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2012年11月30日 (金)

依存的で、わがままで、自己主張が強い人の、価値基準。

世の中には、いろんな性格の人がいて・・・、自分とあまりに違っている個性をもった人と関わると、相手が、何を元にその言動をしているのか、全く想像することもできず、対応に困ってしまうことがあります。

逆に言えば、相手が何を元にその言動をしているのか、自分はそれに共感できるかどうかは別として、相手の価値基準を一部でも予測することができれば、多少なりとも、対応がとりやすくなる、といえます。

「依存的で、ワガママで、自己主張が強い」タイプの人が、どうして、どのような強気な言動をとって、相手に好き放題の主張ができるのか、

おそらく、この文字だけを見て考えると、「きっと、甘やかされて、我慢することを知らないために、何でも自分の言い分が通ると思っているのだろう」と、想像するものではないかと思います。

中には、そのパターンが当てはまる人もいると思います。しかし、実は、そのような言動を取る人は、自分のことを、弱い立場にある被害者だ、と、思っていることが多々あります。

イメージは、まるで真逆ですよね。端から見れば「甘やかされて強気なのだろう」と思われていて、本人としては、「自分は弱い立場の、被害者である」と、思っているのです。

なぜ、自分のことを弱い立場だと思っている人が、依存的で、わがままで、自己主張が強い態度をしてしまうのか、

それは、「自分はこんなにも大変なのだから、他の人達が、そんな自分にいろいろしてくれることが当然」だと、思っているからです。

依存ともワガママとも思っていなくて、本人は、世の中に対して、正当な要求をしているだけ、という認識をもっているのです。

体の調子が悪い人や、病人がワガママになってしまう、というケースを見聞きしたことがある方もいるのではないでしょうか。それと同じようなものです。

私も、怪我をして入院した経験があるからよくわかるのですが、「自分は大変な目にあっている。だから、大変な目にあっていない他の人達は、そんな自分に配慮するのは当然で、合わせるのが当然で、そうしてくれることで、お互いがやっとイーブンな関係になる」かのように、思ってしまうところがあります。

わかりやすさのために、数値化してみます。

たとえば、病気になった人が、自分の状態を「マイナス3」だと思っているとします。お見舞いに来てくれた相手が、「プラス8」くらいのことをしてくれたら、とてもありがたく相手に感謝します。

しかし、「プラス2」や「プラス3」程度のことをしてくれても、あまり感謝の気持ちがわかずに、それくらいしてくれて当然、のような気持ちになります。

その人の中では、プラス2~3、くらいのことをしてくれても、それでは、まだ、相手のほうが有利で、自分が 不利ではないか、自分はこんなに辛いのだから、そんな自分には相手はもっと気を配るべき、それが当然であり、常識であり、礼儀であろう、というような、考え方に「なってしまう」ことがあるのですね。

私も、入院中は、一瞬、そういう考えになりかけたことがあります(^^;)。が、数時間で、ほどなく、その考えは正すことができました。それは、人の振り見て我が振り直せ、というやつで、他の入院患者さんたちが、教えてくれたというか、見せてくれたことで、内省することができたのです。

整形の入院患者さんは、高齢の方がほとんどです。「私は、怪我をして大変なのよ」という気持ちに、「私は、高齢なのだから、もっと大変なのよ」という気持ちが掛け合わせになるので、それはもう、ワガママになります(でも、そうなってしまうのは、仕方がないと思いますので、酷いとは思いません。ご家族の方やスタッフの方は、大変そうですが;)。

入院中に、そのような極端なケースを見せてもらって、私は学ぶことができました。

本当は、してくれることは全てありがたいことであって、してもらえるのが当然、などということは存在しないのですが、自分が、弱い立場に置かれているときは、気を配ってもらうことは当然で、さらに、プラスアルファを要求することも、当然だと、どこかで思い込んでしまうものなのでしょう。

「依存的で、ワガママで、自己主張が強い」タイプの人にも、上記の例えのような思考が、そのまま当てはまります。

何か、その人の中で、自分は弱い立場であって、かわいそうであって、被害者であって・・・、周囲の人がそんな自分のマイナスを埋める行動をすることが当然であって、自分はそれを要求することができる、という、自分目線での思い込みがあるのでしょう。

