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2017年4月の15件の記事

2017年4月29日 (土)

「受けとりすぎ」て影響されている状態を、改善するには。

オーラは、自分をあらわす発信器でもあり、受信器でもあります。人との関わり、ものごととの関わり、理解すること、表現することなどの、あらゆる行いは、オーラを通して発したり、受けとったりしているしくみです。

働きの比率はそれぞれで、「5:5」の人もいれば、「3:7」の人もいます。そこは、備えている性質により違いがでてきます。

2つの働きが「つり合う」というのは、一般的には、同じ量であることをイメージしますが、「3:7」という器の構成になっている人にとっては、その状態がつり合っていることになり、むりに両者を同じにする必要はありません。

器の比率には、生まれ持った性質が関連していますので、ここは変えられないし、変える必要もないところです(^_^)。

この2つの力は、「お互いに、押し合っている」ような関係性です。

内から外へ発する力の勢いが、受けとる器を支える力としても作用します

外から受けとる器にかかる重さが、発する力が必要以上に外へ暴走しないように、抑えています

両者がうまく押し合っていて、その人が元から備えている比率になっている状態が、「その人にとってちょうどよい、発揮と受けとめのバランス」となります。

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一方が、本来の器以上に大きくなると不調和がでる。

発する行いが、本来の器以上に大きくなりすぎると、抑える力はその分だけ引っ込んで小さくなります。そうなると、抑えきれずに外の出た分が、「出過ぎ」「やりすぎ」な印象を与えてしまうこともあります

受けとることが、本来の器以上に大きくなりすぎると、内から支える力は小さくなり、支えきれずに「外から受けとった情報やエネルギーが、自分の中にくいこんでくる」かのような、内側にはみだす?状態となり、外のことが自分のことのように思えたり、自と他の境目がわからなくなったりします。

受けとりすぎから、起こっている。

ご相談でよくあるケースとして、「皆と同じことをしているのに、自分だけが批判されたり、注意を受けたりする役割になってしまう」とか、「相手の指示に従う状況が続くと、どこまでが相手の意見で、どこからが自分の意見なのかがわからなくなる」、「相手から言われた言葉が、いつまでも自分の中に残って考え込んでしまう(特に、重要な内容ではないのに、意識を切り換えられない)」というものがあります。

これは、受けとりすぎている、押されすぎていることから起こります

内から支える(押し返す)力が弱くなっているので、外から押し込まれているのです。

改善するには、「では、受けとることを減らせばいい!」と考えがちですが、受けとるというのは、どちらかといえば受け身的に「起こること」なので、自分の意図するようにはなかなか配分ができにくいものです。

自分が意図に、「起こすこと」として改善しやすのは、発することのほうです。

「内から支える力=外へ押し返す力」のほうを強くしていくという方向からの取り組みを考えてみるといいでしょう。そのほうが動きを自分からつけやすく、効果もあらわれやすいです(^_^)。

発する力が、支える力にもなるということ。

こうした受けとりすぎてしまう状態は、「発すること」の比率を増やしていくことでバランスがとられます

そちらが弱くなっているから、押し込まれてしまいますので、自分の内から外に向けて発することのほうを、心掛けてみましょう。

そうして行動にあらわしてみると、困っていた状況は幾らか改善されていくでしょうし、その過程で、「それまでの自分に何がたりなかったか、実感としてよくわかる」ので、知識と経験が結びつくことで、理解が深くなって、バランスをとることが上手になっていきますね(^_^)。

 

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2017年4月22日 (土)

スピリチュアルな要素のある夢の「見方」にも、性質の差が関連している。

睡眠というのは、とてもスピリチュアルな行為です。眠っている間の意識とは、昼間の意識とは違っていて、「スピリチュアルな領域との共鳴がとても大きく」なります。

そのため、寝ている間にみる「夢」の中に、たとえば未来の予知的なことだったり、自分や知り合いの状態が反映されていたり、スピリチュアルなメッセージ性が含まれているような内容だったりすることが、しばしばあります。

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意識の状態がスピリチュアルな領域へ広がっているという、しくみ自体は皆に共通していますが、その際に、「どのようなことをキャッチして夢として見るか」には、個人差があります。

その人の生まれもった性質として、どういう方面のものをキャッチしやすいかという、備えているアンテナの得意分野が反映されるからです。

たとえば私であれば、指導霊などの霊界の存在からメッセージ性のあることを伝えられることは多々あります。

または、セッション前に、セッションの内容に関することが夢を通して伝わってくることがあり、これはおそくらご相談者さんの指導霊さんが、見せているものだと思います。

さらには、過去記事で書いたとおり、「相手のエネルギーを、寝ている間の夢に、反映させてしまうことがります」、

セッションを通して、ご相談者さんのエネルギーを引き受けることで、夢の中に反映させて見てしまう、ということもあります。

これらは、「私が備えている性質」が関連している、「私の場合の、夢の見方」となります。

どんな見方になるかは、人それぞれの性質が関連しますから、「夢にはメッセージ性があるから、○○を見た場合には、××という意味になります」と、全員に当てはまるようなものとはならず、

