« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月の6件の記事

2013年2月27日 (水)

他者からの影響を、「引き受けてしまう自分」という考え方。

人との交流というのは、見えない領域での交流も含みます。人と人が関わるところでは、オーラも重なり合って、影響しあっていくからです。

そのため、特に、理由がなくて、何か失礼な言動をされたとかではなくても、「何故か、あの人といると、不愉快な気持ちになる」とか、「一緒にいると、疲れる気がする」というような、直接の行動と関連しない印象を受けることもあるわけです。

このような見えない領域での、影響の度合いというのは、お互いの「状態」の掛け合わせによって、決まっていきます。

自分の(日々、波があって、上下するものである)コンディションが下がっているときは、不快な影響をうけやすくなります。低いものと、低いものが、波長の法則で引き合ってしまい、「相手が、影響を与えてくる」というよりは、「それを、引き取ってしまう自分がいる」と言えるのです。

コンディションが、整っているときほど、不快なほうの影響は、受けにくくなります。仮に、受けたとしても、短時間でそれは自然に除かれていき、長く引きずることにはなりません。同じ波長のものが引き合いますから、引き受けたものは、馴染まなければ、自然に抜けていくようになっています。

人と関わって、影響されて、自分の調子が悪くなった(と、思った)とき、「あの人のせいで、自分が迷惑を被った」と、相手を悪くとって、自分を正当化して被害者のようにとらえてしまいがちですが、すべてを相手だけのせいにせず、自分の状態はどうだったのか、ということを、省みることも大切だと思います。

人間は、感情や体調など、常に変化し、上下していく要素をたくさん持っていて、完璧な人はいませんので、ときに、相手の状態に引きずられて、ときに、望ましくない影響を一時的に被ってしまうことは、誰にでもあり得ます。

けれど、普段から、状態がある程度整っていれば、それほど極端な影響にはならず、立て直していくことはできるものです。

相手が与えてきた影響というのは、きっかけのようなもので、「それを、引き受けてしまう自分の状態」のほうにも、原因はあるわけで、そこを見つめていくことが大切だと思います。

相手に責任がゼロだ、相手は悪くない、というつもりはありません。けれど、基本、どれほど自分の言い分が正論であったとしても、他人を変えることは簡単にはできません。変えられるのは、自分のことだけです。

つまり、「相手が、不快な影響を与えてくるような、状態である」ことへ、直接の働きかけをすることは難しいけれど、「影響を、引き受けてしまう自分自身の状態」については、心掛けて改善させていくことは可能です。

人と人との関係においてつくられる反応の、原因となる半分は自分ですので、望ましくない影響を、引き受けてしまったときでも、「それは、自分のことに目を向けて、さらに成長していくための、気づきの機会だった」ととらえていけば、相手への怒りの感情は薄れ、その分のエネルギーを、自分の成長のために、活用していくことができると思います。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

| | コメント (2)

2013年2月26日 (火)

自分と他人の人生を比較して、不公平感が出てしまうときの考え方。

私たちが過ごしている、この世という場所は、「あれ、と、それ」、「自分、と、他人」のように、区別をすることが容易な世界です。

そのため、私たちは、さまざまなことを比較して認識することができ、この世ならではの経験を重ねて、成長していくことができます。

しかし、それゆえに、どうしても、自分と他人を比較して、「なぜ、自分の人生は、あの人のようにはいかないのか」とか、「不公平だ」などと、思ってしまうこともあるでしょう。比較という感覚は、大いに学びになるかわりに、不満も生まれやすいと言えます。

誰もが、何度も生まれ変わって、学びを続ける、たましいの存在であることは同じですが、その学び方には、それぞれの特徴や差があり、一度の人生の、一部分のみを抜き出して比較し、優劣を付けることはできません。

その仕組みを、簡易な図にしてみます。

たとえば、たましいが、何度も生まれ変わって、学びを得る要素が、仮に5つ、あるとします。

Image228


「今回は、おおよそ、このくらいの範囲を学んでいこう」、という予定をして、それに見合った国や地域、家族構成やその他の環境を選んで生まれてきます。

その、「今回の学びの範囲」として、いろんな区切り方があるわけです。その区切りを、点線で図に示してみます。

以下のように、「一部の要素の比重が高い範囲」を決めてくるたましいも、あるでしょう。このパターンだと、得意なことと苦手なことの差が大きかったり、または、この道ひとすじ、のような専門的な生き方を選んだり、何か特定のことに関わったり、打ち込んだりすることの多い人生になることが予想されます。

Image226


また、別のケースでは、以下のように、「複数の要素を少しずつ含んだ範囲」を想定して、学ぼうとしてくるたましいも、あるでしょう。いろんなことが幅広く備わっているかわりに、特徴が少ない、とも言えますし、いくつもの要素を備えたマルチなタイプ、とも言えますし、特定の事柄にとらわれず、幅広くいろんなことに興味をもったり、関わったりする生き方になることもあるでしょう。

Image230



いくつもの、生まれ変わった人生を包括して考えれば、どれも最終的には、同じようなもの、ともいえますし、それぞれの一回の人生を抜き出せば、違うのは当たり前、とも言えます。

全体を考えずに、今回の限られた人生の、それもごくごく一部の要素のみを抜き出して、あの人はずるいとか、自分が損だとか、そういう考え方をしてもはじまりません。違うのが当たり前であり、違うからこそ、お互いに(比較から)学び合えるのです。

同じでないから、違いがあるから、不公平だ、という考え方になりがちですが、しかし、「わざわざ、違いをもって、生まれてきている」のですね、お互いの学びのために、です。

Image229


この二つの図形の、どちらが素晴らしいか、どちらが得か、と、優劣を付けるなんてむりですよねsweat02

どちらも、「隣の芝生は青い」というやつで、相手のことが良く見えてしまうものですが・・・「それぞれの、持ち味」がある、それぞれの人生です。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

| | コメント (4)

2013年2月19日 (火)

「区別の認識」「考え分け」が、出来にくい人。

この世という物質界には、「区別」をする、「あれ、と、これ、の違い」というような、認識が存在します。

あれとこれ、自分と他人、昨日と今日、というような区別ができるのは、この世には、「分離」という感覚があるためです。

この、分離感に基づき、区別の認識をすることや、考え分けることは、特に教えられなくても、自然に(それぞれの個人差はあるとはいえ)出来るようになりますし、使い分けて生活をしていますが、中には、この分離という認識が苦手、区別や考え分けが(平均と比較して)出来にくいタイプの人もいます。

たとえば、実際には起こってもいないことを、もしもそうなったら・・・と思い浮かべてしまうと、それだけで過剰に悲観的になってしまう、苦しくて苦しくて、そこから立ち直るまでに相当の時間が掛かる、という人がいます。

誰にでも、そういうことも、少しくらいはありますが、多くの人は、「頭で考えた、現実には起こっていない想像」と、「現実に出来事が展開していること」を、区別するので、どこかで気持ちを立て直していくことができるものだと思います。

けれど、区別や考え分けをすることが出来にくい人は、「現実に起こっていない想像に基づく感情」と、「現実に展開した出来事から起こる、感情」との、受けとめを、分けることが苦手です。なので、その人にとっては、どちらも同じくらいの不安と心理的な負担、として、とらえられてしまいます。

他人の手柄を横取りしても平気な人がいます。そういう人も、この傾向がある、といえるかと思います。意図的に、自分だけが得をして、相手を貶めるように振る舞っている場合は別ですが、そういう周到さはなく、「悪気がまるでないかのように、平気で自然に」そういう態度をとるような、天然?な感じの人っていますよね。

それは、自分がしたことと、他人がしたことの、区別の認識がしっかり為されないので、周囲の人からみると、ちょっとびっくりしてしまうようなことが、その人にとっては、「違和感のないこと」と、認識されてしまうため、だと思われます。

「嘘をついているのに、その自覚がない人」なども、そうかもしれません。事実と、自分が頭で思ったことと、他人が話していた他人の経験が、区別がなされずに、「すべてが、事実」と思ったり、「すべてが、自分の経験上のこと」と認識してしまうので、事実に照らし合わせれば明らかに違っているのだけれども、本人としては、嘘のつもりはまったくない、という、そういうことなどもあるかもしれません。

一時的に、特定の出来事に関してのみ、思い込みなどから、区分けの認識がされていない行動を取ってしまうことは、誰にでも、よくある日常の出来事だと思います。

けれど、常にそういうことが、あらゆる出来事において繰り返されてしまうならは、物事を受けとめる際の、区別の認識が出来にくい性質の人、という可能性もあります。

世の中の全員が、「平均的な感覚」で生きているわけではありません。得意なことと、苦手な事の差は、誰にでもあり、区別の認識という性質においても、平均レベルに出来にくい人もいるわけです。

それらも、広い意味では、個性のひとつであって、「大勢の人の中には、そういう人もいる」と、受けとめていくことも必要だと思います。 誰にでも、平均と比較してプラスの部分もあれば、マイナスの部分もあるのが、独自の個性を持った人間の姿です。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

| | コメント (3)

2013年2月18日 (月)

実りを運んでくれる人を、受け入れられる状態になっているか。

この世は、すべての出来事が、「カルマの法則」と呼ばれる、自分が蒔いた種が、自分に実る、自分がしたことは、良くも悪くも自分に返ってくる、という仕組みの中で、展開していきます。

予想しない、嬉しいことや、得をするような出来事が起こったとしても、それは、自分が過去にした行為が、形を変えて、自分に巡っているわけで、長い目でみれば、労せずに、 棚からぼた餅、というのは、ないわけです。

例えて言えば、自分のたましいが頼んでおいた、出前の予約が、時を経て実行された際に、出前を頼んだ自覚がないか、または忘れていて、びっくりしているようなもの、です(^^;)。

その、予約と、受け取りは、前世から、人生をまたいで届くこともあります。

「カルマの法則」とは、自分がしたことが、良くも悪くも自分に返ってきて、出来事が展開していく仕組みであり、「カルマ」とは、「自分の行い」のことで、自分が放った思い、発言、行動のすべてが、当てはまります。

日々の生活の中で、苦しいことや、努力が必要なことに直面したときには、上記の仕組みを思い出し、「これは、未来で自分が受け取れる、出前の予約をしている行為」と、思ってみてはどうでしょう。

自分が悪くないのに誰かに迷惑を掛けられている、とか、自分だけが割を食って、他の人よりも損をしている、と思うから、不愉快になるのであり、「自分の未来に受け取れる、準備をしている」、と思えば、他人に対する不満の思いから、抜け出していくこともできるかもしれません。

出前を受け取るためには、そのための、予約となる、種まきの行為を積み重ねることが前提ですが、同時に「自分の、ドアが開いている」ことも、必要です。心を開くこととか、人と関わることの大切さというのは、そういう要素とも、関連してきます。

せっかく、うけとれる出前の権利があっても、ドアが開いていなければ、手にする機会が少なくなります。

この物質社会において、何かを受け取る、ということは、自分に届けてくれる役割の誰かがいるわけで、その人が、自分の領域に出入りできる状態をつくっておくことも必要なのですね。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

| | コメント (10)

2013年2月17日 (日)

原因が存在してこそ、結果がついてくる。

この世の出来事はすべて、スピリチュアリズムの大原則ともいえる「カルマの法則」の元で展開しています。

自分のしたことが、いつか、何かの形で自分に返ってきて、学びを与えられる仕組みが、カルマの法則ですので、私たち人間が、この世で体験する、楽しいことも、苦しいこともすべて、何らかの原因があって、それにつれて結果が引き起こされています。

自分がしたことが、自分に返ってくる、・・・ということは、「自分がしないことは、自分に返ってこない」、ということです。

つまりは、必要なことを何もしない、原因となることをつくらない状態では、「必要なことも、起こらない、という結果を招いてしまう」、ことになります。

もしも、現状の自分が、刺激がないとか、つまらないとか、希望がもてないとか、停滞している、と感じることがあるなら、過去の自分の行いについて、振り返って分析をしてみることです。

