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2016年8月の14件の記事

2016年8月31日 (水)

セラピストやヒーラの、セッションの回数と、体質。

ヒーリング、カウンセリング、セラピーなど、人とダイレクトに関わる仕事の全般にいえることですが、「セッションを量産するのが得意な性質をもっている人」と、「苦手とする性質をもっている人」がいるものです。

私自身は後者のほうで、セッションの回数をたくさん行うことが、体質的にとても大変になります。

過去の記事で、「受信器タイプ」と「発信器タイプ」というエネルギーの動き方について解説したものがあります。 http://lapis-lazuli.way-nifty.com/true/2016/01/post-44ed-17.html


受信器タイプの、エネルギーをキャッチする性質が強い人は、クライアントさんのエネルギーとの関わり方が、とても自分に近いところで起こることになりますし、ときに相手のエネルギーを自分が「かぶる」、または「引き受ける」形にもなります。

そうはいっても、他人のエネルギーですから、自分のものではないので、接したものがそのまま取り込まれるわけではないです。

ですから自分が引き受けてしまう作用としては一時的なものではあるのですが、回数が重なれば、さらに自分か相手のコンディションがあまり良くない状態であれば、引き受けたものが自分の中で滞ってしまうケースがでてきます。


セッションにお越しになる方は、元気でコンディションが良い状態の方は少なく、逆のケースが多いでしょうから、引き受ける側の自分のコンディションを保っておき、なるべく影響をうけないようにする心掛けは大事ですし、

さらに、どのように気を付けていても、そうした「エネルギーの動き方の特徴」そのものは変えられませんから、インターバルを十分にとるとか、セッションの回数や時間を加減するという工夫は必要になってくると思います。



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リーディングのご感想|2017年のリーディング(メール)

Yさんからご感想をいただきました。ありがとうございました(*^_^*)

そろそろ来るかなと楽しみに待ってました^ ^。

なんだかこの先もたくさんのことが展開していきそうな言葉にとても、励まされ こんなものかなと思っていた意識から、やりたいことや気になることをこの人生でやってみようというなんだか 今までの義務的な生き方から、ご褒美?人生^ ^として展開していけそうな 希望で明るくぱーっと開けた気持ちになりました。

仕事の○○をやってて気がついたのですが、私は教えることが好きなんだーといつも、感じます。その人がより良くなる手助け、ヒントやコツを伝えることってや喜びなんだなと。教えるとか伝えるってことが楽しいです。

私はリカコさんと以前スカイプ講座でお話ししたことはよく覚えてますが、たくさんの方と話されてるリカコさん。私の声のことは霊視なのかな?^ ^と思ってしまいました。不思議^ ^。

子供のころは低くて嫌いな声でしたが、大人になった今は褒められることもあって好きな一部となってたところです。認識や視点が変わると好き嫌いさえもかわってしまいますね。

 

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2016年8月26日 (金)

自分が「どんな形容詞」で、言い表されているか。

自分を知りたいとか、自分が思っている自分評価は客観的にみてどのくらい当たっているのかを知りたいときには、「形容詞」で考えてみるといいと思います。

自分は、周囲の人から「どのような形容詞で表されることが多いか」を思い出してみましょう。たとえば、「優しい」、「面白い」、「意見がはっきりしているね」、「色が白いね」等のことです。

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1.まず、他人から言われたことを思い出してみる。

いろんな人に言われた、いろんなケースや言葉をさかのぼって思い出してみます。ある程度の「量」がないと、その中での規則性や共通性が見いだせません。少なすぎると、その発言をした人の主観になってしまいますので、過去をいろいろ思い出して「量」を揃えます。

そうすると、「自分自身の事柄」をいわれている場合と、「自分のした行い」を言われている場合があることに気づきます。

 ・自分自身のこと=背が高い、カワイイ、声が大きい、など。

 ・自分のした行い=話が面白い、作業が手早い、年配の方に親切、など。

どちらが多いかによって、他者からみて「自分自身の印象が強い」のか「行いの印象が強い」のかという比率がわかってきます。 多いほうが、自分の「得意な分野」ですね。

他人が見ている自分が、実際の自分とすべて一致しているとは限りません。ですから人から言われたことがそのまま自分に当てはまるわけではないけれど、少なくとも「他人からは、このような見られ方になりやすい自分である」ことがわかります。


