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2016年11月の9件の記事

2016年11月27日 (日)

霊視・透視の映像がうつる場所。

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この画像は、森のイラストに私が黄色の光をいれた加工をしたものですが、最近よく、こういう「画」が、見えてくるんですよね。

下が黄色か金色に光っていて、上が深い緑色のような。しかし、これが何を意味するかは、よくわからず(^_^;)。

|霊視の映像や画像は、内的な視野でみえたり、普通に見えたりと、いろいろ。

こうした見え方は、「普通に形のあるものを見る場合と同じように、肉眼でみえる」場合と、「内的、霊的な視野に見える」場合とがあります。

私の場合は、肉眼でみるとしたら、相手のオーラをスクリーンにして、そこに映像や画像が投影されているかのように見えます。

中には、普通に形があるものと同じレベルで、形のないものも見える方もいます。私は、あまりそういう見え方は普段はなくて、本当に「ときどき」です。


内的な視野、霊的な視野で見える場合は、頭の中で思い浮かべるように見える、という表現が一番近いと思いますが、しかし、思い出しているのとは明らかに違いますね。そのものが放つ「波長」がやはり違う、というか・・・。表現は難しいのですけれども。

私の場合は、「自分の後頭部の内側?」で見えるような感覚になります。江原さんは、以前にテレビで、頭のてっぺんのほうで見えるとおっしゃっていました。なんとなく、その感覚はわかるような気がします(^_^)。

あとは、「まぶたの裏」に見えることもあります。本当に霊感が強くて、霊視的なセンスが高い方は、この表現が理解できると思います。同様のことをおっしゃる方はわりと多いように思います。私の場合は、「まぶたのフチの裏?」に見えることが多いように思いますけれど・・・、他の方はどうなのでしょう。

霊視している最中に、白目になってしまう霊能者は、実は少なくないのですが、それはまぶたのフチの裏?に見えている映像を、意識の上で追ってしまうと、眼球もそれにつれて上に動いてしまうためではないかなーと、私は個人的には思っていますけれど(^_^)。

これらは代表的な、わかりやすい例をあげたものなので、他にもいろいろあると思います。

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2016年11月23日 (水)

直感力が高いために、結論に意識が向かいすぎることがある。

直感力が高い方のオーラは、頭の周囲のオーラ(身体の周囲の全体的なオーラとは別のところ)が、平均的な形状とくらべて少し「縦長」な形になっています。まるでアンテナが少し上に伸びているかのような、わかりやすい形状だなと思います。

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こういう形のオーラの方は、思考力が高く(早く)、勘もいいので、ものごとの「答え」とか「結果」がどうなるかが、瞬間的にひらめくことがよくあります。

たとえていえば、一般的な思考のしかたが、順番に階段を5段上っていくように進んでいくとしたら、直感力が高い方というのは、一段目からいきなり4段目、5段目にいってしまいます。

このように読むと、「直感力が高い人は、得だなー」「便利でいいなー」と思うかもしれません。瞬間的にさっと判断ができて、自分の中での答えが決まるというのは、効率的で役立つことになる場面は、実際に多いと思います。

しかし、そういうタイプの方は、「最終的な答えに行きつく思考は得意」だけれども、その答えに行きつくまでの「プロセス」を考えたり見つけたりすることが、苦手である方が少なくないのです(^_^;)。

階段の2段目、3段目になる思考を経由しないで、その先の答えに思考がさっといきついてしまうので、「プロセスを考えることに慣れていない」ためです。

「こうしたらいいだろう」という答えを見つけるための思考は上手です。ひらめきで一瞬にして、その領域に到達することができる方もいます。しかし、「具体的に、何をどう行動したら、そうすることができるのか」という、手段とかプロセスの部分を考えることが(慣れていないので)うまく思考をめぐらせることができない場合があります。

自分的に、できない理由がなぜかがわからないし(ああなって、こうなって、だからそうなるという思考の仕方にならないタイプなので(^_^))、そういうプロセスの部分(現実的な手段、方法など)の行動が必要であるということが、いまひとつ現実感を伴った理解とならず、目的に向かって「自分を運ばせる」ということがよくわからなかったりします。

また、そういう人は、イライラすることが多いです。いきなり結論に思考をもっていけるけれど、当然のことながら、現実が動くスピードは同じではないので、そのタイムラグが「遅い!」と感じたり、行動を伴わせていくことが、まどろっこしくなってしまうためです。

他の人よりも、結論にいたるまでのプロセスが少なくてすむゆえに、メリットとデメリットがあり、自分の得意なことは「自分にとって普通」なので、メリットに気づかずに、デメリットばかりが強調されて感じられてしまい、出口のないところへ自分を追い込んでしまうこともあります。