スピリチュアルな要素のある夢の見方は、その人の個性が反映された「オリジナル」なものとなります(^_^)。

夢の中に、メッセージ性のある何かがあらわれているような気がするとか、わりと意味ありげな夢を見ることが多いので、その意味を自分で紐解いてみたいという場合は、

内容を記録するなり、その後の現実との関連性を調べたりして、「自分の夢にあらわれる規則性をつかむ」必要があります。

たとえば、「夢で何かを把握するセンスが、同じくらいに高い人」が二人いたとして、一人は、未来を反映させることが得意であれば、「明日の天気はこのようになります、という予知的な夢」を見ることがあるかもしれません。

もう一人は過去を反映させることが得意であれば、「現象の打開策として、過去の○○をいかすといい」というアドバイス的な夢を見るのかもしれません。

そのように、「性質を反映させた特徴があわれる」もので

何かしらの「得意なこと」と関連したパターンになっていることが多いです

たとえば私の場合は、上記のとおり、「ご相談者さんのエネルギーに感化されて、見てしまう夢」とか、「セッションで伝えることとか、関連することを先にみる」とか、「広く一般的な、メッセージ性のあること」とか、自分以外の誰かのことを見る比率が高く、自分のことは1%以下だと思います。自分が登場していてい、自分がいろんな経験をしている夢であっても、それは私のことではなく「誰かのこと」(を代理体験しているような?感じ)であるケースがほとんどです。

これは、私が「霊媒」であるので、夢で、スピリチュアル的な何かをとらえる場合もやはり、私が備えている性質を反映して、誰かの何かを媒介しているということなのでしょう。

 

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2017年4月20日 (木)

エネルギーが集まりやすいのは、右手か左手か。

人の体の周りには、オーラと呼ばれるスピリチュアルなエネルギーがあることは、スピリチュアルに関心をお持ちの方にとってはおなじみの知識ですよね。

全体のオーラの密度や集まり具合は、均等にはなっておらず、「よく使う部位、よく動かす部位」ほど、活性化されてエネルギーがたくさん集まっているという構造になっています。

どこにエネルギーが集まっているかは、その人が備えている性質により違いがありますが、皆に共通して当てはまるのは「手」ですね(^_^)。

手によって、書いたり、持ったり、細かい作業をしたりという行為が、生活の中に深く根ざしていますから、「よく使うことで、磨かれ、高まる」ということです。

そうした、エネルギーの集まり度合いが平均より大きい人は、たとえば手で何かをつくることが上手だったり、手にとったものにエネルギーを載せることができるというメリットがあるのですが、

同時に、そのメリットの「裏表」として、「手でふれた電化製品を不調にしてしまう」ことも、わりと起こりやすいようです(^_^;)。

こちらの過去記事:(スピリチュアルなエネルギーが、電化製品に干渉してしまうことがあります)で書いたとおりで、霊的なエネルギーは、電気ととても馴染みやすい特徴をもっているためです。

こうした現象が起こる条件として、面白い規則性が見られます(^_^)。

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エネルギーが集まりやすいのは、左右どちらか。

両手のエネルギーの集まりやすさが、左右均等になっているケースは少なく、左右のどちらか一方に集まるケースが多いようです。

私の場合は、エネルギーが集まりやすいのは左手です。

上記の過去記事へのコメントで、普通に使っているのにタッチパネルが故障しやすいというコメントがつきました。

私も、電化製品を不調にしてしまうことは、ときどきありますが、しかし、タッチパネルに影響させてしまうことはそんなに多くないです。パネルを操作するのは、利き手の右手ですが、エネルギーが集まっているのは左手だからかもしれません。

一方、パソコンの消耗度は早く、不調にもなりやすいです。おそらく、キーボードを操作するのが両手であることが影響しているような気がします(^_^;)。

タッチパネルを不調にしやすい人は、「利き手と、エネルギーの集まりやすい手が、揃っている」のかも?と思います(^_^)。

自分の「エネルギーの手」は、どちらか

左右のどちらに、エネルギーが集まりやすいかを知るための、わかりやすい目安が2つありまして、

ひとつは、「手が触れるもので、左右で使うもの」、たとえば手袋などのいたみやすさです。手袋の片方だけが破れたり、穴があいたりするとしたら、そちら側がエネルギーの出やすい手だから、という可能性があります。

もうひとつは、握力です。エネルギーの集まりやすい手は、握力も強いことが多いようですね。

私は、手袋は左手のほうばかり穴があきます。・・・穴があくような使い方は一切していないのに。右手のほうは新品同様なのに、そうした差がつきます。握力は、左のほうが少し高かったはずです。

そういえば、この記事を書きながら思ったのは、パソコンのキーボードも、左手側のみ、キーにプリントされている文字が剥がれやすいです。今までは、「S」とか「A」とか頻繁に使う文字が左側にあるので、使う回数が多いために減っているのだろうと思っていましたが、もしかすると、この件も、エネルギーの集まりやすい手であることが関連しているのかも?しれないですね(^_^;)。

