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2012年7月21日 (土)

霊感が平均より強い人ほど、気をつけなければならないこと。

心身に不調和がある状態、とくに、心、精神の面という内面に、アンバランスが見られる場合は、その状態を反映して、オーラのコンディションも下がっていきます。

そのため、オーラが分かると、逆算的に、その人の内的な状態が(オーラの様子に反映しているために)把握することができる、というのが、いわゆる、オーラリーディング、というものの仕組みだと思います。

不調和があるときには、オーラが肉体からずれた位置にあるように見えます。言い換えると、オーラが、肉体という器の中にきちんと収まっていない状態、ともいえます。

オーラが、肉体から大いにずれていると、その人の意識は、肉体を通した、現実社会の把握のほうに向かずに、「霊の世界」へと向かいます。霊の世界という表現がわかりにくければ、見えない世界、エネルギーの世界、または、思考や感情や意識などの物質として表れない部分へ過剰に向かっていく状態という解釈でもいいでしょう。

以前に、オーラが浮き上がっている(ということは、肉体からずれている、ということです)人は、雑念が止まらなくなる、という内容の記事を書いたことがあります。

それも同じ仕組みで、オーラが肉体という器にしっかりはいっていない人は、思考や感情や意識の世界に、過剰に同調してしまうために、雑念が止まらない、という状態が作られます。

私たち人間も、肉体をもった霊的存在であり、霊である以上、霊的要素と関わりながら過ごしているのですが、しかし、肉体を持って、この物質社会であるこの世で、生きている間は、霊としてのさまざまな感覚は制限されていて、・・・というよりも、制限された環境をあえて選んで、その中での経験を学んでいます。

肉体を持っている状態での思考や意識は、この世の仕組みである「時間」というものに合わせて、最近の記憶や印象が鮮明で、古い記憶や印象は薄れていく、という差がついてきます。

ところが、状態がアンバランスになると、肉体で制御している意識の要素が、過剰に外側にはみ出してしまい、今考えなくてもいいこと、ものすごい過去の記憶やら、重要なこともそうでないことも、いっきに自分の意識の中にはいってきて、オーバーフローになります。自分が「肉体を伴った状態で、扱える容量」を超えてしまうのですね。

そこまでになると、多くの場合、体調も悪くなります。活力が、意識のほうばかりに過剰につかわれて、肉体面にまわっていかないからです。

ところが、平均よりも霊感が強い人は、(霊感は、誰にでもありますので、「平均より強い、弱い」という表現で記しています)、それだけ、扱える容量の器も、平均よりも大きいので、「アンバランスになっても、大きな不調和が外に表れにくい」という、いいんだか悪いんだか、よくわからない状態(^^;)が作られてしまうことがあります。

普通なら、オーバーフローになるところが、サイズの大きい器の中で、なんとか収まってしまうので、自分も周囲もその不調和に気づきにくくなってしまうのです。

それでも、いずれ、元の望ましい状態に戻っていけるなら、ほんの一時期そうなることは、誰にでも起こり得るので問題はないのですが、その状態が、長期化してしまうと、元の状態に戻すのはかなり大変になってしまいます。

平均よりも霊感が強い人が、肉体からオーラが浮き上がるような状態になって、思考や感情や意識の方面にひっぱられるようになると、器が大きいので、影響のされ方も大きくなり、雑念が次々に出てきたり、無作為に思考や感情が(時系列を無視して)どんどん自分に向かってくる状態を、「自分は、高位の霊と、通信をしている」と、思い込んでしまうことがあります。

高位の霊が自分に対してアクションを起こしているために、その状態が作られている、と、なんの分析もなく、真偽も疑わず、思ってしまうのです。

なぜなら、分析をするとか、真偽を疑うとか、そういうことは、理性で行うものですから、意識の世界に自分を無防備にさらしている状態の人は、理性が働きませんので、どんどん影響されてしまうのです。

その状態が長期化して、オーラがきちんと肉体にはいっていない状態が普通になってしまうと、こちらも以前に書きましたが、あやつろうとしている霊に憑依され、自分と本来の守護霊との「間」に、入り込まれてしまうこともあります。

そして、自分は高位の霊と通信をしている、という思い込みが、そのままスライドして、今度は本当に、霊との通信がはじまったりもします。・・・その相手となっているのは、守護霊との間に入り込んでいる、低い波長の霊です。

霊的な感性を磨くこと、霊的真理に関心を持つことは、素晴らしいと思います。が、それは、自分の現状の器の大きさに見合っていることが前提です。器からオーバーフローになると、思いもよらない類の不調和が出てしまうこともあるのです。

そして、上記のようなことは、「平均的」な人よりも、むしろ、「平均よりも霊的感性が高い人」のほうが、起こりやすい、という点がポイントです。小学生と中学生の勉強の難しさの違いのようなもので、後者のほうが、より大きな比率で、自分を律していき、好奇心に流されないことを、求められていくからです。

