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2012年7月 9日 (月)

他人が、自分を分かってくれることは、「感謝」に値すること。

望ましい人間関係が構築できるのは、お互いに自立していることが大事です。お互いを尊重し、そして自分を自分で立てていくこと(自立)ができれば、相手に過剰な期待も抱かず、違いも受け入れ合って、お互いを認めていくことができます。

依存の心は、誰の中にも、少しくらいはありますが、あまりに大きな依存的性質を持っていると、人間関係は上手くはいきません。

人間関係はお互い様であり、時に役割を入れ替えながら、相手のためになったり、自分のためにしてもらったり、のやりとりがありますが、依存心が強い人同士は、どちらも、「しれもらうこと」「分かってもらうこと」ばかり考えて、自分から寄り添っていこうとしません。それでは、良い関係は作られず、信頼も生まれませんよね。

依存心が強い人と、自立心が強い人では、自立心の強い人のほうに一方的な負担がかかり、依存の強い人は、自分が一方的に要求してばかり、となるので、自立心のある人のほうが、嫌になって離れていくケースが多いです。

依存心が強い人同士が、形を変えて結びつく形態に、「共依存」というものがあります。相手のために何かをすることで、自分の価値を計りたいと思うタイプの人は、何かをしようという意欲は素晴らしいのですが、「相手からの反応や感謝」を常に必要としていている、自分で自分を認められない、という意味では、(反応を)相手に依存している部分があり、して上げたい人と、してもらいたい人が、お互いを強く必要として依存し合っているのです。

依存が強い人にとっての人間関係とは、お互いに依存しあう「共依存」か、または、自立心の強い人との間で、不満や我慢いっぱいの関係になるか、の、どちらかです。

依存から相手に望む、「もっと、自分を分かってほしい」「もっと、相手は、自分にこうしてくれるべき」「なぜ、(相手が思い通りに振る舞ってくれないことを)自分だけが、我慢しなければならないのか」という気持ちは、不満を募らせます。

つまり、「相手が、自分を分かってくれない」「相手が、自分の望み通りの振る舞いをしてくれないことで、自分だけが我慢している」と、思っている人は、=依存心の強い人、ということになります。

どこが依存なのか、というと、「相手が自分を分かってくれるのが当然、と思っているところ」です。分かってもらえるのが当然であり、普通だ、と思うからこそ、(そうならない現状に)不満が生まれます。

相手が分かってくれるのは、当たり前ではありません。普通でもありません。

相手が分かってくれるのは、相手が譲ってくれて、自分に寄り添ってくれる、という、思いやりと奉仕の精神からきている、「ありがたいこと」であって、それを当然と思ってはいけません。

相手が、自分を分かってくれたら、それは「感謝しなければならないこと」であり、逆に「自分を分かってくれなくても、それが普通」なのです。

自分もまた、相手に寄り添う気持ちを持っていれば、自分が相手に不満があるように、相手も自分に不満があるかもしれず、お互い様なのだな、とわかります。そして、自分よりも相手を優先することが、どれほどにストレスになるかも、わかります(自分を省みれば、わかります)。

そう考えると、一方的に相手に不満を募らせている状態というのは、「自分が、相手を分かっていない」からこそ起こるのであり、自分が相手を分かろうとしていないのに、相手には、自分を分かってもらうことを当たり前だと思っている、ここに大きな依存があるのです。

自立心が強い人は、自分を分かってもらいたい気持ちがゼロ・・・とはいいませんが、あまり大きくありません。他人にわかってもらえなくても、自分がわかっていればそれでいい、他人が思い通りに動いてくれなくても、自分が率先して行動するので、相手に過剰な期待をしないのが、自立している人、だと思います。

自分のことは、自分が理解していて、そして、必要なことは、自分から率先して行動する、それが出来る人は、「思い通りにならない」という不満の気持ちで消費されるエネルギーが少ないので、気持ちに余裕があり、その余裕から、他人を思いやる行動がとれます。

他人を思いやれば、相手からもまた、同じものを返してもらえて、そこに、よい循環がつくられていきます。

相手に理解してもらいたい、寄り添ってもらいたい、と思うならば、まずは自分から、相手を理解しよう、寄り添っていこう、という姿勢を取ることが大事ではないでしょうか。

他人は、自分とは違う価値観をもった別の人間なのだから、そう簡単には、分かってくれいないし、自分の思い通りに振る舞ってもくれないのが普通であり、そんな中、自分に寄り添ってくれて、分かってくれる人がいたら、それは、感謝すべき貴重なことだ、と思っていれば、相手への過剰な期待から抜け出すことが出来ると思います。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

コメントは初めてですが、いつも拝読しております。沢山の学びと気づきをありがとうございます。

今回の記事は‥‥私の苦と感じる理由がはっきりとあぶり出されたようです。ここ数ヶ月、様々な気づきを経験しました。いまここで、大切な側面に光が当たりました‥そういう感覚です。

自分1人で内観し、様々な側面から観ていたつもりでいました。友人知人‥理解してくれている方達に大きな感謝の気持ちがあらわれました。あんなに苦を感じていた、私の思い通りにならない相手や状況が、不思議な事にただ起こっている事であり、価値観が違う大切な人、と感じています。

こんな学びを与えてくださいましたこのブログに感謝の気持ちでいっぱいです。スピリチュアルを分かりやすくかつ現実的に発信し続けてくださっている事、本当にありがとうございます。

これからも読み続けさせて頂きます。

投稿: さわ | 2012年7月 9日 (月) 19時19分

*さわさま

どんなことも、すべて、学びのために起こっている「感謝の対象」なのですが、しかし、人には感情や我欲がありますから、なかなか、そう思うことができず、なぜ思い通りにならないのか、と、不満が生まれてしまいます(^^;)。

しかし、ひとたび、すべてが、あって当然、してくれて当然、ではないのだ、と認識を変えると、見えてくる世界が、まったく違ったものとなり、私たちは、「学ばされて」いて、「生かされて」いることに気づきますよねsun

投稿: リカコ | 2012年7月 9日 (月) 19時41分

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