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2012年8月 1日 (水)

失敗も、無数にある「経験」の一つに過ぎない。

失敗を恐れて、新しい行動や、自信がない行動に躊躇する気持ちは、誰もが少なからず抱いているものだと思います。

失敗は、できれば避けたい、と、思うものですよね。

しかし、失敗というのは、単に、無数にある「経験」のひとつ、であって、それほど恐れるものではない、という理解のしかたも、新しい行動をしていくためには、大切だと思います。

失敗を恐れることにより、無謀な行動を避けられ、災難を未然に防げることもあります。

それは、ある意味、メリットにも成り得るかもしれません。

けれど、失敗に対する恐れの気持ちが出てきて、慎重になる、というのは、「過去に、失敗をして、痛い目に合っている経験があるから」こそ、わかることであり、失敗したことがなければ、慎重になることもできません。

失敗したときには、「次こそ、成功したい」と考え、「なぜ、今回はうまくいかなかったのか」と、考えるようになります。そこで、今まで気付かなかったことに気付けば、次の成功にも繋がり、同時に、洞察力や分析力も磨かれていきます。

何回も同じ失敗を繰り返してしまうのは、気づかなければいけない何かが見えていない可能性もあるので、むやみに挑戦を続けるよりも、そこで立ち止まって学んでいく方が良い場合もあると思います。しかし、一度は失敗してみないと、見えてこない、身につかないことも確実に存在すると思います。

そう考えれば、失敗のすべてが、避けた方がいいとも限りませんし、失敗から学べることも多いですから、恐れるようなものではない、という捉え方もできます。

また、失敗して苦しんだ経験のある人ほど、成功した場合のありがたみも、いっそう強く感じられることでしょう。

私たちは、経験することで理解が深まりますので、どんな経験もすべて貴重で大切であり、今後にいかしていくことができます。

失敗も、そして成功も、無数にある経験の、ひとつの形態に過ぎない、というとらえ方をしていくと、気持ちに余裕が生まれていき、ちょうどよい力の配分で取り組むことができると思います。

そうすると、結果として、成功する確率もあがっていくのではないでしょうか。

「失敗を恐れて慎重になり、簡単には行動しない」ことと、「失敗も、経験のひとつであり、恐れるようなものではない。経験があるからこそ、次に繋がる」と考えていくことと、どちらが、(失敗を避けられ、結果として)成功に繋がっていきそうか、その点を現実的に考えてみるといいと思います。

やはり、行動なくして、失敗しないかわりに成功もしにくい、という面はあると思います。

「失敗したくない」のと、「成功をしたい」のと、どちらが自分の中で優勢なのか、という、基本的なことが、意外と忘れがちになってしまうので、その点も改めて思い返してみるとよいでしょう。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

なかなか深い洞察ですね。おおよそは、「失敗」そのものよりも、失敗する「恐怖」を避ける動機から行動をためらう構図が多いのではと推測します。
インディージョーンズ最後の聖戦で、「3つの試練」において、「獅子の頭から飛び降りて勇気を示せ」というのがありますが、「恐怖を乗り越えて結果を手にする」と理解できれば、実行する勇気も出しやすいかと。
リカコさんは、「実行するから勇気が付く」仕組みはご存知と思いますが、やらない人にこれを説明するor納得させることにトライされたことはありますか?

投稿: ヨシ | 2012年8月 2日 (木) 01時10分

*ヨシさま

「実行することで、勇気がつく」こともあるのは、否定しませんが、しかし、「実行すれば、必ず勇気がつくとは限らない」と、思っていますし、また、「実行しなくても、勇気が付く」こともあるかもしれませんし・・・、実行だけが勇気の前提とは、私は思っておりません。

よって、それをやらない人に、説明することも、納得させることも、したことはありません。

やらない人は、その人の責任の範囲で、やらない、という選択をしているわけで、そこに、その人の学びが在る場合だってあるわけで・・・、

やらない人に対して、赤の他人の私が、やらせようと納得させるのは、何のためなのか、そもそも、そこが、おっしゃていることが、私には当てはまらないです。

投稿: リカコ | 2012年8月 2日 (木) 21時50分

ありがとうございます。レスを読ませていただいて、「勇気が付く」というよりは「自信がもてるようになる」と表現する方が適切ではないかと気が付きました。

>やらない人に対して、赤の他人の私が、やらせようと納得させるのは、・・・
なるほど。自分自身が他人に「納得してもらおう」としてしまうことが時々あるので、おたずねした次第です。

投稿: ヨシ | 2012年8月 3日 (金) 00時29分

*ヨシさま

自分のことは変えられますが、他人のことはそう簡単には変えられないものではないでしょうか。相手には相手の意思がありますし、自由がありますし、その人独自の成長の過程があります。

その人のために、愛の気持ちから、より成長に繋がるための働きかけやアドバイスを、自分が働きかけることはできるけれども、その行為を、相手がどう受け取るか、納得するか、しないか、という点も含めて、それは相手が判断することであり、自分が相手の反応をコントロールできるわけではない、という、「自分の考え方」が大事なのではないかと、私は思っていますsun

投稿: リカコ | 2012年8月 3日 (金) 10時03分

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