 

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2017年4月19日 (水)

自分が備えている道具を知る|スピリチュアル・メッセージ

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自分の性質とは、「手持ちの道具」のようなものです。

自分はどんな種類や用途の道具をもっていて、何に対して使えるのか、

知っておくことをお勧めします。


道具を、どのような場面で、何に対して使うのか、

または、どのような場面で、何に対して使える道具なのか

具体的な状況や対象を思い描いてみてください。


ときどき、こうした思考をしてみることは、

自分の人生をうまく運ばせることに役立ちます。

 

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2017年4月18日 (火)

前のめりオーラ。

オーラとは、体をとりまいているように放たれている、スピリチュアルなエネルギーのことです。

本来であれば、体の中心を「軸」として、前後左右に光が(だいたい)放たれているものなのですが、ときどき、全体の形状が「前傾」している状態であるとか、または、「エネルギーの放ち方が、前方ばかり比率が高い」かのような、前のめりオーラになっているケースがみられます。

こうなっているときは、気持ちだけ、意識だけが必要以上に「前」に向かっていて、バランスが乱れています。

これから先のことや、未来のことばかり考えているとか、まだ起こっていないことを心配しすぎているとか、こうなりたい・こうしたいという思いに、行動が追いついていないときなどに、

エネルギーの放ち方が、前方にばかり向かって放たれていったり、先にいこうとしている意識に、現実的な物質である体が追いついていかない(当然、思考するスピードと同じに、行動は伴わない)ので、前傾しているようなオーラになってしまうということです。

体とオーラは繋がっていて、エネルギーを送受信することで、体に活力をめぐらせているという役割もあり、あるべき位置からずれてしまっていては、本来のエネルギーのめぐりとならず、不調和があらわれてしまうこともあります。

内面的に言えば、エネルギーが前に前にといくことで、行動をそれに伴わせないといけないような気持ちが殊更におおきくなり、過剰な焦燥感となったり、備えることにばかり意識が向かったりします。

現実的な体へのあらわれとしては、エネルギーが前傾しているときは、エネルギーの「重さ」によって、実際の姿勢も頭が前方に傾きやすくなって、「首のコリ」などにあらわれることもあるようです。

こうした様子は、そのときの「一時的な状態」ですので、バランスが整っていけば、本来のあるべき状態にもどります(^_^)。

最近のセッションで、こうした状態になっている方が何人かみられました。

焦りも、やる気になったり、備えが役立つ事も勿論あって、それ自体が悪いということではないのです。しかし、必要で素晴らしいことも、やり過ぎてはバランスが乱れるますから、あるべき状態に保っていくこと、「ほどよく」が大事です。

自分のオーラの様子が具体的にどうなっているかは、わからなくても、しかし、自分の今の状態が、焦っているとか、前に前にと思いすぎているかも、というのは、だいたいわかるものではないでしょうか。

「焦っているときは、オーラも前のめり状態」というイメージを頭の中に描くと、イメージをともなった理解というのはわかりやすいので、気持ちが落ち着いたり、整理されていくことが多いようです(^_^)。

 

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2017年4月17日 (月)

オーラの質感が細やかな人が、意識するとよいこと。

オーラの質感が、とても細かい網目をしている方は、性格や性質もとても繊細です。オーラの様子は、その人自身のあらわれだからです。

細やかなオーラの人というのは、ものごと全般に対して、細かい気配りができる人であり、しかしときには、神経質で気にしすぎな人、となってしまうこともあります。

繊細であること、オーラにそれがあらわれていることは、「元から備わっている個性のひとつ」です。これ自体に、良いとか悪いとかはありません。

備わっているものを、「どうあらわしていき、どういかすか」によって、とても良い結果になる場合もあれば、逆になる場合もある(^_^;)、ということです。

配慮をしっかりできる性質を、周囲の人のために使っていけば、とても感謝されたり評価されたりするでしょう。または、相手には気づかれなくても、相手のために「役に立つ」という事実は作られていきます。

自分のために使っていけば、自分が自分を指導していくかのように、自分の成長のために、その性質を役立たせることもできます。

しかし、そうした素晴らしい性質も、逆に作用してしまえば、他人を気にしすぎて自分らしさがだせなかったり、自分の姿勢や言動などの在り方を複雑に考え過ぎて、やはり自分のいいところを出しにくくなったりすることもあります。

自分をしって、うまくいかすための「意識」をすると同時に、「気にしすぎない」というバランスを計ることも大事ですね。

スピリチュアリズムに関心を持つ方は、細かい網目をしている繊細なオーラをしていることが多く、このブログをご覧になっている方の、ほとんどの方に、この記事の件はあてはまると思われますので、

最近の、自分の姿勢や言動を、振り返ってみてください。

そして、自分の性質を、よい形で使っていくようにしましょう(^_^)。

 

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2017年4月16日 (日)

