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2016年6月の7件の記事

2016年6月29日 (水)

「自分が」望みと違うことをしている、と気づいたら改善できます。

好きなものと、合うものが一致しないこともあると、頭では理解していても、心がそれについていかないことがあります。

私は、「青い色の服」がとても好きなので、ほぼ毎年、1枚は青い洋服を買って、・・・しかし似合わないので着ることがないまま、人に譲ったり、流行が過ぎていって処分することになったりしています。プチプラが大多数なので大きな出費にはなっていませんでしたが。

青は、私の「薄い顔( ̄⊥ ̄)」には印象が強すぎて、服に負けてしまうので似合わないと、もういい加減わかっているのですが・・・。

それでも繰り返してしまうのは、「今は合わなくても、いつか合う日がくるんじゃないか」という気持ちがあって、「過去は合わなかったけれど、今は違うかもしれない」と思いたいからでしょうね。

ですが、今年は買いませんでした。もう学びました笑。

「ただ、好きなものを着たい」なら、似合おうと似合うまいと、着ればいいはずですが、そういう選び方をせずに、「やっぱり似合わないから、着ない」とやめるなら、「似合うものを着たい」ということになりますよね。合うかどうかという点のほうを、より重視していることになります。

ならば、似合うものを選ぶべきで、好きを基準にしていては・・・、「自分が」望みと違うことを「している」んですよね。

それに気づいたら、自分の望みと合わない動きは、やめたらいいんだと思えたら、自然と行動がそれに伴うようになりました(^_^)。

自分の望みと、周囲の状況が揃わないときにはイライラしてしまうものですが、それは他人のことを変えられないからです。

ですが、自分の望みと、自分の行動がちぐはぐなときは、自分の行動なら変えられることもあります(内容によるでしょうけれど)。

洋服の選定などはいとも簡単に変えられます。これは一例ですが、こういうことは誰にでも起こり得ることだと思います。ご自分の日常を見直すと、簡単に改善できることがいろいろあるかもしれませんね。



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2016年6月28日 (火)

尽くさないと認められない、という思い込みで自分を制限していないか。

子どもの頃に、下に妹や弟がいたり、両親祖父母ともに忙しいなどの状況で、自分の力で頑張らなければならない経験をしている方に、「自分のことを差し置いて、他人に尽くしすぎになる」ケースがみられます。

そうした状況ではどうしても、自分への大人の関心の集まり度が低くなります。手の掛かる小さい子に掛ける時間が多くなったり、それ以前に両親や祖父母に時間がなかったり。

そんな中、「何かをして役に立って褒められた」り、「成績を上げたときに、評価された」印象が強く残って、自分自身の価値を高めたり、自覚したりする基準が「他人から、役立って褒められること」に限定さてしまうことがあるのです。

そのため、大人になってもなお、どこまでも人のために一生懸命になって消耗します。

自分でも「もう、こんなことはやっていられない。自分の考え方を変えよう」と頭では思うのです。

けれども「そうしないと、自分は相手に認めてもらえないのだ」という恐れが根強くあるので、自分のほうから、相手に求められる以上に頑張ってしまう、求められていなくても先回りして気を利かせて動いてしまいます。

そして、相手から感謝されると「うれしいから、やめたくない」のと、「期待させてしまって、今さらやめられなく」なってしまい、その行動パターンからやはり抜け出すことができなくなります。

こういう場合は、その人自身が「特定の行動によって作られるメリットではなく、自分という存在の価値の認識」をしっかりと信じられるようになることが大事ですね。表面だけのハウツーでは、根本の解決とはならずに、形を変えて、相手を変えて、同じようなことがどこまでも繰り返してしまうこともあります。

自分という感覚が薄い人と、自己肯定感が低い人(で、かつ真面目で優しい人)が、上記のようなことになりやすいです。

自己肯定感を持つこと。何かをして感謝されたりしなくても、自分は自分であることを認めていく。 こうしたパターンになりやすい人にとっては、とてもとても難しいけれど・・・、自分の人生を生きるための必要なプロセスです。

「感謝されるような何かをし続けないと、自分の価値が認められない」というのは、子どもの頃の一時期の環境によって作られた、自分の「恐れ」であり、大人になった今となっては、その価値観にはまり込む必要はありません。

