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2013年6月の2件の記事

2013年6月20日 (木)

人間関係とは、完全ではない、個性の違う人同士の関係。

自分と他人は、違う個性をもった違うたましいをもつ存在なので、人と人が関われば、そこには、少なからず相違や対立等が発生するものであり、つまりは、人と関わることには、ストレスが生じることになります。

そのため、人間関係を、煩わしいこと、遠ざけたいこと、できるなら避けたいこと、というように、否定的にとらえてしまうことがあると思います。

一口に人間関係といっても、実際には幅広いわけで、中には、居心地のよい関係、楽しい関係もあり、人間関係のすべてが嫌だと思っているわけでもないのでしょうが、しかし、嫌なことのほうが、嬉しいことよりも、印象に残りやすいために、人間関係を全否定したくなるような、そんな心境になってしまうのかもしれません。

私たちがこの世に生まれてくるのは、広い意味でいえば「学びのため」です。

その学びには、他人との関わりは避けて通れません。人は、ひとりでいきていくことはできないからです。

たとえば、喜怒哀楽の経験も、ひとりだけでは浅いものにしかなりません。それらの感情を発生させるのは自分自身だから、他人と関わらなくてもできるじゃないか、と思うかもしれませんが、感情をわき起こすためには、何らかの刺激が必要です。

誰かが、自分を喜ばせるようなことをしてくれた、とか、何かの出来事が自分を怒らせた、とか、外の刺激があってこそ、感情が動いていくわけです。

他人という、自分とは違う個性との関わりがあるからこそ、私たちは、この世という場所で、たくさんの広くて深い、経験を積むことができるのです。

この世という場所は、本質が霊(的存在)である私たちが、人として経験を重ねる場所です。人は、ひとりでは、生きられないようになっていて、それぞれが助け合ったり、補い合ったりしながら学ぶために、それぞれが「完全ではない形で」個性を備えて、この世に生まれてきて、与え、受け取るという学びをしています。

嫌だと思う相手を、好きになる必要はありません。そこまでしなくても、感情的には嫌いなままでも、相手の存在意義や個性を認めることはできますよね。認めるとまではいかなくても、少なくとも否定はしない、くらいには、時間を掛けていけば思うこともできるでしょう。

それで十分なのです。そうして、自分以外の人間関係を、少なくとも否定はせず、ときに、必要な場面では助け合い、お互いに与え、受け取るという関わりをもち、人の多様性を経験から学んでいくことが、この世に生きる意味のひとつです。

少なくとも否定はしない、表面だけでも、そのようにとらえていくように、少しずつでも心掛けると、だんだんと、時間とともに、他人という存在を、肯定的にとらえられるようになっていきます。

この世には、時間という、偉大な仕組みがあります。時間が、その学びを後押ししてくれます。

そもそも、完全ではない人同士の関係なのだから、そして個性が違うのだから、多少は、「いろいろあるのが、当然」なのです。

そのくらいの気持ちでゆとりをもって、そして、成長のために、自分とは違う個性をもった人から学びを得ていく、という意欲をもって、臨んでいきましょう。

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2013年6月 4日 (火)

望ましい人間関係が、どんどん広がっていく時期。

新たに出会う人が、とても良い人だったり、楽しくて刺激を与えてくれる人だったり、または、「このようなタイプの人と出会いたい」「このような分野に関わっている人と知り合いたい」と以前から思っていたような出会いが実際に作られていくなど、自分にとって望ましい人間関係が、勢いよく広がっていく時期があります。

そのような状況になるときは、「自分が成長したとき」であり、そして「霊界からの強いバックアップがあるとき」です。両方の要素が重なったときに、人間関係が(今までと比較して)大きく広がりを見せていきます。

なぜなら、この世におけるほとんど学び、「必要な経験」、「挑む課題」というものは、人を通して与えられ、学んでいくものなので、自分の器が大きくなったとき、そして、そしてそれに見合った学びを与えていこう、という状況が作られたときには、まずは、「人」に関することにその反映があることが多いのです。

霊界が、私たちを見守っているのは、特定の理由がある時だけでなく、常にそうであって、繋がりが切れることはないのですが、そのような中でも、とりわけ、バックアップが大きくなることがあります。

広い意味で、何らかの、たましいの成長が見られたときに、上記のような現象はつくられていきますが、特に、「今までよりも、深く、そして前向きに、自分の人生について考え出したとき」や、「自分という存在について、探求をし出したとき」や、「(自分以外の)外に向かいすぎていた意識を、自分の中心も向けていくようになり、あるべき状態を取り戻したとき」などに、そのような現象が起こることは多いです。

成長に伴って、必要な学びの要素は、与えられていきます。学びといっても、苦難にみちた忍耐を伴うことばかりではないので、楽しみも、喜びも含めた、たくさんの感動に繋がるものも含まれます。

それらのほとんどは、「人」を介して与えられるものなので、それを受けとめるための必要な器として、人間関係の広がりが作られる、とも言えますし、受けとめる器となる人間関係が容易されているから、それに比例して、たくさんのものが与えられる、とも言えますし、それは、両方が当てはまるのでしょう。

自分の成長というのは、なかなか自覚しにくいものです。自分が自分を見る、というのは、距離がないので、他人を見るようには意識がしにくいもの、ですよね。

しかし、それらは、自分の周囲の様子に反映していくので、周囲をみれば自分がわかります。広がりを見せ、豊かになっていく人間関係から、自分の成長がわかるのです。

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