それの価値を、あなたは知っています。|スピリチュアルメッセージ。

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「それ」を、手から放せば、あなたは軽くなり、自由になります。

「それ」を、手にしていると、あなたは制限され、負担がでてきます。


そうとわかっていてもなお、あなたは自分の意思で、それを手にしているのだから、

あなたにとって「それ」は、何らかの価値があるということです。


負担は、表面にあるので目立ちやすく、

価値は、奥深くにあり、気づきにくいことがあります。

重さが負担だと思えても、重さが「安定」を与えてくれていたり

制限されているように思えることも、制限が「判断基準」を作ってくれていたり、

毎日の、間接的な助けになっているものもある、ということです。


そのことを、心の深いところでは、わかっているからこそ、

負担に思う気持ちがあってもなお、それを手にし続けているのです。


あなたの周囲にあるもの、あなたが手にしているもののすべては、

深い意味を紐解いていけば、どれも

「確かな価値」のある、必要なものだということです。

 

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2017年4月15日 (土)

ひらめきや直感を、増やしてくれるものは。

仕事でも、日常生活でも、たくさんのひらめきに助けられて、ものごとを決断したり、進ませたりしているものです。

「この件は、Aという方法がうまくいきそうだ」とか、「Aと、Bを組み合わせると、まったく別の面白い結果になりそうだ」というひらめきで、いろいろ試すプロセスをスキップして、いきなり結果を出せることがありますよね。

こうしたひらめきが、たくさん増えていけば、それだけ、ものごとがスムーズになったり、手間が最小限になったりして、時間と労力を有効に使うことができます。

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①ひらめきは、自分の「内」にある経験の「あらわれ」。

ひらめきは、何も前提がないところから、いきなり「それ」が発生しているもので、まったく自分の知識や意識の及ばないところから、与えられるものとか、つかみとってくるものと、多くの人が思っているのではないでしょうか。

自分の外にあるものが降ってくるという構図で、理解している人が多いと思います。

確かに、そうして、自分の意識の範囲より外にあることを、ひらめくケースもときにはありますが、毎回ではありません。

ひらめきの大部分は「自分が既に知っていることの中から、適切なアイデアを結びつけている」というしくみで起こっています。結びつけ作業が一瞬で、自分の理性的な思考がはさまれていないため、いきなりそれが発生しているような感覚になるだけです。

たとえるならば、自分の経験値や知識が集まった「引き出し」の中から、その件に適切なものを、「いきなり見つけて、素早く開ける」という作業がなされているようなものです。

つまり、ひらめきや直感が冴えているといのは、「適切な引き出しを見つけて、引き出すとうい、内的な作業が早い」ことです

ということは、「自分の引き出しの数を増やす」ことや、「引き出しの中身をうめておく」ことが役立つとわかりますね

引きだしは、それまでに経験した行動や思考の蓄積、獲得した知識などが該当します。

たとえば、たまたま人から聞いた雑談のような話とか、旅行先で食べた食事の内容とか、子どもの頃に聞いた童謡の一節とか、直接はそれが何かに役立つようには思えないものもふくめて、それらのすべてが、「自分の人生で培った引き出し」で、そうした「小さいパーツ」が、ひらめきの底上げとなって役立ってくれるのです。

なぜなら、ひとつのひらめきに、使われる引きだしは1個とは限らないからです。「学校で習得した化学の知識」と、「旅行先で食べた食事」という2個の引きだしが同時に使われて、とても斬新なひらめきに、結びつくこともあるということです(^_^)。

ひらめきや直感というのは、そうした「事前の準備(経験値をたくさんもっていること)」によって、使える幅が広がっていきますから増えていくようになります。

②その次の段階として、外から降ってくるものをキャッチする。

自分の意識の外からやってくるひらめき、というしくみも確かに存在します。しかし、その比率は、上記の内的なほうと比べるとそんなに多くはありません。

外からくるものは、「自分の引きだしの総数が多くなっている人」が、キャッチしやすいのです。引きだしの数や密度がそのまま、外のものをキャッチする「網の細かさ」となるからですね。

経験を増やして、内的な結びつきのひらめきが増えて行くと、自然と、外から降ってくる領域のひらめきも、含まれていくようになります(^_^)。

 

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2017年4月12日 (水)

現実と、スピリチュアルと。比較すれば両方がよくわかる。

この世には、「時間」というしくみがあり、人は、このしくみを通して、たましいの学びを行っています。

時間が存在するからこそ、「比較」という感覚が生じて、私たちは、「あれと、これ」の違いや、「昨日と、今日」という違いを認識できます。

過去についても、「昨日の記憶」と、「3年前の記憶」をわけられるのも、古さによる違いがわかるからです。

比較とは、この世特有の「ものごとを、わかるための方法のひとつ」で、この感覚を通して、いろんなことに気づいたり、理解したりして、人は成長を重ねていきます。

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比較をするには、比較対象となることが必要です。つまり、たくさんの経験や知識などが「ある」ことが大事です。経験値が大きい人ほど、そのことと別のこととを比較して、「この件は、前よりも○○だな」とか、「別の件とは、○○が違う」というふうに、計ることが容易になっていきます。


|比較することで、逆の側がよくわかる。

日々の生活上の経験でいえば、たくさん失敗することも、比較の材料となって成長に役立ちます。何度も失敗すれば、失敗するときのパターンがわかってきて、それを避けていけばいいことがわかります。あるとき、それがうまくいったときに、「それまでと何が違って、今回はうまくいったのか」という考え方ができ、うまくいくときのパターンもわかります。