自分がそのパターンの行動をとってしまうことが、「そういう関係性を、他者との間に作ってしまう」原因だと気づくことが大切です。

過去のそのパターンは、過去の自分には必要だったけれど大人になった今では、もう必要のないもではないか?という考え方をしてみることですね。そうして、今の自分にふさわしい価値観とそれにみあった行動へ入れ替えてみてはどうでしょう。

そうするともっと、自分のために時間を使うことができます(^_^)。



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2016年6月17日 (金)

情報が手に入りやすい分、行動には意識的になることが必要。

今の時代、情報を得ることは簡単です。パソコンやスマホで検索すれば、ヒントも答えも見つかります。友人や知人へたずねることもできます。連絡の手段が豊富にありますからね。

しかしそのことが影響して、情報の活用の仕方が、あまりうまくない人が増えたようにも思います。これは若い方に限らず、大人も同様であるようです。

昔は、情報を得ることが簡単ではなく、いろんな手段を尽くして苦労して手に入れたものでした。図書館で調べたり、その分野に詳しい人にお願いして教えてもらったり。

そうしたプロセスが、自然と学びになっていたと思います。調べるという行為をしていくうちに、活用の仕方も一緒に身についていきます。

詳しい人に教えてもらえば、情報そのもの以外にも、プラスアルファのコツを教えてもらえることもあります。

図書館で調べることも、目的の情報にいきつくまでの空振りも遠回りも多く、そうして別の(目的ではない)情報も頭に入りますから、それらが間接的に役立つこともありました。

今は、得たい情報がピンポイントで簡単に手に入れられて時間短縮ができるかわりに、得た情報を具体的にどうすればいいかという部分について、誰かに教えてもらったり、改めて身につけたりするという別のプロセスが必要な時代のようです。

つまりは、「今も昔も、そんなに変わらない」のかもしれません。

負荷が大きいものがあれば、その代わりに得られるものがあり、負荷が小さければ、別のことで負荷が掛かってくるということで、トータルでみれば「学びを得るまでには、相応の経験値を積むことになっている」のでしょう。

今は、情報はいくらでも、そんなに苦労なく得られる時代です。

となると、その次の段階である「行動」のほうに意図的になっていくことが必要になってくると思うので、こちらのblogでも何度も、行動の必要性や、どのように行動の糸口を見つけていったらよいかをお伝えしています。

情報をどのように扱い、自分の生活の中にいかしていくかが「今の時代に生きる、私たちの学び」でもあるのでしょう。



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2016年6月 8日 (水)

他人を、自分の思い通りに動かそうとしなくても。

自分に自分の意思があるように、 他人にも、その人自身の意思があるので、自分の思うように動かすことはできません。

他人が、自分の期待するような反応をしない、自分がしてほしい言動をとってくれないときに、怒りや不満の感情が引き起こされます。

人間関係における不満とは、だいたい「そこ」に原因があります。


○○をするために、自分はこんなにがんばっているのに!という気持ちがでてくるけれど、しかし、「自分の頑張り」と、「相手を自分の思うように動かすこと」は連動しませんので、それは別の要素であると理解することが大事です。


少々話は変わりますが、このブログでよく題材としてとりあげることだけれど、「自信のあるなし」と、「ものごとがうまくいくかどうか」は、実は思っているほどの関連性がなく、それぞれ別の要素となります。

なので、「自信がないから、うまくいかない」というのは思い込みかこじつけであり、自信をつけたらうまくいく・・・なんてことはないし(自信の効果がゼロという意味ではないけれど、自信だけつけてうまくいく、などということもない)、

どうしたら自信がつきますか(うまくいかせるために)という考え方も、取り組みと解決のベクトルがあっていません。

それと同じ仕組みで、「自分が頑張ることや、我慢すること」と、「相手が自分の思い通りに動いてくれるようになること」も、思っているほどの関連性はなく、

もっと頑張っても、我慢の仕方に工夫をこらしても、効果がゼロとはいわないけれど、あまりうまくいかず、自分は消耗するだけになり、相手に強要してしまったり、何も言わないことが無言の圧力になることもあります(^^;)。


なぜ、他人を自分の思い通りにしたくなるか。

その動機となるのは「うまくいかせたいから」だと思うのです。

お互いの関係をうまくいかせたいとか、または、自分の人生をうまくいかせたい(そのために他人にこのようにしてもらえたらいい、という意味で)、さらには、協力して仕事などの作業を成し遂げたいという目的の場合もあるでしょう。