2,実際の自分の認識と一致するものを抜き出す。

次に、言われた内容のうち「自分でも、そうだと思う」「実際に、自分はそうである」ものを抜き出します。

他人からみてもそうで、自分でもそうだと思うなら、高い確率で「そのとおり」と言えるでしょうから、それ以上の考察はここでは行いません。


3、残ったものを分析する。

そして、残った項目をみていきます。残ったものは、「他人からはそう見えるようだが、自分では当てはまらないと思うもの」ですよね。

たとえば、「他人からは優しいという認識のようだが、自分では冷たいと思っている」というように。

それらば、「自分では気づいてない(けれど、他人はきづいている)自分」か、または「他人が、自分を誤解している箇所」となります。

本当の自分なのか、誤解されている点なのかという、ここから先の区分けは難しく、またそこまで突き詰める必要性がないことも多いので、まずはここまで作業をしてみましょう。

なんとなくわかっていることでも、こうして書き出すという作業をすることで、思考がまとまったり整理されたりして、改めて気づくことがでてくるはずです(^_^)。

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2016年8月24日 (水)

眠っている間の、たましいの活動は、記憶の深いところに刻まれる。

昨日の続きです。

眠っていて、たましがあちらの世界へ戻っているときには、この世でたずさえている「肉体」という器の制限がないので、人はより「霊的」な状態に近くなります。

あちらの世界にいる守護霊などの存在とも、それぞれが放つ周波数が近くなり、こちらの世界に意識があるときと比べて、やりとりがしやすくなり、ときにメッセージ性のあることを授かってきたりすることもあります。

ただ、そうした「あちら側」の意識に深く感化しているときほど、こちらの世界においての「記憶」としては残しておくことが難しくなります。落差が大きいほど、覚えていられなくなるものなのです。

よくスピリチュアルなセッションで、霊能者が「セッションが終わると、内容をあまり覚えていない」とか、「終わった瞬間から、頭から抜けていく」などという人がいますよね。私の場合、どちらかといえば後者のほうですが(^_^;)、それは、通常の意識と、霊的な意識の落差によるものなのです。差があるほど、覚えていられなくなります。

それと同じしくみで、寝ている間の、あちらの世界にふれている記憶も、深ければ深いほど、(普段の状態との差が大きいということなので)こちらの世界の感覚として記憶に残りにくくなり、寝ている間に戻っているたましいの世界のことは、「表面的な意識上」は、覚えていないのが普通です。

けれど「深いところにある、無意識レベルの意識上」では、ちゃんと記憶されていて、必要な場面で自然とそうした「知恵」をつかって、日々を過ごしているものです。

夢の記憶の一場面として、あちらの領域のことをメッセージ性を伴って把握することもありますが、そういうことは本当に「まれ」で、記憶がなくても知恵に「触れている」し「得られている」ものなんですね(^_^)。むしろ、深いところの事柄であるほど、覚えていられないことも多いので、そんなにとらわれなくてもいいかな、と。

夢という形で、それらしい記憶がある人も、そうでない人も、いろんな形はあるがそれぞれが知恵を授けられているというしくみを理解して、しかしそれ以上にはこだわらずに、自主性をもって毎日を過ごしていくことが望ましいと思います(^_^)。

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リーディングのご感想|固定電話。

以下は、HMさんからいただいたリーディングのご感想メールから、一部分を抜き出したものとなります。

ご利用いただき、ありがとうございました(^^)。

昨日は縁あって、長年の希望だったリカコさんのセッションを受けることが出来て、とてもとても有意義で楽しい時間を過ごすことができました。

丁寧な説明で、守護霊とはどんな存在なのか、オーラとはどんなものなのかを解説して頂いた後に、 私の守護霊からのメッセージをお伺いさせて頂いた時には、改めて守護霊はずっと私の「全て」を温かく、そして時には厳しく見守ってくださっている存在なのだと、リーディングメッセージを聞いて、背筋がピーンと伸びる想いでした。

どのメッセージも「うわ!私の日ごろの考え方、行動そのままだ!」と驚きと喜びで一杯になりました。

オーラの色の特徴から新しい発見があり、とても新鮮で嬉しくもありました。 60分間があっという間に過ぎて、本当に楽しいだけではなく、色々と考えることができる有意義なセッションでした。

リカコさんとお話しして、直接お会い出来たら、嬉しいなぁ♡と、新たな夢が膨らみました♡♡ (図々しくて、すみません。) また、お世話になると思います。 どうぞ今後ともよろしくお願いします。

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2016年8月22日 (月)

