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2014年1月の2件の記事

2014年1月30日 (木)

具体的、分析的であること。

目的があってそれに取り組んでいくための思考は、「具体的」である必要があります。「抽象的」になっているとスタートがきれないからです。

多くの人が悩む、「頭では分かっているのに、なかなか行動できない」とか「取り組み方が分からない」ケースは、思考が抽象的であり具体的でないというのが一番の理由です。

たとえば、多くの人が目標として掲げる「成長して輝きたい!」とか、「自分らしく生きられるように!」というのは、とっても抽象的です。

「成長」とか「自分らしさ」というのは、明確な基準がなく認識しにくい要素です。

広い意味で成長に繋がる物事と考えると、ほとんど全部の行為が当てはまってしまいます。何がどうなることが「自分らしさ」といえるのか、という基準がないままでは、取り組みはしにくいですよね。

成長を目標に掲げるのが悪いということではなくて、「何を、どのように」成長させるか、というところまで考えてこそ「具体的な思考」になるのです。

期限を決めるなどの、数値を含んだ目標の持ち方をするのも有効な方法です。

または、「その文章を読んだ他人が、様子をイメージできるか」を、具体的になっている、という目安にしてもいいと思います。

「山田さんが、自分らしく輝いて生きている様子」と聞いても、・・・それをイメージすることって難しいですよね、抽象的なので。「物理的に発光している」のと、「輝いて生きている」のは違いますから(^^;)、前者はイメージできても、後者はイメージしにくいと思います。

しかし「山田さんが、出世して部下を従えて仕事をしている様子」ならば、イメージをすることが難しくないと思います。

つまり「自分らしく輝く」というよりも「仕事で認められて部下を持てるようになる」というほうが、具体性が大きいということです。

具体性が大きいことは、他人が想像しやすいだけでなく、自分自身も取り組みの行動をイメージしやすいですから、「取り組み方が分からない」という状況にはなりません。そこが大事なのです。

もうひとつ、「分析的な思考」は、文字のとおり、「分けて」思考をするということです。

あれもこれも、たくさんの出来事を複雑に結びつけては、解釈を困難にしてしまっている人も少なくないのです。

複雑に結びつけて思考をすると、高度なことをしている気分になりますが、解決や改善に向かうための思考は、シンプルに分類をしていくスタイルのほうが適しています。

問題点の認識と取り組みの方法を明らかにするためには、分析的な思考が効果的です。そうして、なるべく具体的な目標を定めていくと、行動を伴わせることができるでしょう。

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2014年1月13日 (月)

霊が見える、ということは・・・。

この世で起こる、すべての出来事は、同じ要素を持つもの同士が引き合って起こる、という「波長の法則」が関連しています。

自分の波長と、まったく引き合う要素がない人とは、出会うこともありませんし、まったく引き合う要素のない出来事も、同様に、自分が見聞きすることはなくなります。

霊を見てみたい、見えるようになりたい、という人は、少なくありません。それは、好奇心の延長として、そういう世界をのぞいてみたい、というお気持ちからだと思います。

しかし、これらの件にも、波長の法則が関係することは、覚えておいていただきたいと思います。

霊が見える、ということは、その霊と同調している(=波長が合っている)、ということです。同調していないものが、見えることはありません。それは、霊であろうと、実際の人であろうと、出来事であろうと、基本は同じです。

つまり、未浄化な霊を見てしまう、ということは、未浄化霊の波長と同調しているから見えるのです。

未浄化霊と同調してしまえば、憑依される可能性も高くなります。

皆さん、割と簡単に「霊を見てみたい」などといいますが、好奇心を満たすだけですまないリスクもあることを、理解しておくほうがいいでしょう。

未浄化な霊ではなくて、自分と親和性のある霊的存在だけを見たいから、それなら大丈夫でしょう?と、思う人もいるかもしれません。

しかし、どんな性質も、同じものが短所になったり長所になったりするのと同じで、霊が見えるセンスも、良いもの「だけ」を見る力として働くことはありません。そのときの自分の波長によって、見えるものが変わってきます。

片側の方向だけに振れる振り子は、ありませんよね。振り子は、左右均等に振れていきます。それと同じで、見える力というのは、通常、上下の幅として広がっていき、その時々で、自分の波長が下がれば、未浄化霊が見えてしまい、(それだけ、引き合う波長の幅が広がったわけですから)、同調しやすくなり、憑依もされやすくなる、というリスクも出てきます。

ということは、自分がしっかりと強いものを打ち立てていて、影響をされず、高い波長を保っていれば(そして、霊が見えるセンスがあれば)、未浄化な霊とはあまり波長はあわずに、親和性のある霊を見ていくことは、理屈の上では成り立つことになります。

しかし、現実には、その時々で上がったり下がったりのコンディションの差はどうしても出てきます。

また、たとえば狭い部屋を掃除することよりも、広い部屋を掃除するほうが労力が掛かって大変なのと同じように、自分が引き受ける波長の幅が広がっていくと、それだけ、コンディションを保つことは難しくなります。

どんなものか見てみたい、ちょっと体験してみたいという気持ちが、悪いというわけではありません。そういう気持ちが出てくることは、十分に理解できます。知らないことを、知りたい、という欲求は、自然なことでもありますから。

その気持ちが、自分の学びを押し進めるための、モチベーションになることもあると思いますので、その好奇心や興味を否定するつもりもありませんし、それが悪いとも思いませんが、

どんなことでも、何か平均よりも突出したものがあれば、その裏側には同じだけの「引き受けなければならないこと」が出てくる可能性がある、ということなのです。

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