですが、この世において「比較」をした理解はとても「わかりやすい」のです。背中にふれる感覚も、全面にそれがあるよりも、一部分のみにふれた形で、「ある」場所と、「ない」場所との差がついているほうが、「ある」の場所を意識しやすいので、「わかる」が際だっていくようになります(^_^)。

他者の協力を得られる場合は、相手の人に、自分の背中に手のひらをあててもらって、同様に、内側から手をエネルギーで押しかえすようなイメージにすることでもいいですね。

クッションのほうが、自分の体の動きを吸収してくれますから、体感としてわかりやすいので、こちらの方法がおすすめです(^_^)。

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リーディングのご感想|指導霊のメッセージ。

リーディングをご利用いただいたTさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

指導霊からのメッセージを拝読しました。メッセージを伝えていただき ありがとうございました。指導霊様のお言葉が、とても今の私の状況をいいあてていることを 心から感じ取りました。

最近、自分自身の向上心、やる気というものが 削がれていることを痛感します。

例えば、海外にいってもカタコトの英語が話せるようになりたいと思い 英語力を維持向上させようとして毎朝リスニングを していたのですが ここ2年間は英語の勉強をほとんどしていません。

また、今の社屋は手狭になっていたところ 昨年12月に地元の関係者の方が新社屋にどうですかと、某上場企業の研究所だった旧物件を紹介してくださいました。

アカデミックな雰囲気で、敷地も広々として 建物の中庭にはケヤキの木があり、緑が多く心和みそうな場所でした。私はすぐに気に入って(社長も内心ではとてもいいと思ってくれたようでしたが) 購入までの交渉 のやりとりなどで 社長と対立してしまい(リカコ様にはアドバイスを受けていたにも関わらず、申し訳ありません) その時にうまくことが運ばないときには、 「もう大きな負債を背負わなくても、現社屋にとどまり その中でやっていければいいか」とあきらめ気味にもなりました。

以前は一度これはいいと思ったことは あきれられるぐらい、あきらめが悪かったのですが。 まだ40代になったばかりなのに、年のせいなのかなと思ってしまいました。

指導霊さまがおっしゃるように競う対象があると、 たとえば昔から「あの人みたいに」という あこがれるような人がいたら、勉強などもがんばることができました。これから具体的な目先の目標を立ててそこに進んでいきたいと思います。

実は、ちょうど今日、新本社の売買契約を 締結しました。最後の調印の場所となった地元の銀行の支店に入るとき、進路をゆずってくれた車のナンバーが8888で、象徴的でした。

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2017年5月 1日 (月)

エネルギーを、引き受けやすい人の改善方法。

エネルギーの動きとして、放つほうの力が強い人と、受けとるほうの力が強い人がいて、後者のタイプは、他者のエネルギーを「ひきうけてしまう」「もらってしまう」という形で、影響されることがあります。

といっても、受けとる力が強ければ常にそうなる、ということではないです(^_^)。

コンディションが整っていないときとか、相手との関係性の兼ね合いなどで(向こうが上になる上下関係など)、自分の側が、もらってしまいやすい状況や条件がそろうと、放つほうが強い人と比べると、ひきうけてしまうことが起こりやすくなるのがこのタイプの人です。

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影響のあらわれとしては、たとえば、ひきうけたエネルギーが、「相手の感情」だったとします。自分の中に、もとからある「イライラ」の感情が「2」くらいの大きさでしかないのに、ひきうけたものが加わって「6」くらいになってしまうと、普段なら気にならないくらいの小さいことに対しても感情が発生しやすくなったりします。

または、とっても疲れやすくなることもあります。感情のような反応のあらわれにはならなくても、自分と違う波長(振動)のエネルギーがオーラの中に留まっていると、テリトリーの中でいつもと違う動きがでてくることになるので、よくわからないが疲れやすい、という状態になったり。

●呼吸を、深くする習慣をつける。

「コンディションがさがると、もらってしまいやすい」という反応のあらわれは共通でも、それ以外の性質は、人の数だけ違いがありますから、状態を戻すために効果的な方法も、「人それぞれ」となりますし、「ケースバイケース」となります。

しかし、そうしたピンポイントな方法ではないけれど、皆に共通して、ある程度の改善が見込める、長い目でみた取り組みの方法があって、それは「呼吸が浅い習慣を、改善すること」です。

