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2013年10月の11件の記事

2013年10月31日 (木)

下の子に、上の子が意地悪をするときには。

下の子が生まれることで、上の子が、今まで自分に向いていた関心や愛情を横取りされてしまったように感じて、不機嫌になって手がつけられなくなったり、下の子に意地悪をしたりすることがあったら、「その子が、赤ちゃんだった頃の思い出話」をしてみると効果があるかもしれません。

あなたにもこんなふうに小さい頃があって、こんなことがあって・・・、あんなこともあって・・・・、とてもかわいくて、お母さんは大変だったけれど幸せだった、と。今、こうして赤ちゃん(下の子)の世話をしながら、その頃のことをよく思い出すんだよ、というように。

大人も子供も、親との関係がうまくいっている人もそうでない人も皆、「子供の頃に、親に愛情を示されたときの思い出」って、いつまでも大事に心の中に持っているものではないでしょうか。

大人ですらそのような部分はあるわけですから、まだ時間が経ってまもない小さい子供にとっては、親が自分の(さらに)小さい頃の思い出を、「楽しかった、幸せだった」という言葉とともに語ってくれたら、愛を感じて心が満たされていくと思います。

満たされているときには、他人に意地悪な気持ちには、わきにくいものです。

そのような話をして上げると、お子さん自身の不満も解消され、下の子の世話をしながらお母さん自身も、上の子のことを実際に思い出す機会にもなり、心と心の繋がを見つめ直すことができますね。

そうするとお子さんの態度が、少しずつ変わっていくケースが多いようです。

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2013年10月29日 (火)

半分霊感で、半分知識。

さっぽ先日ですが、北海道新聞に「札幌市内でも、車を持たない高齢者が、いわゆる「買い物難民」と呼ばれる状態におかれている住宅街がある」という記事が載りました。

この内容だけ見ると、「えぇっ?190万都市の札幌で何故?」と思われるでしょうが、札幌市は、全国でも有数の「面積の広い市」なんですよね。なので市内の端のほうは、街の中心とは違う様子があってもおかしくはないですが・・・、それでも、ちょっとびっくりしてしまう内容です。

これは私が直接読んだのではなく、新聞をみた家族から話し掛けられたのです。「札幌でも、買い物難民になっている人がいるって記事がでている。場所は拓北らしい」」と。

私は、そこまで聞いたところで、頭の中に、「その場所は、過去に生協の店舗があったが、閉店してしまったことが影響している」と伝わってきました。聞こえたのとは違います。伝わった、というか、分かった、というか。

「そこ、前に生協があったんじゃないかな?」と言うと、「そうらしい。新聞にも2010年にコープさっぽろが閉店になったと書いてある」と。

これは、「私の霊感によってキャッチしたこと」ですが、同時に、「私がその件について幾らか知識をもっているから、キャッチしたものを解釈できた」とも言えます。

コープさっぽろは、関西の方の感覚にするとコープ神戸と同じくらいの、全国的にもかなり大きい規模です。なので、道内でも、コープさっぽろに何かの動きがあればかなり大きくニュース等でも取り上げられます。

道外の広域のスーパーがどんどん進出してくるので、対抗するために地元のスーパーも店舗を新しくしたり、提携したりしている中、コープの店舗は昔ながらの古いものも多いし、小さいところも多いなぁ、でも会員がいるからそういうことは問題ではないのだろうか?などと、ときどき考えたりもしていました。

それらの知識や思考の習慣という「下地」があるから、今回のような伝わりを得られていると思います。

いくら霊感が強いとしても、たとえば、霊感によって、知らない漢字が読めるようになるわけではないように、「その人が持っている知識の中でしか、受けとめたことの解釈は広がらない」ものです。

世の中のことに広く関心をもって、本や新聞を読んだり、ニュースを見て考えたりすることが、私は10代の頃から習慣になっているので、わりと持っている知識の量が多いと思います。深いことは知らないのですけれどね。広く浅く、ですが(^^;)。

日々を創造的にしてくために、霊的な感性をより高めたい、と思っている方はたくさんいると思います。

そのためには、霊的なことだけに関心を向けるより、現実の知識を増やし、世の中を知ることで「底上げ」をはかっていくほうが、実は近道であり確実といえます。底上げがされると、高いところに手が届きやすくなりますからね。両方の要素があってこそ、現実にいかしていける知恵として、霊的な感性が役立つとも思います。