一見、繋がりがなさそうな、むしろ逆の位置にありそうな「失敗」が、「うまくいくこと」に結びつくのも、比較という感覚が役立っていくからです。


|現実的な経験が、スピリチュアルな事柄の理解を深める。

「スピリチュアル」なことへの理解も、比較を通してわかっていく部分は大きく、現実的なことをたくさん経験して、物質的なことについてたくさん知っていくほどに、理解の度合いが大きくなります。

違う、ということは、「わかりやすさ」を助けるからですね。

スピリチュアルをわかるために、スピリチュアルなことのみに関心を向けても、比較してわかるという感覚が生じにくく、「わかったような、そうでないような」感覚になりがちです。

現実的な部分に根ざした意識と姿勢が、スピリチュアルなことへの理解を大きくしていきます。違いが際だってわかるという意味もありますし、どちらにも共通している点があることや、重なったり、繋がったりして存在しているという構図にも、比較を重ねて気づいていくようになるからです。

同様に、スピリチュアルなしくみを理解するほど、日常の現実的な生活についても、今までと違った視点がうまれて、よくわかるようになります。


まとめると、

☑この世には、「時間というしくみ」があり、時間が「比較」の感覚を与えてくれる。

☑比較することで、違いや、共通点に気づくことができる。比較がないと、わかりにくい。

☑スピリチュアルを理解するには、スピリチュアルなことのみに意識を向けるより、現実の経験を大事にするほうが(比較の感覚から)よりわかりやすくなる。

☑スピリチュアルなことを知ると、現実的な事柄も(同様に比較から)よくわかるようになる。

つまり、この世という「時間がある場所」においては、現実的な経験をたくさんすることが、あらゆる学びに対しても大事で役立つということですね(^_^)。


さらに、まとめると、

・現実 ⇔ 現実

・現実 ⇔ スピリチュアル

は、比較がしやすいです。「現実」という「この世的な事柄」が、時間というしくみしばられているため、私たち人間にとって、わかりやすい基準の「元」となるからです。

しかし、

・スピリチュアル ⇔ スピリチュアル

は、比較がしにくいのです。なぜなら、あちらの世界の事柄は、時間というしくみの縛りがないですから、私たち人間には、とってもとらえにくいものとなります(^_^;)。

つまり、スピリチュアルなことをわかるために、現実の経験を通さないというのは、とってもわかりにくくて難しいやり方となります。

そういう意味でも、現実の経験は大事だということです。

 

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2017年4月 8日 (土)

自分のスピリチュアルなセンスを、見つける方法。

昨日の記事で、備わっているセンスを使っていきましょう!という内容をお伝えしました。

スピリチュアルなセンスというのは、誰の中にもあって、それは「たましいの領域にある本質と関連しているので、生まれもっているものである」ということや、「たましいの関連性がある守護霊さんと自分は、センスの質も近いものがある」というしくみも、昨日の記事のとおりです。

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|どのようにして、自分に備わっているセンスを見つけるか。

昨日の記事のとおり、こうしたセンスは、意識しようとしまいと、自然に「必要なときに使われていく」ものなので、過去の出来事を思い変えしてみると、何かの特徴的なものがあったり、規則性があったりするものです。

過去の経験をいろいろ思い返して、「そういえば、過去に、こんなケースがあった」という出来事から関連付けをしていくのが基本的な探し方です。

しかし、備わっていることは、自分にとって、自然で、普通に「できてしまう」ため、「普通にそういうものだ」と思ってしまうので、改めて考えてみても、なかなか、自覚するのが難しいとも言えます(^_^;)。

そういうときに役立つのは、「比較」から把握する方法です。

これまでのブログ記事でも何度も書いているとおり、この世には「時間」という変化のしくみがあり、変化があるからこそ、比較という感覚が生じます。

この世では、「比較という行為は、認識に大きく役立つ」ものとなります。

では、何と何を比較するといいのかというと、「自分以外で、スピリチュアルなセンスを備えている人」と、「自分」です。



|スピリチュアルなセンスが高い人の性質と、比較してみる。

友だちとか、家族とか、周囲の人間関係の中で、ひとりやふたり、霊感が強そうな人とか、勘が良さそうな人などがいると思うのです。もし、誰も思い当たる人がいなければ、「私」でもいいです。