不必要な思考が、止まらなくなるときには。

頭の中が忙しく働いて、必要のないことでも考え続けてしまったり、次々にアイデアが浮かんだり(だいたい現実的でないもの、具体性のないものとなる)、過去の出来事が思い出されたりしてしまうことがあります。

そういう「不必要な思考が止まらない」状態になるのは、エネルギーが頭にばかり集まっていて、他のところでスムーズに流れていかないためです。

どこにエネルギーが集まりやすいかというのは、「その人の過剰になりやすいところ」です。過剰になるのは、「得意なこと」です。できすぎてしまうから、多くなるので。苦手なことは、そんなにたくさんできませんからね。

もとから「思考が得意な人」が、頭にエネルギーが集まりすぎてしまって、不必要なことにまでそれが止まらなくなってしまうということです。

ではなぜ、集まりすぎてしまうのかというと、その他のどこかへの「流れ」「動き」が滞っているからです。これは、どこの何が該当するかは個人差がありますね。その人の苦手なところとの兼ね合いになるので、一律にまとめることはできません。

滞っているところを特定して、そこをスムーズにしていくと改善したり軽減したりします。

多いのは、「行動しない」ことで、身体全体のエネルギーの動きが鈍くなっているか、または、「話さない(口を使わない、エネルギーを出さない)」ことで、首から下へエネルギーが巡らずに留まってしまうことなどです。

さらには、身体の機能との繋がりで、首や肩のコリや姿勢が悪いことなどが影響して、頭とその他の部分のエネルギーの連携がうまくいっていないこともあります。こちらだとわかりやすいですね、首が普段と比べて動きやすいか可動域を確認すればだいたいわかると思います。

身体の機能と内面は繋がっていますし、現実のものごとと見えない領域のことも繋がっています。

その状況に合わせて、

「行動する」「身体を動かす」「会話をする」「人と関わる」「身体のケアをする」「運動する」「休む」などから適した対応をとってみて、バランスを取り戻すとよいでしょう。

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2016年8月21日 (日)

「やめようとする」なら、入れ替えの行動を合わせて考える。

「こういう行動をやめよう」、「こういう考え方は、もうしないようにしよう」と思いながらも、なかなかやめられないことがありますよね。

止められない理由は、「その代わりの行動、またはその次を、セットで考えていないから」です。

たとえば、「偏るので、お昼にラーメンばかり食べるのをやめたい」とします。しかし、お昼を抜くわけにいかないから、ラーメンの代わりに「何か」は、食べますよね。その新しい何か、入れ替える行動を、合わせて考えていかないと、やめたいものをやめることって難しいです。

代わりの行動を想定せずに、「やめたい」ことばかりに意識が向かうと、・・・ラーメンのことばかり考えてしまいます(^_^;)。食べたい、であっても、やめたい、であっても、意識が向かう先がラーメンに集中すると、なかなか切り換えられないです。

それをやめるなら、代わりに何かの行動なりをとるわけですから、その新しいほうに意識を向けて、「やめる」と「次」をセットで考えていくほうが、切り換えがしやすいものです。

上記の例えでいうなら、ラーメンを食べないかわりに、お昼は何を食べることにするかを合わせて考えていき、やめる目的を満たすことを、新しい選択肢の中に含めたり絡めたりしていくということですね。

やめることによって、何かの余裕なり余白なりが生まれます。それを何につかうかを合わせて考えてみましょう(*^_^*)。

そのほうが、これからどうするかという建設的なものが含まれるので、(なかなか、やめられないことへのこだわりという)気持ちの上での抵抗感も少なくなるものです。

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リーディングのご感想|2017年のリーディング(メール)

OSさんからご感想をいただきました。ありがとうございました(*^_^*)

今回は最初に総括的なものがあって、その時期のテーマが掴みやすいように感じました。

来年は少し自分の方向性が定まってきそうな雰囲気のようでした。全般的に「行動」が大事になりそうなので まず動き出すことを意識できればな、と思いました。

出産後は今までとは違うペースに まだまだ余裕がなく翻弄されたり いろいろな心配も少なくないですが、 楽しみつつ、考えすぎないように気をつけたいな、と思います(^^:) 今回もありがとうございました。

 

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2016年8月20日 (土)

