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2017年1月の4件の記事

2017年1月27日 (金)

眠ろうとすると、「その日にあった相手の音声」で思考がとまらなくなる?

その日にあった人のことが、いつまでも頭を離れない、特に、寝ようとすると、「その人の音声で、思考が構築される」かのように、思考がとまらなくなる、という状況は、エネルギーの動きが、「受けとることが得意」な、受信タイプの人に、よくみられます。

(過去記事:「発信タイプ、受信タイプ」http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2015/12/post-7a86.html )

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相手の話したことが、相手の音声としての記憶で、脳内でリフレインすることもありますし、そのときには会話していないことが、相手の音声で、あたかも相手が話したことを思い出すかのように、思考が構築されていくかのようで、

「実際にあったことを、思い出している」のか、それとも「自分の個人的な思考を、相手の音声のように脳内で作っている」のかが、わからなくなってしまいます(^_^;)。

こういうことは、相手と会ったときに、「相手のオーラを、自分のオーラの中にとりこんでしまう」ことから起こります。


|相手のオーラを取り込む、度合いが大きいため。

人との関わりは、オーラ同士の関わりでもあるので、お互いにオーラをやりとりし合うのは普通のことです。

その中でも、受信タイプの人は、エネルギーの方向として、「自分が受けとるほうの力が強い」ので、相手のエネルギーを自分の中に取り込む度合いが大きくなりやすいです。

そうはいっても、所詮は他人のエネルギーですので、自分のオーラに馴染みきることはないですし、時間とともに自然に抜けていくものなのですが、疲れが大きいときや、考え事や心配事などがあって、頭が休まっていないときなどは、なかなか、それが抜けていってくれません。

受信タイプの人は、エネルギーを受けとる力のほうが大きく、放つほうはそれと比較して小さくなるため、どうしても、「たまりやすい」「滞りやすい」という状態が作られてしまいます。

そういう性質があるところに、疲れていてコンディションが十分でないという状況が重なると、普段よりも長い時間、自分のオーラの中にそれが留まってしまいます。


|特に、眠りに入ってすぐは、霊的な意識が広がりやすい。

そして、これは過去記事にも何度も書きましたとおり、人の霊的な感性が広がりやすい時間帯というのがあって、「眠りに入ってすぐ」と、「目覚める直前」です。寝ている間は、霊的な感性がとても広がりますが、普段との意識状態があまりに違って落差が大きいために、記憶していることはできません。

しかし、普段の意識と、寝ている間の意識との中間である、「眠りに入ってすぐ」と、「目覚める直前」であれば、「霊的な感性が広がりやすく、なおかつ、そのことを自覚しやすい」状態となるため、不思議現象が起こりやすいし、それを覚えていることもできるので、

そのため、「普段の意識の感覚では、これをどう解釈したらいいのか・・???」ということが出てきやすいのですね(^_^)。


|コンディションが回復すれば、自然とおさまる。

本来は、当然のことながら、自分のエネルギーで自分の思考をします。多少、相手のエネルギーがあっても、影響されることはありません。

ですが、疲れているときは、相手のエネルギーに負けてしまうというか、区分けができにくくなることが、こうした現象を一時的に作るのでしょうね。

なので、体力や気力が下がって疲れている状態から回復すれば自然とおさまります。だいたいは、一日くらいたって寝て起きるというエネルギーチャージで、整っていくものと思います(^_^)。

「入浴」、「睡眠」、さらに「換気」も有効ですね。

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2017年1月25日 (水)

感性が違う人同士の意見のすりあわせは、事実をベースにする。

人は皆、それぞれ別の性質をもっていて、別の目的をもって動いていますから、意見や行動の方向性が揃わずに、摩擦が起こったり対立になったりします。

しかし、中には、「違いはあっても、近い感性の人」もいて、そういう人たちはお互いにちょっとずつ譲り合うことで、方向性を揃えていくことができます。

「今回は、相手の意見をいれて自分はあわせていこう」と一方が思えば、相手も近い感性をもっていますから、特にその件を説明しなくても、「では何か別のときに、この件の借りを返すようにしないと」と考えて、自然と協力しあう形がつくられやすいです。

