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2013年4月の17件の記事

2013年4月30日 (火)

極端な行動から得られる刺激を、好ましく感じる人。

小さい変化や刺激に、価値を感じにくく、大きな振り幅の変化や刺激ばかりを好むタイプの人がいます。

そういう人は、常に、非日常を求め、やれ留学だ、転職だ、ステップアップだと忙しく、せっかく積み上げてきたものを簡単に手放したり壊したり、馴染んだ人間関係にも、安定というメリットを見いだせずに、飽きてつまらないと感じ、一般にはちょっと敬遠するような、影のあるタイプや、危険な香りのするタイプの異性との交際を好み、周りの人達をハラハラさせます。

なぜそんな、リスクの可能性が高いことが分かりきっている、危険な方向へと足を踏み入れるのか、せっかく手の中にある安定を大事にしないのか、と、端から見ると思えるでしょうが、そういう人達は、「大きな刺激が、心地よい」ので、自分的に、心地よいことを選んだ結果、そうなっている、というだけなのですね。

逆に言えば、小さい刺激には、価値を感じにくい、些細なことに深い洞察や感動を見出す、というような心の動きがなされにくい人、なのです。

家族などの、とても身近な間柄に、そういうタイプの人がいると、心配でしょうがない、なんとかもう少し落ち着いて、安全で安定した生き方をしてほしい、と思うでしょうけれど、それは、「その人の生き方」というか、何に価値を感じるか、という基準は個人差がありますので、そういう個性を、平均に合わせていくのは容易ではないでしょうし、平均的が望ましい、とも、一概には言えません。

そうはいっても、あまりに極端な行動や考え方ばかりで、大人としての常識に則った行動がまったくとれない、というのも、困りますよね。周囲の人の心配や負担だけでなく、本人が生きて行く上で、大変になります。せめてその点を、何とかして、自覚させたい、というのは、家族などの身近な人の心情として、当然だと思います。

その人の、極端さ、刺激を好む度合いの大きさがどのくらいか、によりますが・・・、中には、親や家族が、あまりうるさく指摘をすると、反発するかのように、ますます、極端な方向に向かおうとする場合もありますので、そこは、本人の性格をよく考えて、どのくらいの注意がよいのかを考えることが大事だと思います。

また、そういうタイプの人は、実際に経験して、失敗をすることから学ぶ場合も多いので、あまりに制限や否定ばかりをしてしまうと、成長の機会も制限されてしまうことにもなりますので、その点のバランス、兼ね合いは考えていくほうがいいでしょう。

刺激が高いことを好ましいと感じるタイプなので、言葉で説明して理屈で納得する、というような学び方は、あまり得意ではない場合もあり、行動を制限しすぎてしまうと、それもまた、大失敗もしないかわりに、成長も少なくなってしまいます。

あまりに極端な行動ばかりを繰り返すならば、そこは、介入して口を出すことも、方向転換を促すことも、必要だと思いますが、しかし、それほどではない許容範囲の事柄については、ある程度の失敗も経験のうちで、そこから、ゆっくりでも何かを学んでいくだろう、という長い目で見ていくことも、大切ではないかと思います。

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2013年4月28日 (日)

「得意なこと」と、「価値を金銭に換えやすいこと」は、一致しない場合もある。

自分の得意なことや、備わっている資質を把握して、それを活かした仕事をしたいので、自分について、教えてください、という主旨のご相談をいただくことがあります。

または、自分の資質を活かした仕事をしたいが、具体的にどんな仕事についたらいいのか教えてほしい、というご相談も、よくあります。

お気持ちは分からないではないですが・・・、しかし、どちらも、答えが難しいご質問です(^^;)。

なぜなら、そういう考え方をしている、という時点で、根本的な思い違いをしていることが多いからです。

上記のような考え方をしている人の大部分は、「自分の出来ることの中で、もっとも得意な要素、優れたパフォーマンスが発揮できることを、仕事にしていけば、うまくいくはず」という思い込みを持っています。

そういうケースも中にはあるかもしれませんが、通常、得意なこと、優れたことと、「仕事として成り立ちやすいこと」つまり「金銭を得ることに結びつけやすい要素」とは、一致しないことのほうが、多いのではないでしょうか。

たとえば、とっても歌が上手い人がいるとしても、歌で生計を立てていくことはそう簡単にはできませんよね。一般的に、芸術の分野は、それを専業にして成り立たせていくことは、本当に難しいことだと思います。

プロのスポーツの選手でも、全国から有数の選手が集められて、皆、すばらしい才能を発揮していても、成績を出し続けていくことが出来るのは、そのうちのほんの一握り、一度はプロになるような才能をもっていても、長くそれを仕事としてやっていけるとは限らないことを示している、もっともわかりやすい例だと思います。

例えば、私自身は、とても手先が器用ですが、この器用さを活かした仕事につこうとしても、器用さ「だけ」で成り立つ仕事って、あまり存在しないと思いますし、私以上に器用な人もたくさんいるでしょうし、このことを前面にだして仕事に結びつけることは、無理があるように思います。

それよりも、事務作業などのほうが、労力を金銭に変えやすいですから、仕事として現実味があると思いますし、実際に、そのような仕事を経験してきました。その仕事の中で、手先の器用さが活かされる場面はたくさんありましたし、有利になったこともありました。

けれど、それは、事務作業における、プラスアルファとして活かされたのであり、もしも、私が、「手先の器用さを活かして、それを前面にだすような、ちょっと一般的ではない変わった分野の仕事をしたい」、と思ったとしても、現実的に、そういうニーズを見つけることは、おそらくできなかったと思います。

得意なことを、活かして仕事をする、という考え方は、大切だと思います。しかし、得意であれば、何でも仕事に結びつくわけではないので・・・、得意なことが、いろいろある中で、「仕事に結びつけやすいもの」「労力を、金銭に換えやすいもの」はどれか、という、一歩進めた考え方が必要ではないでしょうか。

これは、「自分の得意なことを、仕事に結びつけたい」という思いを持っている人に対しての、アドバイスです。そういう考え方をあまりしていなくて、今までの自分の経歴から、やってきたこと、出来ることを考えて、次の仕事を選んでいくという姿勢でも、もちろんいいと思いますし、正直、そちらのほうがずっと、「生活の手段としての仕事」を考えるにあたり、現実的だと思います。

