« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »

2016年11月の20件の記事

2016年11月29日 (火)

小さなきっかけをキャッチし、大きな実りを得ていく。

21170759_s
行動をするためや、変わるための「きかっけ」は、そんなに大きなことではなくてもいいのです。最初の一歩を動き出すための力となったり、発想の糸口となってくれる「小さなこと」があれば十分です。

目立ってわかりやすい、「印象の強いもの」や「影響力の大きなもの」ばかりを探してしまうと、その他に意識がむかなくなり、小さな事柄に含まれている大きな可能性を、見逃してしまうことがあります。

きっかけとなる、ほとんどの事柄は、種のように小さいのです。そこから、どのような可能性を広げていくかは自分次第です。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月28日 (月)

リーディングのご感想|前世リーディング。

ご利用いただいたNSさんから、ご感想をお送りいただきました。ありがとうございました(^_^)。

Image8拝読した感想ですが、とても興味深かったです。最近私の興味があることは、「オーラ・前世」と「科学」です。

これは、 リーディングして頂いたように、 2つの概念が自分の過去の職業で、両立していたからだと思いました。

あと、「全国を飛び回っている、前世で関係のあった人」 というのも、現在、思い当たる人がおり、「う~ん」です。  

自分のこども(女の子)も同僚であったのではないか? ・・・とか、勝手にちょっと想像したりもして、 そうすると、個人のパーソナリティーとか、人間関係が理解できたり します。

私は前世で、「追われるようなことをしていたのではないか?」と思っていたので、 (夢で、よく追いかけられていたので) とても、しっかり生きていたのに、びっくりしました。 リカコさんのブログに書かれているように、自分の得意なことや、また美的なことというのは、自分で気がつかなかったり、 評価できないものなのかもしれません。

結局、一周回って、「今を生きることが大切」という気にも なってきました。 知りたいことがわかって、とてもうれしかったです。ご丁寧なリーディングを、誠にありがとうございました。

★ブログランキングに参加しています。

| | コメント (0)

2016年11月27日 (日)

霊視・透視の映像がうつる場所。

Image6

この画像は、森のイラストに私が黄色の光をいれた加工をしたものですが、最近よく、こういう「画」が、見えてくるんですよね。

下が黄色か金色に光っていて、上が深い緑色のような。しかし、これが何を意味するかは、よくわからず(^_^;)。

|霊視の映像や画像は、内的な視野でみえたり、普通に見えたりと、いろいろ。

こうした見え方は、「普通に形のあるものを見る場合と同じように、肉眼でみえる」場合と、「内的、霊的な視野に見える」場合とがあります。

私の場合は、肉眼でみるとしたら、相手のオーラをスクリーンにして、そこに映像や画像が投影されているかのように見えます。

中には、普通に形があるものと同じレベルで、形のないものも見える方もいます。私は、あまりそういう見え方は普段はなくて、本当に「ときどき」です。


内的な視野、霊的な視野で見える場合は、頭の中で思い浮かべるように見える、という表現が一番近いと思いますが、しかし、思い出しているのとは明らかに違いますね。そのものが放つ「波長」がやはり違う、というか・・・。表現は難しいのですけれども。

私の場合は、「自分の後頭部の内側?」で見えるような感覚になります。江原さんは、以前にテレビで、頭のてっぺんのほうで見えるとおっしゃっていました。なんとなく、その感覚はわかるような気がします(^_^)。

あとは、「まぶたの裏」に見えることもあります。本当に霊感が強くて、霊視的なセンスが高い方は、この表現が理解できると思います。同様のことをおっしゃる方はわりと多いように思います。私の場合は、「まぶたのフチの裏?」に見えることが多いように思いますけれど・・・、他の方はどうなのでしょう。

霊視している最中に、白目になってしまう霊能者は、実は少なくないのですが、それはまぶたのフチの裏?に見えている映像を、意識の上で追ってしまうと、眼球もそれにつれて上に動いてしまうためではないかなーと、私は個人的には思っていますけれど(^_^)。

これらは代表的な、わかりやすい例をあげたものなので、他にもいろいろあると思います。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月26日 (土)

外にあるものが刺激となって、内側の気づきになる。

Img_0451

「答えは、自分の内側に存在するもの」という表現は、外側に向かって「自分探し」が過剰になってしまう人を戒める目的で、使われることがあります。

確かに、自分自身のことを、外側に探しにいっても、存在しない場所に探しにいっていることになり、「どこにいっても見つからない」という新たな悩みを増やしてしまうようにも思います。

しかし、内側に存在する答えに「気付くための、きっかけとなること」は、内側にも外側にもあり、むしろ客観視ができる分、外にあるもののほうが見つけやすく、分かりやすいように思います。

