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2013年4月19日 (金)

相手のためなのか、自分のためなのか。

表面的には、相手のためを思っての言葉であっても、その裏側には、自分を正当化したい、自分の正しさを、認めさせたい、という思いが、とても強く存在する場合があります。

相手自身のために、必要な反省を促すための言動は、相応に聞き入れられることもあるかもしれませんし、仮に聞き入れてもらえなくても、その時点で自分に出来る精一杯の行動を相手のためにとったのだから、それでいい、と、納得することはできます。

しかし、「相手のため、といいながら、本当のところは、相手に罪悪感を持たせて、やり込めるため」の言動は、相手に聞き入れられることはほとんどなく、・・・その上、そういう行動をとった自分自身に対して、すっきりしない思いになることが、ほとんどではないでしょうか。

相手が、一時的に落ち込むような指摘でも、長い目でみてその人のためになるとか、気づきを促すための、きっかけとして、インパクトを与えるために、あえてその態度をとることが、必要な場合や、有効な場合はあると思います。

しかし、そういう行為の根底にあるのが、自分の主張がいかに正しくて、他の人が間違っているかを認めさせるため、とい態度は、相手に通じにくいだけでなく、そうして相手をコントロールしようとしたり、支配しようとしたりすることが、「自分のしたことが、自分に返る」という「カルマの法則」によって、結局、自分に返ってきて、学ばされてしまうものだと思います。

「相手の気づきを促し、反省をしてもらうために、一時的に、相手が罪悪感を覚えるような形に持っていくことになる(場合もある)」のと、「相手に罪悪感を抱かせようとする」のとでは、こうして文字で見ると比較は容易で、その差は明らかなのですが、実際の人と人との関係において、その言動を計ることは、本当に難しいものです。

そんなつもりはなくても、気合いが入りすぎて、だんだんとエスカレートしてしまうケースもあるかもしれません。

ちょっと冷静になって、自分自身を省みる、そういう視点を取り入れて、「相手のため」のはずが、「自分の正当化の押しつけ」になっていないかを、考えていくことも大事ですよね。

私自身も日々、心掛けていることです。私の活動も、「伝える」という要素が多分に含まれますので、この点の客観性は持っていきたいと思っています(^^)。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

相手の為なのか、自分の為なのか・・・は常に自問自答するようになりました(*_*)
結構相手の為・・・と思っていたつもりが、なんだ、結局自分じゃん・・・と思い始めた時期がありまして・・・。正体は正当化です(汗)。
何か問題が起きた時に、今は、それを念頭に置いて、仮に伝わらない場合があっても、納得ができる様に段々なりました。
そして、相手に伝える時も、自分の気持ちをちゃんと掘り下げて考えてから、言葉を選んで伝える様にしました。
そうしないと、いつ正当化に走り出してしまうかもしれず・・・(笑)。
気づいた時は、過去の自分を周りにいた人々が見透かしていたかな・・・と想像しただけで、すごく恥ずかしい気持ちにもなりました。
けれど、気づかないで、それが正しいと思ってしてしまっている人もいたりする訳ですよね。

投稿: はすち | 2013年4月22日 (月) 10時54分

★ はすちさま

皆、順番に気付いていくもの、だと思います(^^)。過去の自分を見透かしている人も、過去には同じだったかもしれず・・・、今は気付かずに正しいと思っている人も、いつかは気付いていくのではないでしょうか。

投稿: リカコ | 2013年4月22日 (月) 12時26分

「そっちに行ったら危ないよ」「こうしたほうが安全だよ」という警告が、もし相手に聞き入れてもらえずに“腹がたつ”としたら、それは表面上親身な思いやりのようでいて実は、自分の判断の正当性を認めさせること、自己肯定感を感じることに端を発しているのだと・・・すごくわかります。
私は今そのような学びを身内の中で学んでいる最中です。頭ではわかるのですが、
悪魔の私が時に頭をもたげてきて・・・。自分の中のこの部分を本当に、私はなんとかしたいです😭
気落ちした時、焦燥する時、リカコこさんのところにお邪魔して、心をリセットしています。
いつもありがうございます✨感謝いっぱい❗️

投稿: 青木よし子 | 2016年10月30日 (日) 13時45分

青木よし子さま

この記事は、「そういうことも、中にはあり得る」という話ですのでね(^_^)。腹が立つとしたら、正当性を認めさせるためである、という断定は記事内ではなされていませんよね(^_^;)。

腹が立つとしたら、理由はいろいろ考えられ、そのひとつに、正当性を認めさせようとしているということもあるでしょうけれど、

それ以外にも、たとえば、役立たない(相手が意見を採用しないので)ことに、わざわざ自分が手間と時間を掛けて損をさせられたような気持ちになることだったり、いろんなケースがあると思います。

投稿: リカコ | 2016年10月30日 (日) 14時36分

リカコさん、早々のご返信、ありがとうございます(^o^)
ついいつもの心グセで断定的になってしまい、失礼しました(^◇^;)

自分のケースにどんな理由がひそんでいるのかなんとなくでもわかれば、もっと相手の決定を(私の場合は親なのですが)気持ちよく尊重出来るのかなと思います。焦らずムキにならず、考えてみます。

ありがとうございました(o^-^o)

投稿: 青木よし子 | 2016年10月30日 (日) 18時07分

青木よし子さま

「その人にだけ腹が立つ」のか、「同じ状況なら誰にでも腹が立つ」のか、という点を考えてみるとわかるかと思いますよ。

前者であれば、「その人との関係に対する思い」なのでしょうし、後者であれば「状況に対して、自分の中に反応するものがある」ということになるかと。

投稿: リカコ | 2016年10月31日 (月) 13時05分

リカコさん、送信出来ていたのにしつこく送ってしまい、すみません。
そして、再びのご返信、本当に本当に、ありがとうございます。(また煩わせてしまって、恐縮です。)

リカコさんのお話はいつも整然と丁寧に整理されていて、どのお話もすっと入ってきて腑に落ち、気持ちの流れが滞りなく「順」行するような感覚を感じます。
このお答えも、「おおっ!」「そうかっ!」と思いました。ありがとうございましたo(*^▽^*)

リカコさんのお話を読めることが、私は本当に嬉しいです。

お忙しいでしょうし、お疲れにもなるかと思います。どうかご自愛くださいね✨

投稿: 青木よし子 | 2016年10月31日 (月) 23時08分

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