呼吸というのは、エネルギーを動かすポンプのような役割があります。呼吸に伴って動く、エネルギーの、押す(出す)ほうの力を鍛えるようなイメージですね。

といっても、エネルギーの全部が、呼吸と連動しているわけではないし、呼吸によってすべてをコントロールできるという意味でもないですよ。それができる、一部分がある、ということです(^_^)。

●影響されてしまうことを、軽減する。

性質そのものは変えられまんが、影響の実際のあらわれは、自分次第で軽くすることができます。そういう方面からのとりくみです。

「影響されやすい性質であること」と、「実際に影響されてしまうこと」は、ちょっと違いますよね。

後者の、実際に影響されてしまう人は、まず例外なく、呼吸が浅いです。

一方、性質的に、ひきうけやすい、影響されやすいオーラの人でも、たとえば、仕事や活動として、人前で講話をするような役割とか、接客業についている人などは、プロの人特有の呼吸の方法などが身についているからだと思いますが、影響される度合いが違っていますからね。

エネルギーを常に、(その人比で)大きく動かすことができると、動きがあるということは、留まりにくいということなので、影響を最小限にすることができます。

話す機会が多い仕事の人などは、ひきうけてしまっても、それを「留まらせない」という形で、ある程度のコンディションをキープしているのだろうと、そう思います。

これは、そのときだけ何度か深呼吸をするとかの一時的な取り組みではなくて、根本的に、普段からの呼吸を深いものへ習慣づけるほうが望ましいです。

私は、数年前にとんでもない大きな骨折をしてしまいした。しかし、怪我の功名という言葉がありますけれども、その後のリハビリの延長で、トレーニングをするようになり(そうしないと歩けないので(^_^;))、筋肉が少しつくと、呼吸もしやすくなって、これでかなり影響が減ったことを実感しています。以前は、「呼吸が、ものすごく浅い」状態だったものが、「まあまあ浅い」という、下の中になった程度ですけれども(^_^;)、トレーニング前とは格段に(これでも;)変わりました。

運動もいいですし、何らかの呼吸法を行うというのも、いいと思います。今はネット上にいろんな方法やら動画やらありますから、自分に合うものを見つけてとり組んでみてください。

私は、自分の経験から、運動が一番効果があると思います。呼吸も筋肉をつかいますので、年齢とともに女性は筋力が下がっていきますから、呼吸も深くしにくくなってしまうことがあります。その点を、幾らかでも改善できたら、本当にそれだけでもかわってきますので(^_^)。

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リーディングのご感想|指導霊のメッセージ。

リーディングをご利用いただいたAさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。ありがとうございます。

私も、指導霊のひとりに行者さんがいますが、しかし、私の場合はまったくあちこち行きたくならず、どちらかといえば閉じこもっていたいほう(^_^;)笑、なのは、それぞれついている方の性質や性格が(職業が近くても)違うためなのかも?と思うと、それもまた興味深いです。

指導霊のメッセージ拝見しました、ありがとうございました。

この企画の申し込みは2度目でしたが、今現在 大きな悩みなどはなかったので、 指導霊から「今伝えるメッセージは特にないですよ~」ということもあるかな、と思っていたのですが、

メッセージを読むと、前回と同様に 日頃小さいことでグジグジしている自分を一度リセットされるような感覚になりました。

大きな視点からメッセージをもらい、自分を肯定される安心感に包まれました… ここ最近「難しく考えて自分で面倒くさくしているな」とか、 「他の人のようにもっとさらっとシンプルにやれば良いことだな…」と思っていたことを明確にメッセージとして頂いたり、 自分が日頃から頭の中でしている作業が言語化されていたりと、「さすが、全部把握されているんだな…」と再認識しました (^^;)

今回 リカコさんにお願いして、明確に文章化して伝えて頂いたことは、 実は日頃から、どんな人にも様々な形でメッセージがもたらされている部分があったり、
「こういう長所がありますよ」という部分も、ふだん特別認識しないけれど 誰もにそれぞれの才能があって、 それらがお互いに噛み合って助け合っているのだろうな~とも思いました(^^)

あとは、指導霊が「全国を旅して回った」行者というところに笑ってしまいました…! 自分が“色々な場所に行ってみたい”と思うのは、きっとこの方とつながっている部分なんだろうな~と(笑)

この度も、たくさんのメッセージを頂きありがとうございました。 メッセージを日々読み返して、活かして行こうと思います。

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