出来ることを選んで行っていく中で、得意なことに関わる場面、資質が発揮されて評価してもらえる場面が、自然に巡って来るケースもありますからね。過去の私は、そうでした。

この記事の内容は、あくまで、「自分の得意なことを、仕事に結びつけたい」という前提で仕事を考えるタイプの人に向けたもの、であり、すべての人に、このように考えるほうがいい、と、勧めるものではないです。そこは、人によるのでケースバイケースだと思います。

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2013年4月25日 (木)

マイナス思考になっている自分に気付く。

マイナス思考に陥りやすく、そして、そのループから抜け出せない人は、少なくありません。

思考は、目に見えないので、「影響を与える、エネルギーとして存在する」ことを、見落としがちになりますが、思考の仕方も、(思考に基づいてつくられる)物事へのとり組みの姿勢も、その人の心と体にさまざまな作用を与えていきます。

マイナス思考から抜けられなくなると、マイナスのエネルギーをどんどん作りだしては、自分や他人に向けてしまうことになります。

出来るならば、マイナスの思考を、プラスの思考へ置き換えていく、そこまでは難しいとしても、せめてマイナスの思考を「止める」か「減らす」、ようにしていくことが望ましいです。

けれど、習慣化した思考のパターンを、変えていくのは容易ではありません。 何十年も積み重ねてきたことによって作られてきた、自分の価値観に基づく思考の反応(というパターン)を、変えていくには、相応の時間と労力は掛かるもの、と、認識することも大事です。

とり組みは容易ではなく、時間と労力が掛かるものであっても、そうして取り組むだけの価値がある、大事なことだと思います。そのように受けとめていければ、少しずつでも、前進していくことができるでしょう。

明確な目的をもっていくほうが、とり組みはしやすいのですが、そのような目的意識の持ち方自体が難しい場合でも(マイナス思考に陥っているときは、そうなります)、

ネガティブな思考が、終わりなく反復される状態が、自分にプラスの影響を与えることがないのは明らかなので、改善していき、少しでも望ましい状態にしていこう、という意識をしていくことは出来ると思います。

ちょっと抽象的な考え方ではありますが・・・、本当は、具体的なほうがとり組みはしやすいのですけれど、それは、取り組んでいく中で、作られていけばいいですよね。

まずは、「自分が、マイナス思考が多くなっている」状態であることに、気付いていけるか、そこが、第一歩です。

自分がマイナスの思考を「選んで」いて、マイナスのエネルギーと「作って」いて・・・、その積み重ねが、今の自分(の一部分)に繋がっている、そう認識ができた時点で、改善のとり組みはすでにスタートしています。

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2013年4月24日 (水)

「この出来事は、カルマですか?」という問いへの答え。

よくいただく、「カルマ」に関するご質問に、以下のようなものがあります。

「こんな苦しい出来事が起こりました。これはカルマなのでしょうか?」

「思い通りにいかないのは、カルマのせいでしょうか?」

「私には、どのくらいカルマがありますか?」

このようなご相談というのは、「カルマ」という表現を、とても狭く捉えていることからくる、曲解に基づくものです。

カルマというのは、サンスクリットで、「行為」とか「行い」などの総称としての言葉で、特定のひとつか、ふたつ、それも、何か悪いことが起こる原因かのように捉える解釈は、正しくありません。

そして、「カルマの法則」というのは、何らかの行為(行動、発言、思考、その他)をすれば、その行為に基づいた出来事が展開していく、という仕組みのことです。

分かりやすく言うと、「原因があって、結果が出る」ことで、逆に言えば「結果が出たことは、何らかの原因が存在する」ということです。

この真理の仕組みは、幅広くすべてに当てはまります。

「これは、カルマですか?」「カルマの影響ですか?」「どのくらいカルマがありますか?」という質問は、カルマというものを、「悪いことが起こる原因」「意味なく降りかかる不運」のように、狭くとらえた曲解から出てくる考え方によると思うのです。

カルマというのは、行為の総称ですから、私たちが生きている中で、織りなす要素のすべてが(広い意味でいえば)該当します。

今生だけでなく、以前の人生(前世)での積み重ねも、たましいの中に刻まれていきますので、カルマというのは、その全てをさすわけで、ごく一部の、悪いことが起こる原因とか、過去に罪を犯した罰、のようなとらえ方は、偏っているといえます。

そういうものも、カルマに含まれることは確かだけれど、それのみカルマ、カルマの法則という、壮大な神秘の仕組みの全てではありません。

たとえば、「人参は、野菜に含まれる」ことは正しいですが、しかし、「野菜とは、人参のことだ」と、一部を全部であるかのように言い換えると、ちょっとズレが生じますよね。

それと同じように、「悪い結果になるのは、カルマのため」ということは、仕組みとしてあり得ることであっても、ひっくり返して「カルマがあるから、悪い結果になる」という解釈は、やはりちょっと、認識がズレてしまうわけです。

間違っているとは言いませんが・・・、カルマというのは、そんな狭い範囲のことを指す、限られた言葉ではないのです。

>「こんな苦しい出来事が起こりました。これはカルマなのでしょうか?」

 原因がないところに結果だけが唐突に出ることはないので・・・、それをカルマというのなら、カルマかもしれませんが、その出来事だけでなく、その他の出来事もすべて、(カルマという表現を使うのならば)カルマは作用していますよ。

> 「思い通りにいかないのは、カルマのせいでしょうか?」

 思い通りに行くことも、行かないことも、相応の理由と意味がある、という意味では、カルマといえるでしょうね。原因があって、結果が出るわけですから。

> 「私には、どのくらいカルマがありますか?」

  どのくらい、と言われても・・・、カルマは「物」ではないので、10個とか100個とかのようには、数えられないです。あなたが一日に積み重ねる、いろんな行為は、いくつありますか。それを数えられないのと同じだし、それがたくさんあるのと同じで、カルマとは、そういうふうな表現で言い表せるものではないです。

