« その出来事は、自分が気づくために、用意されたもの(事例)。 | トップページ | 「いつも、お腹を引っ込めている」人は、過剰な緊張状態を招いていることもある。 »

2012年6月29日 (金)

完全主義な人は、すべてを100%でやろうとして、空回りしやすい。

完全主義・完璧主義な人は、とにかく、すべてに手を抜かずに、100%を尽くしていこうと、頑張りすぎます。・・・そして、消耗します。

それでも、結果、上手くいくなら、まだ報われますが、現実には、どこかに歪みが出て、思ったような結果には至らないことも多いものです。

完全主義なタイプの人は、自分に厳しく、向上心も高くて、自分が関わることや、手今日するものの「質」をできるだけ高くしたい、という思いから、そうなることもありますが、しかし、その裏側には、自分が低くみられたくない、という、過剰に他人を意識する気持ちがあったり、他人を信用できないので、自分で何もかもやらないと気が済まなくなっていたり、または、「優先度の判断をしない」ことが、完全主義に拍車を掛けてしまうこともあります。

今回は、「優先度の判断をしない」ために、過剰に消耗しているケースをとりあげてみたいと思います。

完全主義なタイプの人は、特定の要素だけでなく、すべてを一定レベル以上にならないと、出来る範囲での最上でないと気が済まない、と思ってしまう人は多いです。

そのような気持ちで、「すべて」を高いレベルでやっていくなら、優先度の判断って、別に行わなくてもいいこと、でもあります。

優先順位を付けていくのは、労力や時間の掛け方と、その結果について、差がつくためであり、必要性の高いものに、より多くの力を掛けていく、という目的での判断ですから、すべて完璧に「できる」ならば、その判断は不要です。

しかし、実際には、どんなに能力と体力があっても、体はひとつであり、一日は24時間しかないのは同じですから、ひとりで出来ることには限度があります。

なので、「すべてを高いレベルの結果にするから、優先度は意識しないわ」、と思っていても、現実は、抱えすぎても消耗しますし、どこかが抜けてしまい、結果に結びつかないこともあるのです。

上記は、「優先度の判断を、あえて、(必要だと思っていないので)していない」場合です。

それ以外に、「優先度の判断が、できない」人もいます。

そういう考え方をしたことがないので、常に全力で走り回ることでなんとかしよう、という、力わざで前進してきた人は、判断の経験がないから、今ひとつその感覚が分からない、という場合もありますし、逆に、その感覚がわからないために、すべてを頑張らざるを得なくなっている、という場合もあります。

優先度の判断ができない、ということは、「力の抜きどころ」がわからない、ということです。抜きどころがわからないと、力が分散してしまい、中途半端にもなりやすいです。

仕事が出来る人、行動にそつがない人、というのは、「抜きどころを、知っている人」です。すべてを完璧に行っているわけではありません。誰もが、一日24時間なのは同じですから、やれることには限りがあり、何もかもを完璧にした結果のたまもの、というわけではないのです。

たとえば、会社員が、社内にいるときは、社外にいるときと比べて、礼儀やふるまいは、緊張感が薄れていると思います。上着を脱いでいたり、ネクタイを少しゆるめたり、することもあるでしょうし、上司には敬語を使うといっても、その度合いは、外の取引先に対するものよりは、幾分、くだけたものになっていたりもすると思います。

それは、社内と、社外で、振る舞い方や礼儀の発揮の仕方を、調整しているようなもの、ですよね。それが、優先度の判断です。

社内にいるときまで、外にいるときのように、きちんきちんとやり過ぎていても、周囲も疲れてしまいますし、自分も消耗します。

そして何より、社内での振る舞いに力を注ぎすぎて、本来、もっとも礼儀に気をつけなければならない、取引先の前で、緊張感が途切れて、大失敗することもあります。

力の抜きどころが、分かっていれば、逆に、力の掛けどころもわかり、そのために、力を温存しておくことができます。それが、優先度を判断して、労力の配分をしていく目的です。

ここぞ、というタイミングで、力を集中させていくことができるので、結果、ミスがすくなくなって、仕事ができる、そつがない、という評価に結びつくのです。すべてに力いっぱい、常に全力でなにもかもを、手を抜かずにこなしているからミスが少ない、というわけではないのです。