その実例として、説明しやすい出来事が起こったので、「このことをお伝えするための、出来事だったかも?」という気がしたので、書いてみました(^^)。

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2013年10月27日 (日)

守護霊が望んでいるのは、自力と自主性に基づく生き方。

守護、という言葉のイメージから、守護霊という存在は、私たちに降りかかる災難を払ってくれて、守ってくれて楽をさせてくれるような魔法使いやスーパーヒーローのような解釈をされがちですが、しかし実際には、彼らは私たち人間の成長を見守っている存在ですので、すべてにおいて私たちの自由意思が尊重されます。

あれこれ細かいことに口を出したり、自分で思考をして判断をするという成長の機会を奪うような介入の仕方はしてこないのが一般的です(場合によりますが、そういうことはまずしません)。

ですから、「守護霊との繋がりを深くして、霊的な知恵をたくさんゲットできれば、よい人生を過ごすことができる」、というような解釈は間違いです。

そういう生き方に、力を貸す守護霊はいません。

ときに手助けをしてくれたりヒントを与えてくれることはあるとしても、本人に自力と自主性があることが前提です。結局、判断するのは自分自身です。

そもそも、守護霊というのは、自分ととても近しい要素をもっている、広い意味でいえば自分自身ともいえるくらいの繋がりをもった存在で、自分とかけ離れた別人格がいるわけではないのです。この点の理解は大切です。

常に自分を省みて、より望ましい在り方や生き方を体現していけば、特定の行為や技法などしなくても、自然と守護霊との繋がりはより深くなっていき、日常のあらゆる出来事を通して、または、自分の思考等を通して、霊の知恵を得られるようになっています。

守護霊は、私たちが、感情や欲望に基づいた思い通りの人生を送ることや、お金や物をたくさん得ることを助けるような便利な存在ではありません。

この世での経験を通して学ぶ上で、願望を達成することは、金品を得るというプロセスから気付くことや分かることはたくさんあるので、そういうモチベーションも大事です。そういう意味で、それらの行動を助けてくれることはありますが、「それ自体が目的」になってしまうと守護霊の高い波長から離れてしまうことにもなりかねません。

自力と自主性を大事にしながら、毎日をしっかり生きていけば、自然に(守護霊という存在を意識しようとしまいと、それとは無関係に)霊的な知恵が人生に流れ込んできます。最大限に創造的な生き方もできるようになるでしょう。

守護霊を、必要以上に特別な存在と意識し過ぎることや、自分とかけ離れた存在として崇めるようなことも、行き過ぎると依存になり執着になります。そうなると自力や自主性が失われていきますから、結果として、守護霊との波長が引き合いにくくなってしまいます。

常に、自分自身が主体であることを忘れずに、この人生という機会を学んでいきましょう!

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2013年10月26日 (土)

嫁姑の問題が起こったとき。

血縁の家族とは違っていても、義理の家族となる人達とも、縁があってであったわけですから、お互いに尊重し合って大事にしていかなければならない人達です。

理想を言えばそうなるのですが(^^;)、・・・実際には、なかなか理想のとおりにはいかないこともありますよね。

ご主人と奥様が気が合って夫婦になったとしても、そのお互いの家族までもが気が合うとは限らないですし、生活習慣も価値観も違う人達と家族となるのは本当に大変です。

特に、「嫁姑の問題」が出てくることは多いと思います。

義母のほうは、若いお嫁さんの至らないところが目についてしまう、そうした至らないところは自分の息子が苦労することになると思うと、どうしても口が出てしまい、お嫁さんのほうは、義母はどうでもいい細かいあら探しをして、まるで自分をいじめているようだ、実家の母ならこんなことはないのに、と、必要以上に被害者モードになってしまったりして、溝が作られていきます。

義母の側になる人は、「それでも、自分の息子が望んで迎えた人である」という受け止め方が大事だと思います。最初は上手く出来ないことが、だんだんと出来ていくようになることで夫婦の絆が強まっていったりもしますから、彼らのそうした学びのプロセスを、もどかしさを我慢して見守ることも大事だと思います。それが愛する息子さんのためにもなるのですから。

嫁の側になる人は、大事な息子を取られたようなさびしい気持ちがある、義母さんの感情を分かってあげることですね。感情に感情で立ち向かっても、この手の問題は解決しません。相手を打ち負かすことが勝利だというような、子供じみた考え方はやめましょう。実家の親と同じようにいかないのは当たり前ですから、そんなことを持ち出しても始まりません。