・・と、冷たい言い方のようになってしまうけれどもsweat01、仕組みをお答えするならば、上記のとおりとなるわけです。

カルマ、という表現をつかうならば、行為のすべてが、広い意味でいえばカルマであって、つまり、たったひとつか二つの出来事について、それはカルマか否か、などという定義はほとんど無意味で・・・、大切なのは、すべてが、「原因があって、結果が作られる」という、カルマの法則の仕組みを、理解していくこと、ではないでしょうか。

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2013年4月23日 (火)

オーラの層の見え方。

オーラとは、体の周りを取り巻いているように放たれているエネルギーで、その人自身の性質や個性などが表れています。

オーラの大きさや構成は、「どこまでの範囲を、その人のオーラと捉えるか」により、表現は変わってくると思われます。

一般に、人のオーラは、(体の近いところから外に向かって)7つの層になっている、といわれています。その7層を「その人のオーラ」と捉えた場合、(オーラに関する書籍等のイラストなどにあるように)、だいたい、体の際から外へ向かって、数十センチのところに、7層目の際がある、と考えてよいと思います。

しかし、オーラは、7層のすべてが、どれも同じような構造になっているわけではないので、その全てを詳細に把握できるとなったら、相当に優れた透視力を持った人であり、一般的には、内側の層になるほど把握しやすく、外に向かうほど把握しにくくなります。

オーラ透視が出来る人であっても、誰もが、「光の手」の著者である、バーバラ・ブレナンさんのように、バッチリ見えるわけではありません。そうでないが大多数だと思います(例えば私とか(^^;)・・・)。

3層目くらいまでの内側の層が、勢いが強く放たれていて分かりやすいので、人によっては、オーラの大きさを、(一般に言われている7層よりも)もっと内側にあるとして、とらえる人もいるかもしれません。

どちらも、(または、それ以外でも)間違いではないですね、どこをとらえているかによる違いがある、というだけです。

内側の層になるほど、肉体の沿っていて、外に向かうほどに、円状に近くなっていきます。つまりそれは、「内側の層ほど、肉体との関連が深い」ことをしめしています。(外に向かうほどに、肉体の形に沿っていない、ということは、外に向かうほどに肉体と関連しない要素が増えていくことを示している、とも言えるでしょう)。

よく聞かれる質問として、「少し離れた場所にいる人を見ている時に、ときどき、人の形をした、残像のような光が視界に入ることがあるけれど、あれはオーラを見ているのか?」というものがあります。

ケースバイケースですので、絶対とは言えませんが、おそらくそれは、「3層くらいまでの、オーラ」を見ている可能性はありますね。

残像、という可能性もありますけれども、「残像的なとらえ方で、オーラの一部を見ている」ことも、あると思います。

至近距離よりも、少し離れたところにいる人のほうが、オーラに焦点を合わせやすいので、ときどき見える、ということが起こるのでしょう。

そして、視覚にとらえやすい3層までを見ているので、「人の形」としてとらえているのだと思います。

このような経験は、皆さんにも、あるのではないでしょうか。 私も、今にして思えば、小学校の頃などに、よく見えていたような気がします。

一般には、内側の3層のほうが、(肉体という現実に近い要素を反映しているので)見えやすい傾向がありますが、しかし、人により、共鳴しやすい要素は違うので、逆に外側のほうのオーラのほうがよく見える、という人も、いるかもしれません。

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2013年4月22日 (月)

気になる色は、「そのとき必要な色」、かも。

最近、この写真集が気に入っていて、書店に行くたびに手に取るのですが、色の綺麗な本は値段も高いので、毎回迷っては、棚に戻している本です。本で見ると、この画像 ↓よりも、もっと綺麗ですshine

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世界には、本当に綺麗な色の鳥がたくさんいるんだなーと、日本国内では(自然には)まずお目に掛かることのない、鮮やかな色合いの鳥やら、パステル色のようなかわいらしい鳥やら、見ていると癒されます。

色は、それ自体がエネルギーですので、色が与える影響というのは、実は小さくないと思います。

鮮やかな色合いをみると、はっきりしているとか、印象が強く感じられるのも、淡い色合いをみて、ふんわりしているとか、穏やかな雰囲気を感じるのも、そういう特徴をもっている色(としてのエネルギー)だから、であり、その特徴を(エネルギーとして)自分が受けとめているから、とも言えるでしょう。

以前に、オーストラリアに行ったときに思ったのですが、広大な大地で、景色が素晴らしく、気候は乾燥していて、人々がいろんな場所からやってきている点など、北海道と似ているところがたくさんあると感じました。

でも、植物や動物の色が、まったく違いました。向こうの花や鳥は、赤やら黄色やら、はっきりしていて派手な色が多いのです。日本のような、サクラとか藤とか、モズやスズメのような、中間色とか、渋くてわびさびを感じさせるような色は、多くはなかったと思います。

そこが、「場所のエネルギーの違い」なんだろうな、と、特定のエネルギーを持つ土地で、その性質を帯びた花が咲き、その性質を帯びた生物が暮らしている、「波長の法則」なんだろうな、と、今考えればそう思うのです。

日本人の、曖昧でイエス・ノーをはっきりいわないところや、明確に提示されていなくてもそれを察する感性を持っているところとか、自己主張が強くないところや、染まりやすくて影響されやすいところや(笑)・・・、いろんな性質が、この土地に「在って」・・・、それを、植物や動物が、体現しているんだな、と。

だから、日本のサクラはあんなにも淡くて風情があり、鳥を始めとする動物たちも、それを示すかのような、深く味わいのある中間色や、独特の「和風」な色合いをしていて、それらはとても深みがあって美しいけれども、はっきりしているのとは違っていて、控えめな美しさなのかな、と。

若いうちは、そういう微妙なわびさび、みたいなものを、理解することが難しいのだけれど、年齢を重ねていくと、だんだん、その良さや深さが、さまざまな人生経験を通して、よくわかっていけるようになる気がします。

いろんな色に対して、いいな、綺麗だな、と思えるというのは、それだけ、自分の感性の器が広がっているから、とも言えるでしょう。その色と、自分自身に、引き合う要素があって、その刺激を心地よいと思ってこその、好ましい印象になりますから。

