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2013年7月の16件の記事

2013年7月31日 (水)

相手が一方的に投げつけた感情を、引き受けない。

相手が、自分に、いわれのない感情を一方的にぶつけてくることがあります。

そのような態度をとられてしまうような原因が自分にあって、反省しなければならないケースは別ですが、相手の一方的な思いや解釈の八つ当たりのような言動を、ぶつけられたときには、「相手が投げつけた、感情というゴミを拾わない」ことが大事です。

そのゴミの処理は作り出した相手が行うものであり、自分が拾って反応することではないのだと、冷静に自分に言い聞かせていきましょう。

そういう態度をされたら、不愉快な思いは出てくるかもしれませんが、そこで相手のペースにのって、こちらも感情的になるようなことは、何よりも自分のためになりません。

このことは、文字で読むとそのほうがいいなと受けとめることができても、実際にその状況に直面してしまうと、自分も感情を乱されてしまって、怒りや悔しさでいっぱいになってしまいます。

そして、そのことにいつまでもとらわれて、何度も思い出しては感情を混乱させ、気力を消耗しペースが崩れていきます。しかし、そうなることは、相手だけが悪いのではなく、「自分も、そうしている」のだと、理解をしていくことも必要です。

このように考えてみてください。相手がいわれのない感情をぶつけてくる、という行為があるなら、それはほぼ全面的に相手に非があります。

自分にそうされる原因がないのに、一方的に、自分を悪者にしたような文章が書いてある紙をくしゃくしゃに丸めて、いきなり投げつけられたようなもので、それはとても不愉快になり、腹も立つでしょう。

けれども、そのゴミを拾わないことが大事なのです。相手の出したゴミに、自分が反応しないことです。

ところが、多くの人は、いきなりぶつけられたことにびっくりしたり、そうした相手の非を正したいような気持ちもあったりして、つい、その紙くずを拾い上げてしまいます。

そして、中身をじっくり読んで、怒りの感情を反応させ、こともあろうに、紙をその場で捨てずに、家に持ち帰ってしまいます。

そして、くしゃくしゃの紙を丁寧に伸ばし、本の間にはさんで保管し、たびたび取り出して眺めては、当時の自分がうけた仕打ちを思いだし怒りを再燃させます。

多くの人が、このような行動をとってしまいますが・・・、一連の行動をよくよく考えてみると、最初の、感情を一方的にぶつけてくるという行動は、相手が行ったものですが、その後の反応や行動は、相手がしているものではありません。自分が自分を苦しくする行動を、わざわざしていることになります。

相手のしたことを割り切れないのは、そこで割り切ってしまったら、理不尽なことをした相手が得をして、割り切った自分がやられ損ではないか、という思いがあるからですよね。

けれど、割り切っていくことで自分が得をする面もあるのです。少なくとも、何度も感情を混乱させて消耗してしまうことは避けられます。

得をするのは相手ではなく自分だと思っていけば、割り切る気持ちも持てるのではないでしょうか。

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2013年7月30日 (火)

女性の美と健康のために、オススメの一冊。

こちらは、私がたびたびご紹介している著者の新刊です。アンチエイジングの鬼というタイトルの書籍やブログでよく知られている方ですね。

今回は「やってはいけない老ける習慣」というタイトルで、表紙に描かれている、思い込みの激しいセレブな女性、綾小路さんと、著者の勝田さんが、漫画の中で掛け合いをしていく形式で構成されています。

「○○をするなんて甘いわっ、その習慣、老けるのよっ!」

「ええっ!なんですって?」

のようなやりとりで、日常の習慣、食の習慣、美容の習慣について、綾小路さんの思い込みを正していくという内容です。

ナチュラルなライフスタイルや食生活を心掛けている方にとっては、それほど目新しい情報は載っていませんし、詳しくは書かれていないですが、その方面に興味はあるけれどもどこから取り掛かってよいのか分からない方には、漫画なので読みやすいと思います。