しかしそれは、「なぜ、そうなるかが、わかっていない」ゆえであり、わかってしまえば、こういう方は、結論にいくスピードがなにしろ速いですから(^_^)、「そうか!」という理解もはやいですね。

で、プロセスをとばしてしまう部分をどうすればいいかという点は、こういう方は、「○○をするには、こうすればいい」というハウツーのような方法を、とりあえず採用して動き出すことがいいでしょう。それが、プロセスを意識するための練習にもなりますので(^_^)。

また、苦手なところを何とかしようとするよりも、得意なことをいかすほうがいいので、「苦手であるプロセス探しは、他の人にしてもらう(という観点から、ハウツー的なものを採用する)」ほうが、自分を運ばせやすいことが多いようです。

ものごとを成すためには、無駄なプロセスは遠回りになりますから省きたいところです。しかし、必要なプロセスは当然のことながら省いてしまえばゴールに到達できません。その理解の上で、「必要なプロセスを見つける」ことが大事ですね(^_^)。


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2016年11月22日 (火)

他人を、鏡のように「映し出してしまう」人がいます。

霊感が強い人にはわりとよく見られる傾向ですが、「周囲の他人を、自分の中に映し出す性質」を持っている人がいます。

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自分が鏡のように、他人(その人自身)を映し出して、相手に見せる?形になるため、こういう人は、「自分に対する、他人からの評価がバラバラで一定しない」ことが多いです。

皆がそれぞれ、(鏡のように)その人自身を見るので「あなたは、優しい人ね」といったり「あなたは冷たいね」といったり、「気さく」と思われることもあれば「気むずかしい」と思われることもあります。

「他人は自分の鏡」「お互いに映し出す」のは、広い意味で言えば誰もが当てはまり、どんな人間関係にも言えることなのですが、そうした作用がとても大きく現れる人がいるのです。

そういう人のオーラは、透明なオーラといえばいいのか、でも色というよりも質感なんですよね。質感が独特で、透明のような質感をしています(色ではなく)。くすんでいることの逆、という意味とも違います。

以前の記事で、霊界との繋がりが深い人は、オーラに独特の「白っぽさ」があると書いたことがあると思います。白いオーラとは違う、あくまで白っぽさである、と。このケースもそれと似ていて、色とかではなく、質感としての「透明」なんですよね。

該当する人は、いろいろな言われ方、見られ方をするので、自分がよくわからなくなったり、人間関係がわずらわしくなったりするかもしれません。

ですが、他人からの注目を集めやすいというメリットもありますね。いろんな人が、「鏡を通した自分を見にくる」ためです。



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2016年11月21日 (月)

他人という「鏡」に映っているのは、過去の自分かもしれません。

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周囲の人は、自分を映し出す「鏡」である、という表現があります。

自分と周囲の人には、同じものが引き寄せ合う法則によって、似たような部分がありますから、相手の様子から自分の一部分を知ることができます。

この「他人という鏡」に映る「自分」は、リアルタイムとは限らず、昔の自分という場合もあります

少し前の自分の様子がそこに映っていると、その行為をしている相手がとっても気になってしまうのです。

他人のしていることに対して、「なぜ、そんな簡単なことも理解できないの?」とイライラすることがあるものですが、こうした感情は、過去の「そんな簡単なこと」を、知らずに苦労した自分へのイライラであることが多いです。 その人に対して、あまり好意的に思っていない場合に、そうした感情がでやすいです。

または、他人がうまくできないときに、「なんとかして、自分が助けてあげたい」とか「このようにしたら、もっと楽にやれるよ」と教えたくなることがあります。この場合は、「 過去に、同じようなシチュエーションで困っていた自分」を相手の中にみて、相手を助けることで(当時の)自分を助けたくなるのです。 その人に対して、「いい人だな」とか「親切で優しい人だ」とか、好意的に思っている場合に、この感情がでやすいです。

このように、相手という鏡で、過去の自分をみて、いろんな感情がでてくることがあるんですね。

どちらにしても、今の自分は「そこから、さらに進んだところにいる」からこそ、そうした感情がでてきます。成長している証拠です(^_^)。

こうして、相手にみているのは、自分の一部だという理解をすると、「他人は自分の過去を見せてくれるありがた存在だ」というとらえ方になれます。

忘れていたことを思い出させてくれたり、相手を助けることで、自分(の、過去に対する)感情を癒すチャンスを与えてくれたりするのですから。



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2016年11月19日 (土)

過去の人間関係が、今の自分を支えている。

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過去の(今は継続していない)人間関係について、「あのときもっと、こんなふうにしていたら、違った状況の今があったのではないか」とか、「今の自分の感覚で、あの頃に戻ったら、もっといい関係で付き合うことができただろうに」と、思ってしまうことがあるものです。