しかし、「相手を思い通りにすること」と、「うまくいかせること」も、実は思っているほどの関連性はない、別の要素なんですよね。

私たちは、なんとまあ、いろんなことを、こうもこじつけて解釈してしまっているのか・・・。こうして改めて考えると驚かされます(^^;)。

相手を思い通りにしたとしても、うまくいくとは限らず、そして、相手を思い通りにしなくても、うまくいくことも、いくらでもあります。


そう、相手を思い通りにする必要はないんですよね。

うまくいかせるために、それは必須条件ではないのです

うまくいかせるためには、「うまくいかせるための働きかけや、工夫」をすればよく、必ずしも相手に思い通りに動いてもわらなくても可能なことですから。

別の方法はいくらでもあります。そういう考え方が、自分を楽にしますね(^_^)。相手へのイライラからも、自分へのプレッシャーからも解放されて、別の方法を考えてみましょう。



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2016年6月 3日 (金)

外にでて磨かれることは、自分を鍛えて「器」を大きくしてくれます。

人が成長するためには、外の要素と関わって磨かれること(削られること(^^;))が大切です。削られるといっても、消耗することとは違って、不要なところが除かれたり、粗い部分をなめらかにしたりする効果もあります。

スピリチュアルが好きな人は、どちらかというと内的な思考を好む人が多く、外的な行動を面倒だと思うかもしれません。

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思考力に優れていれば、行動しなくてもだいたい推察がついてしまう、というセンスをお持ちの方もいますので、そうなるとますます閉じこもりたくなりますよね。それは私も似たようなところがあるから、わかります(^^;)。

思考も「行為」ですから、思考することでわかることはたくさんありますし、成長もできます。実際の行動と同じような気づきを得ることもできます。

けれど、思考というのは「逃げる」こともできるのですよね(^^;)。そのままにしておくことも、自分に都合よくこじつけて正当化することもできてしまいます。そこが、思考だけで成長しようとすることの難しい点ですね。

外にでて、人やものごとと関わりをもつと、相手の都合もありますから、自分だけのペースにはできません。相手にあわせたり、待ったり、譲ったりすることも必要になります。やらないという選択や、先延ばしの選択がとれないこともあるかもしれません(思考にはそれがありません)。

そういう負荷の掛かり方が、自分を鍛えてくれます。筋トレみたいなものですね(^_^)。自分という器の幅がでて、深さがつくられていきます。

イメージとしては、外側が削られていく分、器の形状がよりはっきりと切り出されてくるような感じでしょうか。

器が大きくなると、思考をする際にも広がりや深みがでてきて、今までとは違う角度から分析できるようになったり、違う要素を拾い上げることができたりします。

筋トレが、「伸ばしたり縮めたり」して鍛えるように、人の成長の仕方も、「思考したり、行動したり」の組み合わせが大事なのでしょう。



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2016年6月 2日 (木)

リーディングのご感想|2016年後半リーディング。

ご利用いただいたMAさんから、ご感想をお送りいただきました(^_^)。

Image8_2 リカコさんのリーディングはリーディングではあるけれど、

読めば読むほど自分次第で未来はいくらでも広げることも深めることもできるってことを教えてもらってるような不思議なリーディングですね。

また自分を客観的に見るためののツールとしても使わせてもらっています。

いつもありがとうございます。

 
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人は、「かかわり」で磨かれて成長します。

この世の学びとは、「経験すること」です。たましいの存在である私たちは、人として生きるという経験をとおして、学びを重ねています。

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経験とは、大きくわけて「自分と、その他」です。

さらに「その他」を二つにわけると、「人間関係」と「できごと、ものごと」です。人と関わること、できごとやものごとと関わることで、人は磨かれて成長していきます。

どちらも簡単ではありません。だからこそ学びになります。磨かれるというのは削られるということでもあります。自分はこうだというプライドも、自分はこうありたいという理想も、外の要因によっていとも簡単に削り取られてしまいます。

しかしそういう機会があるのはありがたいことです。だからこそ気づけることがあります。削られることによって、元の状態から変化していくこともできますからね。

その機会を得るためには、広い意味で「外にでていくこと」が大事です。

スピリチュアルが好きな人は、自分の内的な世界(観)の中にいることを好む人が多いので、外にでていかずに思考をしている時間をとりたくなるのはわかるのだけれども、「かかわり」の機会は、新しい刺激ももらえますから、思考のためにも役立ちますよ(^_^)。

外にでていくと、今までとは違う人との関わりがつくられいます。

新しい関わりは、自分の「今までとは別の面」を磨いてくれる機会となりますね。



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