動画もありました。中身がよくわかると思います。

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2013年7月28日 (日)

霊的な影響の受けやすさと、「背骨」との関係(2)。

>(1)より続きます。

「今まで、こんなことはなかったのに、突然、憑依だと思われる現象が頻発するようになって困っている」というご相談を、30代後半~40代くらいの女性からいただくことは多いです。

その現象が起こっている原因はそれぞれ違うのですが、(1)でお伝えしたようなことがベースにあって、そこに、それぞれの個別の事情が「掛け合わせ」となっているパターンがよくみられます。

男性と女性は筋力がまったく違っていて、一般的に女性は、30代くらいから筋力の低下が目立ってくるようになります。よほど鍛えている人は別ですが、そうでなければ、年齢とともにじわじわと下がっていきます。

憑依などの減少と、体力や筋力の低下の関係性などはあまり意識することがないと思うので、多くの場合、「突然」にそれらの出来事が起こったように思えますが、そうなる素地は、ゆっくりと、筋力の低下という現象によって作られていることがあるのです。

これらの関係性は、意外に思えるかもしれませんが、影響を受けやすい敏感なタイプの方、とくに筋力がない女性は、知識として覚えておくと、影響を最小限にするための工夫も取りやすくなりますよね。

もともとの性質として、霊的なものと馴染みやすいタイプの人は特に、普段から出入り口の部分が感化されやすいために、連動してその部分の歪みもつくられやすいです。

肉体的な歪みがあるから霊的なものに影響される、とも言えますが、逆に、影響されることによって(見えない領域の出入り口と近い位置にある、肉体の器官が)連動して不調和を作ってしまうこともあるからです。

これは、どちらが先とも言えない、「にわとりが先か、たまごが先か」の議論ようなもので、影響の仕方は、「両方」なのです。

なので、もともと霊的な影響をされやすい敏感な人ほど、筋力を維持していくことは影響を受けにくくなる効果がありますので、思い当たる方は心掛けていくとよいでしょう。

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2013年7月27日 (土)

霊的な影響の受けやすさと、「背骨」との関係(1)。

私たち人間の体は、複数の骨と筋肉が支えています。姿勢の良し悪しは、このバランスが関わってきます。

中でも上半身を支える背骨というのは、体を曲げる、ひねるという複雑な動きに対応するため、小さい骨が積み重なっているような構造になっているため、その分、歪みやすさにも繋がります。

歪みがつくられる原因はおもに、日常のさまざまな動作による姿勢と、筋力不足です。筋力が低下すると、正しい位置に姿勢をキープする力も弱くなります。

過去にも繰り返しお伝えしていることですが、霊的なエネルギーの出入り口となるのは、おもに、「首の後ろ側」と、「肩甲骨の間の付近」です。

出入り口といっても、たとえば口や耳のように物理的な肉体の器官として存在しているわけではなく、見えない領域の器官になりますが、物理的な肉体と、見えない領域の器官は連動していますので、どちらかに作用がなされると、もう一方にもその影響が起こります。

物理的な肉体として、背骨の位置が乱れてしまうことは、それと近い位置にある、エネルギーの出入り口となるところも、連動して歪んでしまうというか、そこに容易に入り込める「隙」が作られてしまい、影響をうけやすくなることがあります。

「影響をうけにくくするため」には、精神的な部分だけでなく、このように肉体の関連する部分を整えていくことを心掛けることも大事です。

物理的な面からのケアとしては、上手なカイロプラクティックや整骨の施術等で、骨の位置を整えてもらうことは有効だといえるでしょう。何でもよいわけではなく、上手なところを探すことが大切です。

そうして整えても、また普段の生活習慣等で歪みはつくられてしまうとはいえ、まずは、その状態を一時的であってもリセットすることには相応の効果はあると言えます。得に、既に影響をされていて辛い、という人には、手っ取り早い対処法のひとつになります。

