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2016年7月30日 (土)

新しいチャレンジをするなら。

新しいことへのチャレンジは、自分の活動の幅をひろげたり、感性を豊かにするためにとても大切なことだけれども、新しいこと「だけ」に夢中になっても、いつまでも定まらなくなります。


|基点があってこそ、「広がり」がでる。

基点となる場所があって、そこから動いていくなら、広がりがつくられます。たとえば自分の家という場所があって、今日は隣町まで行ってみようというなら、経験済みの行動範囲が広くなったと言えますよね。

しかし、基点が定まらないまま「新しい何か探し」をしてしまうと、広がりにはなりません。新しい何かを行動したという「単体」でおわってしまいます。

「糸の切れた凧」という表現があります。凧あげになぞらえて、(本来は、糸で繋がっているので手元でコントールできるはずの)凧が制御不能になってどこかに飛んでいってしまう様子のように、気ままで成り行き任せになることを、どちらかというとあまり良くない意味のほうで(^_^;)使われる表現です。

基点がないまま、新しい何かという刺激を探してしまうと、糸の切れた凧のような動きになって、定まらなくなってしまうことがあります。新しいそれが、仮にとても素晴らしくて自分に合っているものでも、「広がり」にはならないし、繋がりもうまれません。


|二つの距離の間が、適度であること。

AとBという、別のものとの距離があって、その「間」に、いろんな感動やら解釈やらがでてきて「腑に落ちる」とか「納得する」とか「意味がわかった」という理解になります。

物理的に目の前とかの近すぎるものって見えにくいように、ある程度の距離があることは、とらえやすく理解を深くします。しかし遠すぎるものもまた、自分の把握の範囲をこえて、その位置するところも全体像も、存在すらも、わかりにくくなりますよね。

基点をもたない、新しい何か探しをしてしまうと、距離が遠くなりすぎることもありますし、AとBと「間」という空間もつくられないので、意外とそれは理解や納得につながりにくいのです。

「自分」というものがそこにあって、新しいところへ向かっていくと、動きに「方向性」が作られます。新しい何かが、バラバラで統一性のない事柄だとしても、そうした動きの「パターン」は同じですから「自分の進ませ方」がわかってくるんですよね。コツがわかったり、選び方がわかったりして効率化もできますし、得られることの度合いも大きくなったりします。

基点となるのは、「自分」であり、「今の自分がいるところ」です。

その認識をしっかりしてから、新しいことのチャレンジのほうが、いろんな意味で効果的なんですね。

まだ10代や20代に入りたての若い方なら、自分というものがわかっていませんから、新しいことに情熱のまま向かっていくのもいいでしょう。それも経験となって、未来で役立ちます。

しかしそれ以上の年齢の人なら、自分という基点がしっかししないまま、新しいことだけに向かっていけば、その勢いが大きいほどに分かりにくい状態がつくられます。

大人の感覚をもってすれば、結果からの逆算というやり方も難しくないですが、しかし遠すぎる場所からの逆算は、途中で戻る方向がわからなくなります。

まずは自分を知り、自分のいるところを把握して、その上で、広がりのためや理解のためや、刺激や楽しみのためなど、いろんな目的で、どんどん新しいことにチャレンジをしたらいいと思います(*^_^*)。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

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