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2012年12月 5日 (水)

感情と感情の「掛け合わせ」。

感情に振り回されてしまう、感情が優先してしまう、という状態になることがあります。

しかし、そう頻繁に、感情だけが先行することは、普通はないもので、多くの場合は、理性があることでバランスが作られ、ある程度はコントロールがなされているものです。

誰かが、自分に、何か酷い言動をとって、その瞬間に、自分の感情が爆発した、というのは、普通に考えてみれば、ちょっと不自然でもあります。唐突に、酷い言動をされたら、「私が何かしたかしら?」と、単純にびっくりするとか、または、「なぜ?」とショックをうけるとか、そういう反応になることが多いはずで、いきなり、感情の導火線に火がついてしまうのは、よく考えてみれば、ちょっと極端な反応といえるのではないでしょうか。

このような場合、そのとき発生した感情と、既に存在していた別の感情とが、掛け合わせとなり、大きなエネルギーとなって表面化していることが多いです。

たったひとつの出来事から作られた、感情単体では、自分のコントロールがきかなくなるほどの大きさとはならず、二つ以上の感情が、「掛け算」になっているときに、一気に数値が大きくなって、大爆発になっていきます。

「子どもが言うことをきかない」「義両親が勝手だ」「旦那に思いやりがない」」という、感情だけでは、しれた程度ではないでしょうか。

その他に、掛け合わせとなる感情、たとえば、「自分だけが常に損をしている」「私が好きなことをする時間がない」「自分の存在価値が正当に認められていない」という思いがあって、その状態で、何かのきっかけが、新たな感情を発生させたときに、

過去から存在している感情と、新しく発生した感情が掛け合わせとなり、とても大きくなって、「新しく感情を発生させた対象に、そのすべてが向かってしまう」場合が多いです。掛け合わせになっていることに気づかずに、新しい感情の要因が、すべての原因だと認識してしまいます。

たとえば、「以前からずっと、自分は誰からも大事にされていない」、という不満をもっていて、そこに、「旦那が勝手にお金をつかった、という状況が発生」すると、その二つの感情が掛け合わされて、大きな不満となり、その不満のすべてが新しい要因へと向かい、「旦那がお金をつかったことで自分がこんなにも苦しくなっている」と、思ってしまいます。

そして、旦那に向かって、掛け合わせた感情のすべてが、爆発してしまい、トラブルになります。

「二つの掛け合わせで、大きくなった感情」を、「そのうちの一つである、相手」にぶつけてしまえば、相手からみれば、自分が発した以上の大きさでエネルギーが返ってくるわけですから、相手もまた不満を募らせ、関係の継続に影を落とすことになってしまう可能性もあります。

それほど大げさに怒らなくてもいいような状況で、感情が大きく出てしまう人というのは、それ以前に、自分の中に、何かの不満なりの感情が存在しているから、なのですね。

このようなタイプと接する場合、とにかく刺激を与えないようにして、やりすごそう、という対処法を取ることが多いのではないでしょうか。

上辺だけの付き合いならば、それも一つの方法だと思いますが、近い関係で、お互いの信頼をつくっていく必要があるときには、「その人が、常に抱えている不満とは何か」を想像して、そちらを減らすことはできないか、という点からのアプローチが、改善につながることもあるかもしれません。

自分が感情に振り回されてしまうタイプだ、と、自覚がある場合は、上司が悪い、世間が悪い、○○が原因で怒りが出てくる、だから私はこんなにもイライラさせられる、という、「それ以前に、心の中に、何かの不満なり、不安なりが存在していないか」、自分の心を見つめていくことが大切です。

感情に支配されているときに、自分の心を見つめるのは難しいものです。冷静なときに、自分を見つめる時間をとっていくと、過去から抱え続けている何かを、見つけることができるかもしれません。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

いつも良いお話をありがとうございます。
ちょうど今朝、朝食の席で息子にカミナリを落としたときの状況がまさにこれ、だったと思いました。
最初は結構冷静に話していたつもりだったのだけど、自分のココロの中に気づかずにもっていた感情に掛け合わさってしまったのでしょうね。それでカミナリに変化したのだな、と得心しました。
まずは自分のココロの中をもう少し丁寧に見ておいたほうがよさそうです^^;

投稿: ぱるっち | 2012年12月 5日 (水) 14時20分

*ぱるっち さま

相手に原因があると思える感情も、「発生させているのは自分」という観点から分析すると、いろんなことが見えてきますね(^^)。

投稿: リカコ | 2012年12月 5日 (水) 15時38分

リカコさま

いつも為になる考え方をありがとうございます。
以前のブログの中で【掛け合わせ】でかけ算となり、大きくなってしまうお話をされていましたね。

今回のお話の中で、自分は【感情に振り回されてしまうタイプ】と自覚しています。
そうなってしまうのは、仕事の場合でしたら、
問題点を提議しても「やりすごそう」と対応されてしまうと、
何度も同じ事を言っているのに、意味合いに気付いてもらえないことと、
一生懸命さが正当に伝わらないこと、危機感のなさに苛立ちを覚えるなどの
感情が掛け合わせて大きくなってしまいます。
仰るように【その人が、常に抱えている不満とは何か】を考慮してもらえたら、
こちらも感情的になって申し訳なかったと、もう少し伝わる工夫や努力、
どこかで仕方がないと思うようにするなど、反省することに気付かされるのですが、
堂々巡りしてしまいがちです。