スピリチュアルな分野、霊の世界への、興味関心が(適度ならいいですが)過剰になってしまうと、意識が現実に向かなくなるので、どんどん、肉体との繋がりが薄くなり、あちらの方面だけに感化しやすくなり、そして隙ができて、大変な状況を伴って学ばされてしまうことになると思います。

だから、気をつけなければいけないんですね。まともなスピリチュアリストは、安易に霊的な方面への好奇心をあおることはしません。そういう危険性を、分かっているからです。

こういう場合、本来の守護霊はどうしているか、というと、・・・たぶん、多くの場合、「傍観」でしょうね。

守護霊の願いは、その人のたましいの成長ですから、その人本人が経験から学んで、より強い自力を備えていくために、あえて、何もせずに、気づくまでを見守っている場合もあるのです。

この世で生きている私たちは、誰もが未熟なたましいで・・・、だからこそ学んでいるわけですから、ときに、そういうことが、長い人生の中で、あってもいいのです。それらの経験を通して、真理が分かることもあるでしょうし、そういう経験をしてみないと、恐ろしさがわからないこともあると思います。

しかし、いつかは、その状態に気づき、自分の本来の波長を取り戻し、本来の守護霊からの導きを受けて、すべての経験を成長に繋げていくことが大切です。

今回の話は、ちょっと怖いかもしれませんが、実は見えないところでは、こんなことが起こり得るので、学びを見失わないことと、謙虚な姿勢を忘れずに、できれば、悪い影響から反面教師として学ぶよりも、良い影響を与え合うという形での学びが多くなるような、そんな生き方をしたいものです。

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08.直感、霊感、霊能力」カテゴリの記事

コメント

リカコ さま

こんにちは(^O^)
今回の記事を読んで、数年前の自分を思い出しました。
私の霊感は平均くらいだと思いますが、現実生活があまりにも辛かった時期に、海外のスピリチュアル系の本に出会って、気分が高揚して何十冊と読み漁ったことがありました。(スピ系の本ってなんかはまっちゃうんですよね(^_^;))その頃、旅行や食事、ショッピング、テレビ鑑賞、など普通の生活に全く関心がなくなり、すべての関心が精神世界に向かっていく自分を、なんとなく、精神レベルが上がったからだと思っていました。反面、体調はいつも疲れていてやたらと色んなことに過敏になり、胃腸の調子はめちゃくちゃ悪かったです。
私の場合、途中でこれは違うかも!と気づき現実と向き合う日々に戻りましたが、記事と照らし合わせて考えると、スピリチュアルな世界への過剰な関心は危険なこともあるんだなーと改めて考えさせられました(ー_ー)!!

投稿: ルー | 2012年7月21日 (土) 12時40分

*ルーさま

>すべての関心が精神世界に向かっていく自分を、なんとなく、精神レベルが上がったからだと思っていました。

たぶん、多くの人が、同じ状況になったら、そう思ってしまうことでしょう。

しかしそれは、精神レベルが向上したというよりは、現実面への関心が薄れたことで、「現実」と「精神」との間に、落差がついた状態だと思います。その落差の状態が、「上がった」に、思えてしまうのでしょうね。

バランスが大事ですね(^^)。そして、現実と精神と間に、実は明確な区分けがなくて、精神を成長させることは現実に反映するし、現実を一生懸命いきていけば、同時に精神も成長しますね。

投稿: リカコ | 2012年7月21日 (土) 13時16分

先日はオーラリーディングありがとうございました!
細かくリカコさんに聞きたくなるところですが、とりあえず自分で気づいた点は改善していこうとしている最中です。
(私が「こうしよう!」と決めて実践し始めた途端、子供の様子は明らかに変わりました)

今回のお話、スピリチュアルなことに興味を持ち始めた私には、「いったん止まれ!」と聞こえて参ります・・・。
幸い子供が現実に引き戻してくれることが多いのですが、このようにはっきりとした説明があると、改めて現実を大切にしようと思います。
バランスですね!

投稿: ema | 2012年7月22日 (日) 02時23分

*ema さま

お子さんの様子が、鏡になって、あなた自身の成長という変化と、そして、その影響がどのように周囲に表れていくか、という仕組みを、教えてくださったのですね。そういうことこそが、「霊的」であり、「大切な学び」なのではないでしょうか(^^)。

投稿: リカコ | 2012年7月22日 (日) 18時40分

リカコ様

はじめまして。
7月22日のオーラが肉体から浮き上がる状態についてのブログは大変参考になりました。
見えない上体についての親切で論理的な説明に、私を含めてたくさんの人が感謝しているかと思います。
どうもありがとうございました。

悪い影響に自分自身屈するよりも、良い影響を学び合う姿勢、そして謙遜であること、自分本来の波長を取り戻すべきことを気づかせて下さったこと、心から感謝いたします。

今日は日差しの気持ちよい日ですね。
リカコさんがこれからも活躍されますように。
美千代

投稿: | 2012年12月 9日 (日) 11時07分

*美千代さま

この世を生きる上での、「バランス」はとても大切だと思います。そのことを広く学んでいくために、この人生がある、とも言えると思います(^^)。

投稿: リカコ | 2012年12月 9日 (日) 20時27分

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