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2016年9月の4件の記事

2016年9月24日 (土)

思考力が高い人、行動力が高い人。それぞれのメリットをいかす。

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スピリチュアルが好きな人は、見えない領域の形のないものに関心があるということなので、「思考力が高い人」が多いです。

エネルギーというのは、いろんな種類があるわけでなく、すべては「ひとつ」で、それを何に対して使うかということなので、思考力が高い人は、主に思考にエネルギーを費やしています。そのため、行動のほうにエネルギーがむかわなくなりやすいです。

この世で何らかの成果を出そうと思ったら、行動が必要で、思考のみでものごととを成すことはできないけれど、「思考力をいかして、行動を最小限にすること」は可能です。いいアイデアを練って、なるべく短い距離でゴールできるような方法を考えて進むことができます。

「行動力が高い人」は、上記と同様に、エネルギーはひとつであり、それを何に対して使うかということですから、行動にエネルギーが注がれる分、思考にまわるエネルギーが少なくなります。

こちらのタイプの人は、行動の量でカバーするという方法がとれます。無駄な動きも多くなりそうですが笑、しかし、成果を出すためには必ずその前に行動が必要になりますので、行動だけが得意な人のほうが、思考だけが得意な人よりも、成果を出しやすいという特徴があります。

それぞれメリットもあれば、その裏となる(同じ要素が逆に作用する)デメリットもあります。

自分のタイプを見極めていけば、うまく自分をいかすことができ、自分の人生を実り多き方向へと運ぶこともできるでしょう(^_^)。

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2016年9月13日 (火)

まだはっきりしないアイデアを、具体的なものに落とし込んでいくには。

アイデアがたくさんひらめく、発想力豊かな人は、あたまの近くのオーラが特徴的な様子をしめしています。

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|アイデアは「上」から。

よく「アイデアが降ってくる」なんて表現を使うことがありますけれども、こうしたオーラの様子をみると、たしかに、そういうひらめきや着想というのは、「上」のほうにあるのだなあということがわかります(^_^)。

度合いの差はありますが、誰もがそうして、頭の周囲のエネルギーとしてアイデアを(思考を通して)受け取り、日常で活用してくしくみになっています。


|「下」に落とし込むことで、現実的になる。

「アイデアを、自分に落とし込む」という表現がありますよね。

発想や構想を、具体的な行動や手順として適用していくことや、そのことを理解して適用できるようにするという意味で、使われる言葉です。

これらの表現は、実際のエネルギー的な動きと連動しています。

「上」にあるものを「下」にさげることで、それは具体性が増したり、より実用的になったりと、現実味を帯びるのです。

外を歩いていると、自然とアイデアが浮かんできたとか、思考がまとまってきたという経験をもつ方は少なくないでしょう。

それは、歩くという動きや振動によって、「上」にあるものが、「下」に下がってくるからです。容器の途中に、ものが詰まっているところを、外からトントンとはじいたりして刺激をあたえると、重力で下にさがってきますよね。


|そのためには、「動き」が効果的。

「身体を動かすこと」、つまり「行動すること」は、抽象的なアイデアを、具体的なものに変化させるためのプロセスになるのです。

散歩でもいいし、掃除でもいいし、買い物に出掛けるのでも何でも、行動することで、上から下へとエネルギーがおりてきて、ものごとが具体化したり現実化したりすることになります。

私自身も、考えをまとめたいときや、何をどう行動しようかと選ぶときには、運動したり歩いたりして考えをまとめることが多いです。座って考えているのは、アイデアがうかぶことはあっても、具体的な内容の思考にむかっていきにくいので、身体を動かすことの効果を、自分の経験からも実感しています(^_^)。

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2016年9月11日 (日)

霊感的に、「不必要な思考がとまらない」状態になる人もいる。

その時点での重要性はまったく高くない、「今、考えなくてもいいこと」が頭の中を占めてしまう、常に「必要のない何か」を考え続けて止まらなくなってしまう人がいます。

一時的な状態としてそうなるケースもありますし、「常に、そうなってしまう人」もいます。後者の中には、霊感的な感性の高さが関連して、その状態がつくりだされていることがあります。

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霊感は誰にでもあるもので、あらわれ方もさまざまですが、大きくわけると、「見える」「聞こえる」「感じる」「わかる」、などがあります。

4種類のうちの、「わかる」センスのみが、飛び抜けて他より高い方は、頭にばかり意識が向かい、ということは「気のエネルギー」が集まってしまい、頭が働いてしまうことになります。