今好きな色、綺麗だと感じる色には、その色のもつエネルギーが、必要だったり、引き合っていたりという、何らかの意味を持つこともあるでしょうね。ちょっと意識して、そういう自分の心の動きを追ってみてもよいかもしれません。

私も、今、この本の綺麗な色のエネルギーが必要なのだろう、と思うのですが、しかし、別に鳥好きでもない( ̄w ̄)私には、この値段はちょっと高い・・・sweat02。それで、毎回迷って、結局買わず。・・・今日もまた迷いそうです。

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2013年4月21日 (日)

「これから経験してみたいことのリスト」を作る(2)。

>(1)より、続きます。

こうして区分けをするプロセスでも、いろんなことが見えてくるものです。自分の考えが、客観視されていったりしますよね。

期限をつけていくと、「計画」となり、とり組みがしやすくなります。そうしてリストアップしたものについて、意欲を持って、出来ることをやってみてください。まずは動いていくことが、変化に繋がりますし、新しいことへの呼び水となって作用していきます。

そして、以下に当てはまる人は、別の角度からも考えてみましょう。

最初に、「やろうと思えば、今すぐにでも、出来ること」を抜き出しましたが、そこにたくさんの要素が入った人は、つまりは「やろうと思えば、すぐにでも出来ることなのに、行動していないこと」が、それだけあると分かりますよね。

そのタイプの人は、「何をしたらいいのか、分からない」というよりも、「分かっていても、動き出せない」人、なのかもしれません。ならば、「何を(したらいいか)」よりも「なぜ(動き出せないか)」を、考えていく必要があるでしょう。

そして、「1年以内」までのリストから外れて、「それ以上」にたくさんの要素が入った人は、では、それらは、いつまでにやろうと思うのか、2年なのか、3年なのか・・・、「いつか●●になってから」とか、「自信を付けてから」のような、抽象的な認識(をしていないか、そこを見つめていく必要があると思います。

まずあれをしてから、まずこれができるようになってから、という考え方は、本題を「あえて避けている」ケースがあります。無意識に、それを行うことの恐怖心から、ワンクッション置いている場合が意外と少なくないものです。

「いつか●●になってから」とか「自信がついてから」とかの、事前の一段階は、本当に必要なのか、それを省いて、目指したい方向へ、進むことはできないのかを考えてみることが大事だと思います。

ほとんどのケースは、そうして、ワンクッションおいて、時間をとっているのは、自分の恐れや躊躇の思いであって・・・、それがなくても、進んでいくことは出来る、という自覚をもつことが、現実的な前進に繋がっていくでしょう。

しかし、どうしても、省くことができないならば、「自信を付ける」という項目を、1年以内のリストに組み込んで努力をすること、ですね。

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2013年4月20日 (土)

「これから経験してみたいことのリスト」を作る(1)。

今の自分の置かれている状況その他が、自分にとって望ましいとは思えない、変える必要があると思う、このままの延長という未来は望んでいない、

けれど、具体的にどのように取り組んでいくのがいいか、手順が分からない方は、以下のような方法がありますので、参考にしてください。

「経験してみたいことのリスト」を作ります。そして、内容について、「期限」で区切っていきます。

どのように取り組んだらよいのか分からない方の多くは、「変える」とか「動く」とか、「とり組み」ということを、難しく考え過ぎている傾向があります。難しいことに難しく取り組むよりも、まずは簡単なことから手っ取り早くスタートしたほうがいいです。

とにかく、何かしら、動いて行けば、変化には繋がっていきます。

無駄のない最小限の近道とか、効率良く、とは、ならないかもしれませんが、「まずは、出来ることから取り掛かる」ことが、「どのように行動したらいいか分からない」人には、向いています。

そもそも「難しくて、よく分からない」ことなのに、効率の良さを求めて、ロスがないように立ち回ろうと考えるのは、おかしな話ですよね(^^;)。「まずは、出来ることから」、これが基本です。

そのような考え方で、「これから、経験してみたいこと、やろうと思うこと」を、箇条書きにしてリストをつくります。

まず、動き出すことが目的なので、そのリストの中身は、単純に、自分が経験してみたいことでよいです。自分を変えるために、とか、自分の学びになる目的で、とか、小難しいことを考えるのは止めます。

どんなことでもいいです。頭の中だけで考えるのではなく、実際に紙に書くなりして、箇条書きにしてみましょう。小さいことも、大きいことも、書き出します。

(例:)・ヨガを習いたい/・赤い帽子を買う/・「●●物語」という本を購入して読む/・隣町のケーキショップのケーキを買いに行く/・ハワイ旅行/・3キロ痩せる/・ジムに通う/・髪型を変える/・引っ越しをする/・貯金を●●円にする/・食器を買う/・ひとり旅をする/・クラス会をしたい/・昔の友達に連絡する/・映画を見に行く/・子供の頃に読んだ本を図書館で探したい/・パンを手作りしたい/・友達へのプレゼントを買う/・英語を勉強する/・結婚をする/・パートナーを見つける/・海までドライブしたい/・スキーに行く/・ダイヤのピアスを買う/・財布を買い換える/・新しい靴を買う

次は、それらを、いくつかの「時期」で区切っていきます。

期間や時期を区切る、というのは、分かりやすい目安になります。常に、いろんな記事で、「行動のためには、具体的に考えることが大事で、抽象的だと手段が思い浮かびにくい」と書いているとおりで、期間、時期を区切ってとらえていくことは、その要素や計画に、具体性をもたせることに繋がります 。

まずは、「今すぐにでも、出来ること」を、その中から抜き出します。

実際に今すぐ行動するかはともかく、「やろうと思えば、すぐにでも出来ること」です。たとえば、隣町のケーキを買いに行くことは、その気になればすぐにでもできます。しかし、ハワイにいくのは、その気になればすぐ・・・とは、いきませんよね。その違いです。