その人と、自分の性質を比較して、「共通点がある」と自覚したり、「ここは違う」と自覚したりすることができます。

たとえば、比較対象が私であれば、ブログでも書いているとおり、私は、セッションの内容を事前に、夢で一部分をみてしまうことがあります。

このことを、「自分はどうだろうか」と考えてみるのです。

そもそも、寝ている間の夢をあまり覚えていないとしたら、私と同じような「夢の見方」はしていない、ということになりますよね。ここで、違いがわかります。

「そういえば、自分は昔、夢で、外出先の天気を当てたことがある」と思い出したとしたら、「夢でみる」という点は、似ていますね。しかし、内容が違っているので、「天気を夢でみる」センスがあるのかもしれません。

または、「夢で、天気の変化をみたこともある」し、「ふと思いついた、天気の変化が、当たることが多い」なら、夢という方法に限らず、「天気の変化を事前に察知できる」センスがあるのかもしれません。

別の例として、霊感が強い友だちが、「電話がくる前に、ビリッと電気が伝わる感覚で、少し前にわかる」という人がいるとします。

同様に、「自分はどうだろうか」と比較して考えてみると、電話がくることがなんとなくわかることはあるが、ビリッとくる感じは覚えたことがない、とすれば「電話がくることがわかることがある」という共通点と、「ビリッとくる感覚にはならない」という相違点がわかります。

では、自分はどうやって、電話がくることを把握していただろうか、と改めて思い出してみれば、「そういえば、自分の場合は、電話のベルが聞こえるような感覚になることで、これから電話が鳴るかもと把握している」と、というふうに、自分の特徴を見つけやすくなります。

そうして、要素を比較していくことを、頑張って繰り返していくと、コツがわかってくるので、比較というプロセスをとらなくても、そのまま、自分のセンスを自覚できるようになってきますね(^_^)。


まとめると、

①過去の経験から探す。

他人のセンスと、自分の経験を比較してみる

③比較することで、「共通点」と「相違点」がわかり、これを繰り返していくと、自分の性質がだんだん認識されやすくなる。

ということです。

 

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2017年4月 7日 (金)

備わっているセンスは、使うことで磨かれていく。

人は、「肉体という物質を伴っている、霊的な存在」であるので、広い意味でいえば、誰もが、霊としての感性、スピリチュアルなセンスを備えているものです。

どんな性質が、どのくらい備わっているかは個人差があり、これはかなりの部分で「生まれもった性質(=本質)」が関連します。

後天的に培われる部分もゼロではないですけれど、大部分は、たましいの領域にある性質がベースになります。

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|自分について知っていくほど、自分をいかしやすくなる。

こうしたセンスは、自覚しているかどうかに関わらず、必要な場面があれば自然と発揮されますから、別に自覚しないままでも問題はありません(^_^)。

しかし、わかっておくと、意図的に自分のセンスを発揮できたり、自分という存在をいかしたりできますから、その分だけ、人生を創造的なものにしていくことができるようになると思うのです。

ですので、スピリチュアルに関心をもっている方には、「自分の過去の経験を分析する」ことで、自分のセンスを把握していくことをお勧めします。

一例として、「関わる人を、元気にする力がある」とします。こういうことは、一方的に自覚するのは難しく、周囲の人が教えてくれますね、「あなたと一緒にいると、何だか元気がでてきて助かるわ」と複数の人から言われる、というように(^_^)。

こういうセンスがあるとわかれば、人の輪の中に入っていくこと、人間関係の中に身を置くことを、意識して行っていけば、自分のセンスが自ずと使われていくでしょうし、引き出されていくようになりますよね。

センスは、使うことで、ますます磨かれます

外に向けて発揮することで、センス自体が伸びるということもありますし、使う回数が多くなると、質が高まることや量が増えることもあるでしょう。

また、「どんな場面で、誰に、何をする行為としてあらわすのが効果的となるかが、経験からわかってくる」ことで、ふさわしい使い方ができるようになる、というのもあります。

そうした幾つかの要素が関連して、磨きがかかっていくことに加えて、「守護霊(指導霊)のサポート」も関わってきます(^_^)。

自分という存在や、自分に備わっているセンスや、与えられている環境をいかしていくことは、たましいの成長という観点から望ましいことですから、そうした姿勢は、守護霊の後押しが得られやすいということと、

守護霊と自分は、たましいの繋がりがあり、本質的なものがかなり似ていたり共通していたりしますので、センスのベクトルが揃っていけば、発揮される力は大きくなるというしくみです。


まとめると、

 ①自分のセンスを知ることで、意図的に使いやすくなります。

 ②使う機会が増えると、センスはますます磨かれていきます。

 ③自分をいかす姿勢でいると、守護霊の後押しが得られやすいです。

 

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2017年4月 6日 (木)

「どのくらい先までの未来を考えることが得意か」にも、性質との関連性がある。

この先の未来について、こんなふうにしようとか、こうしたらいいかなと考える際に、「どのくらい先までを考えることができるか」にも、人により「得意な範囲」の個人差があります。