過去の関係を、後悔なく割り切ってしまえるのは若いうちだけですね(^_^;)。大人になれば少なからず、誰もが心の中に、そうした思い残しを抱えているものではないでしょうか。

しかし、そう思えるようになったのは、「自分が成長した」からですよね。

今になって思えば、もっと違うやり方があったと思えるような関係も、その時点ではお互いに最善を尽くしていたはずで、だからこそ「今、過去をふりかえって、そう思える自分がいる」ということです。

ある程度の年齢になれば、心の中にひとりやふたり、そういう対象がいるものではないでしょうか。それはときに切なさを与えるけれども、しかし、今とは違う記憶の中だからこそ美化もできて笑、そういう意味で自分の心の慰めにもなっていたりして、自分を支えてくれているものなんですよね。

そうして皆、過去に支えられているし、過去の思いにも支えられいて、今の自分が未来に進んでいけるんですよね(^_^)。


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2016年11月17日 (木)

仕事の悩みは、「仕事場の、人間関係の悩み」かもしれない。

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仕事を持っている方は、仕事に関する「思い通りにいかない悩み」を、少しくらいはもっているものではないでしょうか。

一日の時間の大部分を費やすので、「そのこと」を考える時間も多くなるため、小さいこともクローズアップされやすいですし、金銭が関わることは「わかりやすい」ので、いろんな事柄のうち、仕事に関連することは、自分の中で「悩みとして認識されやすい」というのもありますね(^_^;)。

しかし、「仕事に関する、思い通りにいかない悩み」を改めて眺めてみると、「仕事そのもの」というよりも、「仕事場の人間関係」が原因となっているケースがみられます。

仕事の悩みと、仕事の人間関係の悩みは、同じ場所で起こることではありますが、内容は違いますから、ここはきちんとわけてとらえるほうがいいですね。

これをまとめて「仕事の悩み」という大枠にしてしまうと、細部に意識の焦点があたらないので、解決しにくい悩み方(^_^;)になってしまいます。


 ・業務がうまくいかないが、人間関係は問題ない

 ・業務はうまくいっているが、人間関係に問題がある

 ・業務も人間関係も、どちらも問題がある


この3種類を比べると、かなり違いがありますよね。どこに問題があるかによって、考えるべきポイントが変わります。そして、解決できるのか、そうでないのかという具体的な思考が進めやすくなります(^_^)。

大枠で「仕事の悩み」と思っていても、細かく考えてみれば、実は「人間関係の悩み」であることは多いです。

このポイントを絞って考えると、たとえば転職するにしても、「次はどうしたらいいか」を考えるときの判断材料として役立ちます。

私の知っている事例でいうと、「大勢が同じ環境で、一緒の仕事をする」という形式の職場で、まるで学校のノリのような人間関係が耐えられないという方が、「少人数で、かつ一対一で仕事をするような業種の会社」に転職した方がいました。人間関係が少ないので、ストレスが減ったとのことです。

また、別の例では、「社員の中に、派遣がじぶんひとりだけ」という環境で、人間関係の距離感が難しくて、どう振る舞っていいかわからずストレスだったので、次は「派遣が複数いる環境」の会社を選んだら、馴染みやすくてちょうどいいという方もいました。

規模の大きい会社なら、部署の異動のときに、希望を出せることもありますよね。そういうときにも、状況と自分の分析をしていれば、自分をいかしやすい部署への希望を出すこともできます。・・・ただし、自分の希望どおりにならないことも多々あるのが会社組織というものではありますが(^_^;)。

自分で選べることと、そうでないことがありますから、悩みを分析して把握しても、そのことが解決に直結することばかりではないです。けれど、ただたんとなく「大きなかたまり」のような悩み方をしているよりは、「自分が、悩みの内容をわかっておくことが、助けになることは多いのではないかな、と思います。

「仕事が自分にあわない!」と悩んでいたものの、よく考えてみたら、「ある人との関係がストレスになっているだけで、仕事そのものは条件もいいし楽しさもある」と気づいて(^_^)、「その相手を避けたいからと、この仕事を手放したらもったいない」と、そのままきりかえて頑張っている方も知っています。

「わかる」と、それなりに、いろんな方法がとれたり、考え方を変えることで、悩みそのものはゼロにはできなくても、なんとかやっていく意識の持ち方ができるようになったりします。仕事そのものの悩みなのか、人間関係の悩みなのか(意外と、こちらの悩みが多いものです)、改めて考えてみると、新たな気づきが得られるかもしれまんね(^_^)。

 

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2016年11月14日 (月)

体感覚で把握するセンスは「胸の位置にあるチャクラ」が関連している。

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スピリチュアルなセンスとして、「体感覚で、感じてわかる」というものがあります。