きっかけ探しのために、外に出ていくことは効果的です。

たくさんの刺激にふれることで、見えてくるものがあるはずです。

外に、答えそのもの存在しなくても、答えに行きつくためのヒントは無数にちらばっているということです。

外に向かっていく行動のすべてをひとくくりにして、そんなの意味がないとか、それではダメだとか、否定したり制限したりせず、しくみを理解した上で、やりやすい方法をとるのがいいと思います。

内側にある答えに、ダイレクトに気付いていくのは実際には難しく、外にある要素との関わりを通して気づいていくほうが、プロセスがひとつ増えてしまうけれども(^_^;)、具体的な思考や行動に繋げやすいものになります。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月24日 (木)

お子さんが引きこもってしまっているときには。

ご家族や親戚の中で、「ひきこもってしまうお子さん」がいるというご相談をときどきいただきます。そうなってしまうのは、「何か、そうなるだけの理由がある」もので、何もないところから引きこもるケースはまれですね。

引きこもりをしている様子にいだく、一般的なイメージの中には、とても甘い考えをしているとか、怠けているというものも一部含まれるかもしれません。

けれど、実際には、ただの怠けでの引きこもりというのは・・・ほとんどないと思われます。

また、考え方の甘さがある場合でも、それだけでは、引きこもりにまではならないものではないでしょうか。甘さから、無責任さがでたり、依存的になったりすることはあっても、そのことと、引きこもることは別ですから。

21863653_s_2
客観的にみて、些細に思えてしまうことでも、「本人的には辛い、何かがある」のだと思います。

引きこもっているのを、何もしないで見守るだけでいいのかというご相談もうけることがあるのですが、それはケースバイケースで、すべてのケースにはあてはまらないと思います。

お子さんがまだ小さいうちは、そういう方法が最適なこともあるでしょう。子どもの頃は成長の度合いも大きいですから、ほんのちょっとした変化やきっかけでまた、元のように元気になったりやる気になったりすることも期待できます。

いろんな「行事」「イベント」がたくさんあるので、自然と変化のきっかけが得られることもあるでしょう。

また、進級、進学、クラス替えというような、今までの環境がリセットされるチャンスがたくさんあります。これらが、役立つことは多く、変わるチャンスが何回もあるといえます。そういう時期にあわせて元のように馴染んでいくことは、本人的な「きまりの悪さ」を覆ってくれることも、助けになったりします。

そういう機会がたくさん与えられる時期であれば、見守って自然に任せることも役立ちますが、年齢が重なると、一律の変化にまぎれていけるという機会もへりますので、そのあたりを考慮することも必要かと思います。

子どもさんが小さいうちは、ご両親もまだ若いので体力が十分にあって、いろんな配慮も対処も可能ですが、お子さんが大きくなればその分、ご両親も年齢を重ねて体力が下がるので、現実的な考え方、とらえ方も必要になってくるかと思います。

だからといって、無理に外に出すとか、引きこもっている環境を変えさせるべきということではなくて(^_^;)、大人の側からできることとして、何か方法はないかと探ったり、助けになることはないかと調べたりすることで、思わぬところからヒントが見つかったり役立つものがわかったりして、よい方向にいくこともありますのでね。

そこはやはり、専門家に話を聞くことも役立つでしょう。教育の機関とか、地域のサポート機関とか、今はいろんな方法があり情報が集められますので、まずは情報収集をしてみる、すぐにつかわなくても情報収集を「しておく」ことは備えになります。

こういうことは、文章で理想を書くのは簡単です。しかし、実際に対応するのは難しいです。ひとりひとり、親子といえどもたましいの個性は別であり、こだわるポイントも違いますし、今は昔と違って、子ども同士の世界も大人同士と同じように複雑になっていますから、思いもよらないところで人間関係の辛さがあったりしますから。

しかし、そういうことも、大人が理解してあげることで、子どもさんの気持ちが満足したり、自分のために大人がいろいろ手を尽くしてくれているというそれ自体が、力になってやる気を引き出すこともあります。

お子さんの年齢が、「一律の、変化のチャンスとなるイベント」がたくさんある時期(つまり幼い時期)なのか、その時期を過ぎつつある年齢なのか、または既に大人にさしかかっている年齢なのか、そういう点も、お子さんの今後のために、どのようなアプローチが適しているかという、判断のポイントのひとつとなるでしょう。


★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月23日 (水)

直感力が高いために、結論に意識が向かいすぎることがある。

直感力が高い方のオーラは、頭の周囲のオーラ(身体の周囲の全体的なオーラとは別のところ)が、平均的な形状とくらべて少し「縦長」な形になっています。まるでアンテナが少し上に伸びているかのような、わかりやすい形状だなと思います。

37439576_s
こういう形のオーラの方は、思考力が高く(早く)、勘もいいので、ものごとの「答え」とか「結果」がどうなるかが、瞬間的にひらめくことがよくあります。

