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2014年7月16日 (水)

人との関わりを避けたい思いとの、向き合い方。

「他人と一緒にいると苦しくなる。他人は自分を攻撃してくる存在だから、関わりを持ちたくない、ひとりでいたい」と、他人との関わりを避けてしまう人がいます。

そういう人は、「苦しみとは、他人が自分へ、与えているもの」という認識をもっています。

なぜなら、人間関係の苦しみは、他人といるときに発生するものであり、自分ひとりのときには感じないからです。

そのため、苦しみが発生するのは相手に原因があるはずだ、他人との関わりを避けていればそれを経験しなくてすむ、という解釈になりがちで、そして、実際に関わりを持たなければ苦しみも生まれないため、自分の中でその解釈が正当化されてしまいます。

しかし実際には、「苦しみは、自分が生み出した感情」です。

そして、その感情が発生する「要因となる出来事を起こしたのは、他人と自分(という人間関係)」です。

どちらにも自分が関わっています。相手が一方的に、与えているものではありません。

(たとえば複数の人が、まったく同じ状況を経験しても、感情の発生の仕方は同じにならないことが、それを示していると思います)

苦しみという感情は、それぞれが生まれ持った「学びの要素」なのです。他人から与えられて手に入れるものでもなければ、自分が人生の途中で拾い上げて手にするものでもありません。後天的なものではなく、先天的に「備えている要素」です。

それが表現されていく機会が、「他人との関わり」です。他人と言葉や行動でのコミュニケーションをとる際に、それが発生して気づかされて、学んでいくようになっています。

だからこそ、学びのために他人との関わりは大切なのですが、それゆえに、「他人が、自分に苦しみを一方的に与えている」かのような誤解も起こりやすいので、この点の解釈には注意が必要です。

学びの要素といっても、苦しみを経験する必要がある的な、「罰」のようなとらえ方は不要です。苦しむ学びとは、「乗り越える学び」です。

その状況をなんとかしようと、知恵をしぼり工夫を凝らしていくプロセスで人は成長できるのです。その成長のための機会を、人は皆、お互いに与え合っているんですね。

乗り越えてしまえば、かつては苦しみに感じたものが、苦しみではなくなる場合があります。以前にはある事柄が心の傷に触れていたけれども、乗り越えた今は平気になってきた、という経験は誰もがしていると思います。

つまり、それに反応するかどうかは自分次第であり、自分が決めているのです。

そして、乗り越え、成長して大きくなっていけるのも、苦しみをなんとかしようと自分が努力をした結果です。そのきっかけは、他人が与えてくれたもの、とも言えます。

そう考えると、必要以上に自分を被害者にして(ということは、他人を加害者にして)しまうことは避けられ、恐れを意欲へと置き換えていくこともできるのではないでしょうか。

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