そしてもうひとつ、平行して、筋力を下げない工夫、つまり適度な運動を出来る範囲でしていくことです。特に背筋と腹筋です。こちらは、取り組みの効果が出るまでにはかなり時間はかかると思いますが、生活の中に無理のない範囲での運動を取り入れることは、影響のされにくさに確実に繋がっていくでしょう。

>(2)に続きます。

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2013年7月25日 (木)

それを楽しいと思うか、という基準。

ある事柄を行うかどうかついて、それをやるべきか否か、とか、正しいか間違っているか、のような、理性的で常識的な判断をすることも大事ですが、ときには、それを行うことが「楽しいか、楽しくないか」という、感情に基づいた基準で考えることも大切です。

特に真面目で責任感が強い人は、楽しさという感情による判断基準を、不適切なもののようにとらえてしまうことがあるので、柔軟に考えることを意識しましょう。

楽しさという感情「だけ」の判断は、結果として思ったようにいかないことも少なくないので、冷静さをもって多面的にとらえていくことは大事なのですが、しかし、かといって、感情を全否定した常識による判断が、よい結果になるとも限りません。

いつも楽しいとかやりたいとかの感情だけで行動をして、失敗を繰り替えしているような人に、「楽しいかどうかだけで判断をしても、物事はうまくいかないよ」と、助言をすることは有意義となるでしょう。

けれどそれは、そういうタイプの人にとって有意義な考え方になる、ということであって、すべての人のすべての行動に当てはまるわけではありません。

逆に、いつも理性や常識だけで判断している人にとっては、たまには楽しさを基準にした行動をとってみるほうが、いつもと違う結果を手にすることができ知識や知恵が増えていくこともあるのです。

感情だけになってしまうのも、感情をすべて排除してしまうのも、どちらも極端すぎますよね。

適切なバランスをとっていくためにも、理性も感情もどちらも相応の意味があるものとして受けとめていくことが大事です。

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2013年7月24日 (水)

チャンスがめぐってきたときの考え方。

この世で起こるすべての出来事は、何らかの意味をもつ必然であり、偶然に展開することはありません。

自分にとって、望ましいチャンスといえるような出来事がめぐってきた場合も、そこには意味があり、スピリチュアルな法則が作用していることになります。

チャンスが自分のところにやってきた、ということは、試してみることに学びがありますよ、という意味だったり、または、そのチャンスと遭遇することで何かに気付いてください、というお知らせの意味を持っていることもあるでしょう。

けれど、チャンスとは偶然ではないので、それを手に取れば思い通りの成功を得られるはずだ、とまで定義をつけてしまうのは、期待と思い込みが強くなりすぎていて、また、「偶然ではない」という言葉を狭い範囲でとらえすぎています。

この世の出来事はすべて、私たちを成長させてくれる学びの要素であって、そこに物質的な成功が伴うことももちろんあるけれども、そうかといって成功することだけが目的ではありません。

上手くいかない経験から学ぶこともたくさんあり、そうした経験を「させられてしまう」こともあるでしょうし、人間の側からみて無駄な遠回りに思えることも、スピリチュアルな観点からすれば、「大きく成長するためのチャンス」になることもあるわけです。

そのようなスピリチュアルな価値観に基づく理解をすれば、チャンスがきたということは成功するはずだ、という受け止め方は、少々短絡的であり狭い範囲の思い込みになっていることが分かると思います。

チャンスがやってくることは、必然であることは事実なので、そのタイミングを信じて頑張っていくという考え方も、もちろんよいのです。

しかし、それを現実的に成し遂げていくのは自分の力があってこそ、です。

チャンスというのは、自力を発揮するきっかけだととらえて、冷静に自分の力や状況を分析して判断をしていきましょう。

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2013年7月22日 (月)