たとえていえば、一般的な思考のしかたが、順番に階段を5段上っていくように進んでいくとしたら、直感力が高い方というのは、一段目からいきなり4段目、5段目にいってしまいます。

このように読むと、「直感力が高い人は、得だなー」「便利でいいなー」と思うかもしれません。瞬間的にさっと判断ができて、自分の中での答えが決まるというのは、効率的で役立つことになる場面は、実際に多いと思います。

しかし、そういうタイプの方は、「最終的な答えに行きつく思考は得意」だけれども、その答えに行きつくまでの「プロセス」を考えたり見つけたりすることが、苦手である方が少なくないのです(^_^;)。

階段の2段目、3段目になる思考を経由しないで、その先の答えに思考がさっといきついてしまうので、「プロセスを考えることに慣れていない」ためです。

「こうしたらいいだろう」という答えを見つけるための思考は上手です。ひらめきで一瞬にして、その領域に到達することができる方もいます。しかし、「具体的に、何をどう行動したら、そうすることができるのか」という、手段とかプロセスの部分を考えることが(慣れていないので)うまく思考をめぐらせることができない場合があります。

自分的に、できない理由がなぜかがわからないし(ああなって、こうなって、だからそうなるという思考の仕方にならないタイプなので(^_^))、そういうプロセスの部分(現実的な手段、方法など)の行動が必要であるということが、いまひとつ現実感を伴った理解とならず、目的に向かって「自分を運ばせる」ということがよくわからなかったりします。

また、そういう人は、イライラすることが多いです。いきなり結論に思考をもっていけるけれど、当然のことながら、現実が動くスピードは同じではないので、そのタイムラグが「遅い!」と感じたり、行動を伴わせていくことが、まどろっこしくなってしまうためです。

他の人よりも、結論にいたるまでのプロセスが少なくてすむゆえに、メリットとデメリットがあり、自分の得意なことは「自分にとって普通」なので、メリットに気づかずに、デメリットばかりが強調されて感じられてしまい、出口のないところへ自分を追い込んでしまうこともあります。

しかしそれは、「なぜ、そうなるかが、わかっていない」ゆえであり、わかってしまえば、こういう方は、結論にいくスピードがなにしろ速いですから(^_^)、「そうか!」という理解もはやいですね。

で、プロセスをとばしてしまう部分をどうすればいいかという点は、こういう方は、「○○をするには、こうすればいい」というハウツーのような方法を、とりあえず採用して動き出すことがいいでしょう。それが、プロセスを意識するための練習にもなりますので(^_^)。

また、苦手なところを何とかしようとするよりも、得意なことをいかすほうがいいので、「苦手であるプロセス探しは、他の人にしてもらう(という観点から、ハウツー的なものを採用する)」ほうが、自分を運ばせやすいことが多いようです。

ものごとを成すためには、無駄なプロセスは遠回りになりますから省きたいところです。しかし、必要なプロセスは当然のことながら省いてしまえばゴールに到達できません。その理解の上で、「必要なプロセスを見つける」ことが大事ですね(^_^)。


★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月22日 (火)

他人を、鏡のように「映し出してしまう」人がいます。

霊感が強い人にはわりとよく見られる傾向ですが、「周囲の他人を、自分の中に映し出す性質」を持っている人がいます。

49748852_s
自分が鏡のように、他人(その人自身)を映し出して、相手に見せる?形になるため、こういう人は、「自分に対する、他人からの評価がバラバラで一定しない」ことが多いです。

皆がそれぞれ、(鏡のように)その人自身を見るので「あなたは、優しい人ね」といったり「あなたは冷たいね」といったり、「気さく」と思われることもあれば「気むずかしい」と思われることもあります。

「他人は自分の鏡」「お互いに映し出す」のは、広い意味で言えば誰もが当てはまり、どんな人間関係にも言えることなのですが、そうした作用がとても大きく現れる人がいるのです。

そういう人のオーラは、透明なオーラといえばいいのか、でも色というよりも質感なんですよね。質感が独特で、透明のような質感をしています(色ではなく)。くすんでいることの逆、という意味とも違います。

以前の記事で、霊界との繋がりが深い人は、オーラに独特の「白っぽさ」があると書いたことがあると思います。白いオーラとは違う、あくまで白っぽさである、と。このケースもそれと似ていて、色とかではなく、質感としての「透明」なんですよね。

該当する人は、いろいろな言われ方、見られ方をするので、自分がよくわからなくなったり、人間関係がわずらわしくなったりするかもしれません。

ですが、他人からの注目を集めやすいというメリットもありますね。いろんな人が、「鏡を通した自分を見にくる」ためです。



★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月21日 (月)