リーディングのご感想|固定電話のリーディング。

以下は、KKさんからいただいたリーディングのご感想メールから、一部分を抜き出したものとなります。

ご利用いただき、ありがとうございました(^^)。

守護霊さんの言葉、胸にグサグサ突き刺さりました。薄々は自分でも気がついてることでしたが、自分のあまりの未熟さにショックで頭がパニックになりました。

でも守護霊さんに教えていただいたことは胸に響きました。リカコさんはちゃんと理解できず、ポカンとしてる私にわかりやすく、色んな例えなどを使って説明して下さいました。

私がいたらないところが明確になり、落ち込むというより希望が見えたように感じます(*^^*)世界が広がりました。それはリカコさんや守護霊さんの愛が私に通じたからかもしれませんね。

本当にありがとうございました!本当にご相談させていただいて良かったと感謝の気持ちでいっぱいです。

今からはいただいた言葉を思いだし、理解しながら自分の心をを磨く行動をしていきたいと思います(*^^*)

 

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2016年8月18日 (木)

「好かれるため」と「嫌われないため」は、取り組みの方向性が違ってくる。

この記事は、特定の誰かの関心を自分に向けるという意味ではなくて、「全般的に、人から好かれたい」という思いを持っている場合の話です。

「好かれたい」なら、「好かれるための振る舞い」をすべきであり、「好かれるような自分になる」ことが必要です。

ところが、「好かれたい」のに、「嫌われないような振る舞い」をして、「嫌われない自分」になろうとしてしまう場合があります(^_^;)。

「好かれる」ことと、「嫌われない」ことを、同じだととらえてしまい、嫌われないように頑張れば好かれるはずだ、と思い込んでしまうのです。

・・・その結果、期待どおりにはいかず、「こんなに頑張っているのに、なぜ思い通りに人から好かれるようにならないのだろう?」と悩んでいる方は少なくないです。

好かれるためと、嫌われないためとでは、頑張りの方向性が違います

「好かれるための振る舞い」が、プラスを増やしていくものだとしたら、「嫌われないための振る舞い」は、マイナスをなるべく減らそう、というものになります。

マイナスを減らす努力は、言い換えると「マイナスを埋めて、ゼロに近づけようとする行為」、つまり、既にある穴を埋めて平坦にしようとするものです。

それは一般的には「いいこと」ではあるかもしれませんが、「好かれるような、自分らしさ」はその行為や状態の中には打ち出されませんよね。

上下の起伏もなにもない平坦では、嫌われる要素はないかわりに、人目や関心を引くような個性的な要素もないでしょうから、それでは願っている「人から好かれたい」には繋がりにくいということなのです。

頑張っているわりに、成果がでないのは、「そこ」に理由があります。

マイナスに目を向けるのは「嫌われてしまうことを変えたい」人がやるといい行為です。

「好かれたい」なら、プラスに目を向けていくほうがいいですね。そのほうがずっとスムーズになると思います(^_^)

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2016年8月17日 (水)

お互いの世界を尊重しながら、支え合えるのが一番いい。

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自分と違う、いろんな価値観の人と関わりながら生活をしていくということは、少なからずストレスが発生します。

いちいち説明しないと伝わらないとか、何でそちらの選択肢を選ぶかなぁとか、この価値が理解できないの?と思ったり、自分の働きが低く見積もられているように感じたり、そういうことの連続ですよね。

|それぞれの世界がある。

大人になってしばらく経てば、世の中が必ずしも自分の思いどおりにいかないことは、当然であり想定内です。だから、そのことにイライラはしなくても、「この方法をとったほうがうまくいくのに、なぜそうしないのだろう。なぜ必要性や価値がわからないのだろう」という類のことには、不愉快さや怒りがでやすいです。

なぜなら、「私が得をするために言っているのではないのに。あなたが得をすることができるのに」という気持ちが、相手がその動きをとることの期待感に上乗せされてしまうためです。

しかし、どんなに素晴らしい意見やアイデアであっても、「相手が生きている相手の世界の中」では、自分のそれは重視されないこともあれば、不必要になることも多々あるものです。


|距離をとる、または、時間を置いてみる。

自分が得をしたいという欲から発生したアクションならば、自分を省みてその思いを収めることもできるけれど、「相手のために(思い込みでなく、事実として)なることなのに」という思いは、収めるのが難しく、そこから意識を離すことも難しいものだったりします。

しかし、自分に決定権のないことの、自分の領域のことではないという、「二重に、自分から遠いこと」にとらわれていても、そこから前に進めなくなります。

そういうときは、まず一時的にその人と(可能なら)物理的に距離をとってみるといいでしょう。会う回数を減らすとか、連絡をしばらく控えるとか。それが難しければ、心の距離をとるために、自分の意識を向けていく先を、新たに作ってしまうことです。