そして次は、残った中で、「3ヶ月以内に達成できそうなこと、達成したいなと思うこと」を選びます。

ひとつめの「今すぐ出来ること」というのは、自分の意思よりも、それがすぐに達成できそうか、という現実を優先して抜き出しましたが、今度は、「自分がそうしたいと思う、出来そうと思う、自分の意思」に基づいて選びます。

そして残りから、同様に「6ヶ月以内」「1年以内」を選びます。

あとは、「それ以上」とします。

> (2)に続きます。

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2013年4月19日 (金)

相手のためなのか、自分のためなのか。

表面的には、相手のためを思っての言葉であっても、その裏側には、自分を正当化したい、自分の正しさを、認めさせたい、という思いが、とても強く存在する場合があります。

相手自身のために、必要な反省を促すための言動は、相応に聞き入れられることもあるかもしれませんし、仮に聞き入れてもらえなくても、その時点で自分に出来る精一杯の行動を相手のためにとったのだから、それでいい、と、納得することはできます。

しかし、「相手のため、といいながら、本当のところは、相手に罪悪感を持たせて、やり込めるため」の言動は、相手に聞き入れられることはほとんどなく、・・・その上、そういう行動をとった自分自身に対して、すっきりしない思いになることが、ほとんどではないでしょうか。

相手が、一時的に落ち込むような指摘でも、長い目でみてその人のためになるとか、気づきを促すための、きっかけとして、インパクトを与えるために、あえてその態度をとることが、必要な場合や、有効な場合はあると思います。

しかし、そういう行為の根底にあるのが、自分の主張がいかに正しくて、他の人が間違っているかを認めさせるため、とい態度は、相手に通じにくいだけでなく、そうして相手をコントロールしようとしたり、支配しようとしたりすることが、「自分のしたことが、自分に返る」という「カルマの法則」によって、結局、自分に返ってきて、学ばされてしまうものだと思います。

「相手の気づきを促し、反省をしてもらうために、一時的に、相手が罪悪感を覚えるような形に持っていくことになる(場合もある)」のと、「相手に罪悪感を抱かせようとする」のとでは、こうして文字で見ると比較は容易で、その差は明らかなのですが、実際の人と人との関係において、その言動を計ることは、本当に難しいものです。

そんなつもりはなくても、気合いが入りすぎて、だんだんとエスカレートしてしまうケースもあるかもしれません。

ちょっと冷静になって、自分自身を省みる、そういう視点を取り入れて、「相手のため」のはずが、「自分の正当化の押しつけ」になっていないかを、考えていくことも大事ですよね。

私自身も日々、心掛けていることです。私の活動も、「伝える」という要素が多分に含まれますので、この点の客観性は持っていきたいと思っています(^^)。

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2013年4月18日 (木)

自分が変われば、オーラも変わる。

「緑のオーラになるにはどうしたらいいか」とか、「紫のオーラになる方法はありますか」というように、特定のオーラの色になりたい、という思いからの、ご質問をいただくことがあります。

その色になりたい、というのは、おそらく、「そのオーラの色と関連している性質が、欲しいから」だと思います。たとえば、優しい人でありたいので、緑のオーラになりたい、崇高なものを理解する感性が欲しいので、紫のオーラだったらいいな、というように。

そのお気持ちは、分からないではないですが・・・、しかし、このようなご質問をしてくる方は、オーラとは何か、という仕組みそのものに、少々の誤解があるように思いますsweat02

オーラとは、自分自身の反映です。「その人の性質、性格といったものが、オーラに表れている」のであって、つまり、「平和を愛する優しい人だから、オーラが緑になっている」のであり、「オーラの緑色が、その人を優しくしている」という解釈は、順番が違います。

後者の解釈が、間違っている、とも言い切れませんが・・・、外からの刺激や、後天的な要素も、オーラに反映して、自分に取り込んで影響させていくこともできるので、全面的に間違っているわけではないですが・・・、

基本は、オーラありき、ではなく、自分がまず先にありき、と考えていくほうが、分かりやすいですし、「特定のオーラに、変えていくことも、しやすい」です。

上記のような質問をする方は、「オーラの色が変われば、自分が変わることができる」と思ってのことなのでしょうけれど、「自分が変われば、自分の反映であるオーラも、比例して、変わっていく」のです。

ですから、望むオーラの色と関連する性質が欲しいなら、そうなるように、自分を変えていけばいい、のです。

オーラの色を変えなければ・・・と、難しく考えるから方法が分からないのであって(^^;)、「自分を変えよう」という目的ならば、そのための方法は、何かしら、思い浮かぶのではないでしょうか。

自分自身の成長や変化を伴わずして、オーラだけを、望み通りに変えることはできません。その考え方が、基本です。

ただし、オーラは、さまざまなものをキャッチする、受信器のような役割もありますので、外側からの影響も、うけていきます。(オーラと限定せず、自分自身も、そのときの周囲の状況等に影響をうけることがあるのと同じです)。

その性質を利用して、外からの刺激を取り入れて、オーラに反映させていくことも、出来なくはありませんが・・・、その効果は、自分が能動的に変化していくことと比較すれば、かなり小さいことは、理解しておきましょう。その上で、プラスアルファとして工夫をするという前提で、以下は簡単な方法の提示です。

一つは、人を通して、影響をうけることです。自分が望む性質を持つ人と、何らかの関わりをもっていくなどして(会うとか、会話するとか)、交流が作られれば、お互いのオーラも影響しあうことになります。

もう一つは、洋服などの、身につける色を工夫することです。身につけている色が、幾分、オーラの色に反映していくことは、あり得ます。色もエネルギーですので、その色を身につけている、ということは、その色のエネルギーとしての影響をうけている、とも言えます。  

この2つだけに限りませんが、自分を変えていくことが基本という前提であれば、いろんな工夫をして、効果に繋げることは可能だと思います。

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2013年4月16日 (火)

頭で考え過ぎ、雑念が多すぎな状態を改善するための、一例。

け何でも、頭で考え過ぎになってしまう人や、普段から雑念が多くて気が散りやすい人は、「必要のないことでも、何かと、「頭の中で、延々と実況している」状態になることが多いと思います。