他人という「鏡」に映っているのは、過去の自分かもしれません。

37274126_s
周囲の人は、自分を映し出す「鏡」である、という表現があります。

自分と周囲の人には、同じものが引き寄せ合う法則によって、似たような部分がありますから、相手の様子から自分の一部分を知ることができます。

この「他人という鏡」に映る「自分」は、リアルタイムとは限らず、昔の自分という場合もあります

少し前の自分の様子がそこに映っていると、その行為をしている相手がとっても気になってしまうのです。

他人のしていることに対して、「なぜ、そんな簡単なことも理解できないの?」とイライラすることがあるものですが、こうした感情は、過去の「そんな簡単なこと」を、知らずに苦労した自分へのイライラであることが多いです。 その人に対して、あまり好意的に思っていない場合に、そうした感情がでやすいです。

または、他人がうまくできないときに、「なんとかして、自分が助けてあげたい」とか「このようにしたら、もっと楽にやれるよ」と教えたくなることがあります。この場合は、「 過去に、同じようなシチュエーションで困っていた自分」を相手の中にみて、相手を助けることで(当時の)自分を助けたくなるのです。 その人に対して、「いい人だな」とか「親切で優しい人だ」とか、好意的に思っている場合に、この感情がでやすいです。

このように、相手という鏡で、過去の自分をみて、いろんな感情がでてくることがあるんですね。

どちらにしても、今の自分は「そこから、さらに進んだところにいる」からこそ、そうした感情がでてきます。成長している証拠です(^_^)。

こうして、相手にみているのは、自分の一部だという理解をすると、「他人は自分の過去を見せてくれるありがた存在だ」というとらえ方になれます。

忘れていたことを思い出させてくれたり、相手を助けることで、自分(の、過去に対する)感情を癒すチャンスを与えてくれたりするのですから。



★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月19日 (土)

過去の人間関係が、今の自分を支えている。

31527983_s
過去の(今は継続していない)人間関係について、「あのときもっと、こんなふうにしていたら、違った状況の今があったのではないか」とか、「今の自分の感覚で、あの頃に戻ったら、もっといい関係で付き合うことができただろうに」と、思ってしまうことがあるものです。

過去の関係を、後悔なく割り切ってしまえるのは若いうちだけですね(^_^;)。大人になれば少なからず、誰もが心の中に、そうした思い残しを抱えているものではないでしょうか。

しかし、そう思えるようになったのは、「自分が成長した」からですよね。

今になって思えば、もっと違うやり方があったと思えるような関係も、その時点ではお互いに最善を尽くしていたはずで、だからこそ「今、過去をふりかえって、そう思える自分がいる」ということです。

ある程度の年齢になれば、心の中にひとりやふたり、そういう対象がいるものではないでしょうか。それはときに切なさを与えるけれども、しかし、今とは違う記憶の中だからこそ美化もできて笑、そういう意味で自分の心の慰めにもなっていたりして、自分を支えてくれているものなんですよね。

そうして皆、過去に支えられているし、過去の思いにも支えられいて、今の自分が未来に進んでいけるんですよね(^_^)。


★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

リーディングのご感想|メール回答。

リーディングをご利用いただいたHMさんから、ご感想をお送りいただきました。ありがとうございました(^_^)。

Image55

今回、初めてメールリーディングをお願いいたしました。 この度は、お忙しいところ早速ご丁寧な説明とアドバイスをくださいまして、誠に有難うございました。

今回は、オーラの色、指導霊のリーディング、子供達に対して過剰な怒りをぶつけてしまう悩みをご相談させていただきましたところ、各項目ごとに概念の説明から始まり、細部に至るまでこちらに解りやすく親切丁寧にご説明くださいまして、大変感謝いたします。

自分の気質や物事の捉え方の傾向を知る事が出来てとてもよかったと思います。また、対人面における周囲の私に対する反応はとても納得がいくものでしたので、読ませていただいている間に苦笑いと安堵の笑いがこみ上げてきました。

指導霊のうちの一人の方について教えていただきましたが、これまでの私の人生で縁のなかった様な方からのメッセージをいただいてとても神秘的で感謝の気持ちが溢れてきました。まだまだこれから先の人生の事を考えても良いのだと励ましていただいた感じがして、希望に燃えてきました。

リカコ様が、子供達それぞれの性格をあまりにも的確に説明してくださいましたので本当に驚きました。そのお陰で、二人の性格と思考と行動の傾向から自分の反応を調整していって、態度を改めるようにできそうだと希望が持てました。

自分の短気を治すというより、これからを考えていくことに重点をおいて、怒りで自分のコップを満たさないようにするという、思ってもみなかった視点でこの問題に対処するという素晴らしいアドバイスをいただけてとても感謝いたしております。

正直なところ、私の相談が、まだ幼い子供達に関するものでしたので、私の至らない所を叱責されるであろうと覚悟しておりましたが、リカコ様は全く私を責める事なく、どうすれば良い方向にいくのか省みるべき所を踏まえて丁寧に教えてくださいました。本当にリカコ様にメールリーディングを申し込んでよかったと思いました。