メール回答の中での表現について。

メール回答の中で、「守護霊の方が、・・・」、「霊界が、・・・」という、表現を使い分けることがあります。

守護霊の方が・・・、というのは、言葉のとおりご依頼者さまの守護霊の方が伝えてくる内容です。

霊界が伝えてくること、というのは、ご依頼者さまの守護霊以外の、霊的存在が伝えてくることひとまとめにしています。たとえば、私の守護霊が伝えてくる場合や、ご依頼者さまの守護霊というわけではないのだけれども、何らかの理由があって、そのときだけ、メッセージを伝えにやってくる場合などです。

または、私自身の霊能力により、いわゆるアカシックリーディングなどと言われる領域を読み取って把握する場合なども、それは「特定の誰かが、伝えている」という形では(厳密にいえば、私の守護霊が関与している、とはいえ)ないのですが、便宜上、その場合も、同様の表現を使って文章にまとめることもあります。

そのすべてを逐一説明していると長くなりますし、お伝えすることの本筋からも外れてしまいますので、「ご依頼者さまの守護霊の方」と、「それ以外」とに、大まかにわけさせていただき、後者のほうは、すべてを「霊界から」という表記にさせていただいています。

といっても、その二つに、明確に線を引けるような区分けがあるわけではなく、どちらも影響しあっています。

なぜなら、「ご依頼者さまの守護霊のメッセージをお聞きすることも、私自身の守護霊の助けや、私自身の霊能力があってこそ」、であり、逆に、「私自身の霊能で把握することも、ご依頼者さまの守護霊の関与や許可がゼロではない」、影響しあっている部分もあるからです。

そのため、いままであまりきちんとその違いについての説明をしていませんでした。

明確な定義はつけにくいので・・・、説明することで、かえって分かりにくくなってしまうかな、と思っていたのですが、ここ最近、表現の差は何か、というご質問をいただくことが多いので(そう思われるのも、当然ですね、失礼しました)、書かせていただくことにしました。

なんだか、分かりにくい説明かもしれませんが・・・、表現の使い分けの、だいたいの区分けを理解していただければと思います。

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2013年7月21日 (日)

自宅の部屋を、片付けられない。

片付けることが極端に苦手な人っていますよね。

どんな状況であろうと一切できない人もいれば、特定の状況のときだけ出来るとか、自分の部屋だけ出来ない人もいれば、いろいろなパターンがあります。

今回は、「学校や会社では出来るのに、自分の家では、なかなか同じように片付けられない」ケースについて書いてみます。

人にはそれぞれ得意分野・苦手分野がありますから、片付けが苦手であること自体を、それ以上にもそれ以下にもとらえることなく、まずは、受けとめていきましょう。その上で、改善のためにはどうすればよいかという対処法を考えていきます。

「家ではできないが、会社なら出来る」ならば、取り組み方の問題であることが多く、家でも相応の工夫をしていけば成果は上がっていくと思います。

まずは、分析をすることです。会社と、自分の家との違いはどこにあるのか、思いつく要素をあげてみます。

・会社は、自宅と違って、仕事に必要なものだけがあり、余計なものがない。

・会社は、自分や家族以外の、他人の目がある。

・会社は、物の置き場所が決まっている。

・会社は、定期的な清掃や整理整頓の習慣が組み込まれている。

こんな感じでしょうか。

つまり、家では、不要なものも余計なものもたくさんあり、他人の目もなく、物の置き場所も決まっていなくて、定期的な掃除の習慣もないことから、だんだんと適当になっていくパターンですね。

両者の差について、明確にしていけば、取り組みのポイントも分かりやすくなります。

まずは、取り掛かりやすいところから、不要なものを処分すること(物を減らすこと)と、物の置き場所を決めること、そこから、出来る範囲でやってみましょう。

そのような取り組みの手法や思考の進め方の問題ではなく、その人の持っている個性・性質として、片付けができない人も、少なからず存在します。

そのような場合は、片付け以外にも、物事の優先度、時間の感覚、人との距離感など、さまざまな認識が、平均と比較して全般的に苦手になることが多いように思います。 

しかし、「会社では出来るのに、家では出来ない」という場合は、単に取り組みの仕方が身についていない、会社で出来ているパターンを、家のパターンに応用できていないだけ、のことが多いので、今回はそちらについての対処法のみ取り上げています。