お互いにほどよい距離を取りながら、尊重しあっていけたら望ましいですが、もしも対立になってしまったら、どちらかが大人になって、その問題を収めるための「理性による言動」をとることが解決に繋がると思います。

その「大人の役割」を自分がやろうと思えるか、それとも、その役割をしてくれない相手が悪いと責めるか、そこにたましいの成熟度があらわれるでしょう。

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2013年10月25日 (金)

気が合わない友人、話が合わない友人と、どう付き合うか。

人間関係というのは複雑なもので、気が合うとか好きとかの感情以外で結びつく、「形としては、一応、友達である」という関係もありますよね。

たとえば、家が近所だからとか、幼なじみだからとか、友達の友達だからという理由で、気が合うとはいえないけれども付き合いを断り切れないことがあるものです。

けれど、本心を言えば、その人との付き合いが負担になっていて、出来るなら距離を置いていくようにしたい、と思っているなら、「表面だけの付き合い」にして、「その他の友達とは、付き合う深さに差をつける」のがよいと思います。

このように文章で読んでみると、当たり前のことであって、特に目新しいアドバイスではないのですが、このような悩み方をする人というのは、「相手に合わせて振る舞いを変えるという、使い分け」が苦手なことが多いのです。

全ての人に、同じ接し方をして公平にすることが「良いこと」だと思っていて、「差をつけないようにしよう」とすることで、どんどん負担が大きくなり、自分が苦しくなっていきます。

その点を割りきって、ほどほどのお付き合いにしていくとよいのです。

頻繁ではなく、表面だけの付き合いならば、割り切って行うこともできるでしょう。

疎遠にするとか、付き合いをしないというのは、その友達関係の背景にある事情によるので、簡単にはいかない場合も多いと思います。

ならば、付き合いをしていく前提で、「どう付き合うか」を考えていくほうが建設的ですよね。

全員と同じように付き合おうとしない、そのことをまずは自分に言い聞かせましょう。

友達関係の、背景にある事情(たとえば、友達の友達である、等)が損なわれない程度の付き合いというのは、どのくらいの度合いや深さなのかを考えてみるといいと思います。

その目安がわからなければ、周囲の人はそうした付き合いをどのようにかわしているか観察してみるとヒントが得られるでしょう。

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2013年10月24日 (木)

リーディングお申込みの際の、ご相談内容についてのお願い。

ご利用いただいている皆様、いつもありがとうございます。

リーディングのお申込みの際、特に、メールでの回答をご希望の方に、お願いがあります。

お申込みの前に、必ずホームページの内容に目を通してご確認いただき、その内容にそった形でのご相談内容をまとめていただきますようお願いいたいます。中でも、一番、ご留意いただきたいのは、「相談文の文字数」と、「ある程度の具体性を持たせる」ことです。

「ひとつのご質問」につき、文章にして5行~10行程度にまとめていただくこと、それを、一度のお申込みで、スカイプだととりあえず3件(余った時間で、その他の質問をお引き受けすることは可能です)、メール回答だと4件まで、としていますから、全体で、少なくとも20~30行程度は、文章がある前提です。

長々とした日記のような説明までは必要はありませんが、しかし、一行だけ、ひと言だけ、という箇条書きのような文章それのみでは、とても、(メール回答の場合に)数千文字の回答をまとめあげることはできません。

ところが、そのようなご相談がとても多く、大変に困惑しています。大げさではなく、ここしばらく、いただくご相談の少なく見積もって半分が、そのような形でいただくご相談になっています。

たとえは、「私の資質について」といっても、何の資質なのか、あまりに範囲が広すぎます。ひと言だけでは、どこを回答していいのか分かりかねます。

「仕事の適性について知りたいです」」といっても、仕事といっても幅広く、想定している仕事の分野や働き方など、何かしらその目安となることを示していただくことなく、向いている仕事の選択肢を、霊界が回答してくれることもありません。リーディングは、お告げや占いではありません。それも、ホームページに書いてあるとおりです。

確かに、HPには、「対応できること」の項目の中に、仕事の適性について、という内容は記載してありますが、それは、その項目に沿ったご相談文をまとめていただければ、対応は可能です、という意味であり、その一言だけで、お引き受けできます、という意味ではありません。その点を、どうぞご理解くだだい。

「ひとつのご質問につき・・・」と書いてあるとおり、その5行~10行の中に、ひとつではない複数の質問を盛り込んだ文章を書いていただいていも、それを1件の質問とカウントすることは、当然ながらできません。

