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2017年2月の4件の記事

2017年2月23日 (木)

他人から、いろいろ「言われやすい」人の、オーラ、エネルギー的考察。

趣味の仲間内、ママ友関係内、会社の同僚など、同じ立場の人が複数いるのに、なぜか、その人だけが、「他の人から、あれこれ言われやすい」、「口を出されやすい」という状況になることがあります。

言われている本人も、そういう状況になっていることを自覚していて、不可解な思いでいることが多いようです。そうしたご相談をときどきいただきます。

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同じ立場の人がたくさんいる中で、なぜ自分だけが??と、原因を考えてみても、思い当たることがない。

自分はその集団の中では、他人と距離をとっているほうなので、無意識に「やらかしてしまう」とか「余計なことを言ってしまう」可能性は低い。

それなのに、悪口や批判とまではいかないけれど、何かと口を出されたり、あなたってこうだよねーと決めつけをされたりする。

言われる事実がないことを言われる、他の人も同様なのに自分だけ言われる、わざわざ言葉にださなくてもいいようなことも言われる、・・・と、悪口ではないのだけれども、なぜか「言われる役割になってしまう」人がいるものなのです(^_^;)。

オーラ、エネルギーの観点から、このような役割になりやすい方には、2つの特徴がみられます。


(1)周囲を映し出すような性質のオーラである。

透明感があって、相手のことを、自分の中に鏡のように映し出してあらわしてしまう性質をもつ人がいます。その件については、過去記事で書きました。

(過去記事:他人を、鏡のように「映し出してしまう」人がいます

こういう性質の人に、相手がその人自身を投影してくるため、「実際と違うことを、言われてしまう」場合があります。または、映し出す性質ゆえの影響されやすさで、自分が影響されて、周囲の人と同じようなことを「あらわしてしまっている」ために、言われるということもあります。影響されている自覚はないので、「言われている内容が、自分と違う!」と思うのだけれども、実際のところ、そう「なってしまっている」というケースも意外と多いです(^_^;)。


(2)エネルギーを「受ける」「受信する」タイプである。

これまで何度も書いたように、エネルギーの動きとして、自分が外へ放つ作用が大きくあらわれる性質をもつ人と、逆に、自分が外から受ける作用が大きくあらわれる性質をもつ人がいます。

このとき、受ける性質が強い人は、「言われやすい」という特徴がみられます。なぜなら、受ける作用とは、外からひっぱる作用なので、相手の中にあるものを、外に引き出してしまうことがあるからです。

自分と相手の間につくられるエネルギーの動きが、「自分 ← 相手」となる(自分が外から受ける)という「向き」になるため、相手が発言しやすく、自分が言われやすいという構図になります。

相手が、エネルギーを外にむけて出すための、きっかけを与えるというか、初動の勢いを与える存在に、自分がなってしまうのです。


|気づく機会が、多くなるというメリットも。

両方の条件が揃っていると、とってもいろいろ言われやすいのですが、しかし悪いことばかりではないです。

自分の側からみれば「言われやすい」けれど、相手にとって「言いやすい人」という親しみを感じさせやすいこともあるでしょうし、相手が自分に向けて発言するという機会が多いことは、それだけ、気づかされる機会も多いと思うのです。

的外れのことも多いとしても、当たっていることもあるでしょうし、どちらでもなくても、注目されて意見が集まってくるという機会は、ありがたいことだというとらえ方もできます。

得られているほうのメリットを考えてみれば、言われてしまう不愉快さが、自分の中で小さいものになっていきます。

こうした作用を、知識としてわかっておくと、言われやすい状況は変えられないとしても、なぜ?と悩まなくて済みますから、知っているだけでかなり気持ち的に違いがあります。わかっておくと、心の余裕がでてきます(^_^)。

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2017年2月20日 (月)

オーラの色を、「体感覚」で、「感じ分ける」こともできる。

私たちは日頃、人との関わりの中で、オーラ同士で交流をしていて、いろんな情報を放ったり受けとったりしています。

人が放つオーラにはさまざまな情報が含まれていて、他人について、「なんとなくそう思った」とか、「○○だろうと感じた」という形で、それらを解釈しているケースは多いのです。

そのことを、オーラ、エネルギーの作用であるとは意識することはなくても、実際は、いろんなことを、オーラ同士の交流から把握をしています。

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オーラが視覚で見えていなくても、こうした、「自分のオーラを通して、キャッチする」形での把握もできるし、しているものであることは、スピリチュアルに関心をお持ちの方には、理解は難しくはないでしょうし、既にご存じの知識であるかもしれません。

それでも、「オーラの色」についての判別は、視覚を通して把握しないとできないもの、という認識をしている方が多いのではないでしょうか(^_^)。

実は、オーラの色についても、視覚で見わけるのではなく、「体感覚で感じ分ける」という方法もあります。実際、そういう形で霊能を発揮している方を、私は知っています。

相手のコンディションや感情などの様子や状態を、共鳴するかのように体感するというならともかく、「どうやって、色を、体感覚で把握するのか??」と、不思議に思われるかもしれませんね(^_^;)。