ところが、「優先度の判断を、あえてしない人」も、「優先度の判断が、出来ない人」も、すべてに頑張りすぎになっていて、必要なところに力が注がれないからミスに繋がっているのに、「その状況を、自分が、もっと頑張ることで乗り越えよう」として、空回りをしていることが少なくありません。

押しても開かない仕組みのドアを、もっと力を掛けて押すことで、現状を打開しようと「してしまっている」ことに、気がつかなければなりません。そうしないと、行き過ぎた完全主義から、抜け出すことができません。

質を高めようとすることも、向上しようとすることも、ひとつひとつの出来事に力を込めようとすることも、どれも皆、単体では、望ましい要素です。けれど、それらの「気持ち」が大きくなりすぎると・・・、つまり、全部を頑張ろうとし過ぎると、実際に自分が使うことのできる、備わっている活力を越えた分が、消耗になったり、ミスが発生したり、という結果を招いてしまうこともあるのです。

それらの意欲が悪いということでも、手を抜いたほうがいいと勧めているのでもありません(^^;)。「使い分け」「その意欲を、もっとも効果的に使うための工夫」をしていきましょう、ということです。

 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

リーディングのお申込みは、こちら→「メール回答」or「スカイプ通話

★ブログランキングに参加しています。記事がお役に立ちましたら、以下のバナーをクリックして、投票をお願いします。

   ↓ ↓ ↓

人気ブログランキングへ

|

« その出来事は、自分が気づくために、用意されたもの(事例)。 | トップページ | 「いつも、お腹を引っ込めている」人は、過剰な緊張状態を招いていることもある。 »

10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

リカコさま

先日は、2回目 ガイドスピリットのリーディングありがとうございました。
心の奥底を突いた、的確かつ、暖かいメッセージにいつも感謝の気持ちでいっぱいになります(*^。^*)


今回の記事「優先度の判断が、出来ない人」についてですが、最近、自分がそうだと、リカコさんのリーディングで知りました。
自分の事例に置き換えてみると、優先順位をつけるほど重要な事を自分が抱えているようには思えず、すべてが同じラインの事柄に感じてしまい、優先順位をつけていく発想自体が、今までなかった気がします。
人間関係においても、優先順位のこととは違うのですが、みんなに同じ態度で接するのが好ましいと思っていたので、常に消耗しきっていました。
たぶん、私の中で、いろんなことを並列に考えることが当たり前、という考え方しかしてこなかったのでしょう。
まずは、自分の中で重要度の高いものは何かを、判断できるようになれたらな・・と思います。
そうすれば、力の分散が防げて、物事を達成しやすくなるのかなと思いました(^_^;)

投稿: ルー | 2012年6月30日 (土) 15時23分

*ルーさま

ガイドスピリットのリーディング2回目を受けていただきまして、ありがとうございます(^^)。


>人間関係においても、優先順位のこととは違うのですが、
>みんなに同じ態度で接するのが好ましいと思っていたので、常に消耗しきっていました。

そうですね・・・、そのほうが、公平で望ましいと思って、逆に消耗していたり、相手に誤解されたりしている人は、少なくないようです(^^;)。

皆に、公平にすることが悪いわけではないのですが、それは「何のために、そうするのか」という、自分の動機を改めて考えてみるとよいかもしれないですね。「公平にする」というのは、手段ですから、それをすることで、自分はどんな目的を達したいと思っているのか、という点を、考えてみると、見えてくるものがあると思います。

投稿: リカコ | 2012年6月30日 (土) 20時01分

リカコさま

アドバイスありがとうございます(^O^)

目的を考えながら行動することは大事ですね。
いつの間にか手段が目的になっていたりすることも
あるので(^_^;)
少しでも考えを掘り下げていく癖付けをしていくと
いろんなことがもっと明確に見えてくるのかなと
感じました。

色々ありがとうございました(*^。^*)

投稿: ルー | 2012年6月30日 (土) 20時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« その出来事は、自分が気づくために、用意されたもの(事例)。 | トップページ | 「いつも、お腹を引っ込めている」人は、過剰な緊張状態を招いていることもある。 »