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2012年6月21日 (木)

自分だけが苦労していて、他人が楽をしているように思えるときには。

世の中を見渡した際に、自分の年齢や立場が同じくらいの人と比較して、自分はとても苦労をしていて、他人はもっと楽に生きている、焦ることなく喜びや楽しさを味わいながら過ごしているように、感じてしまうことがあると思います。

特に、年齢が若いうち、人生の折り返し前では、そのような気持ちは大きくなるものです。

人生の後半になれば、苦労の経験が助けになることを、あらゆる場面で実感していくので、そのような気持ちは薄れていくものですが、若いうちは、なぜ、自分だけが、こんな目にあうのだろうか、という気持ちが、出てきてしまうもの、かもしれません。

しかし、実際には、世の中の誰もが、その人なりの苦労をしているわけで・・・、何の苦労もなく、楽しみだけの人生をおくっている人はいないものです。

他人のことは、そういう視点で考えにくいものですが、それが実情だと思います。

自分のしてきた苦労は、細部まで、もれなく知っています。

どんな小さな苦しみも、他人からは計り知れない深い部分も、陰で泣いていたことも、悔しさで眠れない日々も、自分が一番よく分かっています。

しかし、自分が、他人について知っているのは、ごく一部にすぎません。

他人が楽をしているように思えても、それは、「自分の目線で、相手をみたとき」に、そう感じる、ということであり、その人が、内心、どのくらいの比重で苦しいと感じているかは、本人にしか、分かりません。

そういう前提で、自分の苦労と、他人の苦労を比較すると、自分だけが大きな苦労をしていて、他人はそれほど苦労をしていないように思えても、実際のところは分からず・・・、「自分が苦労をしている」のは、そのとおりだとしても、「他人が楽をしている」とは、言い切れないものだと思います。

表面だけでは、分からないことがたくさんあります。華やかで楽しそうに見える人の心の内に、大きな苦しみが存在することもあるのです。

また、長い人生の、ほんの一時期は、苦労もなくて楽しみだけで過ごすことも出来るとしても、その時期を過ぎてから、苦難の学びをする場合もあります。

「部分」だけでは、なかなか計ることはできず、「全体」を見なければなりません。

そして、全体と全体で考えていけば、誰もが、その人の器においての学びをしているのが、この世という経験をしている、私たち人間の姿なのです。

そのように、スピリチュアリズムの仕組みを踏まえてとらえていくと、自分だけが割を食っている、という認識は薄れ、悔しさは、幾分、薄れていくのではないでしょうか。

人生の前半で、苦労をしておく、という経験は、それほど悪いことではありません。精神が鍛えられ、忍耐力を身につけ、自分が苦しい経験をすることで、他人の身になって思いやりを持つことができる、という、メリットもあるからです。

苦労の裏側には、必ず成長があります。逆に言えば、精神が成熟している人とは、その裏側に、苦労を糧とした経験がある、ということになります。

つまり、苦労というのは、自分のため、なのです。

苦労という経験を通して、大きく成長していくことができるからです。

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