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2012年7月28日 (土)

自然霊が、私たちの指導霊になることはあるのか。

自然霊とは、「この世に姿をもったことのない霊」のことを言います。つまり、以前は、人間だった霊のことではありません。

スピリチュアリズムに関心を持っている人にとって、一般的にわかりやすいのは、龍とかお稲荷さん(狐)の霊などでしょうか。またはフェアリー(妖精)なども、自然の霊、つまり、人霊ではない霊、です。天使、なども、同様に、自然霊の呼び名のひとつ、と考えていいでしょう

私たちの、この世での学びをサポートするのは、「グループソウル」という、たましいの縁で繋がっている、親和性の深い霊が、その役割を担うものですが、スピリチュアリズムでは「指導霊」とい名称がつかわれます。もっと広い意味で、「守護霊」とまとめられることもあります。

これらの呼び名は、こちらの世界で、スピリチュアリズムを研究する人間達が、理解のために「便宜上」付けた呼び名であって、霊のほうから、私たちは○○霊である、と、名乗ってくるわけではありません。

わかりやすく、ざっくりとまとめると、以前にこの世で肉体をもって人間だった人生を経験している、霊、たとえば、武士の霊とか、お坊さんの霊とかは、「人霊」で、竜とか、天使とか妖精などと名称を付けている霊は、広い意味で(人間の霊ではない、という意味で)すべて、「自然霊」と分類することができます。

人霊とか、自然霊とかいう区分けは、たとえば、男、女、東洋人、西洋人、のような、「タイプ」であって、指導霊とか、守護霊とかいうのは、たとえば、課長、リーダーとかのような、「役割」の分類、と考えていけばわかりやすいでしょうか。

通常、私たち人間の、指導霊をになう、親和性のある霊は、やはり、もとは人間だった霊の、お坊さんの霊や、武士の霊であることがほとんどです。

が、中には、自然霊も、その構成の中に、入っている人をたまに見かけます。たとえば、稲荷(狐)の自然霊が、指導霊のような形で、導いていることがあるのです。

それは、狐という動物の霊、ということとはちょっと違っていて、いわゆる「ご眷属」というのでしょうか、本来、姿形のない、最高級の自然霊?ともいえる神が、目に見える形として、動物などを遣わすことを指す言葉ですが、そういう、ご眷属のエネルギー体、とでもいえばいいのでしょうか、そういう霊が、いることもあるのです。

自然霊の指導霊?は、人霊の指導霊とは違って、人間的な感覚での、言語のメッセージのようなものは、とくにもっていなくて、おそばで導いていらっしゃる、という感じで、文章化してお伝えするような内容は、特にない、というケースがほとんどです。

先ほどの霊でいえば、狐のご眷属霊が後にいらっしゃる方であれば、わりと衣食住に恵まれやすいとか、物質的なものにはあまりこまらない、という特徴を持っていることも少なくありません。

稲荷神社というのは、農耕や商業の神様といわれている存在を奉っているところですので、そのエネルギーを帯びている霊がいらっしゃると、そういう影響が出たりすることはあるのです。

江原さんの書籍によれば、守護霊を細かく分けると、指導霊の他にも、(スピリチュアリズムの上で)いろんな分類があって、中には、支配霊と呼ばれる役割の霊がいて、この役割は、自然霊が担っていることが多いのだそうです。自然霊は、私たちの指導霊になることは少なくて、支配霊になることのほうが多い、と。

そこから推察するに、(私は、支配霊というのは、どのように把握すればいいのかわからないので、そこは分かりません)、きっと、私たちの誰もが、親和性の深い自然霊は「いる」のだと思います。

しかし、その霊は、ずっと後に控えていて、とくに前面に出てくることは役割上なくて・・・、でも、中には、その(誰にでも、深いところまで探れば、存在するのであろう)自然霊が、わりと前面に出てきて、指導霊的な役割を果たすケースもある、ということなのではないかと、そんなふうに理解をしています。

私の記憶では、以前の、オーラの泉で、劇団ひとりさんがゲストに出たときに、江原さんが、ひとりさんの守護霊は、宇宙生命体みたいな自然霊の存在、とか、そういうことを言ったんですね。つまり、宇宙人である、と(笑)。その瞬間、スタジオは、しーーーーーーん、となって、国分さんも、かなり目が泳いでいたような(^^;)、そんなことがありました。

ひとりさんは、とても才能あふれる方で、そういう意味では、宇宙人?の守護霊であってもびっくりはしない?のですが、(人霊の守護霊がいない、というわけではないと思います。霊がひとりだけ、ってことではないので)、才能がある分、かなり個性的で、変わっている感じもしますよね。彼は芸能人だからお仕事的に、そういう才能がちょうどよいのだと思います。

