« スズメからの恩返し? | トップページ | 過剰な解決思考。 »

2012年9月 7日 (金)

守護霊に感謝すると、得をするか?

「守護霊に、感謝の気持ちを持っているほうが、たくさん守ってくれて幸せになれますか?」とか、逆に、「守護霊にいつも感謝しているのに、まったく効果が表れないのは何故でしょうか」というご質問をいただくことがあります。

そういう質問がくる時点で、「守護霊とは、魔法のように、自分を助けてくれるもの」とか、「感謝すれば、嬉しくなって守ってくれる存在である」という、曲解があります(^^;)。

前者のほうは、「守護霊は、私たち人間が成長するための導き役であって、何でも望みを叶えたり、災難を取り除いたりしてくれるような、便利な魔法使いではない」こと、後者のほうは、「守護霊は、嬉しいからよく働く、感謝されないから力を貸さない、などのような、損得勘定で動いている存在ではない」ことを、仕組みを含めて理解することが大事です。

守護霊になる存在というのは、好き嫌いとかの個人的感情で動くのではなく、その人に必要な導きをおこなっていく、という、霊的真理に基づき(そうする必要があれば)動くのであり、進化向上した存在ですから、人間的な感情のようなものは超越している存在です。

感謝すればするほどよく守ってくれる、とか、感謝がないと力を貸さない、とか、そんなことはあり得ません。

その理屈でいくなら、スピリチュアリズムに関心がなく、守護霊という概念を持たない人は、意図して感謝をすることは、ほぼないでしょうから、何も導きを得られないことになってしまいます(^^;)。

けれど、では感謝することに、全く何の意味もないのか、してもしなくても変わらないのか、というと、そうではありません。

感謝という「思いのエネルギー」は、本来は、純粋で明るいエネルギーであり、そうした思いを抱いている、発している人は、自分の波長が高くなっていきます。その、状態の変化、自分自身の向上によって、いろんなことが、「波長の法則」で、より望ましいものが引き寄せられたり、シンクロがあるなどの作用が起こって、総合的に考えていけば、よい作用が見られるでしょう。

そういう広い解釈でとらえていくなら、感謝の思いをもつのは、(その対象が、守護霊のみに限定されず、誰であっても)よいことですし、自分が発したものは、自分に返ってくる、という「カルマの法則」もありますので、感謝の思いをもつこと、感謝できる自分でいられることは、とても大事であり、望ましい状態でもあります。

しかし、感謝という行為を行っているのに、

>「守護霊にいつも感謝しているのに、まったく効果が表れないのは何故でしょうか」

というような状態になるのは、どうしてか、というと、

それは、このようなケースは、純粋に相手に対してお礼の気持ちがわき上がるような感謝ではなく、「感謝すれば、自分にメリットがあるから」という、損得勘定の動機に基づく、表面的な形だけの感謝だから、でしょう。

現実的な人間関係に置き換えると、頂き物をしたときに、「お礼を言っておけば、また次も、何かくれるだろうから、お礼を言うほうが得をする」という損得勘定での、発言のようなものです。それは、純粋で明るい思い、とは、言えないですよね。

損得勘定が悪いということではなくて、この物質社会で生きる以上、そういう考え方が必要な場面も多々ありますが、しかし、その考え方が、何でも当てはまるわけではありません。

霊的真理における考え方としては、あまり極端になっても、たましいの観点からは望ましくない、ということを、「守護霊に感謝しているのに、思い通りにならない」という結果を伴って、教えられている、学びを与えられている、と、受けとめることもできるのではないでしょうか。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

|

« スズメからの恩返し? | トップページ | 過剰な解決思考。 »

07.前世・守護霊」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« スズメからの恩返し? | トップページ | 過剰な解決思考。 »