子供がまだ幼いため、なかなか対面での相談に伺う事が出来ないので、メールリーディングという方法はとても有り難いです。

 
 ★リーディングのお申込みは、ミディアムリカコのサイトでご確認ください。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

 

| | コメント (0)

2016年11月18日 (金)

リーディングのご感想|メール回答。

ご利用いただいたNMさんから、ご感想をお送りいただきました。ありがとうございました(^_^)。

Image8この度は、メールリーディングありがとうございました!とても楽しく読ませて頂きました。なんか色々的中すぎて笑っちゃいました(^-^)

同時にこれまで疑問だった「出会い初めた頃にあなたの声がとよく言われる理由」とか「相手によって私の印象が違う理由」に答えをもらい、すっきりしました。

リカコさんの文脈がとても丁寧で愛情深い感じなので、こちらも素直に受け取ることができます。また機会があればお願いさせてください。

★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月17日 (木)

それぞれ、得意と苦手があるからこそ。

37052309_s


自分の得意は、誰かの苦手を助けることができます。

自分の苦手なことは、誰かの手を借りればうまくいきます。

そうして協力しあって学ぶために、人は、得意と苦手を備えて、この世に「学びにきている」のでしょう。

つまり、得意なことも、苦手なことも、両方あることは「学びのために与えられている、当然の環境」であり、全部がうまくできないことは、悪いことではないのです。

自分が、手を貸してもらう学びのためと、相手にとって、助けるという学びのためと、両方に役立つように、「うまくできている」んですね。

だから、自分が苦手なことは、誰かが上手にできるのだから、手を貸してもらったらいいし、自分が得意なことは、誰かの学びを手伝ってあげたらいいし、

「お互いさま」でやっていけば、この世はとても満たされた場所になります。



★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

仕事の悩みは、「仕事場の、人間関係の悩み」かもしれない。

39741721_s
仕事を持っている方は、仕事に関する「思い通りにいかない悩み」を、少しくらいはもっているものではないでしょうか。

一日の時間の大部分を費やすので、「そのこと」を考える時間も多くなるため、小さいこともクローズアップされやすいですし、金銭が関わることは「わかりやすい」ので、いろんな事柄のうち、仕事に関連することは、自分の中で「悩みとして認識されやすい」というのもありますね(^_^;)。

しかし、「仕事に関する、思い通りにいかない悩み」を改めて眺めてみると、「仕事そのもの」というよりも、「仕事場の人間関係」が原因となっているケースがみられます。

仕事の悩みと、仕事の人間関係の悩みは、同じ場所で起こることではありますが、内容は違いますから、ここはきちんとわけてとらえるほうがいいですね。

これをまとめて「仕事の悩み」という大枠にしてしまうと、細部に意識の焦点があたらないので、解決しにくい悩み方(^_^;)になってしまいます。


 ・業務がうまくいかないが、人間関係は問題ない

 ・業務はうまくいっているが、人間関係に問題がある

 ・業務も人間関係も、どちらも問題がある


この3種類を比べると、かなり違いがありますよね。どこに問題があるかによって、考えるべきポイントが変わります。そして、解決できるのか、そうでないのかという具体的な思考が進めやすくなります(^_^)。

大枠で「仕事の悩み」と思っていても、細かく考えてみれば、実は「人間関係の悩み」であることは多いです。

このポイントを絞って考えると、たとえば転職するにしても、「次はどうしたらいいか」を考えるときの判断材料として役立ちます。

私の知っている事例でいうと、「大勢が同じ環境で、一緒の仕事をする」という形式の職場で、まるで学校のノリのような人間関係が耐えられないという方が、「少人数で、かつ一対一で仕事をするような業種の会社」に転職した方がいました。人間関係が少ないので、ストレスが減ったとのことです。

また、別の例では、「社員の中に、派遣がじぶんひとりだけ」という環境で、人間関係の距離感が難しくて、どう振る舞っていいかわからずストレスだったので、次は「派遣が複数いる環境」の会社を選んだら、馴染みやすくてちょうどいいという方もいました。

規模の大きい会社なら、部署の異動のときに、希望を出せることもありますよね。そういうときにも、状況と自分の分析をしていれば、自分をいかしやすい部署への希望を出すこともできます。・・・ただし、自分の希望どおりにならないことも多々あるのが会社組織というものではありますが(^_^;)。

自分で選べることと、そうでないことがありますから、悩みを分析して把握しても、そのことが解決に直結することばかりではないです。けれど、ただたんとなく「大きなかたまり」のような悩み方をしているよりは、「自分が、悩みの内容をわかっておくことが、助けになることは多いのではないかな、と思います。

