« うまく結果を出している人を観察する。 | トップページ | 種をまいてから、実りを得られるまで。 »

2015年11月 4日 (水)

不安感に押しつぶされそうになったら。受け止め方を変えてみましょう。

不安感を、何らかの方法で「薄れさせる」ことはできても、完全に除くことはできません。

そして「不安を引き起こす原因を解決する」ことも、幾らかの効果はあるけれども、根本な不安感そのものの解決にはなりません。

不安を引き起こす原因(たとえば仕事が心配だとか、人間関係が心配だとかの)と自分が思っていることのほとんどは、単にそれが表面化する「きっかけ」にすぎず、本当の原因はもっと深いところにある根源的なものだからです。

セッションでも、ご相談者さまの(表面的な)不安の原因を特定していき、ひとつひとつ解説して理解していただくというプロセスをとることはあるけれど、それはそのようにしても根源的な恐れはゼロになりませんよという点まで理解をしていただく「前ふり」のようなもので、 表面的な事柄を解決していっても、一時的な不安感のリセットにはなっても、長い目でみれば根本的な解決にはなりません。

(そのようにわかった上で、あえてとっているプロセスということです。解決して除くためではなく)

仕事が心配だから、上司との関係がうまくいかないからというのは、表面的な見せかけの原因であって、本当はもともと「先に不安感が存在している」のです。導火線はきっかけ、実際に燃える物質は別にある(導火線と火薬はイコールでない)のと同じような構図です。

不安感というものが、私たちには先に備わっていて、直面するいろんな出来事によってそれが「反応している」だけなのです。

では不安感とは何かというと、私たちが生まれたときから備わっている、この世で肉体をもって生きることの不安定感です。

この「有限の世界」を生きることは、たましいにとってはストレスの掛かる不安定なことです。時間という限りのある中を過ごしていくのですから、プレッシャーも掛かります。いろんな刺激がときに不安定感をかき立てるのです。

つまりこれは、生きている限りゼロにすることはできません。逆にいえば、こうした感覚をもっていることが「私たちがこの世をリアルタイムで生きている証し」でもあります。

こういう気持ちも含めて、私たちが「この世で経験する学びである」と受けとめて、前に歩いていくことが大事だと、私はそう思っています。

不安感が、自分の存在や意義を脅かすものだととらえれば、とても恐ろしくなりますが、これがあるからこそ、私たちはこうしてこの世を学んでいられるんだと思えば、受け止め方も変わりますよね。

不安感が、自分の外側から(他人に攻撃されることで)降りかかってくると思うから「押しつぶされそう」になるのであり、それは実は「自分の内側に存在している根源的なものだ」とわかれば、受け止め方が少しだけ変わっていくと思うのです。

反応を引き起こす「きっかけ」となるものは確かに外側からくるのだけれども、それに反応しているのは内側にあり、それは完全に除くことはできません。そして、除かなければいけないことでもありません。むしろ、それが内にあることが重さとなって、私たちはこの地上に留まっていられます。

けれど、不安定感を感じたくないという思いは自然なことです。できるなら穏やかに過ごしたいのは当然なので、そうした思いをもつこともまた否定する必要はありません。

ゼロにすることはできないという前提の上で、反応の仕方を緩やかにすることや、きっかけの刺激が少ない場所を選ぶことはできますから、そちらに取り組むのは効果的だと思います。

でもまた、何か別のきっかけで、思わぬ形の反応が引きおこされることはあり得ます。ここは、しっかり理解していただきたいです。

そうなったときに多くの人は、「なぜまたこうなったのだろう」「自分は、いつまでも変わってない」と、がっかりしたり自分を責めたり否定したりするけれど、「それは、普通」のことです。自分を責めるようなことではないし、ましてや他人から責められることでもありません。

長い人生のうちで、比較的変化の少ない安定している時期もあれば、変化の振り幅が大きい時期をすごすこともあります。自分の体調や精神面の上下も一定ではありません。そうした要素の兼ね合いで、比較的落ち着いていられるときもあれば、不安感が大きくなるときもあるという差がうまれるけれど、それは「なおった」のではなく「なおったはずなのに、なおってなかった」というものでもない、そうした揺らぎの幅をもつ「そういうもの」なのです。

たとえば、好きな食べ物は何回たべてもおいしくて、刺激になれて普通になることはあまりないですよね(一時的に飽きることはあっても)。ケーキが好きな人は、何回たべてもおいしいと感じるはずです。半年後でも、一年後でも。反応ってそういうものですよね。

私はポテチが大好きで、(あまり食べないようにしているけれど(^^;))きっとこの先、何万回食べてもおいしいと思うはずで、それはおそらく変わりません。

同じように、恐れや不安感が引き起こされること(もある、という可能性)も、ずっと変わらない、自分の反応の仕方であり、私たち人間が生まれもっている仕組みでもあるのです。(度合いは人により違いますが)

ものごとに、「良い」と「悪い」があって、悪いことをなおしつづけて良くなることがゴールで正しいと思ってしまうと、そうした自分や他人を責めまくって「現状を受け入れない状態」を延々と続けることになってしまいます。

ものごとに良いも悪いもない、(それは単なる便宜上の定義にすぎない)、いろんな不安定さも含めて全部が自分であり、世界であり、生きることである、と思っていけば、こうした経験から得られるものが変わってきます。

何を得るかはそれぞれ違うから一概には言えないけれども、少なくとも、現状を受け入れない状態では見えてこないものが見えてくる、とはいえるんじゃないかな、と(^^)。

不安感に対する受け止め方を、少しだけ変えられたら、その繰り返しで、少しずつ楽になれる部分はでてきますよ。それは不安感が無くなるのではなく、解消されるのでもなく、理解することで「必要以上に不安感を悪いものと受けとめなくなって、受け入れられる」という感じでしょうか。

こういうことも含めて、生きるってことなんだな、という考え方ができるようになります。




 ★リーディングのお申込みは、ミディアムリカコのサイトでご確認ください。

 ★ブログランキングに参加しています。1クリックお願いします。

 

|

« うまく結果を出している人を観察する。 | トップページ | 種をまいてから、実りを得られるまで。 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

とても響く内容でした。
不安を殊更に否定せずに、それが生きている証だと理解して進んでいきたいと思います。

投稿: チャッピー | 2015年11月16日 (月) 13時37分

チャッピー様

不安も含めて人生だととらえていけば、そのままを否定せずに、その上で人生を考えていくことができますからずっと建設的でいられますよね!

投稿: リカコ | 2015年11月16日 (月) 17時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« うまく結果を出している人を観察する。 | トップページ | 種をまいてから、実りを得られるまで。 »