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2017年2月15日 (水)

何に気づいて、何を学びとるか。

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複数の人が、同じ経験をしたとして、そこから何に気づくか、気づいたことからどのくらいの知恵を得るかは、個人差があります。

経験をとおして何かをつかむには、「すくいとる器の大きさ」と、「器の網目の細かさ」と、そうして得たものを「理解する感性」の兼ね合いとなります。

それらのバランスで、文章でいえば読解力のような、解釈する深さや度合いがつくられていきます。

人の数だけ、内的な器の大きさも、器の特性にも違いがあります。

ある人は、その事柄の利点をとらえるのが上手で、また別の人は、その事柄に関わる人々の思いをくみとるのが上手というような、その人ならではの特性があらわれます。

どちらが正しいとか、優れているとかの序列は、簡単にはつけられません

たとえば、「洗い流すための網状の器」と、「よりわけるための篩(ふるい)」は、形状が似ているけれども用途が違いますから、同列の比較はできませんからね。

器の特性は、生まれ持った部分と、この人生で後天的に作られていく部分とがありますから、同じ人でも器の様子は変化していきます。

そのため、「若い頃の感性が、年齢とともに薄れる」こともありますし、「年齢を重ねてみて、未熟だった頃にはわからなかったことが、わかるようになっていく」こともあります。

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