日常生活で、身体を動かして作業をしたり、仕事をしたりしているときは、適度にエネルギーが分散していくのでバランスがとられますが、「何もしていないとき」や「寝ているとき(で、しっかり眠りに入れていないとき)」には、エネルギーが一箇所の得意なことに過剰に集まって、回路に刺激を与えつづけてしまいます。

霊感的なセンスとは無関係に、思考力が高く備わっている方も、同様のことが起こりますが、前者の場合は、度合いが大きくなりやすいのです。

理由は、エネルギーに感化する領域が広くなるからです。こちらの世界のことだけでなく、あちらの世界の領域のエネルギーにも周波帯が及んでしまうので、脈絡のない半分ファンタジーみたいな、よくわからない思考が止まらない、という状態に置かれてしまうことがあります。

自分が備えている感性の幅が、キャッチできる周波数の幅(帯)なので、広く備えていると、受けとめるものも広がってしまう、というしくみです。

生まれ持った性質ですので、これを直すとか除くというのはできませんし、その必要もないですが(良い面もありますのでね(^_^))、過剰になることは改善したほうがいいので、その方法は、思考力が高いためにそうなる場合と、だいたい同じです。これまでの過去記事をご覧いただくと、参考になることはたくさんあると思います。

そして、せっかく備わっているセンスは、良い方向に使うといいですよね。そうして、使っていくと、余剰なエネルギーがあふれることがなくなるので、ちょうどい状態で器におさまっていきますから、それが一石二鳥の?一番良い方法かもしれませんね(^_^)。

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2016年9月 5日 (月)

「人生の残り時間」について、不安がでてしまうのは。

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ときどきいただくご相談で、「自分の人生も、いつかはおわりがくると思うと、とても不安になって苦しくなる。スピリチュアルを学んでいるつもりなのに、その不安が消えない」というものがあります。同様の主旨のことがブログのコメントにつくこともあります。

まず、「人生の時間が有限であること」への怖れは、根元的なものなので、誰もが少なからず「備えているもの」であり、一時的な感情としての緊張や不安とか違うので、度合いはさまざまですが「誰もがそういうもの」だと言えるでしょう。

「自分は、スピリチュアルを学んでいるのに、なぜこの不安を持ってしまうのか」という問いは、裏返せば「スピリチュアルを学んでしっかり理解していれば、不安はなくなるはずだ」と思っているからですよね。たましいはおわりなく永遠なのだから、そのことを理解すれば、個々の人生が有限であることを受け入れて不安がなくなるもの(なのに、自分はそうならないのは、学びがたりないからだろうか)という受け止め方をしているためです。

しかし、「人がスピリチュアルを理解すること」と、「人が怖れをもたないこと」は、そんなに関連しない別のことなので、どこまで深く理解しても・・・おそらくは、その件への不安はゼロになることはないでしょう(^_^;)。

幾らかは、一時的に軽減することはあっても、何度も何度も、いろんな出来事を通して、その「誰もが備えている、根元的な怖れ」がぶり返してきて、不安になったり苦しくなったりするものと思います。

ですから、それは「そういうもの」と受けとめることですね。「理解が深くなれば、この不安はなくなるはず」と思い込んでしまえば、どこまで学びを深めても、まだ十分でない、まだ何かがたりないのだろうと、どこまでもおわりなく自分を追い詰めてしまうことになります。


そうした思いは、年齢とともに増えてくるものです。まだ若いうちは、他人のそれはともかくとして、自分のそれには実感がわきません。

「この先」という時間がどこまでも続いていく道のように感じられる、ある種の万能感の中にいるのが「若さ」だからです。

ですから、「スピリチュアルを学んで、人生が有限であることに怖れがなくなる」ことがあるとしたら……、それは人生のほんの短い期間、若いうちだけのことでしょう。ずっとそのようにはいられないケースがほとんどです。

そうした感覚になる時期を、経験していない人は、「若いときに、そう改めて認識する機会がなかった(別の経験を学ぶカリキュラムだった)」というだけですから、何も問題なくそのままでいいことです。

人生のおわりへの不安は、どうしたらいいのか。答えは「その思いに対しては、何もしなくていい」ですね。「そのまま」を受けとめていきます。

なぜなら、どうにかして工夫すればゼロにできるような性質のものではないし、そのままで、怖れを抱えながら、人生を充実させていくことはできるし、楽しむこともできますからね(^_^)。

そうしていろんな思いを抱え、引き受けて、人生を過ごしていくことも学びのうちなのです。そういう難しい学びに挑んでいるのが、人という存在です。そういう受け止め方で、切り換えていくことですね。

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