または、感性が近い人同士は、「この件を相手にゆずって、自分は二番手になったとしても、それはそれで役立つからいい」という考え方もできやすいのです。似ているところがあると、相手のとった言動や反応となる現実の結果は、「自分の場合も、そうなるかもしれない」という参考になるので、自分が譲ったとしても、自分にもメリットがあるからです。

(そういう場合のメリットは、似ている人同士でなくても存在しますが、似ている人同士のほうが、目線が近いために認識しやすいという意味です)

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しかし、根本的にまったく違う感性の人同士は、「仮に、お互いが譲り合ったとしても」・・・多少のことではすり合わないものです(^_^;)。

何しろ、スタート地点が違う上に、目線の高さもあっていないとなれば、お互いに譲ってもなかなか距離が縮まらないからですね。元からの開きが大きすぎるので、たとえば10mも離れている両側で、「これ貸しますよ」と手渡ししようとしても、うまくいかないのと同じです。

こういう間柄で、「譲り合って、すりあわせ」という方法は、難しいものです(^_^;)。

無理をしてなんとかする労力を発生させて、・・・そして大きなストレスとなるなら、「お互いに、それぞれ」の形をとったほうが、労力が分散するとしても、そのほうがいい形となるケースは少なくないようです。

それでも、どうしてもすりあわせる必要があって、それぞれという形にはできない場合には、「事実」をベースにした判断をするのがいいと思います。

誰が、誰の意見を優先して譲る・・・とかのように、人を主語にしてしまうとすり合わないので、「この件の場合は」とか、「この事柄を、年内に達成するためには」というように、事実を主語にするような考え方をして、そこからすりあわせの糸口をみつけると、いくらかはスムーズになると思います。

・・・でも、感性が似ている人同士のスムーズさのようには、いかないですけれどね。そこは、わりきることも大事です(^_^)。

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2017年1月20日 (金)

思うことで放ったエネルギーは、存在し続ける。

頭や心で「思うこと」、「思い浮かべること」も、発言や行動と同じように、エネルギーを放っていく行為であることは、これまでお伝えしたとおりとなります。

思うことで自分が放ったエネルギーに、「しばらく時間をおいて、自分が再びふれることがある」ものです。エネルギーにふれると、そのことが頭に浮かんできます。

しかし、その作用が、自分が放ったエネルギーが理由であるとは、通常は思わないでしょうから(^_^;)、

「なぜ、ここでそれを思い出すのかな?」、「唐突に頭に浮かんできたけれど、そのことに何か意味があるの?」と、複雑にとらえすぎてしまうことがあるので、今回はそのケースを解説してみます。

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|作られたエネルギーは、消えません。

発言も、行動も、思うことも含めて、作り出して放たれたエネルギーは、消えることはありません。作り出されたものは、エネルギーとして存在し続けることになります。

だからこそ、過去を思い出すことができますし、たとえば、霊能者が、過去を言い当てたりするのは、「過去に放たれたエネルギーを、見たり、読み取ったりしているから」です。


|イメージをともなったエネルギー。

日常のなかで、人が「思うこと」の内容はいろいろあります。

頭の中で文章を読むかのように思うこともあれば、様子をイメージして思い浮かべることもありますよね。

たとえば、「13時になったら銀行にいかないと」と、文章のように思うだけのこともあれば、「旅行にもっていく、鞄を買っておこう」と、鞄そのものや、鞄をもった自分をイメージした思考になることもあります。

そのものの姿をイメージしながら行った思考は、「そのものの姿を伴ったエネルギ-」が作り出されたことになります。

特定の相手のことを思い浮かべる場合、その人のビジュアルを伴ったエネルギーを作り出したことになります。

たとえば、「そういえば、山田さんは元気かな?」と考えるときには、過去の記憶から山田さんの外見を思い浮かべますよね、そうすると、山田さんの姿を伴ったエネルギーを、放ったことになるのです。


|再び自分が、反応してしまうこともありうる。

そして、作り出したエネルギーは、存在し続けて消えないので、「ある時期に、自分が思うことで作り出した、エネルギー」に、時間を置いて、自分自身が反応してしまうことがあります。

