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2016年1月27日 (水)

それぞれが「与えられている時間」を、何に対して注ぐか。

「私が何年も楽しみによく見ていたブログ「うにの秘密基地」、かなり有名なブログですからご存じの方も多いと思います。

主役の「うに」君が、最近よく病院に通っている記事が載っていましたが、急に体調を崩して息をひきとったとのお知らせが載っていました。

私は猫好きではないのだけれども、見たこともさわったこともない猫なのに、なんだかとてもしんみりとした気持ちになっています。

人間の一生も、数十年という決して長くない時間だから、与えられている時間をどう過ごすかが大事なのだと改めて考えさせられました。

最近いろいろなできごとを通して思うことなのだけれども、やらなければならないことだらけで忙しくて困っているときは、「自分が、それを手放せない」からそうなってしまっているケースが多いです。

外の要因のせいでそうなっているように思えても、ほとんどは、「自分が執着している」のが原因です。

どうしてもやらなければならないことは少数で、興味や関心からやりたいこと(それが悪いという意味ではない)や、やる「べき」と思っていること、どうせやるならもっと完璧にとか、やるならこういう評価や賞賛を得たいとか、いろんな「我」が絡んでしまっているんですね。

しかしそれならまだわかりやすいほうで、自分が負うべき責任のあること以外にも、「自分がもっと頑張って、あの人やこの人を楽にしてあげないと」、と善意の気持ちや思いやりから必要以上に犠牲的になってしまうこともあり、こうなるととっても複雑で・・・「自分がそれを手放せることが、わからなくなってしまう(やめるわけにはいかないと、思い込んでしまう)」こともあります。

そうして、いろんなことが絡んで忙しくなって、しかしたくさんのことを抱えている忙しさに自負もあるという場合に、「自分がこうした忙しさを与えられているのは、霊界からのサインで、自分がより○○になるための試練である」という考え方になってしまうことがあります。

そうすると、整合性のとれないことが、繋がって意味を持つような気がしてしまうんですよね・・・。

大変さを経験する機会を与えられていて、そう「なってしまう」、そう「させられている」のだということであれば、手放さないで抱えている「理由」ができますから。

いろいろ抱えて手に余って大変な状態でも、それ以上に、やりたいことを手放す取捨選択の判断が苦しかったりして、大義名分さえあれば大変でも抱えていたいと、一方では思っているので、「そのままでいたい思いを正当化してくれる」ものを、人は皆、求めてしまうのだと思います。

でも、どうやってこじつけをしても、自分の人生は自分のもの、自分の責任のもとで推し進めていくものです。(霊界が、個人の領域にはいりこんで、ああしろ、こうしろと強要してくることはまずありません。)

得たいものが得られないのも苦しいけれども、得たいもののすべてを抱えていられないという苦しさもあり、そうしたいろいろに折り合いをつけていくこともまた、肉体という制限、時間という制限ある命をいきる私たちの学びなのでしょう。

時間は有限で、一日は24時間しかなく、身体はひとつ。人生という与えられた時間=命を何に対して注ぐか、そのことを私自身も、改めて考えさせられています。

難しいですけれどね。何を基準にしたらいいのか、正解はありませんから。結局は、「何が自分にとって一番大切なのか」に集約されるんだろうな・・・と思います。その答えがまた、難しいわけですけれどね(^^;)。

 

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