「さて、テレビでも見るか・・・、リモコンはどこかな・・・、あ、リモコンがあった。あ、この時間はドラマが入っているのか・・・、この主役の人は、去年のドラマにも出ていた人だよね、あのときのドラマの主題歌は・・・、私が子供の頃に流行っていた歌で、あの頃友達のA子ちゃんが家にきて、あのときの私の台詞は・・・、」

と、目の前のドラマそっちのけで、他のことに次々と意識が向き、その内容を、頭の中でつぶさに実況しています。

「思い浮かべたことは、「文章化して」実況する」もの、という、思考パターンが、出来上がっているので、無意識でそのように「なってしまう」ことでしょう。

思考は大切だけれども、それが行き過ぎて、常に頭が忙しく動いてしまうのも、バランスが取られませんし、思い浮かんだことのほうを、追いかけて文章化していくことがコントロールできないと、目の前の出来事に集中できずに、気が散ってしまいます。

この改善のためのとり組み方法として、わかりやすいものをひとつご提案します。

「次々、頭の中で文章化して、実況してしまう」という思考パターンを、変えていくことが効果的なので、「文章化できず、実況できない」状況をあえてくつりだし、その経験を増やしていき、「違うパターン」を、自分の中に作り上げます

一般に、聴覚や視覚から得た情報は、思考に結びつきやすいです。テレビを見ていて、あれこれ考えてしまうのも、画面に映っているものや、聞こえてくる内容が、違う思考を呼び起こしてしまうためです。

なので、聴覚や視覚ではない要素から、刺激を受けることを取り入れます。

そうして、簡単には文章化もできず、実況もできない、状況を作っていき、「そのときの感覚」を、自分に刻み込んでいきます。

とり組みがしやすいひとつに、「味覚」があります。

味覚からの刺激は、聴覚や視覚ほどには、それを言語化して頭の中で説明するような形には比較的なりにくく、味そのものに、感動したり、印象をもったりすることが多いですよね。

味覚は、比較的、本能的な要素が多いため、だと思います。この点を、いかして、理性が働き過ぎない状況を作りだし、実況がとまっている時間を設けて、一時的にでもメリハリを付けることができますし、または、繰り返していくことで、そういう思考の(働き過ぎない、という)パターンを、自分の中につくっていくこともできます。

たとえば、普段あまり食べたことがない、味の想像をつかないものを食べてみる、ポピュラーではない国の料理を食べにいくなどして、「頭の中で、実況をすることができない、刺激を味わう」経験を、作ってみることなども有効です。

ワインを飲んだときに、「濡れた子犬のような、なんたら・・」という、うんちくが出るのは、そのことについて知識を持っているから、ですよね。そうなると、思考が働いてしまいます。

焼き肉を食べにいくとしたら、お店によって味付けの違いはあるとしても、「だいたい、焼き肉とは、こういうものだ」ということは、事前にわかっていますので、やはりそこでも、思考が働いた「感想」を持ちます。

けれど、あまり詳しく知らないことには、事前の予想も付けられないし、食べた瞬間の味わいにも、美味しいか、そうでないか以外の、つぶさな「実況」にはなりにくいので、「今まで使っていない感性で、その味の刺激を受けとめる」経験になり、実況から遠ざかる練習になります。

そのものに、入り込んで集中できるならば、映画(視覚)でも、音楽(聴覚)でも、実況をしないでいられる状態をつくることは可能ですよね。けれど、このタイプの人は、そういうことに、簡単には、「入り込んで集中を保つことが、できにくいタイプ」なので、頭の中の実況を止めるには、味覚のほうが取り組みやすいです。

予測のつかない、新しいことをすれば、余裕がないし、緊張も手伝って、実況が出てきてしまうことがないから、旅行などでも同じで、味覚に限定しなくてもよいのでは・・・、と思う方もいるかと思います。仕組みとしてはそのとおりですが、思考力が強くて雑念が多い人の大部分は、とても慎重ですので、明確な目的に基づくものならともかく、「実況を止めるために」などというような、抽象的な目的で、新しいことに取り組んでいくことが難しい場合も多いです。

「(新しい)味覚の刺激」で、素直にそのものを感じ取って味わっていく、そこに過剰な実況は挟まれない、という状況をつくることは、そのどちらにも当てはまらない中間なので、比較的取り組みやすい、といえるでしょう。

あくまで、「一例」ですので、この方法のみにとらわれず、「(実況をしない、という)仕組みの理解をしていけば、同じような効果の、たくさんの方法を見つけることはできると思います。

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2013年4月15日 (月)

大切なものを教えくれる、素敵な写真集「みさおとふくまる」。

この写真集は、昨年の一月に退院したころに、ちょうど、書店の目立つ棚に並べられていた本です。

私は、まだ、松葉杖で、なんとか歩いている状態でしたのでsweat02、高い位置の棚には普通に手が届きますが、低い位置の平置きを手にとって眺めるのは姿勢が辛くて、いい本だな、と思って、気になっていたけれども、じっくり拝見することがありませんでした。

先日、そのことを、ふと思い出したのですが、タイトルも分からないし・・・、きっともう、売り場には並んでいないだろうし・・・、見つけられないだろうけれど、思い当たる単語で検索してみよう、と、「猫 、おばあさん」と入力しましたら、

予測検索機能が、「猫 、おばあさん 、写真集」と表示してくれて(^^;)、あっさりと見つけることができました。他の人も、同じような検索をしているのかな、と、なんか親近感がわきましたね。

改めて、中身を拝見すると、本当に素晴らしいのひと言です。

写真の撮影者は、みさおさんの、お孫さんで、「おばあちゃんの、生きた証しを残したい」と、撮影を始めたそうです。

87歳のみさおさんは、ある日、家の納屋で左右の目の色が違う、子猫と出会いました。「福の神さまが来て、すべてが丸くおさまるように」という願いから、「ふくまる」という名前を付けて、一緒に暮らしています。

写真の中身は、農作業をしているみさおさんと、それを見守るふくまる、家の中で静かによりそっている二人・・・、見つめ合う二人・・・、お互いを思いやる、暖かい暮らしが、そこに感じられるようです。

本当に大切なものは何か、ということを、教えてくれる、「言葉がいらない」一冊だと思います。

こちらのサイトで、表紙以外の写真も、少し見ることができますね。農作業を手伝っている?ような写真が、私は一番好きです。 →  ★コニカミノルタのサイト

とても心が癒され、元気づけられる、素敵な写真がいっぱいで、お勧めです!

