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2012年8月 8日 (水)

優等生タイプ、が、そのまま大人になって、苦労することがある。

真面目で努力家で、成績も申し分なく、周囲の大人からの評価も高い、優等生なタイプの方が、社会に出て、思うような評価を得られずに、苦労してしまうことがあります。

「真面目に努力してきたのに、なぜ、思うような評価を得られないのだろうか(昔は、そうではなかったのに)」という気持ちで、むなしさと、そして、なぜ、そうなっているのかが分からないので、悩み続けることになります。

自分が努力をしただけの、ふさわしい評価をすることができない世の中や、会社や、上司が悪い、と、自分以外のところに、理由をみつけようとして、ますます、複雑な迷路の中に入っていってしまいます。

真面目に頑張っていく、忍耐力や向上心、それはとても素晴らしいものです。

しかし、勉強は、自分が頑張れば、それなりに成績には反映して行くことが多いですが、仕事や、社会での立場というのは、勉強のようにはいきません。なぜなら、勉強は、基本は、自分自身を向上させていけばいいですが、仕事や社会生活は、自分だけで行うものではなく、そこに「他人」の存在が強く関わってくるからです。

学校にいるうちは、勉強の成績がよければ、友達との関係がいまひとつであっても(そのことを、自分が寂しく思う等の、苦しみのある・なし、とは別として)、成績の上では、「優秀」になれます。

しかし、会社では、いくら商品知識を誰よりも詳しく覚えていても、接客のマニュアルをしっかり暗記することができても、社内での人間関係や、取引先でのコミュニケーションがうまくできないと評価は高くならないこともあります。

商品には誰より詳しくても、それを、営業先で売り込んで、買ってもらう、という行為につながらなければ、成績に反映されにくいのが、営利企業の会社という場所だと思います。

会社というのは、学校ではないので(お金を出して、自分がお客さんの立場で勉強をすることができる場所ではなく)、「自分が、労力を提供して、お金をいただく」場所です。

新入社員のうちは、それでも、優等生が評価されることはあります。きちんと、指導したことはよくきき、向上しようと努力をする、その姿勢が評価されて、上司から目を掛けられることはあっても、それは、ずっと続くわけではなく、あくまでも、「新人だから」という前提においての評価です。そのことを間違えずに、気持ちを切り換えていくことも大切です。

優等生であることが、悪いわけではないのです。むしろ、それは、長所であって、誇るべき要素とも言えます。ただ、「それだけ」では、世の中で、そして会社という場所で、やっていくのは難しくなり、プラスアルファの要素が必要になる、ということです。

たとえば、数学の勉強を一生懸命にやったとしても、最高で、100点までしかとれません。それ以上に頑張り続けても、120点や、150点が取れるわけではありません。または、数学を100点とって、それ以上に努力続けたとしても、そのことにより国語の試験が、(数学への取り組みの高さにより)免除されるわけではありません。

それと同じで、暗記力とか、真面目さとか、努力の姿勢だとか、その部分がとても優れていたとしても、別の要素については、その要素に見合った努力の仕方で、身につけていき、活用していけることが、会社の中で認められるためには必要となります。

具体的には、それは、人間関係の力、コミュニケーションの取り方です。

それらが、柔軟に、そして適切に、活用できて、真面目さや努力家の要素が「掛け合わせ」になれば、言うことなしの、仕事ができるでしょう。

優等生タイプが、大人になって苦労することがある、というのは、「優等生で、コミュニケーション力がある人」は、含まれません。そういう人はむしろ、優等生で、大人になってもうまくやっていける人、になります。

苦労することがあるのは、「優等生タイプだけれども、コミュニケーション力が磨かれていない人」です。この、二つの要素が、絡んでくると、苦労をしてしまうのです。

コミュニケーション力が磨かれていないと、どんなタイプの人であれ、それなりの苦労はあるわけですが、なぜ、「優等生タイプ」と、範囲を限定しているかというと、優等生で、過去に評価された人は、そのことに、とても気づきにくい、という特徴があるためです。

一般に、効果がでない方法というのは、途中で、「これではダメだ」と、気がつきやすいと思うのです。やってもやっても、うまくいかないならば、この方法は合っていないな、と、どこかで気づきます。

けれど、優等生タイプの行動や思考のパターンは、過去には評価されています。学生時代、または、新入社員の時期には、素晴らしい、見習うべき姿勢、と、認めてもらえます。「だからこそ」、気づきにくいのです。

大人になっても、ずっと生徒の立場でいられない、ということに、過去にそのパターンが評価されていることが、逆に仇となって、今の自分がおかれている立場では、それだけではない、別の掛け合わせが必要であることに、意識が向きにくくなることもあるのです。

人は成長していき、成長というのは、変化です。立場が変わって、成長していけば、求められるものも、評価されるポイントも、発揮しなければならないことも、変わっていきます。

良い資質は残しつつ、必要とされるものを、その都度加えて、さらに成長していく、そのような視点からの取り組み方を、心掛けていくことが大事だと思います。

「過去に、それで、自分が成功したとか、得をしたとかの経験がある価値基準」を、変える必要があるかもしれない、という考え方をするのは、とても難しいものです。その可能性に思い至るまでが、とても難しいのです。

自分にとってあまりに自然で、かつ、途中までは、自分を大いに成長させてくれた価値基準ですから、改善点の選択肢に入ってきにくいものなのです。実際に指摘されないと、まず、気づけません。

しかし、そういう事例を身近で見聞きして、自分に当てはめてみて、分かることなら、あるかもしれませんので、この記事が、そういう意味での、ヒントになれば、と思って、書いてみました。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

リカコさん、こんにちは!
今回の記事、興味深く読ませていただきました。正に自分がそういうタイプでしたので。学生時代、人間関係が苦手でしたが、勉強を頑張る事で成績の評価はしてもらえたため、自尊心は保つ事ができたんですよね。
しかし、社会人になってからは、人間関係が苦手な事で苦労しているのに、解決策を学生時代に評価された努力すれば…の方法論を変えずに失敗ばかりで…
社会はコミュニケーション能力など色々な要素の総合力が必要だなあ。と思いました。
気づかせていただきありがとうございました(^^)

投稿: ゆり | 2012年8月 9日 (木) 17時50分

*ゆりさま

>人間関係が苦手な事で苦労しているのに、解決策を
>学生時代に評価された努力すれば…の方法論を変えずに

そういう人は少なくないのです。しかし、そのことに、自分で気づくことが出来る人は、少数です。ゆりさんは、自分でお気づきになられて、しかも、受け入れることができるというのは、すごいですsun

この時期の内容に該当する人の多くは、記事を読み進めるのも、苦しい気持ちになるはずで、なかなか、受け入れられないもの、なんですよね、分かってはいても、心がついていかないことがあるので・・・。

努力家で真面目な点は、間違いなく長所です。それを、どのくらい、どのような形で発揮していくか、何と掛け合わせていくか、そこを伸ばしていけば、バランスがよくなりますので、心掛けてみてください。

投稿: リカコ | 2012年8月 9日 (木) 18時10分

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