「仕事が自分にあわない!」と悩んでいたものの、よく考えてみたら、「ある人との関係がストレスになっているだけで、仕事そのものは条件もいいし楽しさもある」と気づいて(^_^)、「その相手を避けたいからと、この仕事を手放したらもったいない」と、そのままきりかえて頑張っている方も知っています。

「わかる」と、それなりに、いろんな方法がとれたり、考え方を変えることで、悩みそのものはゼロにはできなくても、なんとかやっていく意識の持ち方ができるようになったりします。仕事そのものの悩みなのか、人間関係の悩みなのか(意外と、こちらの悩みが多いものです)、改めて考えてみると、新たな気づきが得られるかもしれまんね(^_^)。

 

★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月16日 (水)

スピリチュアルに意識が向きすぎると、「夜型」になりやすい。

Image

スピリチュアルなことに関心をもつのは、「適切な度合い」であることが大事です。

あまりに関心が大きくなりすぎても、日常の生活のほうへ向ける意識や労力が十分でなくなります。スピリチュアルなことを、自分の人生にいかすためには、やはり現実の生活のほうにも、意識と労力を向けていくことで、ちょうどよいバランスがとられます。

バランスがとられているときは、生活全般に、自分のエネルギーとスピリチュアルなエネルギーがうまく融合して「のっている」状態となり、この2つにわけめがないので、満ちている感覚になります。落ち着いていながら充実している実感がわきます。

スピリチュアルなほうに偏りすぎているときは、現実的な生活のほうに向ける意識が少なくなって、意識のほうに掛かる比重が大きくなるので、思考の世界に入っていき、行動が少なくなります。高揚感はあるけれども、落ち着きがない、エネルギーが「上がっている」状態になって、フワフワしすぎになっていたりしますね(^_^;)。

自分でできる判断の方法として、スピリチュアルに意識が向き過ぎているときは、生活サイクルが「夜型」になりやすいです。夜になると冴えてきて、夜遅くまで起きていて、いろいろ考えているのが楽しくなってきます。

睡眠というのはスピリチュアルな行為で、寝ている間は、たましいがあちらの世界に里帰りしているといます。そういう時間帯(皆が寝ている時間帯)というのは、スピリチュアルな感性が「あちら寄り」になるので、とても冴えるものなのです。

ですから、そうしたくなる気持ちはわからないではないのですが、本来、しっかり眠ってスピリチュアルなエネルギーをチャージすべき時間帯に、眠らずにいては、気力と体力がうまく身体に巡らなくなるので、疲れやすくなります。

そうなると、考え方や、解釈の仕方がネガティブになります。冴えが違う方向にいって、他人の粗が目について、批判的になったり、夢みたいな現実的でないアイデアが、斬新でいいものだと思い込んでしまうこともあります。一方に傾いているときには、そううしたバランスが、なぜか、わからなくなってしまうことがあるものなのです(^_^;)。そこが一番の問題だと思います。

仕事の都合などで夜型になる場合は別です。けれど、現実的な必要性もないのに、夜型になってしまっている人は、スピリチュアルな方面に意識が向きすぎていないかを、振り返ってみましょう。

しかし、せっかくの「冴えた感覚」を手放すのは惜しいと、朝型の生活サイクルに戻すことに抵抗感がでてくる方もいるかもしれませんね。そういときは、現実的に生活にいかせるように「朝一番の冴え」を得るという方向に、切り換えてみてください。

しっかり眠って、スピリチュアルなエネルギーをチャージした状態でひらめいたことの中には、肯定的な「使えるアイデア」がふくまれているものなので、そこから着想をえていくように「習慣づける」ことをお勧めします(^_^)。



★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (2)

2016年11月14日 (月)

体感覚で把握するセンスは「胸の位置にあるチャクラ」が関連している。

48140521_s
スピリチュアルなセンスとして、「体感覚で、感じてわかる」というものがあります。

オーラや、エネルギーを、体感覚として、たとえば「熱感」で「暖かい気がくる」というように把握したり、「圧」を感じて「押されるような感覚」で把握する人もいます。

こうした体感覚というのは、胸のチャクラが関連しています

具体的な関連性のある事柄として、代表的でわかりやすいのは「呼吸」ですね。(他にもいろいろありますけれどね(^_^))

呼吸が深くできる人は、体感覚も優れている傾向が強いです。体感覚があまり強くない人は呼吸が浅いことが多いようです。

胸のチャクラが関連する要素は呼吸だけではないので、他にもいろいろありますから、「呼吸が浅くても、感じる力が高い」場合もありますけれど、安定してセンスを発揮するにはやはり呼吸が深くできることが条件になると思われます。