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2013年7月19日 (金)

幸せに気づく、ということ。

悩みや不安がいっぱいで、心が苦しいときには、「悩みや不安がいっぱいあるから、幸せになれない」という、「思い込み」を持ってしまいます。

それは逆に言えば、「悩みや不安を解消すれば、幸せになれるだろう」という思い込みでもあります。

落ち着いてよく考えてみれば、「悩みや不安があること」と、「幸せでいられるかどうか」は、別のことではないでしょうか。

それらの要素が、まったく連動していないわけではないでしょうが、しかし、悩みがあっても、不安がいっぱいでも、そのままで、幸せになることはできます。

たとえば、今、こうして生きていること、この人生という学びの機会を得ていること、大切な人達と思いや行動を分かち合っていけたら、それは「幸せ」なことですよね。

幸せに「なれる」か、というのは、幸せと「思える」か、ということでもあるので、つまりは自分の受け止め方次第です。

もしも今、あなたが幸せと思えないとしたら、それは、こうあらねば幸せではない、という思い込みと決めつけがあるため、かもしれません。

生きていれば、悩みも不安も、次々と発生してくるのは当然です。それもこの世の学びだからです。

でも、それらを抱えたままでも、幸せになることはできます。喜ぶことも、楽しむことも、笑顔になることも可能です。

「幸せになる」とは、「(今ある)幸せに、気付く」ことでもあると思うのです。

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2013年7月17日 (水)

選択だけで、すべてが決まるわけではない。

複数の選択肢から、どちらの道を選ぶかなかなか決められず、悩み、迷うことがありますが、そういうときは、選択の中に「正解」と「間違い」という「決まったもの」が存在していて、そこから正解を見つけなければならない、という狭い範囲の思い込みにととらわれてしまうことが多いようです。

実際には、どんな状況の選択にも言えますが、明らかな正解も間違いもなく、どちらを選ぶとしても選んだ道なりの学びがあり、それに見合った現実の出来事が展開していく、というだけです。

複数の選択肢において、その時点における、「どちらかといえば、自分に合っている道」とか、「現時点では望ましいと思える方向」というくらいの、明確ではない程度の優劣は存在するでしょう。

しかしその場合でも、どちらを選んでも相応の道が続くのであり、間違いを選んでそこで終わり、というようなことにはなりません。

選択に際し、悩み迷ってまったく決断ができない人の多くは、その選択がすべてを決めてしまうかのような思い込みがあり、選択した「その後」があることが、思考から抜けてしまっているように思います。

結果がどうなるかは、「その選択」によってのみ決まるのではなく、「選択した、その後」も含めて作られていきます。つまり、何を選ぶか、または選ばないか、だけでなく、その選択とその後を、自分にとっての「正解に、していける」ような、行動が大事だということです。

自分の意向を反映した選択ができずに、その時点では不満や不安がいっぱいだったとしても、その後の努力や工夫によって、「自分にとっての正解」に、「していく」ことは可能なのです。

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2013年7月16日 (火)

まっくろくろすけ?考察(1)。

宮崎アニメの中に、「まっくろくろすけ」という、綿毛のような、ねぎ坊主のようなフワフワな生物?が出てきますよね。

緑が生い茂っている場所で、それとよく似た姿の「自然霊」をみることがあります。

詳しいことは私も現時点ではよくわからないのですが・・・、樹木や森などの精霊かな、と思っています。

樹木の霊ではないかと私が思うのは、まとっているフワフワの質感がなんとなく植物っぽい雰囲気があるからですね、あとは目撃する場所です。

検索してみると、まっくろくろすけは、「トトロ」に出てくるキャラクターなのですね。私、おそらく、トトロはじっくり見たことがないのでよく知らなかったです。

でも、私の記憶がたしかならば、「千と千尋」にも出てきていたような・・・。大泉洋ちゃんが声を担当していたキャラと一緒の場面で、まっくろくろすけが、出てくくるところがありましたよね。

