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2016年4月の3件の記事

2016年4月12日 (火)

スピリチュアルな感性が高まると、霊が見えてしまうかも?と心配な方へ。

スピリチュアルに関心が高くなって、知識がついてくると、それにつれて感性も高まっていろいろ感じやすくなることがあります。

そうなったときに「このままいけば、自分はそのうち幽霊をみてしまうのではないだろうか」という不安にとらわれてしまう方が結構いらっしゃるようです(^^;)。

霊が存在しているのはわかっていても、見えなくても感じなくても、そこに実は霊がいるというシチュエーションはいくらでもあり得るとわかっていても、しかし実際に「見えてしまう」のはちょっと・・・、そうなったら怖いという気持ちはあると思います。

ですが、スピリチュアルな感度が増すことと、幽霊が見えてしまうことは、そんなに深く関連しません。

むしろ、感性があるべき方向へ高まっていくならば、浄化していない霊の領域とは引き合いにくくなり、ものごとの洞察力や推察力、叡智がひらめく直感力などの方面が鋭くなっていくことのほうが多いように思います(^_^)。

ちなみに、霊感としての見えるセンスが高い方でも、「オーラも霊も、いろんなものが見える」人もいれば、「オーラが見えるけれども、霊はあまり見えない」人もいますし、「守護霊は見えるが、いわゆる幽霊は見えない」人もいますし、見え方の特徴は本当にいろいろなのです。

 

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2016年4月 7日 (木)

具体的なひらめきと、抽象的なひらめき。

ひらめくアイデアには、「具体的な(このことを、このようにしたらいいという)ひらめき」もあれば、「抽象的で、まとまっていないひらめき」とがありますよね。

すごくいいアイデアなような気がするけれど、しかし、はっきりと形にしにくい、言葉にもあららわしにくい抽象的なひらめきは、だいたいその場だけで記憶に残らずに流れていってしまいます。

一方で、このことをこうしたらうまくいくだろう!と、すごく具体的なアイデアとしてキャッチする場合もありますよね。

具体的なアイデアというのは、多くの場合、過去にもひらめいたことの「再現」なのです。

かつて、そのことも「抽象的なアイデア」として少なくとも一度は頭の中に降りてきていて(そしておそらくは、そのまま意識にとまらずに流れていき) しばらくの時間の後に再び、以前より具体性をもったものとして「ひらめく」という形でおりてきたものです。

以前は抽象的、それがいつしか具体的になるという差ができるのは、時間が経過したことによって、さまざまな経験を重ねて理解力が増したとか、わかることが増えたとかの「受信する側の変化」によるものです。

必要なことや、自分のたましいに関連の深いことは、そうして何回もひらめきが降りてくるものなんですよね。

理解できるより前にひらめきが降りるのは、何度も(意味がわからなくても)ひらめくことで「それ」に馴染んでいき、後に「具体的にわかる」ときの浸透しやすさとして役立つからという理由もありますし、

さらには、あちらの世界にはこちらの世界のような時間という概念がないので、感性が鋭い方であればわかる時期より以前に伝わってきてしまう(自然に先取りになってしまう)、ということもあるでしょう。

だから、わからないことも必要であればいずれはわかるので、放っておいてもいいのだけれども、

私としては(いつもブログなどでもお伝えしてるように)抽象的なものでもメモしておくことをお勧めしています。そうすると、具体的なひらめきに繋がるのが少し早くなるように思いますね。書くという行為によって、一瞬でもそれに意識的になることが作用しているのだろうと思っています(^_^)。

 

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2016年4月 2日 (土)

その人が見やすい「夢の特徴」がある。

私たちは、寝ている間に「たましいが肉体を離れて、あちらの世界に里帰りしている」と言われています。

そのため、寝ている間にみる「夢」の中に、それらの要素が反映したスピリチュアル的なものを「見る」ことがあります。

どんなふうに何を見るかは、「人により」違いますし、同じ人でも「その時々」でも変わりますが、

その人が見やすい、特徴的な夢の傾向というものがあるようです。

そうした個人差がありますから、「夢で、○○を見たときの意味は、××である」という一律の定義はつけられません。その定義(が正しいと仮定した場合でも)に、当てはまる人ばかりではないからです。

いわゆる夢占いとか、夢解釈というものも、その主張している方(著者)と、同じような傾向で夢をみる人には当てはまるでしょうし、違う傾向で夢を見る人には当てはまらなくなります。

また、人による傾向というのも、そうなることが多いという程度であり、こうだという固定はされていません。人という存在はそんなに安定しているものではないので、バラツキが必ず含まれます。


夢にあらわれやすい特徴の一例として、

・「予知的に、これから起こる内容を見てしまう」、

・「その時点で、世界のどこかで起こっていることを見てしまう」、

・「こうなったらいいな、という願望が夢の内容に反映する」、

・「恐れていることが、夢の内容にあらわれる」、

・「他人から、こうしてもらいたい内容を見てしまう」、

などが、多いでしょうか。他にもバリエーションはいろいろあると思います。


私の場合でいえば、「予知的にみる」「世界のどこかで起こっていること」「恐れていること」が三大パターンです(^^;)。願望とかはほとんどみないですね。

もちろん、夢のすべてにそうした「紐解けるような意味合い」があるとは限らず、直近での視覚や聴覚からの情報が反映したり、肉体的な刺激(布団が重い等)で見てしまうこともあり、本当に「いろいろ」ですから、

意味ありげな夢をよく見るタイプの方も、こだわりすぎないこと、とらわれないことです。

「夢はいろいろで、ときどき意味をもつけれども、そうでないことも多々あるもの。夢は夢であり、それ以上でも以下でもない」、というくらいの受け止め方がちょうどよいのではないかな~と、私はそう思います(*^_^*)。

2週間~くらい、夢をメモしてみるとだいたいの傾向がつかめてきますよ

毎日は見なかったり、見ても覚えていられなかったりするのでもうちょっと掛かる場合もありますが、書く習慣をつけると、書かなきゃと思うからか記憶にも定着しやすくなるので、興味のある方は是非。

 

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