また、ご相談の内容に、具体性を持たせていただきたい、という点については、スカイプでもメールでも同じですが、特にメール回答の場合は、会話にて、途中のやりとりや確認がないので、最初にいただいたご相談の内容が、文章をまとめる目安のすべてとなります。

そのため、あまりに抽象的で、何を聞きたいのか自分でもわからない、というような場合の回答には、向いている媒体とは言えないと思います。メール回答は、どちらかといえば、、どのようなことを聞きたいか、だいたいの輪郭というか方向性がまとまっている場合に向いているように思います。(そうでない場合は、メールよりは、スカイプのほうがいいかもしれません)。

すべてそれらが、完全にまとまっていなくても、お引き受けすることはできます。そもそも、そこまで、自分の悩みについて自覚と認識ができていたら、相談する必要なく、ご自身で答えを出すことができるでしょう。

ですから、もちろん、だいたいのところでよいですし、ところどころ曖昧で抽象的になろうとも、文字数も多少少なかろうと、またはそれを超えようともOKで、厳密に、この形式でなければダメ、と申し上げているのではありません。

だいたいのところで、ある程度でいい、という前提で解釈した場合でも、あまりに、こちらでお願いしている要素に、そっていない内容のご相談がとても多く、・・・おそらく、その多くは、ホームページの記載を、ご確認いただいていないのではないかと、そのようにお見受けしています。

そのようなお申込みに対して、なぜ、このままの形ではお引き受けできないかの理由、どのように文章をまとめていただきたいか、どのような内容には対応できて、どのようなことがそうではないのか、その理由等、個別にメール対応をさせていただいていますが、その作業の時間的負担はとても大きく・・・、どうか、お申込みの前に、ホームページの記載をご確認いただけるよう、皆様にお願いいたします。

ご不明な点がありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。また、この件について、何かご意見等いただける場合は、コメント欄にお書きいただけましたら幸いです。

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2013年10月16日 (水)

その問題は、誰が「当事者・関係者」なのか。

何か、改善したほうがいいと思えるような、「問題」があるとして、それに、自分が働き掛けて改善をはかることが出来るのか、または、そうすべき立場にあるのか、という点を、まずは冷静に考えることが大切です。

自分の働き掛けが及ばない範囲のことに力を掛けて、自分が本来働き掛けて行かなければならない範囲を見過ごしている、ということが、しばしば起こり得るからです。

改善するための働き掛けをしたほうがいい、望ましいとは言えない、と思うような出来事や状況があるとして、それが、

(1)自分に関係することで、自分が働き掛けて改善できること。

(2)相手(または他人)に関係することで、その人自身が働き掛けて改善できること。

(3)自分と相手の、両方に関係することで、自分が働き掛けていける要素も含まれていること。

(4)上記のどれにも該当せず、何かをどう働き掛けるのが望ましいのか、分からないこと。

のうち、どこに該当する範囲のことなのかを、考えてみましょう。

相手のことや、世の中の幅広いことに対して、関心と慈悲の気持ちをもち、寄り添っていくことや、思いを馳せること、共感することなどは、とても大切であり、価値のあることです。 けれど、そういう思い自体は尊いとしても、現実として、そのことに、何らかの(思う、以外の)働き掛けがどのくらい出来るか、と考えるならば、関わることが出来る範囲には、限りがあります。

思う、という行為もエネルギーとして作用していきます。なので、具体的な行動を取らないから無意味、というわけではありません。しかし、思うのみと、行動を伴うことと、どちらが、作用が大きいかといえば、この世という物質界においては、肉体を伴った行動のほうが、作用は大きくなります。

その点も考え合わせたときに、実質、自分が、相応の成果を出すための、具体的な働き掛けが出来ることは、(1)と(3)になります。(4)は、働きかけをする以前に、その要素の把握をすること自体が難しいでしょうし、(2)については、自分のことは変えられても、他人のことは簡単にはいきません。

つまり、自分の周囲で、改善の働きかけをしたほうが望ましい、何かスムーズではない問題があるとして、それが、「自分自身のこと」か、または、「自分にも、関係すること」の、どちらかに該当することには、必要な行動をとって、状況を変化させることはできるでしょう。

しかし、それ以外については、「それは、本当に、自分が関わらなければならないことなのか」、または、「自分が働き掛けることで、改善につながるのか(自分の労力の掛けどころとして、その対象は適切なのか)」という考え方を、してみることも、大切だと思います。