でも、人それぞれ、今回の人生における学び、カルマは、違っていますので、その学びに見合った霊が、導く役割をになっていきますので、自然霊がその役割の中に含まれている、というのが、素晴らしいとか、優れているとか、そういう優劣とは違うのです。人それぞれ、自分の学びに見合った霊が導く、という仕組みですから。

そして、親和性のある霊のつながりを、深いところまでとらえていけば、誰もが、自然霊ともご縁はあるのだと思います。

タイトルの、「自然霊が、私たちの指導霊になることはあるか」という設問に対する答えは、

一般には、人霊が多いが、中には、自然霊が指導霊的役割を果たしている人もいる。しかし、それは、その人の学びの種類に合わせてことであり、良い悪い、という優劣があるわけではない。そして、あえて前面に出てくることはなくても、深い繋がりまで遡っていけば、誰もが、親和性のある自然霊の存在が、遠くで見守っている、という感じのまとめになると思います。

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09.スピリチュアル全般」カテゴリの記事

コメント

リカコさん、先日はオーラ診断ありがとうございました。今回の劇団ひとりさんの宇宙人話についてなのですが、それは前世が他の星の方だったという話でした。

 この頃はすでに守護霊とかの言及はなぜか避け、唯一前世については話していたと思います。

なぜ私が覚えていたかと申しますと、UFOについて昔から興味があり、目撃や取材等(学研のムーに何度か記事も掲載)もしているからです。やはり他の星にも魂をもった人達がいるんだ・・・と感激しました。
リカコさんの記事、いつも「なるほど~」と気づかされる事が多く感心しながら読ませていただいております。
これからも頑張って下さい(゚▽゚*)

投稿: ふじたいら | 2012年7月29日 (日) 11時51分

*ふじたいらさま

あら、ひとりさんの件は、そうだったかしら~?と、気になって検索してみましたら、

そのときの話を、ご自分のブログで書いていらっしゃる方は、結構たくさんいて、その内容によりますと、やはり、宇宙生命体は、「守護をしている存在」だったようですね。前世というお話では、なかったようです。

投稿: リカコ | 2012年7月29日 (日) 12時07分

 リカコさん、なんだかそのようですね。どこでどう変化したのか分かりませんが、
申し訳ありません(人><。)。

それにして、オーラの泉の内容を一字一句間違いないように記載している方がいるのには驚きました。

投稿: ふじたいら | 2012年7月29日 (日) 14時10分

いつもありがとうございますheart
自然霊のお話面白いですね。

ある時、地球にまだ住んでいなかった私達は、この宇宙にぽっかり浮かぶ美しい青い惑星に憧れてやってきたんだ、と言う光景が見えたような気がした事があります。
元をたどれば、宇宙人ともつながりがあるのでしょうが、この地球で人間の身体で仕事をしたり結婚をしたり、と現実的な生活を送るにあたり、人生の先輩である人間だった霊に導いて頂く事が合理的な場合が多い、と言う事で、自然霊より人間だった霊とのご縁が多くなるのかもしれませんね。

投稿: 目黒のすずめ | 2012年7月29日 (日) 18時27分

*ふじたいらさま

どこかで、変化して記憶してしまったのでしょうかね~。でも、過去のことを、直ぐに検索できるというのは、便利な世の中になりましたね(^^)。

投稿: リカコ | 2012年7月31日 (火) 21時37分

*目黒のすずめ さま

>元をたどれば、宇宙人ともつながりがあるのでしょうが

それは、「宇宙」というものを、「どういうものだと定義した上で」の解釈をするかにより、変わってくると思います。

宇宙と一口にいっても、空の向こうにある天体がある物理的な遠いところのを指している場合もあれば、もう少し抽象的な意味で使っている場合もあるかもしれません。

「この世」「あの世」といっても、あの世という、完全に区分けされた物理的な場所というのは、あるとも、ないとも言えるわけで、「この世」というものを、イコール地球と、置き換えることも、場合によってはありかもしれませし、厳密には違うとも言えるかもしれず・・・、

「どういう前提で」「どういう立ち位置から」という点ををそろえないと、なかなか、形容しがたい部分は出てくるものではないかと思います(^^;)。

それは、宇宙に限らず、どんなことにも言えるわけで・・・、なので私は、このブログの中では、「スピリチュアリズムにおいては」という前提つきで書いているのは、そうして、前提をそろえて、基準を置くため、なのですが、私たち人間の知覚の及ばない壮大なテーマは、ある、ない、という定義をひとつとっても、それがとても難しいものだと思います(^^)。

投稿: リカコ | 2012年8月 1日 (水) 12時56分

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