そうすると、お互いにクールダウンができて、相手を尊重することができたり、または、相手が(以前に伝えて、採用されなかった)自分の意見の価値を理解してくれるようになったりして、よい距離感が作られることも多いものですから。

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2016年8月 8日 (月)

「直感が、当たらないこともある」のは。

ときどきセッションで、「直感が当たらないのは、どうしてなのか」と、おたずねいただくことがあります。

「自分は直感が高いほうだと思うのですが、直感があたらないことがあります。なぜでしょう?」とか、「リカコさんから、オーラが直感的な人だと言われたけれども、しかし外れることもあるのはどうしてでしょう?」と。

まず、基本的なこととして、ひらめきの全部が当たることはないです。当たらないこともあるのが普通ですから、そういうものとして受けとめてください。理由は以下のとおりです。


|「霊的な直感」と、「感情などの反応」の境目はわかりにくい

直感は、霊的なセンスの一形態であり、直感が優れていれば、平均よりずっと「わかる」センスが高いともいえます(昨日のブログ参照)が、しかし、霊感も直感も魔法ではありませんから、全部があたることは、ありません。

昨日のブログに書いたとおり、ひらめきの中には、自分のこれまでの経験や抱きやすい感情などが関連している「瞬間的な反応」も含まれてしまいます。

そして、人間の感覚としては、そうした「霊的センサーで察知して、わかったこと」と「自分の個人的な反応として思ったこと」を、完全にわけることはできません。ここの境目はグラデーションです。

むしろ、そうした曖昧さがあるからこそ、個人的な反応として思うことの延長としてセンスが発揮されやすく、直感が高く働きやすいともいえます。

余談ですが、直感が優れている人のほうが、そうした境目が曖昧になっていて……、そのため、「直感が優れている人ほど、自分でその自覚がない」ケースが多いのです。

話を戻して。「なぜ、直感力が高くても、直感のすべてが当たらないのか?」という問いへの答えとしては、大きくわけると3つ、さらにプラス1で、4つです。

(1)まずは、「人間の霊感は、100%全開にならない」ということですね。重たい肉体をまとっている状態での発揮ですから、受信にバイアスが掛かることも多々あります。

(2)そして、「ひらめき」のすべてが、霊的なセンサーで察知した直感ではない、ということです。思考や感情の反応として思い浮かぶこともあり、個人の思いの癖などがそこに絡んでいるものも含まれてしまいますから、そういうものは当たらないこともあるでしょう。

(3)人により、直感の働きやすい得意分野があります。すべてに満遍なく冴える人はまずいません。自分に関することが得意とか、他人に関することが得意とか、知人には確率が高まるが、初対面の人には働きにくいとか、過去がわかりやすい人もいれば、未来に焦点が合いやすい人もいます。自分の「当たりやすい、得意パターン」があります。逆にいえば、その範囲から離れるほど、当たりにくくなるといえます。

(4) さらにもうひとつ。当たったかどうか、という定義がそもそも難しいです。あるひらめきがあったとして、今は当たらなくても、3年後や5年後には、あるいは、そうなっているかもしれません。「これは、今のことに当てはまるに違いない」と思ってしまったのは、自分がそう結びつけただけですから、本当はもっと先のことを察知した可能性もあり、そうなると、当たったかどうかはその時点では判断ができません。霊的なことは、時間を超越しますから、ずっと先のことをとらえてしまうこともありえます。



直感や霊感というのは、こうした「曖昧さ」を多分に含んだものである、という理解をしておくことが大事だと思います。そういう前提で、備わっているものをいかすという姿勢が理想的かな、と(^_^)。

直感に助けられるとか、後押しになることは多々あるとしても、それが行動の代わりになって得をするということにはならないので、自力での動きは必要です。

当たるか、当たらないかに過度にとらわれてしまうと、自分を狭い枠に押し込んでしまいます。答えがわかるまで動けなかったり、気にしすぎて疲弊したりと、得られるメリット以上のものを、消費してしまえば、プラマイゼロになってしまいますよね(^_^;)。

人は皆、霊的なセンスをもっているから、ときにそれに助けられることもあり、いろんな形で作用しているんだなという仕組みを理解していき、あとはこだわらずに委ねていくことでしょうか(^_^)。

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2016年8月 7日 (日)

