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2017年3月18日 (土)

違いから「個別」を知り、さらには「ひとつであること」を知る。

この世という場所は、比較して認識ができる世界です。

それは、この世には時間の経過があって、「時間の経過の感覚」が、私たちに(時間による変化から)比較や違いという認識をあたえてくれているからです。

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人は皆、それぞれの個性をもって存在していて、他人と自分は「別個である」感覚になれたり、「自分の個性は○○だが、相手の個性は××だ」というように、比較から違いを認識することが、ごく自然にできますよね。

これは、この世が、そうした認識ができやすい条件が整っている、気づきと学びのための場所だからです。

本来、たましいの領域は、個別の定義ができにくいものです。


「それと、これとは、別である(違い)」とか、

「それは、Aというものである(個別の定義)」とか、

「AよりBが大きい(比較)」とかの、

区分けをした理解は、この世特有のものとなります。


私たちが、「自分と相手は、別の存在である」とか、「この個性は、外向的と表現される」とか、「田中さんの声は、自分よりも大きい」という区分けを理解できることも、この世だからこその経験です。

こうした区分けで、他人との比較から自分がわかり、自分以外の他人のことも自分との比較からわかります。

たましいの領域にある、いろんな要素の中から、そのときの学びにあった性質を選んで備えてきているのが、「今回の人生における、性質や性格」となります。

区分けのない中から、「あえて」区分けをして備えてきたものを、時間を掛けた経験によって知っていくという、ある意味とても遠回りな学び(^_^;)を行っているのが私たちです。

これが、この世という場所にあったわかり方であり、学び方だからです。

人生のいろんな経験が増えると、それだけ比較対象が多くなり、「自分がわかる」ことと、「自分以外がわかる」ことは、連動していますから、わかることがどんどん増えてきます。

そして、よくよく考えてみれば、そうした「違いからわかる」という形すらも、連動して「繋がっている」しくみだと気づいて、

すべては繋がっていてひとつであることが、腑に落ちていくようになります。

違いから個別を学び、ひいては、違いからひとつであることをも学ぶようになっています。

自分を知り、自分をいかすことは、「個別」にフォーカスすることです。その行いは自然と、自分以外を知ることに繋がっていき、わかる範囲が広くなっていきます。


そうなると、

自分という個別の存在も、

この世という個別の場所も、

もっと広い、たましいの領域の一部分であり、繋がっていてひとつだという感覚が、

深く、実感を伴って、「わかっていく」ようになるでしょう。

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