自分が【感情に振り回されてしまうタイプ】なので、
同じタイプの人を客観的に観察するとなぜ爆発したか、気持ちがわかる部分もあります。
その受けられた方の対応が「私が何かしたかしら?」的だと油に火を注ぎますね。

【その人が抱えている不満とは何か】を考えて、
「こういうところが大事なんだろうから、しっかり聞くよ」とわずかでも気がついてもらえたり、
又は「気持ちはわかるから、でもそういう感情の出し方は良くないよ」と向き合われたら
お互い歩み寄り、譲り合えるような関係が作れるのでは、と思いました。

感情に振り回されない身近な人は、何事もあまり恐れずになんとかなると
受け入れの早さや気持ちの切り替えが上手です。
「そんなに怒る事じゃない」と反論されるのは、
自分の感情の出し方、言い方が適切ではないからですね。。

人の考えはそれぞれですし、後から整理すれば少しは気がつくものだとわかったとしても、
実際その時の感情のコントロールは難しいです。

先程、感情的になってしまいましたので、相手そのものの「人」が悪いのではなく、
その間にある関係性のお話をされていた記事を思い出し、理性を働かせようと思いました。
反面、自分は相手の立ち位置をちゃんと理解しているのか。。。
今回の記事も大変ためになりました。
ありがとうございました。

投稿: あさ | 2012年12月 5日 (水) 16時00分

*あさ さま

>問題点を提議しても「やりすごそう」と対応されてしまうと、
>何度も同じ事を言っているのに、意味合いに気付いてもらえないことと、
>一生懸命さが正当に伝わらないこと、危機感のなさに苛立ちを覚えるなどの
>感情が掛け合わせて大きくなってしまいます。


何度も同じことを言っても、何度もやりすごされてしまうのがなぜか、ということは、お考えになってみましたか。

たとえば、人参が嫌いだから付け合わせを残す人に、何度も、付け合わせを出しても残す、というのは、あり得ることで(^^;)、ならば、調理を工夫して食べてもらえるようにする、などの手段を、私ならばまずとってみようとすると思います。

同じことをして、やりすごされているのに、また同じことを重ねても、同じ数字の掛け算から導き出される答えは、同じものになる気がします。


>仰るように【その人が、常に抱えている不満とは何か】
>を考慮してもらえたら、
>こちらも感情的になって申し訳なかったと、もう少し伝わる工夫や努力、
>どこかで仕方がないと思うようにするなど、
>反省することに気付かされるのですが、

私がここで書いているのは、身近そういう人がいる場合の、相手側になったときに、できるならば、このような考え方をしていくと、その人の言動を少しは理解できる(から、よい対処法も見つかるかもしれない)という点と、

または、自分自身がそのタイプに該当する場合に、相手のせいに思えることも、(掛け合わせとなる)別の感情が自分自身にあることを自覚していきましょう、という点であって、

感情に振り回される人に気配りをして、周囲の人が合わせるべき、ということではありませんよ(^^;)。そのとらえかたは、ちょっと、自分中心になっていると思います。

以前の記事で取り上げた、「自分は被害者なのだから、自分に気を遣うべき」というタイプと、同じ主張になってしまうと思います(^^;)。そうならないために、自分を省みることが、この記事の主旨です。

または、そういう人と、少しでもうまく、なんとかやっていくためのヒントになれば、という思いもあります。

感情が掛け合わされてしまう人を正当化して、その人達に、他の人が配慮していくべきですよ、ということを書いているのではないです。

感情が大きくなってしまう人が、悪いということではないです。それもまた、その人の性質の一部だからです。しかし、そうなってしまう、というのは、その人個人の都合でもあります。

それに、他人が配慮すべきなのか、というのは、一律にはいえないし、配慮するとしたら、配慮する側の人が、大人の感性や、厚意から行うことであって、「してくれたら、ありがたいこと」であって、「してくれて当然のこと」ではないので、相手に求めすぎにならないように、考えていくことも大切ではないでしょうか(^^)。

投稿: リカコ | 2012年12月 5日 (水) 17時18分

>【感情に振り回される人に気配りをして、周囲の人が合わせるべき、ということではありませんよ(^^;)。
そのとらえかたは、ちょっと、自分中心になっていると思います。】
>【「自分は被害者なのだから、自分に気を遣うべき」というタイプと、同じ主張になってしまうと思います(^^;)。
そうならないために、自分を省みることが、この記事の主旨です。】

そうですね!その通りですね。その分かって欲しいという気持ちが強すぎると、
このような訴えるような文章、表現、自分中心な考え方になるのですね。
自分を省みることが主旨のお話なのに、正当化する話ではないことに気づかず、
この場で長々と申し訳ありませんでした。(^^;)
気付かせてくださってありがとうございます!気遣って欲しいと相手に求めていたのですね。
「自分は被害者なのだから、自分に気を遣うべき」の記事は自分にあてはまりますし、
要素は、ここにも繋がるのですね。


>【何度も同じことを言っても、何度もやりすごされてしまうのがなぜか】

毎回、自分なりに懇切丁寧にしたつもりだったり、わかりやすくしたつもりでも、
やりすごされるのは、その工夫では伝わらない、該当しないことに力を注いでいたのかもしれません。
もう一度よく考えていきたいと思います。


>【相手に求めすぎにならないように、考えていくことも大切ではないでしょうか(^^)。】

はい、このような考え方を前提に物事を捉えていってみます。
プラス感謝の気持ちを忘れないように、基本ですね。ああ、恥ずかしい!一呼吸、深呼吸。

本当にありがとうございました!お礼申し上げます(^^)

投稿: あさ | 2012年12月 5日 (水) 18時33分

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