« オーラが「くすんでいる」のは、どんな条件のときに起こるか。 | トップページ | 普通の中から、得意なことを探してみる。 »

2017年3月23日 (木)

「本質」と「状態」と、どちらの把握が得意か。

スピリチュアルなセンスのあらわれとして、「人のことが、よくわかる」性質をもつ人がいます。

しかし、「人のこと」と一口にいっても、人とはとても複雑な存在ですので、わかるのは「人が備えているうちの、どこか一部分」となります。

以前の記事「わかりあえる部分は、バケツ一杯分くらい」で説明したように、お互いの性質の違いがあるからです。

上記記事の内容でたとえるなら、「相手がもっているいろいろな要素のうちの、どの部分を、自分のバケツですくえるか」は、「自分のバケツの性質」と関連します。

把握できる性質について、あまり細かくわけても、「人の数だけ特徴がある、個人差」になってしまって共通性がみられなくなるので、わかりやすさのために大きく二種類にわけると、

「本質がわかる」か、「状態がわかる」か、ということになります。

70293903_s
どちらが得意であるかは、生まれもった性質(そなわっているバケツ)が関連しています。

なので、「私は、状態のほうをメインでわかりたいの!」というふうに、好きなほうを選んだりはできませんね(^_^;)。備わっている範囲の中での上限まで、磨いたり伸ばしたりすることなら可能ですが、生まれもったバケツの質までは変わらないからです。


「本質」とは、そのものを構成している要素で、変化があまりみられないものです。

「状態」とは、その時々で変化するもの、コンディションの上下があるものなどです。


つまり、「あの人の性質として、こういう点があるよねー」というのは本質で、「あの人、今日は、いつもより疲れているようだねー」というのは状態です。

本質をわかることが得意な人にとっては、状態を把握するのは本質ほどには容易でなく、状態をわかることが得意な人にとっては、本質の把握は、状態ほどにはうまくいかないといものです。

(こうした差は、最初から備わっていて「変わらない」ので、つまり、バケツの質自体が「本質」的な事柄と分類されます)

得意分野は、それぞれの性質(本質)であり、性質に優劣はありません。どちらが得意であっても、自分の性質はそうであるという、それ以上でも以下でもありません。


おそらくは、統計的には「状態がわかることが得意な人」のほうが、人数が多いような気がします。

こちらのほうが、どちらかといえば、一般的には「わかりやすい事柄」となるためです。

なぜなら、状態には「変化という動き」があるからですね。

本質には、それがありません。

ブログを長くご覧いただいている方には、既におなじみの知識ですが、「時間」とはこの世特有のしくみであり、あちらの世界には時間はありません。時間があるからこそ、変化がありますから、

「状態という変化」も、この世だからこそ生じる現象であり、わかる事柄である、ということになりますから、「この世という場所では、状態のほうが、よりキャッチしやすい事柄」といえるでしょう。

動きが、きっかけとなって把握しやすいとか、動きの様子を比較という感覚でとらえやすいためだと思います(^_^)。

自分の得意がどちらの範囲であるか、過去をいろいろ当てはめてみると、自分の本質がわかりますね(^_^)。

ちなみに、私は、本質の把握が得意で、状態の把握は苦手分野となります。

得意と苦手の差が、大きい人も、小さい人もいますが、私の場合は、すごく差が大きいです(^_^;)。

ブログランキングに参加しています。記事が役立ちましたら、バナーをクリックして投票をお願いします。

◆リーディングのご案内など:https://www.rikako-web.net/

◆スピリチュアルコラム(過去記事):http://spiritual-teaching.com/

|

« オーラが「くすんでいる」のは、どんな条件のときに起こるか。 | トップページ | 普通の中から、得意なことを探してみる。 »

09.スピリチュアル全般」カテゴリの記事

コメント

とても納得がいきました。
私はたぶん本質が得意です。状態が得意な人が多いのも納得いきました。本質ではなく状態を見て、あの人こうだよね、と発言する人の真意が把握できず、意図的?故意?と、正直戸惑ってたからです。
意図的でも故意でまなく、それがその人の得意な把握だったんですね。40年生きてきて今分かりました。

投稿: こころ | 2017年3月23日 (木) 21時56分

こころ様

そうですね、その人にとっては「それが、把握している内容」だということでしょうね。

状態が得意な人からすれば、「あの人の状態こそが、大きな比率(本質のほうは小さく感じられる)」であり、

本質が得意な人からすると、「あの人の状態は、あの人全体をあらわすうちの、あまりに小さい一部分(本質のほうが大きく認識できる)」となるという、お互いの得意分野の差だったのかと思います(^o^)。

投稿: リカコ | 2017年3月24日 (金) 11時45分

なるほど、そうですね。

私にとっては本質が重要(本質=その人)でしたが、他の人には、状態が重要(状態=その人)かもしれないですね。
どっちも正しい把握ですね。

ありがとうございます!

投稿: こころ | 2017年3月24日 (金) 17時34分

こころ様

どちらも「自分のバケツの性質と、合っている要素をすくいとった」ことは確かだと思うのです(^_^)。

しかしそれが「正しい」かとなると、
事実としてそれが、どのくらいの精度のある把握だったかというのは、バケツの得意分野だけでは決まらず、

たとえば、少しを大きくとらえてしまう拡大解釈もあるかもしれませんし、または、自分的な「その人」や「その事柄」を好ましく思うか否かということなども、(それも自分の性質なので)バケツのすくいとりが、左右されてしまったりするので(^_^)、

そこは、別物の扱いとして、わけてとらえていくように意識すると、結果として、そういう配慮をすることが「正しさの精度を上げる」ことに繋がっていきますね(^_^)

投稿: リカコ | 2017年3月24日 (金) 19時21分

とても共感できる記事ありがとうごさいました。
他の記事も読ませて頂きましたが、非常に読みやすい上、表現が的を得ていて感動しました。

過去記事からの引用になりますが、「オーラを網のように」という表現は腑に落ちました。まさに網のような感覚なんですよね。

他者に自分の感覚を言語化された時の嬉しさは格別ですね。自分で言語化して他者に見せても理解されませんからね。笑

まだ全ての記事を読んでいないので、この後また読ませていただきます。
新しい記事も楽しみにしています。

投稿: オオヤマ | 2017年3月28日 (火) 01時29分

オオヤマ様

そのことについて思っていたり、知っていたりはするけれど、適切な言葉のラベルがない状態の認識というのは、「知っているけれども何かぼんやり」になっていたり、「輪郭がはっきりしない曖昧」さのある認識で、

「それ」にピッタリの、「自分の感覚と同じ言葉のラベル」があると、「そう!それだ!」という感覚になるものですね(^_^)。

どうぞ過去記事もご覧いただけると幸いです。

投稿: リカコ | 2017年3月28日 (火) 10時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« オーラが「くすんでいる」のは、どんな条件のときに起こるか。 | トップページ | 普通の中から、得意なことを探してみる。 »