トトロのほうは、よくわからないですが、千と千尋の中で出てくる、まっくろくろすけのサイズよりは、私が見たことがある精霊のほうが、かなり大きいような気がします。

緑の生い茂っている場所で、坂を元気に駆け下りているような、そんなイメージです。樹木や森の精霊と書きましたが、山の精霊、という可能性もあるかもしれないです。

今回、なぜこの話題を書いたかというと、つい最近、まっくろくろすけ風のおそらく精霊?が、坂道を駆け巡っているような映像が唐突に見えてきまして、そのときに、「かわぞい」または「かわぞえ」の向こう側、というふうに聞こえたように思います。

札幌市の南区に川沿という地名は存在します。南区は札幌市の面積のうち、6割ほどを占める広い場所でそのほとんどが山なので、中央区在住の普段の私にはまったく縁のない地域で、川沿の付近がどんなところなのかもあまりピンとこないのですが、見えて聞こえたことには、何かの意味があるのかな?、と。

そして、この話題をシェアするように後押しされているような気もなんとなくしているので・・・、特に札幌市南区にお住まいの方で、「私も見たことある!」とか、または、「川沿なら、この場所が何かのポイントかも!」、という情報をお持ちの方は、コメントでお知らせいただくと助かります(^^)。

でも、現時点では、南区にいく用事はないですし・・・、そのままスルーになるかもしれませんが。

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まっくろくろすけ風の精霊?については、あと少し、私なりに把握して分析している要素がありますので、また別の機会に続きを書きたいと思います。

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2013年7月15日 (月)

嫉妬という感情との付き合い方。

嫉妬の感情とは、向上心があるから起こるものだと思います。

向上や成長を望む気持ちがまったくないなら、他人が何をやろうとあまり気にもならないでしょうし、自分がそのことが出来ないとしても、それもまた気にならない、という状態になるはずです。

そう考えれば、嫉妬を抱くことができている状態とは、自分はこうなりたい、こうで在りたい、こう見られたい、という思いがしっかりしていて、それだけやる気があることを示している、とも言えます。

嫉妬の感情そのものは、肯定的なものではないかもしれませんが、嫉妬してしまうほどに、向上心を持っていて、そしてそれを相手が持っていることを認めることができているというのは、ある意味では素晴らしいことです。

けれど、嫉妬という感情を抱えていることは、とても苦しいので、嫉妬の「良い面」を見出していこうとしても、なかなか切り換えは難しいものかもしれません。

特に、その感情に、どっぶり浸かっている状態の人よりも、いくらか冷静さを保っていて、そんな自分を客観視している人のほうが、複雑な苦しみを抱えてしまいます。

嫉妬の感情だけに浸りきることもできず、嫉妬していることを知られるのは恥ずかししく、そして悔しいので、平気な顔をし続け普通にふるまっていき、さらに苦しみが上乗せになることもあります。

表面の態度とは違い、心の中では嫉妬が渦巻いている自分が、なんだか情けないような、とても小さい人間のような気がして、気持ちのやり場がなくなっていきます。

そのような場合は、少し柔軟に、ゆとりをもってとらえていき、理想の自分、完璧な自分でなくても、ときに嫉妬でいっぱいになっても、それもまた自分の一面だと考えてみてはどうでしょう。

この感情は、向上心の現れでもあり、悪いものではない、この思いをバネにしてこれから頑張っていけばいい、と、自分に言い聞かせ、感情を認めつつも、必要以上に深刻にとらえないように、「複雑に考え過ぎない」ことも大事です。

そのような思考の習慣をつけていくと、嫉妬の感情がでてきても、それをうまく、向上や改善への原動力に変えていき、前進の力にしていくことが出来ていくようになると思います。

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2013年7月 7日 (日)