たとえば、自分の子供が、学校で友達と喧嘩をしてしまった、という出来事については、親としての責任がありますから、責任者・保護者ですので、その問題に、親としての働きかけをして、解決に導いていくことはできるでしょう。

しかし、とても仲の良い友達がいて、その人が別の誰かと喧嘩をしてしまった、という出来事について、友人として、できることといえば、求められればアドバイスをするくらいで、それ以上の働き掛けを、部外者である自分が、そのふたりに対して行うことは、難しいでしょうし、ふさわしいとも言えないと思います。

何かの問題や出来事に対して、働きかけをするとき、または、するかどうかを考えるときには、「この問題は、誰に関わる問題なのか」、「その問題において、自分の立場は、当事者・直接関係者に含まれるか」、という、自分の立ち位置を考えてみると、自分が出来ることは何か、すべきことは何か、という範囲をつかみやすくなると思います。

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2013年10月15日 (火)

今、仕事があるという幸せ。

気がついてみると、世の中の大部分が「非正規雇用」になってしまっていますね・・・。私が会社員として働いていた頃を考えると、信じられないくらいの比率へと、ここ数年で進んでしまったように思います。

私のご相談者さんは、30代から40代くらいの女性が7割くらいを占めるので、別の道への転換も簡単ではない、ということで、「今はいいけれどこの先の仕事が心配になる」、という内容のご相談をたくさんいただきます。

非正規という働き方と、そして世の中の不景気と、両方の兼ね合いで、先を見通しにくくなっていることは確かだと思います。

しかしですね、それでも、今、仕事があったら幸せ、と考えたほうがいいように思うのです。

先のことは、分からないのは、どんな状況にあってもある程度は共通と言えます。そして今の時代は、多くの人が同じような状況で働いていて、先を見通せるだけの安定感のある仕事についている人は、ごく僅かですよね。

仕事がどうなるかというのは、生活に直結するので、心配にもなるけれど・・・、でも、セレブのようなあれもこれも手に入る生活とかを望まずに、今あるものに感謝して、「足るを知る」ことも大事ではないかと思うのです。

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2013年10月13日 (日)

5年先、10年先を考えるには。

たとえば、10年先を意識した計画性をもって過ごしていくことを、どのように考えたらよいのかわからない方が、結構いらっしゃるようです。

考え方の一例として、「仕事を基準に考える」ことを、まずはお勧めさせていただきます。

今、お仕事をしている方ならば、10年後を想定する際に、「今と同じ仕事を、10年後もしているだろうか」という点から、思考をしてみてください。今の年齢に10歳をプラスしたときに、同じ仕事が可能となっているか、だいたいの想像がつきますよね。

もしも、10年後は同じ仕事はしていないだろう、と思うなら、では、10年のうちのいつ頃にどんな方向へ動いていけばいいかを考えることが、計画になっていくと思います。

10年後も、同じ仕事をしているとするならば、10年のうちで変化が大きいのは(その人にとって)仕事以外の要素だととらえて、他のことを順番に考えていくとよいと思います。

今、お仕事をしていない方なら、では、10年後も同じように仕事はしていないのか、それとも、10年後には、仕事をしているつもりなのかを考えてみましょう。

お子さんが小さくて今はお家にいるけれど、いつかは仕事に復帰したいと思っている方なら、どのタイミングでどんな仕事につくかを計画していく、というように、です。

仕事が生活の中心とは限らないけれど、現実的に関わりが深くイメージしやすい要素なので、そちらを思考の糸口にしていくとよいかな、と思います(^^)。

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2013年10月 9日 (水)

大人として、過去へ感謝できるか。

現状に不満をもっているときと、自主性を持った生き方をしていないとき、人は批判的になり悲観的になるものです。

他人の存在や過去の経験に感謝をする気持ちが持てず、一方的な自分目線で世の中を見て、あれがおかしい、これが不適切と、批判ばかりするようになります。

世の中は完璧ではないから、指摘できる要素はいろいろあるけれど・・・、それでも他人が与えてくれる親切や機会の価値は、大人になるほどに分かっていくもので実感できるようになるもの、だと私は思うのです。

