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2012年7月23日 (月)

複数の価値観の中で、もっとも「重い」ものは、自分の内側にあるべき。

物事を判断したり、決断したりする価値基準を、どこに置いているか、というのは、さまざまな表現で語られます。

たとえば、「自分が何をしたいかが大事であって、他人からどう見られるかを意識してしまうと、自分らしさが損なわれる」などと、価値基準を、自分の「外」に置いてしまうと、常に他人を気にしながら生きていくことになるので、自分を基準にする大切さを説いているものはたくさんありますよね。

たったひとつの価値基準で生きている人はいなくて、誰もが複数の、ときに、その両立が矛盾しているような(^^;)、いろんな判断基準をもっているものです。それもまた、個性であり、どれが正しいとか、間違いという、○×を付けられるようなものではなく、「複数の価値基準を、その場により使い分けて、うまく適応している」のが、私たち人間の在り方です。

複数あっていいのです。ですから、最初の例として書いた、「他人からどう見られるか」を、基準として持っていても、いいのです。というより、他人からどう見られるかを、まったく考慮しない大人がいたら、別の意味で、困ってしまいますよね;。

他人からどう見られるか、を、もっとも比率の高い基準として、自分自身の重要度を下げてしまうのは、改めたほうが望ましいですよ、というふうに、とらえていけばいいと思います。

では、なぜ、価値の基準が、自分の外側にあると、よくないと言われるのか、内側が望ましいのか、というと、「物事を判断するための、基準点が一定しない」からです。

たとえば、おきあがりこぼしというのは、本体の中心下部に重りがあるので、揺り動かしても、その場を前後左右にくるくる動くだけで、本体の位置はあまり動きません。重りのある位置は、しっかり固定されています。

その状態、自分の内側の、そして、しっかりと、下の方に「重さ」があれば、外からの刺激により動きがあるとしても、基準となるところはしっかりとしていられます。「自分」という器に、刺激をうまく加えていくこともできるのです。

もしも、起き上がりこぼしの、頭に重りがあったらどうでしょうか。それって、とても不安定で、足元がふらふらして、結構、位置が動いてしまいますよね・・・。不調和があって、オーラが浮き上がっている人は、重心が上部にきて、不安定になることがあります。

どちらも、自分の本体の中に、重りがあるとしても、収まりがいいのは、やはり、「重りが、あるべき位置に、ある状態」なのです。頭に重りがついている起き上がりこぼしは、・・・ちょっと不自然ですよね(^^;)。やっぱり、本来の姿が一番です。

他人からどう見られるかと気にしていたり、自分の中にないものにあこがれて、意識を外へ外へと、過剰なまでに向けている人の状態とは、中身が空洞の(重りなしの)起き上がりこぼしが、ハンマー投げをしているような状態です。重りが外にあって、そして、そちらに向ける意識の比重が高いから、どんどん回って加速をつけていきます。

本来のハンマー投げは、自分の体重があるので、自分が空洞ではありませんし、最終的には、重りを手から放しますので、自分の位置は、それほど動きません。

しかし、空洞のおきあがりこぼしが、ハンマー投げをして、くるくると加速していったら、・・・自分自身も、重りと一緒に、飛んでいってしまいます;。

自分があちらこちらと、飛んでいってしまったら、基準点がその都度移り変わるわけで、一貫したものがありません。

そうなると、いつまでも、本体の内側に、重りがつくられていかないのです。自分では、あちらこちらと、フットワークかるく、動いていくことで、自分の中をいっぱいにしているつもりでも、その都度、本来の自分のあるべき位置から飛ばされていて、そのケースごとの、何かは、自分の糧になるとしても、同じ基準値を深めていく重りの役割にはなりようもなく、共通しない、「いろんなもの」が、増えていくだけ、になることもあるのです。

しっかりと、自分の中心下部に重りがある状態での、ハンマー投げは、きっと有意義でしょう。重りを、外側に(でも、もっとも重いのは、内側です)置いて、その勢いを付けて、くるくる回ったら、自分の活動範囲を広げていけそうですよね。仮に、勢いがつきすぎて、重りに振り回されたとしても、そんなに極端な、自分を見失うほどの移動距離にはならず、それもまた経験として、生かすことも出来やすいのではないでしょうか。

外に価値の基準を置くことが、悪いわけではありません。内側「だけ」にとらわれるのがいいわけでもありません。

大切なのは比率であって、自分の内側への信頼が、もっとも重くあることを意識していけば、むしろ、外に価値観を分散しいくほうが、自分自身の器や活動範囲を広げていくという、メリットに繋がることもあるでしょう。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
このところの自分の中でぐるぐる考えて答えのでないことについて、今日のリカコさんのブログでヒントをいただきました!ありがとうございます。自分の芯を大切にします。

投稿: あき | 2012年7月23日 (月) 21時34分

*あきさま

答えの出ないことって、これ以上考えても答えがでない、と、分かっていても、考えるのをストップできずに、考え続けてしまうことってありますよね。分かっているのに、それ以外の対処法が見えてこないと、今取り掛かっている方法をやめられないことって、ありますからね。今回の記事がヒントになってよかったですsun

投稿: リカコ | 2012年7月23日 (月) 23時06分

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