周囲にいるのが、嫌な人ばかりと思うときには(波長の法則)。

同じ要素をもつ人同士が引き合うという、波長の法則によって、この世の人間関係は展開していきます。

引き合う部分はごく一部でも、この仕組みは成立しますので、何らかの共通要素がある人達が、繋がりが出来ていくことになり、丸ごと同じわけではないので、そこは冷静にとらえていく必要があります。

自分の周りに、意地悪で嫌な人ばかりがいて、尊敬できるような良い人がまったくいないケースがあるとします。

では、自分は良いところがまったくないから良い人と出会えず、意地悪で嫌なところばかりなので、同じような意地悪な人しか周囲にいないのか?というと、そんなことはありません。それはあまりに極端すぎるとらえ方です。

人の波長は、上から下まで幅が広いです。誰もが、良いところもあれば、悪いところもあります。

それなのになせ、嫌な人ばかりが集まっているかというと、おそらく、自分が(本来、上から下まで幅が広いうちの)波長の下の部分、低いところばかりが発揮されてしまっている状態、だからです。

備えている幅のうち、どこが表面化して発揮されていくかというのは、そのときの「状態」によります。状態が下がっているときに、備えている幅のうちの、低いところだけが出てしまうことはありますよね。

例えていえば、12色の絵の具を持っているとしても、全色使うとは限らず、その場にふさわしい数色を使うとか、気に入って使いやすい色だけを主に使うとかの、「傾向」があるように、備えている幅のうち、一部分だけが強く発揮されてしまい、それがあまり望ましい部分ではなかったというケースは、起こりうることです。

そのような状態に置かれたら、自分の全体的な波長が低いところしか存在しないからだ、というふうな受け止め方ではなく、本来は上から下まである幅のうち、現時点では下のほうを体現してしまっている状態だったのではないか、と、そちらを省みることが大事です。

本来のその人が持っている幅は、たましいの段階とイコールなので、そう簡単には変えられませんが、そのとき体現している部分というのは、「状態」ですから、状態はいくらでも変化させていくことが可能です。

周囲に嫌な人ばかり、という状況になっているときは、そのことに気付かせてくれている機会だと考えましょう。

そうして、自分が備えている幅のなるべく高いところを使っていくように心掛けると、周囲の人達も、それにつれて変わっていくものです。

周囲が変わっていく、という意味は、「その波長の高さに見合った、別の人が引き寄せられる」という意味もありますし、「同じ相手でも、その人の持っている幅のうち、より高いところが刺激され表面化していく作用を、自分が起こすことになり、相手の在り方が変化をみせる」という意味もあります。

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2013年7月 6日 (土)

人間関係は、波長の法則によって作られる。

この世で起こるさまざまな出来事、そして人間関係も、同じ要素をもつものが引き合うという「波長の法則」によって展開していきます。

その仕組みがありますので、自分と関わりをもつ全ての人は、広い意味でいえば、何らかの同じ要素をもっている相手、ということになります。

しかし、日頃自分が関わりをもっている人達を思い出してみると、とても人格者の上司もいれば、まったく話がかみ合わなくて困ってしまうような同僚もいれば、正直付き合いたくない近所の人もいたりして、彼らに統一性がみられず、どこが同じなのだろう?と思えるかもしれません。

けれどそれは、波長というものを、狭くとらえているからです。

自分の波長とは、幅広いものです。上から下まで、いろんな周波数を発していると思ってください。

そして、相手の波長もまた、幅広いのです。

自分と相手が、同じ要素で引き合っているといっても、そのすべてが一致しているということではなく、「一部が同じであれば、波長の法則は成立する」ので、自分と波長が引き合っている人達にも、いろんなタイプの人がいるわけです。

たとえば、人格者の上司とは、正義感が強くてしっかりしているところが同じで、話がかみ合わない同僚とは、他人をあまり気にせず自己完結するところが似ていて、付き合いたくない近所の人とは、頑固さを持っているところが共通している、というように、自分のもっている一部の何かとは引き合っているからこそ、関係がつくられているわけです。