オーラの質感が、エネルギーをキャッチする網として作用しますので、エネルギーをキャッチすること自体は、質感が細かい人であれば把握できますが、

ビリッとしたとか、暖かいとかの体感覚でとらえるのは「胸のチャクラ」なんですよね(^_^)。ここが発達している人が、感じ取ることが上手です(^_^)。

ちなみに、手のひらから体感覚として感じることが上手な方もいますけれど、その場合も呼吸が深い人のほうが把握が上手です。理由は、手のひらにも小さなチャクラはあって、「手のひらのチャクラと胸のチャクラは関連しているからです。メインとサブのような関係になります。手を横に広げた図をイメージすると、なんとなくわかるかと思います(^_^)。

★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月13日 (日)

他人の分まで、頑張り過ぎているかもしれない。

何でも、全力で頑張らないと落ち着かない、他人のやるべきことも自分が代わりに行い、自分のやるべきことは誰よりも高い質で、これ以上できないというくらいにやりきらないと落ち着かない、そうして「自分を追い込むような頑張り方」をしてしまう人がいます。

自分でもなぜ、ここまで頑張ってしまうのかわからない、誰かに強要されているわけでもないのに、困ってしまうという人は、以下が当てはまるかもしれません。

年上の家族や、目上の立場の人、たとえば両親や祖父母、新人の頃にお世話になった上司などで、「同じようにいつも頑張っていて、他人の分まで動いていて、苦労をたくさんしていた人」がいる場合、その人と同じように自分が行動することで、その人の頑張りが正しいことだと証明したくなることがあります。

たとえば祖父母がとても苦労して頑張っていた人で、自分が祖父母に世話になったという思い入れが強い場合に、「同じパターンで行動をして結果を出し、祖父母の頑張り方が正しいことを、自分が周囲に証明できるように」という行動を、無意識にとってしまうことがあるのです。

正攻法のやり方(と、自分が思っている姿勢)で結果をだすことで、自分がその正しさを周囲に知らしめて恩に報いたいというのがあって、頑張りをやめてしまうと、自分もその人を否定することになる・・・かのような気持ちになってしまうのです。

こういうケースは、女性に多いです。女性のほうが、男性よりも「共感力」が高いためです。オーラ的にみても、男性よりも女性のほうが質感が細かくて、いろんなものを感じ取りやすいです。

このパターンに当てはまる人が、まず理解することは、「その人の人生と、自分の人生は(たとえ性格がよく似ていても)、それぞれ別である」ということです。

自分がその人と違う姿勢で過ごしても、恩を感じている相手の姿勢を否定することはなりませんし、尊敬しないことにもなりません(^_^)。

自分にふさわしいペースで頑張る中で、学んだことを体現していけばそれで十分です。

ただ現実的にはなかなか・・・、全力でこいでいる自転車のバランスになれていて、それが普通だと思ってしまっているので、力を抜いたら止まってしまう、という怖さがあって、緩めるのは難しいものではあります。

こういうタイプの人は、今やっていることをやめる、という方法では緩めないので、「今やっていることを、別のもう少しライトなことに置き換える(ことで、負担を減らす)」のがいいと思います。

★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月 9日 (水)

オーラと、パーソナルスペース

パーソナルスペースという言葉があって、「他人に近づかれると、不快に感じる空間」のことです。相手との、物理的な距離感ですね。

たとえば、「他人が、自分から1m以内の距離にいると、なんとなく落ち着かなくなってしまう」としたら、その人にとっては、自分から1mくらいの空間が、パーソナルスペースということになります。

スピリチュアルな観点から言うと、そうした距離感への感覚は、「本人のオーラの大きさ」と、「体感覚の強さ」と、「性別」によって、だいたいの規則性がみられるようです。

22733244_s

1,オーラの大きさ

オーラとは、その人自身が放つエネルギーです。その領域まで「自分自身」という感覚でとらえる場合、オーラのサイズが大きい人ほど、「本人が、自分の領域と認識するサイズ」も大きくなり、自分と相手との距離が、一般的にみて十分にとられていても、「近い!」「自分の領域に踏み込まれている」的な認識になってしまうことがあるのかもしれません。

2,体感覚の強さ

体感覚というのは、「暑い」「固い」「ビリッ感じる」とかの感覚のことです。こうした感覚の強さは個人差があり、強い人もいれば弱い人もいます。体感覚が平均以上にとても強い人は、エネルギーを感じる力も強いので、近い距離にいる相手のオーラを感じることがあります。具体的にイメージにしにくければ、「相手の気配」に読みかえてください。

体感覚が強い人にとっては、自分と相手との距離が、一般的にみて十分にとられていても、「相手の気配が、自分に干渉してくる」ような、「自分の領域に被ってくる」感覚になって、違和感や不快感を覚えやすいようです。

3,性別

統計的にオーラをみていくと、オーラの外側の領域までを含めると、女性のほうがサイズが大きいです(内側の、肉体に近い領域のみ比べるなら、男性のほうが大きいのですが)。そのため、女性のほうが、(1)と関連して、パーソナルスペースが広くなって、他人が近づいてくることに、敏感になる方、気にする方が多いように思います。



