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2012年11月 3日 (土)

向き合うべきもの、抜け出すべきもの。

自分が、現実の出来事として、あるいは、内的な学びとして、「向き合うべきものに、向き合っていく」ことの大切さは、多くの人が、理解なさっています。

しかし、実際に、「向き合うべきものを、自分自身で見極める」ことは、容易ではありません。

なぜなら、それらを見極めるためには、自分自身を客観視するように、冷静な視点でとらえていく必要がありますが、自分を客観視するのはむずかしいからです。

自分が他人を見るときには、自分から他人までの「距離」があり、その距離の「間」に、理性的な分析や洞察という思考をいれていくことはしやすのですが、自分と自分との間には距離がないので、そこに意図的に理性を入れることは(他人の場合と比較して)、難しさが出てきます。

その結果、自分では、「向き合うべきものに、向き合っているために、その過程で発生する苦労を経験している」つもりが、実は「本来、その人が、向き合うべきものではなく、「こだわりや、とらわれから抜け出すべきものに、向き合っている」ゆえに、苦労を作りだしている」ようなことが、起こり得ます。

自分の向き合うべきものに向き合っていく作業は、とても辛くて苦しいものですが、しかし、そうして努力をしていけば、だんだんと、見えてくる喜びや手応えというものが、何かしら感じられるものです。

なのに、時間を掛けて取り組んでいるのに、向き合うほどに、どんどん苦しくなる一方で、まったく、そのような内的な気づきや手応えが得られない、というときは、ちょっと、取り組んでいるところが、ずれているのかもしれません。

考えられる原因のひとつとして、「取り組み方が、ふさわしくない」場合もあります。向き合う要素は正しくても、その向き合い方が効果的ではないこともあるでしょう。

しかし、少なくない確率で、「それは、抜け出すべきもの、であり、向き合うべきものではない。なのに、そこに向き合っているために、むしろ、こだわりやとらわれを強めてしまっている」ケースは、見られるように思います。

自分ではきちんと取り組んでいるはずなのに、手応えがつかめない場合は、今一度、自分が、「向き合って、乗り越えよう」としている要素は、「自分が、真正面から取り組んで乗り越えていくことがふさわしい要素」なのか、むしろ、「抜け出さなければいけない要素に、向き合ってしまっていないか」、この点を考えてみるとよいでしょう。

自分が向き合うべきものは、本当に、「それ」「そこ」なのか、という観点で、とらえていくと、また別の何かが、見えてくるかもしれません 。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

リカコさま

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実は「本来、その人が、向き合うべきものではなく、
「こだわりや、とらわれから抜け出すべきものに、向き合っている」ゆえに、
苦労を作りだしている」ようなこと
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向き合うことが大切だとばかりに、
そのような考え方をしたことがありませんでした。

しかしこのところ、問題点から逃げようが無く、
向き合うにも自分が消耗してしまって、
それでも調和を持ってうまくやっていくにはどうすればいいかと悩んでいました。
毎回同じところで躓くものですから、
自分の心の持ち方に問題があることは承知でした。
そして、人を遠ざけるのではなく、自分の中の意識そのものから離れるように、
とらわれないように、自分のやるべき事に集中するように心掛けてみました。
やり方は間違っているかもしれませんし、
正直、逃げにならないかと良心が痛むこともありますが、
同じ思考の繰り返しだけはしたくないと思いましたので、
まずはそれで自分の心の折り合いをつけてみることを試みました。

それから、少し時間が経ちましたが、何に心を砕いて悩んでいたのかが忘れる程、
気持ちが楽になってきています。
もしも気持ちに余裕が出来れば、良い方向へ戻すことも可能かもしれません。
抜け出すまでには至りませんが、「向き合うことにもふさわしい要素」があるのだと、
今回の記事を読んで、おぼろげながらその大切さがわかるような気がしました。

「聞き流す」、「やりすごす」、こととはまた違った、心に届く正しい見解のような、
とてもすてきな視野の広い考え方だと思いました。
本当にありがとうございました。

投稿: あさ | 2012年11月 3日 (土) 22時05分

*あさ さま

なんでも真正面から取り組んで乗り越えていくのがベスト、とは限らないと思うのです。

ときに、「かわす」ことや、「避ける」ことが、丁度良い距離感をつくって、問題の解消・・・とまではいかなくても、減少にはなることもありますし、自分がこだわりを手放しさえすれば、競争も勝負もしなくていいので、目立った問題も起こらず、消耗もしない、という場合もありますので、

向き合うことが必要なものと、向き合わなくてもいいもの、という区分けを考えていくと、必要なことにエネルギーを集中して注いでいけるようになると思いますsun

投稿: リカコ | 2012年11月 3日 (土) 23時02分

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