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2013年4月13日 (土)

自分の幸せについて、考える。

「幸せになりたい」、「幸せでありたい」と、誰もが少なからず思っているでしょう。

けれど、具体的に、何がどのようになったら、幸せといえるのか、その点について、分析的な思考をしている人は、あまりいないように思います。

幸せについて、すべての人に当てはまるような、一律の定義をつけることは出来ず、個人差があります。

楽しいことをしているのが幸せだ、という人もいれば、好きな人に囲まれているのが幸せだ、という人も入れば、さまざまな形があります。

同じ状況でも、それを満足で幸せだ、と受けとめる人もいれば、不満だと思う人もいるでしょう。

つまり、「他人と同じ幸せ」というのは、存在しません。何をどうしたら幸せなのかは、それぞれの心の中に、オリジナルな答えがあります。それを見つけること、見出すことは、大事です。

幸せとは、理屈ではなく、心の内側から、わき上がってくる感情や感覚ですので、必ずしも、条件や目的を持つことが必要ではないですが、

しかし、幸せに「なりたい」という、能動的なとらえ方をする場合には、どうしたら「なれる」かという、分析的な思考をして、自分の幸せについての解釈を作っておくことが、大切ではないでしょうか。

幸せという感情や、感覚について、意図的に分析するという機会は、意外と少ないものです。幸せを求めているはずなのに、それについて具体的に考えてみることがない、というのは、なんだか不思議なものですね。

幸せは、「きまった形のないもの」だから、 それについて、具体的に考えていくことに、メリットがないとか、無意味ではないかと、思えてしまうのかもしれません。

けれど、逆にいえば、形のない、抽象的なものだからこそ、言葉や思考で、便宜上の枠組みをつくるなどして、少しでも理解しやすくすることが有意義なように思います。

幸せになりたい、幸せを感じたい、と思う人は、まずは、自分にとっての幸せとは、何がどうなった状況や条件のときに、そうと言えるのか、考えてみましょう。

人の価値基準は、年月とともに変化していきますから、あくまで、「今の時点での、自分が思う幸せ」です。必要以上に複雑に考えず、「変化しうるものの、現在の基準」という前提で十分です。

これらは、分析をして答えを出すことだけでなく、(幸せについて)分析をする習慣を作っていけることが、長い目でみて役だっていくと思います。

先にも書いたとおり、答えは、時間とともに移り変わっていきますが、身についた分析の習慣は、その先もずっと、使っていくことができますから。

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2013年4月12日 (金)

私たちは、皆のおかげで、生かされている。

私たち人間は、たましいの学びのために、この世という場所で、数十年の人生を経験していきます。

私たちは、たましいの観点からみれば、学びの機会を「望んで、経験している」のですが、同時に、「機会を与えられ、生かされている」とも言えます。

この世で経験していく期間の長さは、人により違いますが、「生まれて、そしていつかは、その人生を終えていく」、という仕組みは共通です。

誰もが必ず、その過程をたどるのですが、「自分もいつか、人生を終える」と考えると、少なからず恐怖や寂しさを、感じるものではないでしょうか。

それは、未知への恐れ、でもあるけれども、親しい人達や、大切な人達、大事にしてきたものたちとの、別れがたい思いが、そうさせるという面もあると思います。

この世を去りたくない、という(生きている私たちが抱く)思いは、この世に愛する人がいる、愛する対象があるためだと思います。

ならば、そのような対象が、私たちを、この世という場所に「居たい」と思わせてくれている、留めてくれている、といえますよね。

それが、「生かされている」ということではないでしょうか。

大切な人達や、ものたちが、自分を、この世という場所に、留めてくれている、だからこそ、私たちは、この世にいるのです。

自分の力だけでなく、霊界の計らいだけでなく、この世でともに学んでいる人達が、私たちを、生かしてくれています。お互いに、その役割を担って、協力し合いながら、この世を学んでいるのですね。

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2013年4月 9日 (火)

男性は、コレクションが好き。

男性は、女性と比較して、マニアックな感覚をもっていて、コレクションをすることが好きです。

男性特有のこだわりがあり、それは、なかなか、女性には、共感しにくい、理解が難しい部分があるかもしれません。

テレビや雑誌などに出てくる著名人でも、マニアックなコレクションをしているのは、ほとんど男性ですよね。アメトークの「家電芸人」も、男性ばかりで女性はいません。女性は、あのようなマニアな視点で物を見る人は少数です。

もちろん、男性の全員、女性の全員に、すべて当てはまるわけではないけれども、一般に、男性のほうが、狭い範囲へのこだわりをもったコレクションを好む傾向がある、といえるでしょう。

女性からみると、何の価値があるのかわからないsweat01ものを集めていたり、使わないものをいつまでも保管していたり、お金も掛かるし場所もとる、なぜ、そんなことをするのか理解できない、と感じることも、あるかもしれません。

女性は、好みや収集欲からの物欲も、もちろん、あるとしても、比較的、実用性のあるものにお金を掛け、それ以外を省くことができる人が多いです。一方、男性は、女性よりも、夢を追い、興味関心のあることにお金を掛けて、それを自分の手元に置きたい、と考えるところがあります。

そのような、性別による、とらえ方の違い、男性の、夢を追いたい感覚を、女性が理解していないと、いらぬトラブルを招くことがあります。

女性が、女性の感覚で、無駄、不要品、と見なして、処分したものが、男性にとっては大切なコレクションだったりして、そこから、二人の関係に亀裂が入ってしまうことなども、ないとは言えないです。

男性も、女性との認識の差については、わかっている人が多く、マニアックな感覚を女性と共有しようとは思っていないです。それは、自分の世界観での楽しみだからです。なので、共感されなくても気にはならないけれども、否定されたり、勝手に処分をされたりすると、もう、自分自身を否定されたような、自分だけのテリトリーを荒らされたような気持ちになって、大ショック、ということが、あり得ます。