つまり、周囲の人達は、自分の「一部分」をそれぞれ少しずつ反映している人達、ということになります。

自分もまた、同じように、相手の一部分を備えていて、お互いに気付きの機会を与え合っているのです。

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2013年7月 4日 (木)

リーディングしやすい人のエネルギ-。

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リーディングをする際に、「ご相談者さまの状態が、活力が充実していて、やる気に満ちているようなとき」は、とても読み取りがしやすく把握もしやすいと感じます。

おそらくそれは、私が読み取ろうとしなくても、向こうから届いてくる勢いがあり、私が受動的でいられるためだと思います。

たとえて言えば、リーディングの作業が、通常は、私のほうから5メートル歩み寄っていく行動だとするならば、私がそのすべてを行わなくても、向こうから2メートルくらい近寄ってくださるような、私の作業を手伝ってくださっているような状況がつくられるのでしょうね。

その様子を「イメージ」として表現すると、上記の画像のような感じでしょうか。

もし、ご自分がこの件についてどんな感じなのかを知りたい方がいましたら、リーディングの際の余った時間などで、承ることも可能です。

その際は「○月○日のブログに書いてある件で、自分の状態はどうなっているか知りたい」というふうにお聞きいただければ、わかりやすいです。お時間は、私がその記事を確認する時間も含めて、5~6分くらいあればお答えできるかと思います。

また、エネルギーの状態が、誰もがこのようになっているべき、というものではないので・・・、いろんな段階があり、そうなっているときも、なっていないときもそれぞれ意味がありますから。

特に悩んで困っているときには、力が外に向かわないことも当然ですので、参考までに載せましたが、あまりこだわりをもたずに、知識としてさらっと読んでいただければと思います(^^)。

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2013年7月 2日 (火)

生まれ持った性格や性質がある。

スピリチュアリズムでは、私たちは、たましいの存在であり、学びのために何度も生まれ変わって、必要な経験を積み重ねています。

そうして、幾つもの人生を重ねて学びを続けているので、生まれてくる時点で、過去に身につけた要素、たましいが備えている要素を、引き継いできていることになります。

人の性格や性質というのは、こうして過去の生から引き継いでくるもの、つまり生まれた時点で(表面化はしてないけれども、内的には)備えている先天的なものがあり、そして、今回の人生での過ごし方や育ち方などの経験から、後天的に形成される部分が加わっていき作られていくことになります。

「自分の性格を変えたい」というご相談をいただくことは多いですが、性格とは、上記のように、先天的なものと後天的なものと、両方の要素の組み合わせでつくられています。

先天的な要素に関しては、そう簡単には変えることはできません。しかし、そちらに関しても、今回の人生と同時進行で成長が重ねられていく部分はあるので、「変えられない」とまで言い切ることもできませんが・・・、基本は、「簡単には変わらない」という認識で受けとめてよいでしょう。

こちらについては受け入れていくことも学びです。

後天的な部分、今回の人生で培っていく部分に関しては、この人生が続く限り「作られ続けていく」ので、変えていくことができるのはこちらの部分になります。

日々の言動や思いなどが、すべて反映し作用していきます。変えるというのも、作ることなので、かなり地道な作業と時間的な忍耐は必要になります。

変化というのは成長でもあるので、変わりたいという意欲は、成長を望んでいるとも言えますので、それは決して悪いことでもネガティブなことでもありません。

生まれ持った要素は受け入れ、そして、その上で、今回の人生での成長を加えていくことになりますので、備えているものを否定せずに、それをどのように活かしていくのがベストなのか、という考え方をしてみましょう。

「変えたい」と思うケースの多くは、その性質自体が悪いのではなく、それをうまく活かしていないとか、ふさわしくない使い方をしていて不調和が出ていたりするので、それ自体を否定するのではなく、活用のし方、扱い方のほうにも、目を向けてみましょう。むしろ、そちらのほうに「変えるポイント」が存在することが多いと思います。

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