直感も、霊感の一種。

霊感というのは、「霊という存在を感知する力」のことだと思ってしまうと、偏った理解になり、実際のところからかけ離れてしまいます。それは、幅広いうちの、一種類を抜き出して、それが全部であるかのような(^_^;)とらえ方です。

多くの方は、霊が見えるとか、霊の気配を感じるとか、守護霊と通信できるとか、「存在のあるもの」を対象としたあらわれ方を、霊感と思っていらっしゃるかもしれませんね。しかし、霊感という性質のあらわれ方や、使われ方はさまざまです。

たとえば「直感」も、霊感の一種です。しかし直感には、霊という存在はあまり関連してきませんよね。しかし、霊的な感性が使われている、特徴的なあらわれだといえます。


|直感とは、内的なセンサーでわかること。

こういう説明をする際には、「この言葉を、こういう意味合いで使います」という前提を揃えておくことは大切です。

言葉というのはいかようにでも解釈されるものだから、どういう意味で、または、どこまでの範囲に、その単語を当てはめているかが揃っていないやりとりは、どちらも間違っていなくても、かみ合わないこともありますからね。

この場合の直感というのは、内的(霊的)な「センサー」によって何かを察知したり、わかったりしていることです。

いゆわる、ひらめきや勘も含まれますが、ひらめきのすべてを含めません。

(なぜなら、ひらめき全般の中には、その人のもつ恐れなどの感情が瞬間的な「反応」をみせているだけ、というケースもあるからです。「あっ!○○かも」とか「○○のほうにしよう!」と、根拠なく思い浮かんだすべてが、霊的センサーでキャッチした直感とは限らないということです)

霊感を大きくわけて、「見える」「聞こえる」「感じる」「わかる」と4種類にあてはまるならば、直感というのは、「わかる」に分類されます。

わかるというのは、「最終的な答えがわかる」とか、「答えにいきつくのが早い」とか、「答えに至るまでの本来ならばめぐるべきプロセスを、とらなくてすむ」というようなことですね。いきなり結論にいける、というようなことが「わかる」です。


|直感力が優れている人のオーラ

直感が優れている人のオーラは、頭の周囲のオーラが、平均的な人と比較した場合、「縦に伸びている」形状をしていることが、よくみられますね。

それはまるで、受信するための「アンテナ」が、高いところに設置されているかのようで、物質としてのアンテナの形状や用途と、近いものがあるのが不思議ですね(^_^)。

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2016年8月 1日 (月)

身体に近い、内側のオーラ。

身体をとりまくオーラは、7層あると言われていますよね。この見解がスピリチュアル業界?では、一般的な解釈かと思います。

しかし、中には、3層という見解もあります。私が知っている中でも、かなり著名な外国人ヒーラーの著書でも、7層という意見もあれば、3層という意見もありました。

これは、どこまでを一区切り(ひとつの層)としてわけるかによるのでしょうね。オーラのとらえ方は、人により把握しやすいところが違うこともあります。

3層ととらえる場合は、7層とした場合の内側から1~3層を「ひとつの層」としてみているのだと思われます。・・・なんだか数字が入り乱れてわかりにくいですかね(^_^;)?

この1~3の内側に近い層は、肉体と連動している要素が大きいです。現世っぽいことというか、肉体をもった現世ならではのことは、こちらに反映しやすいようです。そちらよりさらに外側にいくと、霊性とか前世とかのよりスピリチュアルな領域の要素が大きい部分となります。


|内側の3層までのオーラが、働きかけをしやすい領域。

こちらの3層までのオーラに働きかけをすると、肉体にも作用しやすいです。逆に、肉体的な行動などをしたオーラへの反映も、内側の3層までの部分に作用しやすくなります。

運動や、整体などのボディケアで、オーラに良い作用を与えるとしたら、反映するのは内側の3層が主な対象となりますね。それらの行動で、4層より上位層にダイレクトな働きかけは難しいように思います。

オーラの層ごとの状態は、隣り合った層へも波及していきますので、3層が整うと、隣の4層にも作用して、そうなると5層にも・・・という間接的な作用は、幾分はなされていきます。

いわゆるスピリチュアルヒーリングのような方式で、上位層のオーラへダイレクトに働きかけをすることは可能ですが、そうした作用を実際に与えることは簡単ではないです。

また、「なされている」「できている」ことがわかりにくい部分でもあります。内側の層だと、肉体との連動が大きいので、自覚しやすいのいですが、外側になるとわかりにくいためです。

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