オーラや、エネルギーを、体感覚として、たとえば「熱感」で「暖かい気がくる」というように把握したり、「圧」を感じて「押されるような感覚」で把握する人もいます。

こうした体感覚というのは、胸のチャクラが関連しています

具体的な関連性のある事柄として、代表的でわかりやすいのは「呼吸」ですね。(他にもいろいろありますけれどね(^_^))

呼吸が深くできる人は、体感覚も優れている傾向が強いです。体感覚があまり強くない人は呼吸が浅いことが多いようです。

胸のチャクラが関連する要素は呼吸だけではないので、他にもいろいろありますから、「呼吸が浅くても、感じる力が高い」場合もありますけれど、安定してセンスを発揮するにはやはり呼吸が深くできることが条件になると思われます。

オーラの質感が、エネルギーをキャッチする網として作用しますので、エネルギーをキャッチすること自体は、質感が細かい人であれば把握できますが、

ビリッとしたとか、暖かいとかの体感覚でとらえるのは「胸のチャクラ」なんですよね(^_^)。ここが発達している人が、感じ取ることが上手です(^_^)。

ちなみに、手のひらから体感覚として感じることが上手な方もいますけれど、その場合も呼吸が深い人のほうが把握が上手です。理由は、手のひらにも小さなチャクラはあって、「手のひらのチャクラと胸のチャクラは関連しているからです。メインとサブのような関係になります。手を横に広げた図をイメージすると、なんとなくわかるかと思います(^_^)。

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2016年11月 4日 (金)

あなたは、好かれる人であり、認められる人です。|スピリットメッセージ

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どうせ自分は好かれていない、という思い込みがあなたの人間関係を狭くしています。

好かれていないから、人と関わらなくていい。好かれていないなら、人に話しかけることはしない、そうしてあなたは、自分の世界に籠もっています。

あなたは、好かれても嫌われてもいません。なぜなら、人と関わっていないからです。

人と関わる機会をもてば、あなたは好かれます。評価され、認められるはずです。あなたは、人から嫌われるような性格ではありませんし、たくさんのよい特徴を備えている才能豊かな人だからです。

本当は、あなた自身もわかっているはずなのです。好かれていないというのは、事実ではない、と。

しかし、そういうことにしておけば自分を守ることができます。関わりを持たない理由と、話しかけない理由が用意されるからです。

人とのやりとりを、恐れないでください。世の中の人は、ほとんどが優しい性格をしています。あなたと同じように。

自分自身を認めて、素直になれば、あなたは好かれます。「好かれるための、意図的な行動」など何もしなくても、そのままで好かれます(人に、自ら歩み寄るという姿勢は、もちろん必要です)。

好かれないように、仕向けていくのをやめることです。好かれなければ、それ以上に嫌われることもない、という「ねじれた自分の守り方」をやめて、そのままのあなたで過ごしてください。

 

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2016年11月 2日 (水)

まずは、「実り」を、収穫するための取り組みから。

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何かの行動を起こすことはすべて、 未来の実りと、刈り取りに繋がる「種まき」になります。 これまでと同じ行動をすれば、同じ種をまいていることになり 同じものが収穫できます

新しい行動をすれば、新しい種をまいていることになるので 今までとは違うものが収穫できる可能性が作られます

新しい可能性を開拓することは、今までと違う刺激という意味でも意義が大きいけれど、 新しい種まきばかりしていては、過去にまいた種の収穫をしないままで取りこぼしが多くなります。

誰もが、実り多い人生を望んでいます。

ですが新しい刺激ばかり求めていては、刈り取をせず種まきばかりしていることなりますので、せっかくの実りがありながら手に入れていないこと、自分が「そうしている」ことに気づきましょう。

自分は、まったく実りを手にできていない!と、焦りがある人ほど、 新しい種まきの行動をしたくなって、新しいことに手を広げたくなります。

自分は、種まきがたりていないから実りを得られていない、だからもっとまかなければ!と、思い込んでいるからです。

けれども、実りを得られないのは、種まきがたりないのではなく 「刈り取らないから」です。 種をまく量ではなく、刈り取りのための行動がたりていないということです。

これまで、あまり刈り取ることに意識を向けてこなかった人は、 「刈り取る行動」を意識的に行い、「刈り取りに、慣れること」が大切です。

そのためには、新しいことへの関心は最優先にせずに、 過去の経験(既に種はまいていること)から、刈り取りができそうなもの、 自分が気づいていなかっただけで、既に実っている状態のものを見つけて、そこから手をかけてみてください。

実りを得たいのに、新しい行動のほうにばかり意識が向かうのは、優先度が正しくなっていません

それは次の段階に(今の刈り取りがおわってから)することであり、 既にまいた種をいかに刈り取るかという点に、まずはフォーカスすることをお勧めします。

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