大まかに、「中長期での未来を考える」ことと、「直近の未来を考える」ことに、備えている性質による得意と苦手が存在します。

自分が、どちらがより得意な範囲なのかを知っておくと、「得意をいかす」ことができたり、逆に、「得意なほうを、何に対しても当てはめがちなところを、意識することで使い分け」たりすることができます。

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中長期で考えるのがいいか、直近の未来を考えるのがいいかは、その事柄によっても変わってきますから、必ずしも、自分の得意な考え方を当てはめるのがいいとは限りませんが、

自分の性質の得意なほうをまずは知っておくことで、「得意をいかしやすく」なりますし、「得意なほうと、そうでないほうがある、というしくみを理解した上で、2つを使い分ける」ことも、知っていれば(知らないよりずっと)スムーズになりますよね。

中長期の未来を考えるのが得意な人とは、「目的から逆算して、これからやるべきことを考えていくタイプ」です。つまり、目的やゴールとなることを最初に定めるのが得意ということで、言い換えると、ゴールが決まらないと、プロセスを積み上げていきにくい、ということでもあります。

直近の未来を考えるのが得意な人とは、「現在地(今いる場所)の延長として、これからやるべきことを考えていくタイプ」です。こちらのタイプは、最終目的地がはっきりしなくてもスタートを切ることができます。逆に言うと、現在地から離れたゴールや目標を想定するのが上手でない、ということです。

前者は、まだ達成していないこと基準にして、そこから逆算します。たとえば、知り合いの数を100人にしよう、というような考え方です。今は知り合いは100人いない(達成されていない)が、それを目的とするなら、そのためにどうすればいいか、達成までにどのくらいの期間が掛かるかを考えられます。

後者は、既にあるものを基準にして、そこから積み上げます。たとえば、知り合いの数が、現時点では10人なので、この人数を増やしていこう、というような考え方です。10人というのは、既に存在する事実です。事実に事実を、積み上げていきます。

まだ達成して「いない」ものを基準にするか、既に事実として「ある」ものを基準にするか、どちらが思考がスムーズであるかは、自分の普段の思考スタイルを当てはめるとだいたいわかるはずです。

この点をよく考えてみて、自分の得意なパターンをつかんでおくと役立つと思います。

中長期を考えるのが上手な人は、発想力が豊かで、その分、直近の未来という現実的なことを考えるのがそれはもう苦手でうまくいきません。突飛な思考になったり、思考だけが暴走したりします。

直近の未来を考えるのが上手な人は、とても現実的で着実である分、現時点から離れた、まだ「ない」ものを計画として組み込んだものを、無理に目標に定めても、まったく自分に馴染んだ感覚にならず、合わない洋服を着せられているかのような違和感があります。

この世という場所で、未来について考えていく場合、このどちらの視点もバランスよく使っていくことがやはり望ましいです(^_^)。その際に、「自分の得意なほうを把握しておき、そちらに軸足を置いて、もう一方を意識的に扱う」ことが、一番、スムーズになると思います。

たとえば私であれば、「中長期の、達成していないこと」からの逆算のほうが得意です。ですので、自然の思考に任せてしまうと、まだないものばかりが目的にならび(^_^;)、アイデアだけが進みがちとなりますから、意識的な思考をして、そのために直近で何をするか、とか、まずは、現時点でやることの優先順位は、という切り替えをするようにしています(^_^)。

一般的には、スピリチュアリズムに関心がある方は、私と同じように「中長期の思考」のほうが得意な方が多いと思われます。

物質として「ある」ものと同じように、エネルギーなどの形の「ない」ものを同列に考えることが普通にできてしまう人が、スピリチュアルに関心をもつはずなので、そういう人は、まだ達成されて「いない」ものを基準にした思考に違和感が少ないはずですから。

当てはまる方は、私と同じところを意識してバランスを取ることが大事ですね(^_^)。

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2017年4月 3日 (月)

オーラの内側の層は、コツをつかめば見えるものです。

身体の周囲をとりまくオーラは、7層あるとされています(いろんな分類の仕方があって、3層に見えるという見解もあります)。

オーラの内側の層は、身体という物質的な性質と近い振動のエネルギーですから、とてもとらえやすく、外側にいくほどより霊的になっていくので、微細でとらえにくいエネルギーとなります。

身体に近いほうのオーラであれば、その幾らかを視界にとらえることは、コツをつかめばほぼ誰にでも可能となります。

私はかつて、サロンを開いていたときに、相当数の方に教えましたが、できない方はわずか1人だけでした。その方は「見えない」というよりは、「コツがつかみきれなくて、できなかった」だけだと思っています。

そのくらい、見やすい一部分を視界にとらえること自体は、難しくはないことなのです。

こちらの記事にも、オーラの見方の件を少しかいています。

人のオーラという、個人差、個体差の大きいものよりも、鳥とか木とかのオーラのほうが、一般的には、見るためのコツはつかみやすいかもしれません。中には、個人差があるほうが、比較したときの差があることが、わかりやすいという人もいて、「見えるコツのつかみ方にも、個人差がある」ということですかね(^_^;)。

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2017年4月 2日 (日)