(1)と(2)が、結びついている人ほど、他人に近づかれることに敏感になりますね。どちらか一方であれば、それほどでもないのですが。

たとえば私自身は、オーラは大きくても、体感覚が強くないので、他人が近くにきてもあまり気になりませんね。物理的な距離感への感想としての「近いな」というのは思うかもしれませんが、それが不快感には繋がらないのは、体感覚としてエネルギーを感じる力があまり強くないからだと思います。

というように、いろんな要素の兼ね合いで、とらえ方が変わってきて、個人差とか個性が生まれるというのは興味深いですよね(^_^)。


★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月 7日 (月)

今日のメッセージ。

以下のカードのうち、気になるほうをクリックしてみてください。今日のあなたに役立つメッセージが書かれています・・・というつもりで?ご覧になってみてください。何か役立つものが拾えますように。(私が運営する、別サイトへリンクされます)

Image0073e1477733046675

H027

新しいサイト、「スピリチュアルメッセージをお届けします」も、順調に更新していて(…というか、別サイトから移転しているだけとも言えますが(^_^;))、ページ数は120Pを超えました。過去の日付で新しいものを差し込んでありますので、遡ってご覧いただけましたら幸いです。

すべての記事タイトル一覧を見る場合は、サイト上部のグローバルナビゲーションから「サイトマップ」でご覧ください(*^_^*)。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

2016年11月 4日 (金)

あなたは、好かれる人であり、認められる人です。|スピリットメッセージ

15780937_s
どうせ自分は好かれていない、という思い込みがあなたの人間関係を狭くしています。

好かれていないから、人と関わらなくていい。好かれていないなら、人に話しかけることはしない、そうしてあなたは、自分の世界に籠もっています。

あなたは、好かれても嫌われてもいません。なぜなら、人と関わっていないからです。

人と関わる機会をもてば、あなたは好かれます。評価され、認められるはずです。あなたは、人から嫌われるような性格ではありませんし、たくさんのよい特徴を備えている才能豊かな人だからです。

本当は、あなた自身もわかっているはずなのです。好かれていないというのは、事実ではない、と。

しかし、そういうことにしておけば自分を守ることができます。関わりを持たない理由と、話しかけない理由が用意されるからです。

人とのやりとりを、恐れないでください。世の中の人は、ほとんどが優しい性格をしています。あなたと同じように。

自分自身を認めて、素直になれば、あなたは好かれます。「好かれるための、意図的な行動」など何もしなくても、そのままで好かれます(人に、自ら歩み寄るという姿勢は、もちろん必要です)。

好かれないように、仕向けていくのをやめることです。好かれなければ、それ以上に嫌われることもない、という「ねじれた自分の守り方」をやめて、そのままのあなたで過ごしてください。

 

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (3)

2016年11月 2日 (水)

まずは、「実り」を、収穫するための取り組みから。

10099280_s_2

何かの行動を起こすことはすべて、 未来の実りと、刈り取りに繋がる「種まき」になります。 これまでと同じ行動をすれば、同じ種をまいていることになり 同じものが収穫できます

新しい行動をすれば、新しい種をまいていることになるので 今までとは違うものが収穫できる可能性が作られます

新しい可能性を開拓することは、今までと違う刺激という意味でも意義が大きいけれど、 新しい種まきばかりしていては、過去にまいた種の収穫をしないままで取りこぼしが多くなります。

誰もが、実り多い人生を望んでいます。

ですが新しい刺激ばかり求めていては、刈り取をせず種まきばかりしていることなりますので、せっかくの実りがありながら手に入れていないこと、自分が「そうしている」ことに気づきましょう。

自分は、まったく実りを手にできていない!と、焦りがある人ほど、 新しい種まきの行動をしたくなって、新しいことに手を広げたくなります。

自分は、種まきがたりていないから実りを得られていない、だからもっとまかなければ!と、思い込んでいるからです。

けれども、実りを得られないのは、種まきがたりないのではなく 「刈り取らないから」です。 種をまく量ではなく、刈り取りのための行動がたりていないということです。

これまで、あまり刈り取ることに意識を向けてこなかった人は、 「刈り取る行動」を意識的に行い、「刈り取りに、慣れること」が大切です。

そのためには、新しいことへの関心は最優先にせずに、 過去の経験(既に種はまいていること)から、刈り取りができそうなもの、 自分が気づいていなかっただけで、既に実っている状態のものを見つけて、そこから手をかけてみてください。

実りを得たいのに、新しい行動のほうにばかり意識が向かうのは、優先度が正しくなっていません

それは次の段階に(今の刈り取りがおわってから)することであり、 既にまいた種をいかに刈り取るかという点に、まずはフォーカスすることをお勧めします。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

| | コメント (0)

« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »