« 「依存や要求を、何度も平気で繰り返す人」の、心のそこにある思いとは。 | トップページ | あるはずのものが忽然と消える、「物品移動現象」。 »

2012年12月21日 (金)

現代人は、「生き方」に迷っている。

日々、いろんなご相談をお受けしていて、考えさせられるのですが、現代の人は、生き方に迷いをもっている人が多いです。

どのように自分の人生を考えたらよいのかわからない、この先の人生のビジョンがつくれない、なぜ、生きていかなければいけないのか、何を目的に生きるのが正しいのか、と、表現こそいろいろですが、多くの人が、「生き方に迷っている」時代です。

なぜ、このようなことが起こっているか、そのひとつは、現代が満たされていることが理由でしょう。よほど極端に他人に迷惑を掛けるようなことさえしなえれば、現代の日本においては、かなりの自由な言動が許され、好きなように生きることができます。

人は、制限されていると、「自由になりたい!」と思うものですが、いざ、自由になってみると、「どうしたらいいのか、わからない」気持ちになってしまうものではないでしょうか。ある意味、制限されているほうが、目的がはっきりしていて、行動しやすい部分もあるものです。

たとえば、「予算が10万で、日程が3日以内で、好きな旅行プランを立てなさい」といえば、その条件の中で、いろいろ考えることができますが、「何でも好きにして、旅行をしてください」といわれても、どこから思考をスタートさせていいのか、意外と難しいものですよね。

独身時代に仕事が辛くて、結婚して専業主婦になって、仕事から抜け出したと思ったら、今度は時間をもてあまして、会社が懐かしく思える、やっぱり仕事をしていきたい気持ちになる、という話なども、よく耳にします。

制限されていることは、苦しさはあるけれども、また別の視点では、制限されているからこその、安定とか、過ごしやすさ、目的意識の持ちやすさ、というものは存在するのですよね。

実際に、自由になってみると、意外と、行動の指針となるものがないことに気づき、どうしたらいいのかが、わからなくなってしまうことがあります。

昔の時代は、学問というのは限られた一部の人達だけのものでしたし、男子たるものこうあらねば、とか、長男は家を継げとか、親の決めた相手と結婚しろとか、いろんな枠組みがある中での生き方をせざるを得ませんでした。

しかし、現代の日本は、ある程度の豊かさがあり、教育も行き届き、そして世界で類をみないほどの治安もあり、その上、人の権利が確立されてきて、制限が少なくなり、生き方に多様性が生まれました。

職業も学問も、自分で選んでいくことができ、最低限の生活が保障され、個人の権利や自由が尊重される世の中となり、昔ながらの、こうあるべき、という生き方の枠組みから抜け出すことができました。

そのように、多様性が認められた反面、人とは、男性とは、女性とは、どのように人生を過ごしたよいのか、という、全員に共通した指針となる教科書はなく、手本となる基準もない、「自分で、自由に」考えざるを得ないのが、現代です。

この位の年代になったら、こうしなければならない、という制限はないかわりに、このくらいの年代になったときに、こうすればいい、という模範解答もありません。すべて自分で決めていける、とも言えるし、自分で決めていかなければならない、とも言えます。

恵まれていて、ありがたい時代であると同時に、指針を自分で作っていかなければならない、という、自主性が強く求められる現代を、どのように生きていくか、それ自体が、今の時代に生きている人に共通した学び、なのでしょう。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

|

« 「依存や要求を、何度も平気で繰り返す人」の、心のそこにある思いとは。 | トップページ | あるはずのものが忽然と消える、「物品移動現象」。 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「依存や要求を、何度も平気で繰り返す人」の、心のそこにある思いとは。 | トップページ | あるはずのものが忽然と消える、「物品移動現象」。 »