体感覚で、オーラの色を把握する人は、「その色を、体感しているとき特有の感覚」というのがあって、

くどい表現で文章化?するとしたら(^_^;)、「青いオーラを感じるときは、青色を見ているときのような感覚が、呼び起こされる」ようです。

そういう方法が、「その人の得意な方法」だからこそ可能となります。

私は、体感覚での把握は得意でないので、こうした感じてわけることはできませんが、「波長をとらえる」のは得意で、「固有の要素が放つ波長から、把握すること」に、置きかえをすれば、なんとなくですが言わんとしていることがわかります。

体感覚が優れている人なら、「○○を体感しているときのような、特有の感覚で、感じわける」という文章の伝えていることが、おそらくは、私よりももっと身近な感覚として、理解できるのでは、と思います(^_^)。

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2017年2月14日 (火)

日常の経験が、第六感を磨いていく。

スピリチュアルなセンス、霊能力などのことを、「第六感」という表現であらわすことがありますよね。

「見る」「聞く」などの、外界を感知する手段である「五感」の枠に、収まらないところにあるものという意味で、「六」がつかわれているのでしょう(^_^)。

この第六感は、五感とまったく別のところに位置するものではなく、「五感の延長上に位置して」います。または、重なっています。

逆の言い方をすると、「第六感のベースには、五感がある」とも言えます。

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一例として、「体感覚で、感じ取ってわかる」センスをもつ人がいます。

(私のクライアントさんは、この分野が秀でている人が大集中しているという、不思議な特徴があります!・・・私は、体感が優れていないのに、なぜでしょう(^_^;)笑)

以前の記事でも書いているとおり、体感覚というのは、「胸のチャクラ」との関連が深いです。

★過去記事★

体感覚で把握するセンスは「胸の位置にあるチャクラ」が関連している

(霊的な身体感覚としての)感じる力を伸ばすには。

上記で記載のとおり、手のひらのチャクラは、胸のチャクラと関連していますから、物理的な意味で手のひらで触って(ざらざらしている、暖かいなど)わかることは、同じ胸のチャクラをつかう体感覚とも無関係ではありません。

たとえば、食べ物売り場で、野菜を手にとると、なんとなくその感覚で美味しそうだとわかるとか、手で触れることで、物の様子を推察したり把握したりが得意な人っていますよね。

そういう人は、「手を通さない形でも、エネルギー的な体感覚そのものが優れているケースが多い」です。

逆の言い方をすると、「エネルギーの体感が優れている人は、手を使った把握も上手」だったり「手をつかって、何かを成すことが上手」だったりします。手を直接ふれて何かをすることや、または道具を使いこなすことなどです。

セッションのご感想や、ブログのコメントなどからもわかるとおり、私のクライアントさんは、カメラや絵をかく趣味をお持ちの方が、とーーーっても多いです。カメラを習っているとか、同人誌に漫画書いているとか、すごい人数なのです。

体感覚が優れている人は、手を使ったり道具を使ったりして、何かをしたくなるし、そういうことを好むのでしょうね(^_^)。

第六感的なセンスは、五感と関連している延長上にあります。五感と無関係なところに、いきなりそれが位置しているという構図にはなりません。

つまり、日常の中で、五感を磨いたり使ったりしていけば、自然と(その延長上の)第六感的な感覚も、磨かれていくことになります。

使うことでセンスそのものが鍛えられますし、また、いろんな出来事をたくさん経験してみることで、「自分の得意なことは、どんな条件下で発揮されやすいか」というパターンもわかってきます。

自分の性質に根ざしている、得意なことは「伸びやすい」です(^_^)。

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2017年2月 8日 (水)

呼吸という動きで、エネルギーも出入りする。

昨日の記事の続きです。

相手のエネルギーを受けてしまう、もらってしまう現象がおこる際の、入口となりやすいのは、首の後ろと、肩甲骨の間のあたりで、そのため、「布で覆いたくなる」人もいる、というのが前回の内容です。

他にも、口や鼻もエネルギーの出入りが大きいところなので、そのときのコンディションが下がっているときなどは(上記の2箇所ほどではありませんが)、そこから干渉されてしまうこともときにはあると思います。

口や鼻から、となる理由は、この位置は、呼吸をしたり会話をしたりすることで、「出る」「入る」という動きが実際にあるからでしょうね。気の動きでルートがつくられて、出入りがスムーズになっていくというか、なってしまうというか。

一例として、山の中で、同じ場所を何人もの人が通ることで、自然と通り道がつくられていくことがありますよね。物理的な動きによって、そのように動くためのルートが作られていきます。

また別の例では、私もこのブログで過去に何度も書いていますし、スピリチュアル系の書籍などでも同様の記載をみることがありますが、霊はなぜか「ドア」や「窓」から入ってきたりあらわれたりすることが少なくないようです。それは、実際の「人の出入り」や、「空気の出入り」によって、エネルギーが動きやすい流れが出来上がっていくためだろうと思います。

それらと同じように、呼吸をしている器官は、エネルギーの通り道になりやすいので、「入りやすい」場所となるのでしょう。

しかし、呼吸や会話という動きは、「出る」「放つ」という方向の動きもありますから、口や鼻から入ったエネルギーが、自分の中に長く留まるようなことは、通常はあまりおこりません。呼吸は吸うだけにならないのと同じで、エネルギーも、不要なものや外に出すべきものは排出もされますので(^_^)、よほどコンディションが下がっているときでないかぎり、そんなに気にしなくても問題ない程度です。

そこが、昨日の2箇所との違いですね。エネルギーの流れも違いますし、器官としての働きや構造も違いますので。

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