「そのことが、思い浮かぶ」という形の反応です。

上記のような、イメージのエネルギーが「あり続ける」などは普通はわからないので、自分が作ったエネルギーに反応しているなんて、想定外ですよね(^_^;)。

そのため、「あら、唐突に、鞄をもった自分が思い浮かんだのはなぜ?」とか、「ふと山田さんを思い出した」となることがあっても、それは自分が放ったエネルギーにふれて、映像をともなった思考になっているケースもあるということです。

必ずしも、「鞄を買いなさい」というお知らせとは限ないし、山田さんが自分を思い出しているのが伝わったとも限らず、山田さんとこれから会うことを予知したとも限らないのです。

もちろん、いろんなケースがありますから(^_^)、これから鞄を買うことになる自分の姿を、予知的に思い浮かべた可能性もありますし、山田さんが自分のことを思い浮かべているのがテレパシーのように伝わっていることもありますから、これは本当にいろいろで、ケースバイケースとなります。


|印象の大きいものに、反応しやすい。

自分が放ったエネルギーに再びふれて、思い浮かぶことがあるとしたら、その理由となるのは、自分がそのことを長く、または多く意識して、(山田さん、どうしているかなーと何回も考える等)、同じエネルギーを注ぎ続けることで、エネルギーの印象が濃くなっていくケースがあります。

または、昨日の記事と関連するのですが、「隣り合っているような、近い印象の、別のこと」が、きっかけになることがあります。たとえば、山田さんの声によく似た俳優さんのセリフがCMからふと耳に入ったことが刺激となって、近い印象のエネルギーが、意識の中で表面化してくることもあります(^_^)。

エネルギーの作用は、本当にいろいろです。

思考力が高い人や、イメージをともなった思考が得意な人は特に、こうしたことがいろいろ起こりやすく、何だか、混乱させられてしまうものなのですが、しくみを知ると、複雑に考え過ぎても、実際のところは完全にはわからないということがわかる(^_^;)ので、

「いろいろなパターンが、混在しているのだろうな」くらいの受け止め方が、ちょうどいいと思います(^_^)。

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最終的には以前と同様のURLで新しいものを作りますが、

それまでの間は、   

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2017年1月 6日 (金)

現実とのバランスを意識しながら、スピリチュアルな生き方を。

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とても広い意味でいうなら、すべての事柄はスピリチュアルな要素を含んでいます。

人は皆、「身体という器を伴っている、霊的な存在」ですので、霊的な存在(である自分)が関わる事柄はどれも、スピリチュアルな事柄です。

しかし、狭い意味に限定するならば、スピリチュアリズムとして定義されている法則性や規則性があり、それに基づく解釈があります。見えないもの、形のないものを何でもスピリチュアリズムと過度に結びつけてしまうと、曲解や誤解が生じやすくなります。


|現実とのバランスを意識しながら。

もちろん、形のあるものもすべて(広い意味でいえば)スピリチュアルですから、日々の生活に根ざした現実的なことも、スピリチュアルと無関係ではありません。

けれど、内的な要素のみで展開することと、それ以外という区分けはできますよね。

内的なところにばかり向かってしまうと、形をともなう現実のほうへエネルギーが向かわなくなり偏ってしまいます。

日常のひとつひとつのできごとに、何でもスピリチュアルをあてはめて考えていたら、時間がいくらあってもたりないです(^_^;)。

意識しようとしまいと、スピリチュアルなしくみは作用していきますから、しくみに委ねるという気持ちをもち、

そして、自分が知識をもって身についていることは、無意識でも自分の行動の中にあらわれていくものと自分を信じていけば、こだわり過ぎないよいバランスが保てるのではないでしょうか(^_^)。

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