スカイプにも、こんなふうに影響がでたりとか(^_^;)。

先日の記事、「スピリチュアルなエネルギーが、電化製品に干渉してしまうことがあります」に関連した話題を続けます(^_^)。

スピリチュアルなエネルギーと電気はとても馴染みやすいので、あちらの世界から、たとえば守護霊さんが何かメッセージ性のあることを伝えたいときに、「意図的に、電気を利用して作用を起こす」こともあります。

スカイプセッションを、複数回ご利用いただいている方には、わりとおなじみの現象?で、

「セッション中の話題が、そのときに話すべき内容から外れているとき」に、その逸脱度合いが多きときには、いきなり「スカイプをブチッと切られてしまう」ことがありますよね(^_^;)。

またつなぎ直しても、「その話題」に戻ると、切れてしまうか、音声が聞こえなくなる(普段はそんなことはない)という現象が、何回も続けて起こります。

そこで、実は、こういう現象はときどきあるということと、スピリチュアルなエネルギーと電気はとても似ているので、こうして干渉させて、意思表示?のようなことをしてくることがあり、

「多分、今の話題の方向性はあなたにあっていないか、別の選択肢を考えてみるほうがいいのかも・・・」と、しくみと考えられる理由をお伝えし、話題を切り換えたり、または、取り上げている選択肢を別のものにして話を進めると、

そこから先はまったく切れることがないという、わかりやすい?働きかけ(^_^;)が、行われることがあります。

なぜ、私を介して言葉で伝えるのではなく、スカイプの状態に干渉してくるかという理由は、おそらくは「ご相談者さん自身に、ダイレクトにわかりやすいように」という意味があるものと思っています。

音声が聞こえなくなることを何度も繰り返して、この話をお伝えすると「えー、そういうこともあるんですか」と言っていたご相談者さんも、その後、話題を切り換えてみると音声がとてもスムーズなまま、という変化があると、「やはり、そういうことなのかー」と納得、というのがありますから。

あとは、私を介するよりも、スカイプを切ったほうが手っ取り早いとか(^_^;)、そういうせっかちさも、もしかしたら、あったり、なかったり・・・?するかもしれません笑。

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2017年4月 1日 (土)

これからの人生の目的、という考え方。

10代、20代くらいの、まだ若いうちは、「これからの人生の目的は○○である」という考え方をすることが、いとも簡単にできるものです。

なぜなら、世の中にあるほとんどすべてのことが、選択肢として選べるためです。実際にそれを成すことができるかどうかは別として、自分がそうしようと「思うことができる」のが、若さだからです。

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しかし、年齢を重ねていくほどに、そうした考え方が、しっくりこなくなることがあります(個人差がありますが)。

人生の目的とは、端的に表現できるようなものばかりではない、ということが「わかってきてしまう」ことが、年齢を重ねていくことでもあるので、

そういう考え方が「できなくなる」、とも言えますし、「合わなくなる」とも言えます。

人生に目的を持てない、ということではなくて、目的が不要だと思っているのでもないけれども、そうしたズバリの定義が何かしっくりこなくなってくるんですね。

その曖昧さはときに不安を引き起こすので、しっかり目的を決めて人生を進ませたいという気持ちはむしろ、若い頃より強くなります。しかし、○○が人生の目的、というシンプル過ぎる枠組みには、収まりきらないのではないかという思いもまた、経験から培われ存在しているゆえに、

そういう考え方が、「簡単にはできなくなる」し、「ピッタリは、合わなくなる」のです。

これは年齢だけが影響することではなく、考え方などの性質も関連するため個人差がありますが、

「以前のようには、これからの人生の目的は○○という、わかりやすいものを掲げることができにくくなった」としても、それはきっと「今はちょうど、そういう時期」なのです。

そういう時期もある、とわかってしまうと、そのことが大問題ではなくなります。

ほどよく現実的で、自分にあったものを、時間を掛けて選んでいくのもいいでしょうし、時間とともに決まっていく、定まっていくものを、これが自分の人生の道だと受け入れていくのもいいでしょうし、そこは柔軟でいいと思います。

若いうちは、その○○が、実際に成すことができなくても、現実的ではなかろうと、そうしてとりあえず的にでも定めることが、前進のための力になっていくことが多いのです。「現状」と「未来の目的地」という、2つの比較が、わかりやすいからです。

しかし、大人になると、現実的ではない、成す可能性がとっても低そうな目的では、自分を前に進ませる力になりません。「現状」と「未来の目的地」の他に、「これまでの経験という過去」という、もうひとつの基準があるためです。

つまり、前者と後者で違うところは、「これまでの経験という過去」ですよね。これがあるからこそ、現実的な可能性を計ることができるということです。これは、メリットでもあると思います。

何でも夢いっぱいになれることがメリットと考えるなら、若い人が有利ですが、現実的にと考えるならば、(比較対象として役立てていける)過去の経験があるということも、メリットとなり得ます。

そういう考え方を取り入れてみるといいと思います(^_^)。

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