いろんな人が学び合っているこの世という場所で、何もかもが自分の思い通りにできないことは当たり前だと、大人になるとわかっていくようになります。

その上で自主性をもった生き方をしていれば、自分が不満になるのは世の中や他人が悪いからだ、という考え方にはならないように、思うのです。

少し前になりますが、親戚内の集まりの中で、子供の頃の話が出て「今になって思えば、中学校の部活の先生に感謝の気持ちでいっぱいだ」と言った方がいました。

「当時は、先生はそれが仕事なのだから当たり前だと思っていたけれど、部活に付き合ってくれることはものすごくありがたいことだった」

「中学生の体力についていくのは、先生だってそう簡単なことではないと今になればわかる。先生だって、自分のプライベートとか、時間をつかいたいことはたくさんあるだろうに、部活をしてくれることはなんてありがたいことだったかと、今大人になって考えるようになった」と。

確かに、そのとおりだと私も思いました。

運動があまり得意ではなかった私(^^;)にとっては、自分だけでは、出てこない思考でした。その話をきいて、そう思わせてもらう機会を得たことは本当によかったと思っています。

私は、選挙の投票の際に、会場の小学校に行くのが密かな楽しみです。雰囲気が懐かしくて、ああ自分もこんな頃があったな、とか、手を洗う石けんは今でもネットに入っているのか!とか(笑)、いろんな発見があってちょっと楽しいです。

そのたびに思うのですが、日本の教育制度は、なかなか素晴らしいんじゃないかと(^^)。

ニュースでは、あれこれ学校や先生の不手際が取り上げられるけれども、良いところが取り上げられる機会がないだけで、(良いところは、皆が、当たり前だと思っているってことではないでしょうか)、ちゃんと子供達のためになることを、考えたカリキュラムになっているように、私は思います。

先生だって人間であり、制度を作る人も人間であり、完璧でないのは当たり前です。その中で、求めすぎにならなければ、日本の精度には高い質があると私はそう思います。私は子供がいないから、たまに学校にいくときの感動が大きくてそう思うだけで、実際に子供がいる方の感想はまた違うのかもしれませんが・・・。

自分が子供の頃を思い返すと、子供なりの正義感に燃えて、学校をよくしようとか、学級をよくしようと頑張っていた活動も、全部、大人が学びの環境を与えてくれていたのであって・・・、知らずに一生懸命だった自分が「子供だったなぁ」と思うけれど(笑)、それが当時の必要な経験として、考えられたカリキュラムなのだろうなと、すべてありがたいと感じます。

小学校に掲示してある、目標を大きな紙に書いた一覧や、皆で制作した大きな絵などをみて、そんなことを考えられるので、投票はちょっと楽しみな機会なのです(^^)。

学校制度に限らずですが、過去のすべての経験は、「自分がしてきたもの」であると同時に、「与えられたもの」、ですよね。

してきたことだけにフォーカスすると、思い通りにならないことが目立つけれど、与えてもらっていたと思えば、完璧ではない十分ではない中にも、感謝の対象となることがいくつも見つかっていきますね。

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2013年10月 6日 (日)

自分の得意なことを知るには。

自分にとって得意なことは「ふつう」に思えるものです。そして、自分が苦手なことがうまくできる他人を「すごい」と思うものです。

得意なことほど、このくらい誰でもふつうにできるものだ、とか、そんなに価値はない当たり前のことだと思いがちですが、もしかしたら、自分以外の人からすると、とても難しくて、スペシャルな価値があると、評価されることかもしれないのです。

自分が思う一般的と、世間の一般的は、同じであるとは限りません。

自分ではふつうと思っていることの中に、他の人からすれば「羨ましい」「すごい」と思えるようなスペシャルが存在することがあります。

その探し方についてですが、自分ひとりだけで思考をしても、主観的になってしまって客観的にならないので、なかなか見つかりません。こういうことは、「他人が気付かせてくれる」ものです。

自分がふつうだと思っていることに対して「それ、すごいね」と意見を言ってくれる他人がいるからこそ、比較ができて、自覚ができます。

つまり、他人と関わる機会をたくさん持っている人ほど、そのような意見をいただく可能性が出てくるわけで、「他人と関わる機会とは、平均より秀でた部分を自覚するための機会」でもあるのです。

自分の長所がわからない、周囲からどのくらい評価されているのかわからない、という人の多くは、人と接することが苦手か嫌いです。そうして人間関係を遠ざけているので、自覚の機会が得られません。

人と接するのは、いいことばかりではなく、面倒なことも増えるし、時間も手間も掛かるけれども、それだけの価値がある大事なことです。人と関わるほどに、自分を知ることができます。自分が見えてくるようになります。

人間関係とは、お互いに「気付かせる役割」を、無意識のうちに行っているものなんですね。

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