女性は、その点について、理解をしておくことは大事です。もちろん、そのご家庭によって、または関心の対象によっては、費やす金額や保管場所を考えると、賛成できない、認められない、ということはあると思いますし、男性を好き勝手させておくべき、という話ではありません。

けれど、男性とは、永遠の少年の部分があって、女性にはよくわからない(笑)コレクションを好む人が多い、という点を、あらかじめ分かっていれば、仮に、それを改めてもらわなければいけないと伝える場面でも、男性のプライドを傷付けるような言い回しは避ける工夫もできるでしょう。

女性は、このことを、頭の片隅に置いておくといいですね、何かのときに、役立つかもしれません(^^)。

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2013年4月 5日 (金)

言葉や会話の「含み」が、伝わりにくいときには。

会話の内容において、表面の言葉のとおりに素直に受け取り、それ以上の含みを想像できない、深く把握することが苦手なタイプの人は、わりとたくさんいるものです。

そして、そういう人と接する側が、「話が通じない」「どうすれば、スムーズなコミュニケーションになるのか」と、困惑してしまうケースも、少なくありません。

上記のような差異は、一方が「含みを理解できにくい人」で、もう一方が「含みを理解できる人」という組み合わせで、起こりますよね。

そのような認識の度合いの差がありながらも、会話をして、仕事なり活動なりをしていく必要があるのならば、理解出来る人のほうが、出来にくい人に寄り添って、合わせていくことが求められると思います。

なぜ、自分だけが苦労をしなければいけないのか、原因は自分ではなく相手なのに、と考える人が多いですが、しかし、認識の度合いに差がある以上、どちらかが寄り添っていかないと、すりあわせは難しいわけで、相手にそれが期待できないならば、自分がそうする以外に、現実的な改善が見込めません。

自分に負担が掛かるのがイヤだから、相手とのコミュニケーションを諦めて関係を断つ選択がとれるなら、それも自由ですが、しかし、多くの場合、そうはできない事情があるから、困ってしまうのでしょうし、ならば、何とかするという前提にたって、自分のほうから、歩み寄っていくことが大事です。

相手の許容量や、理解力が、自分よりも小さいとか、平均よりも小さい、という状況が仮にあったとして、そのこと自体を責めても、(責めたことが効果をなして)変わるわけではないでしょうし、相手にとっても、責められることも、責めたことで変われ、と期待されるのも、酷なことだと思います。

相手が変わる(成長する)ためには、時間が掛かり、それまでの間は、理解が出来る人が、なるべく寄り添う姿勢になることが、必要なのではないでしょうか。

含みが受け取れない、言葉のとおりに受け取ってしまう、という特徴を分かっているのならば、その特徴に合わせた言い方を心掛けることです。

そうとわかっているのに、含みが必要な表現や、比喩や遠回しの表現を使うのは、わざわざ通じにくさを作り出すことになりかねません。

たとえば、相手が理解しないときに、「なぜ、そんなことも分からないの!」と言うとします。その台詞は、言い換えれば、「そのくらい、わかってよ!」という主張ですよね、しかし、言葉のとおりにしか理解できない人は、「なぜ」と聞かれたら、わからない理由を尋ねられたと思うかもしれず、そこでまた、混乱が生じたりします。

「もっと、ちゃんとやってよ!」という、「ちゃんと」とは、具体的にどういうことなのか、「普通は、その場面で、その行動はしない」というなら、正しくはどういう行動をとるのがいいのか、含みや遠回しを使わない表現の仕方を、工夫してみるのも、ひとつのよい方法です。

そうして工夫をしていくことは、自分の会話力の向上にも繋がっていきます。相手のために、自分が割りを食って、苦労している、と思うかもしれませんが、間接的に、自分のためにもなっているのですね。

自分には原因がない、自分は悪くない、相手にすべての原因がある、という、自己中な考え方をしているときに、そういうタイプの人と出会って、自分の会話力やコミュニケーション力を見つめ直すことを促される場合があります。

必ず、自分にも学びはあります。より、伝わりやすいシンプルな表現を、今一度、基本に返って学ばされた機会ととらえて、出来る工夫をとっていくと、きっと、少しずつでも、何らかの変化は見られていくのではないでしょうか。

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2013年4月 4日 (木)

夢を通して伝えられる、メッセージ。

睡眠中の「夢」をとおして、必要なメッセージが伝えられることがあります。眠るという行為、夢を見る、という現象は、とてもスピリチュアルな要素なのです。

私たちは、寝ている間に、肉体を抜けて、たましいが、あちらの世界に里帰りをする、といわれています。そして、守護霊と、今後についての、作戦会議?を、しているのだそうです。

しかし、あちらの世界に戻っているときは、意識が、日常とは違う層にあり、霊的な層へとチャンネルがあっているので、起きたときには、その際の記憶が、意識の表面に出ることがありません。

それでも、たましいの深いところでは、作戦会議をした内容が刻まれていて、無意識のうちに、それらが自然に活用されていきます。

ときに、その様子の一部を、夢として、私たちは、記憶していることがあります。

夢のすべてが該当するわけではありませんが、中には、不思議で辻褄のあわない夢は、あちらの世界へ戻ったときの、記憶の断片、という場合も、あるようです。

あなたの受け取る力、理解する力が研ぎ澄まされていて、かつ、霊界が、あなたに伝えたいことがあるとき、意図的に、夢の中に、そのメッセージを含む形で、あなたにそれを「見せる」ことがあります。

何か、心に残るような、いつもと違うような、印象的な夢をみたときには、そこに、霊界からのメッセージが含まれている可能性があります。

夢にかぎりませんが、通常、あちらの世界から、伝えたいことがある場合は、「そうと、分かるように」伝えられてきます。

伝えることが目的であり、迷わせることが目的ではないので、その意味は、紐解けるようになっています。意味が分からないものは、そのまま受け流していくくらいが丁度良いと思います。こだわり過ぎも、よくありません。

印象的な夢、メッセージ性があるような夢をみたときには、心を静かにして、想像力で解釈をしてみましょう。何か、役立つメッセージを、その中に、見出すことができるかもしれません。

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