私が、ほんの一瞬でその思いから抜け出せたのは、「自分で転んだから(^^;)」という状況が大きいような気がします。もしも、他人の自転車に引っ掛けられて転ばされた、とかであれば、被害者意識が掛け合わされて、なかなか抜け出すことができなかったかもしれません。

つまり、その思いが大きく強固になるには、その人の中での、被害者意識の大きさが影響しています。

自分が今の弱い立場や苦しさを抱えているのは、親が悪い、上司が悪い、旦那が悪い、という、他人を責める気持ちが大きいほどに、相対する自分の弱者、被害者という、自分の中での印象が強くなります。

そして、加害者と思っている相手(親、など)に対してではなく、第三者にも、主張や要求や依存を向けてしまう人が多いので、そこで、トラブルが作られるわけです。

私がこんなに大変な目にあっている、苦しい生き方をしてきたことを、知っているはずなのに、考慮しない相手がおかしい、もっと気を配ってくれるべき、それが公平であって、自分だけが割を食っているのは不公平(だから、要求できるはず)、と、自分中心の思考が展開していきます。

「依存的で、ワガママで、自己主張が強い」タイプの、言動の「元」になっている価値基準は、自分を被害者だと思っていて、そのことを他の人にわかってほしい、共感してほしい、という強い思いから、作られていることが多いのです。

そういうタイプの人と、うまくやっていくために、どう接していくのがよいのか、「元」となっている価値基準の仕組みを、知識として理解しておくと、少しは、役立つ部分もあるかと思い、書いてみました。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

ありがとうございます。
まさに同じような状態の母の気持ちがわかったような
気がしました。やってもやっても、求められ、、、、
心身ボロボロになってつくしても満足してくれない。
それなのに強気にでる母が全く理解できなかったですが、、。救われたような気がします。

投稿: りんご | 2012年11月30日 (金) 16時03分

*りんごさま

その要求の「元」になっているのは何か、というのを考えていくと、お母様は「何を満たしてほしいのか」が、わかるかもしれませんね。

それは、口から言葉として発せられている、アレをして、コレをして、ということとは、別のもので、だから、要求に対して何を尽くしても、満足してくれないのでは、と、ちょっと思いました(^^)。

投稿: リカコ | 2012年11月30日 (金) 16時17分

いつもお世話になってます。
ありがとうございました。

そんな状態に陥りがちな自分や家族を、もう一歩客観的に見ることができた気がしました。
もしかしたら、あの時のあの人はそれだったのか、とも思いおこしつつ。
結構あるものなのかもですね。
自分自身も直したい欠点です。

投稿: ばび | 2012年11月30日 (金) 23時53分

*ばびさま

ここで書いているのは、わかりやすさのために極端なケースをあげていますが、小さいものも含めれば、きっと、誰の中にもある要素なのではないかと思います(^^)。

投稿: リカコ | 2012年12月 1日 (土) 09時33分

被害者意識があるのだろう…という所までは理解ができても、私はその人の身になって考える事ができません。
いつもそんな事言ったって、仕方ないじゃない…と思ってしまいます。自分にできる事をできる範囲内でしていく事しかできません。
病気で入院してしまっても、周りの私たちには限りがありますよね。どうしたら被害者意識を取り除けるんでしょうね。周りが精一杯しても伝わらない時は伝わらないものですね。
元々そんな人が病気なんてしたら、大変ですね。さらに…ですよね。ましてやリハビリなんてしないといけない状況になったら被害者意識なんてあったら難しいですね。
頑張らないといけないのに…。

投稿: はすち | 2012年12月 1日 (土) 18時33分

*はすちさま

その人の見になって考えることができようと、できまいと、理解することができようと、できまいと、いずれにしても、「自分が出来ることを、出来る範囲でしていくことしか出来ない」のは、同じではないでしょうか。

仮に、その人の身になって考えられたからといって、出来る範囲を超えることは不可能で・・・、それとこれとは別問題のように思います。

投稿: リカコ | 2012年12月 1日 (土) 21時15分

改めて自分のわがままさに気付きました。
これから気をつけて生活をしたいと思いました。気付かせてくださり、ありがとうございます。

投稿: なな | 2014年12月23日 (火) 09時46分

・なな様

ワガママが人がこういう内容をご覧になって自分で気づくことは、とても難しいことなので、それができる方だということは、思っていらっしゃるほどにはワガママではないのかもしれないですよ(^^)!

投稿: リカコ | 2014年12月23日 (火) 16時45分

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