「自分のしたことは、いつか、何かの形で、自分に返って」きて、その出来事を通して学びを与えられる仕組みであり、「自分がしないことは、当然ながら、自分に何も返ってこない」という結果から、行動、発言、思いなどの行為の大切さを、私たちに教えてくれるのが、この、カルマの法則という、真理の仕組みです。

過去を振り返って、計画性や、目的意識を曖昧にしたまま、なんとなく過ごしてきてしまい、やりがいや手応えが感じられない現状に至っているとするならば、過去を嘆いているよりも、気持ちを切り換えて、「今から出来ることを、まずは、行動する」ことが、大事だと思います。

過去を嘆いて、何もしない、のでは、そこでまた、行動を起こすチャンスを、自らが放棄していることになります。

過去を振り返り、過去を学びとして、今までを取り返して補うべく、行動を起こしていく姿勢になることが、自分の人生を豊かにしていくことに繋がると思います。

ひとつの考え方として、参考までに、以下を書いておきます。

物事は、足し算の積み重ねもあれば、掛け算の「掛け合わせ」もあります。当然、多くの場合、掛け算のほうが、数字が大きくなりますね。

過去で,、未来につながる「原因となること」を、十分にしてこなかったと思える場合でも、全く何もしない、したことがゼロだ、という人はいないはずです。そこまでの人生が存在している以上、気づいていないこともふくめて、積み重ねてきたこと、経験してきたこと、知識を得てきたことは、あるはずです。

それらを基に、「掛け算」になるようなことを、工夫してみるのも、ひとつの方法だと思います。どんな条件のときに、掛け算の効果が引き起こされるかは、以前の記事内で、何度も取り上げているので、そちらを参考にしていただければ、と思います(^^)。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

| | コメント (4)

2013年2月14日 (木)

自分が蒔いた種の実りは、自分が得られる。

自分だけが大変な思いをしていて、苦労をしていない他人がずるい、不公平だ、と思ってしまうことは、よくあります。

しかし、自分がしたことはすべて、何らかの形となって、自分に戻ってくるという、「カルマの法則」があります。 その出来事のみを単体で抜き出せば、自分が大変で、他の人が楽をしている、と思うかもしれませんが、結果までも含めて、総合的に考えれば、受け止め方も変わっていくものです。

たとえば、A子さんは、家庭菜園を作ろうと、一生懸命に手入れや作業をしているとします。B子さんは、何もしていません。「作業の多さ」「労力の負担」は、一方的にA子さんだけに掛かっていますので、単純にそれのみを比較すれば、「A子さんは、B子さんより、大変」ということになります。

しかし、収穫の時期になって、実りを得られるのは、菜園を持っているA子さんです。B子さんは、植えていないのですから、無関係です。

A子さんは、「作物の手入れに苦労をして、その結果、収穫の時期を迎えて、たくさんの実りを手にした」状態で、B子さんは、「作物をつくっていないので、実りを手にしていない」状態で、この二つを比較したときに、A子さんが、損をしている、という評価にはなりませんよね。

どんなことも、長い目で、その先までをもとらえていけば、相応の見返りはあるものです。

「自分だけが損をしている」という気持ちがわき上がってきたときには、「この場だけを考えずに、その結果までを含めてとらえていこう」と、自分に言い聞かせて、「結果を想像してみる」ことを、心掛けてみましょう。

上記の例でいえば、作業が大変な自分のことや、何もしないB子さんへの不満がわいてきたときに、「秋になって、たくさんの収穫をしている自分自身の姿」を思い浮かべていけば、不満はいくらか、薄れていくのではないでしょうか。

すべては、自分に返ってくる仕組みがあるのだから、どんな出来事も、長い目でみれば、「自分のために、していること」といえます。そこに、B子さんがずるい、というような、他人を同列にとらえる感情を掛けあわせることで、焦点がずれてしまうと思います。

「すべては、自分のため」「いつか、自分に返ってくる」と思えば、他人への不満や、一時的な不公平感は、それなりに割り切りをもって、自分の未来を見据えて、必要な努力を積み重ねていくことが、できるのではないでしょうか。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »