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2012年6月の8件の記事

2012年6月28日 (木)

その出来事は、自分が気づくために、用意されたもの(事例)。

この世で起こる出来事には、必ず、何らかの意味があって、自分が関わる出来事は、すべて、「自分が学ぶためや、成長するために」、起こっている、と考えられます。

学ぶ、成長する、という目的に含まれる範囲はとても幅ひろく、自覚できるものもあれば、自覚しにくいものも、あるかもしれません。

また、意味がある、といっても、とりわけ重要な意味を持つものもあれば、それほど重要ではない程度のものもあるので、「そういう仕組みがある」という理解はもっているほうがスムーズに学びが進むと思いますが、しかし、ひとつひとつの意味に、過剰にこだわらないことも大事です。

中には、「その人に、気づかせるための、きっかけ」に、起こる出来事、というのがあります。一見、苦難のような形をとって、そのことをきっかけとして、別の要素を考えてもらうために、展開する場合があるのです。

これは、つい先日の話なのですが、お仕事についてのご相談がありました。

長く働いてきた会社から、今の部署からの異動を求められているのだけれども、それは会社の都合であり、自分の都合としては、今のままの待遇が望ましい。会社からは、返答を迫られているかが、迷っている、ならば今お付き合いをしている相手と結婚しようか、とも思うけれども、踏み切れない気持ちもある。

というような内容でした。ちょっと端折って、内容も変えてありますが。

いつも書いていることですが、「どうしたらいいか、どちらがいいか」という質問に、後の方がズバリの答えを下さることはないので、分かる範囲でお伝えしたのですが、

「今のお仕事をどうするか、ということも大事だけれども、それとともに、結婚についてどうするのかを、ここで考えてほしい、ということなのではないでしょうか、そういうことでもなければ、改めて考えてみないことを、この機会に考えてみてほしい、という点も、含まれていると思われます」、的なことを、お伝えしたと思います。

その後、ご連絡をいただきまして、ご結婚について、パートナーの方とお話をして、少し、状況が前進したのだそうです。

そうしたら、会社から言われていた、お仕事の変更の話がなくなって、「今のままで」ということになったのだそうです(◎_◎)。

結果として、お仕事の形態は、自分にとって望ましいままとなり、結婚の件だけが、少し前進した、と。

これはもう、結婚について改めて考えてほしいための、必要な導きとして、その出来事が起こった、というのが、分かりやすいですよね。

ちなみに、リーディングの時点では、私は、このような結末になることを、まったく分かっていません。私は、その時点で分かることを、お伝えしたのみです。

そんな、ドラマチックな展開は、前もって人から聞くよりも、自分で経験して味わったほうが、インパクトが大きく、気づきに直結しますよね。

だから、私からお伝えする必要がないから、私へは、伝達がなされないのだと思います。私は、単に補助の役割で、メインは、ご本人ですからshine

この場合は、結果を知らないまま、それでも、自分を見つめ直して、今意識するほうがいいこと(この場合は、結婚)を考えていき、取り組んでいく、という一連の思考や行動のすべてが、成長のために、必要だったのでしょう。

そのとおりの行動をしたので、きっかけとなった出来事は、きっかけという役割を果たしたので、そこで消えた、のでしょうね。

こうして、私たちはいつも、導かれて、学ばされていて、そして、生かされているのですね。この世の出来事、そして、人生というのは、本当に、神秘の連続だと思います。

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2012年6月25日 (月)

改善や向上は、ゆっくりとなされていく。

より成長した自分になるために、たくさんの努力をしても、なかなか思うような成果が見て取れない場合があると思います。

こんなに頑張っているのに、なぜ、成果に繋がらないのだろう、と焦る気持ちが出てきたり、取り組む方法がふさわしくないのか、いや、そもそも目的が自分にあっていないのでは、と、不安になってくることもあるかもしれません。

そんなときに、自分に言い聞かせるとよいのは、「物事は、ゆっくりと進む」ということです。

改善や向上のための努力が、成果に繋がるのも、きっと、ゆっくりなのです。

種をまいても、すぐには花は咲かずに、育てるための手間と時間が掛かります。それと同じで、努力が、はっきりとした成果として実感できるまでには、時間が掛かることもあります。ただでさえ、自分のことは、実感しにくいものですから。

また、成果のあらわれ方は、どこかが伸びれば、他のどこかが引っ込んでいき・・・、その繰り返しにより、耐性がつき、全体が底上げされていくようになっています。

これらの底上げの幅は小さいものだったり、地味なものなので、分かりにくいものでもありますが、全体の耐性や底上げというのは、特定の要素だけにとどまらず、すべてに作用することを考えれば、長い目でみれば、とても大きなものを手に入れていることになります。

自分が注視している要素には目立った変化が現れていなくても、広い視野で考えれば、他のどこかには、予想外の部分で成果は出ていることもあります。そういうことも、楽しみにして、進んでいけばいいのではないでしょうか。

狭い範囲でとらえてしまうと、何も成果がないように誤解してしまい、努力を続けるためのモチベーションが保てなくなります。

成果や結果については、委ねる気持ちを持ち、いつか、花が咲くことを願い、焦らず、こだわりすぎずに、自分を高める努力を続けていきましょう。そして、思わぬ形で実りを得るというサプライズも、楽しんでいきましょう。

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2012年6月22日 (金)

人を受け入れられる度量が大きくなるほど、自分に有益な人も集まりやすい(波長の法則)

この世で作られる人間関係は、同じ要素を持つもの同士が引き寄せ合うという、「波長の法則」によって作られていきます。

・・・のはずなのに、なぜ、気が合わない人や、考え方が違いすぎる人、苦手なタイプと出会ったり、関わりをもったりしていくのか、矛盾しているじゃないか、と思う人がいるかもしれません。

しかし、波長の法則とは、同じ要素が「ほんの少しでも」備わっていれば、引き合う仕組みであり、「全面的に同じである必要はない」のです。それが、苦手な人とも、嫌いなタイプとも、関わりが作られてしまう理由です。

苦手な相手を、好きになる必要はなくても、苦手なままでも、(完全拒否ではなく)できるだけ受け入れていく、という形をとっていくと、人間関係が広がっていきます。

受け入れる、というのは、全許容することではなく、「相手には相手の価値観が在るのだろう(自分とは、違うが)」という点を、尊重することです。大賛成しなくても、別に全否定はしない、というスタンスでも十分です。

そうすると、自分の器が、大きくなっていきます。

苦手な人を排除して、自分を正当化するだけでは、「今の自分」の、器の範囲内で、(自分を正当化することの積み重ねによって)頑固になっていってしまい、外へ向かう広がりの力が働きません。

自分の器が広がらないわけですから、比例して、自分の波長の幅も広がらないことになります。

波長の幅が広がらなければ、新しい人との出会い、今まで関わったことのないような新しいタイプの人とも、出会う機会が少なくなっていきます。

逆に言えば、いろんな経験を通して、価値観の違う相手も、好きになるとはいわないまでも否定はしないという態度で、相手の個性を尊重していくようにすると、自分の人格という器が広がり、それにつれて、波長の幅も広がっていきますので、出会う人、引き合う人も、今までよりも、広がっていく可能性が出てくるのです。

自分にも、個性があり、好みがありますから、自分にとっての、ど真ん中の直球ストレートの位置、というのは、そうは変化しません。

けれど、「ストライクゾーン」というもう少し広い範囲で考えていけば、そのゾーンは、広げることはできると思うのです。それは、自分の受けとめられる度量と、比例していきます。

嫌いな人を受け入れたくないのは、そうすると、自分が我慢という損をして、相手が得をするじゃないか、という思いがあるため、だと思います。相手を受けいれれば、自分の価値観が正当化させず、相手の価値観を認めることになる、という思いもあるかもしれません。

しかし、広く他人を受け入れることで、得をするのは、相手だけではなく、自分も当てはまるのです。自分の波長の幅が広がり、今までとは違うタイプの人と知り合い、刺激を受けるための、器作りの準備だと考えてみてはどうでしょうか。

そして、相手を尊重したからといって、自分が正当化されない、などということはありません。価値観とは、個別のものであり、優劣が付けられるものではないですし、どちらかが正しく、もう一方が間違い、などという区分けはできないものだからです。

「器を一回り大きくする」というイメージを考えるとき、今ある器を、中心を固定したまま、上下左右に、一回り大きくするようなイメージで捉える人は多いと思います。

それはつまり、器を広げるというのは、特定の方向だけに広がるのではなく、全体的に大きくなるイメージですよね。それを、波長に当てはめて考えてみてください。

一部の方向を受け入れれば、例えば左側を今までよりも広くとっていくと、器全体として(左だけでなく)前後左右に、一回りの広がりが出るわけですから、今まで知り合うことがなかったタイプの人とも、知り合える可能性が広がります。

苦手な人を尊重する、受け入れる、というのは、言葉では簡単ですが、実際には感情が絡んでくるので、とてもとても大変です。

その、大変なことに取り組もうとする意欲をもっていき、成し遂げていけば、当然のことながら、自分が成長しますので、成長した分だけのメリットも、必ず与えられることになります。自分が一方的に我慢をするという、デメリットだけの関係はありません。

そういう考え方を持っていくと、苦手な関係にも、取り組んでみようという意欲をもつことができるのではないでしょうか。難しいことですが、少しずつ、自分のために、「広がり」を持たせていくように努力をしてみましょう。

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2012年6月21日 (木)

自分だけが苦労していて、他人が楽をしているように思えるときには。

世の中を見渡した際に、自分の年齢や立場が同じくらいの人と比較して、自分はとても苦労をしていて、他人はもっと楽に生きている、焦ることなく喜びや楽しさを味わいながら過ごしているように、感じてしまうことがあると思います。

特に、年齢が若いうち、人生の折り返し前では、そのような気持ちは大きくなるものです。

人生の後半になれば、苦労の経験が助けになることを、あらゆる場面で実感していくので、そのような気持ちは薄れていくものですが、若いうちは、なぜ、自分だけが、こんな目にあうのだろうか、という気持ちが、出てきてしまうもの、かもしれません。

しかし、実際には、世の中の誰もが、その人なりの苦労をしているわけで・・・、何の苦労もなく、楽しみだけの人生をおくっている人はいないものです。

他人のことは、そういう視点で考えにくいものですが、それが実情だと思います。

自分のしてきた苦労は、細部まで、もれなく知っています。

どんな小さな苦しみも、他人からは計り知れない深い部分も、陰で泣いていたことも、悔しさで眠れない日々も、自分が一番よく分かっています。

しかし、自分が、他人について知っているのは、ごく一部にすぎません。

他人が楽をしているように思えても、それは、「自分の目線で、相手をみたとき」に、そう感じる、ということであり、その人が、内心、どのくらいの比重で苦しいと感じているかは、本人にしか、分かりません。

そういう前提で、自分の苦労と、他人の苦労を比較すると、自分だけが大きな苦労をしていて、他人はそれほど苦労をしていないように思えても、実際のところは分からず・・・、「自分が苦労をしている」のは、そのとおりだとしても、「他人が楽をしている」とは、言い切れないものだと思います。

表面だけでは、分からないことがたくさんあります。華やかで楽しそうに見える人の心の内に、大きな苦しみが存在することもあるのです。

また、長い人生の、ほんの一時期は、苦労もなくて楽しみだけで過ごすことも出来るとしても、その時期を過ぎてから、苦難の学びをする場合もあります。

「部分」だけでは、なかなか計ることはできず、「全体」を見なければなりません。

そして、全体と全体で考えていけば、誰もが、その人の器においての学びをしているのが、この世という経験をしている、私たち人間の姿なのです。

そのように、スピリチュアリズムの仕組みを踏まえてとらえていくと、自分だけが割を食っている、という認識は薄れ、悔しさは、幾分、薄れていくのではないでしょうか。

人生の前半で、苦労をしておく、という経験は、それほど悪いことではありません。精神が鍛えられ、忍耐力を身につけ、自分が苦しい経験をすることで、他人の身になって思いやりを持つことができる、という、メリットもあるからです。

苦労の裏側には、必ず成長があります。逆に言えば、精神が成熟している人とは、その裏側に、苦労を糧とした経験がある、ということになります。

つまり、苦労というのは、自分のため、なのです。

苦労という経験を通して、大きく成長していくことができるからです。

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2012年6月17日 (日)

この不思議な出来事は、守護霊の働きかけかも?

私たちには、それぞれ、成長を見守り導いてくださる役割の、守護霊と呼ばれる存在がいます。

その方達は、基本、私たち人間の自主性を尊重して、成長を望んでいらっしゃいますので、何でもかんでも、私たちの願望を叶えたり、満たしたりするような手助けはしませんし、私たちに向けて、自分(守護霊)の存在を、ことさらにアピールするようなことも、通常はしないものです。

アピールをするとしたら、それは、「そうする必要性が高いとき」です。それはつまり、守護霊が働きかけをしていることを、自覚してもらうほうが、その人のこれからの成長に有意義になるケースです。

たとえば、危機を回避したときに、たまたま助かった、と思うよりも、これは不思議な巡り合わせで助かったとしか思えない、という認識のほうが、その人が、今後、さまざまなものに感謝して過ごしていけるようになることがあります。そういう場合には、意図的に、守護霊が、何らかの不思議な力が作用した、としか思えない、という状況を作り出すことで、存在をアピールしてくることもあります。

先日、ご相談者さまから、このようなお話をお聞きしました。

過去に、あるメール企画のオマケ?として、過去にペルーに生きていた、という霊からのメッセージを、全員共通のものとして差し上げたことがあります。

この方は、その内容がとても気に入って下さって、「とても役に立ったので、ペルーさんにも、リカコさんのほうから、お礼を伝えてくださいheart04」というメールをいただだきました。

それに対して私は、「あなたがご自分で、心の中でお礼をいえば、それはきっと伝わると思いますので、ご自分で、お伝えになってみてください」と、そのようなお返事を出したと思います。

実際に、あちらの世界は物理的な距離は関係がないので、心のエネルギーの伝達で伝わっていくものだからです。

それで、その当日に、寝ながら、心の中で、思いを伝える、という行動をとってみたそうです。

そしたら、そのお礼を言い終わった1~2分後に、寝室に、ビョイ~~ンnote と、ギターの音が鳴り響いたのだそうです\(◎o◎)/。

ベッドのそばには、ご主人のギターが、弦にピックをさしたままで、飾ってあったそうです。

ご主人も、その音で目を覚まし、電気を付けて確認したら、ピックが下に落ちていた、と。

「でも、ピックが下に落ちるという動作で、あんなに綺麗に音が鳴り響くものだろうか?」と、二人で、何度も、ピックを弦に挟んだままの状態から落としてみても、結果は、先ほど耳にしたような音とはほど遠いものだったそうです。

そのときは、意識していなかったのだけれども、後で考えてみると、それは、ペルーの方が、「ちゃんと、届いたよ~shine」と、合図をしてくれたのではないかと思った、と。

ペルーにも、ギターのような弦楽器で有名なものがあるらしいので、そのアピールをしてくれたのではないかと思った、と、ご連絡をくださいました(^^)。

きっと、ペルーの霊か、または、その方の守護霊かのどちらかが、「あなたの真摯な思いは伝わったよ」、という合図bellを、してくださったのだと、私もそう思います。

守護霊の方達は、必要のあるときには、そうとわかるようなアピールをしてくださることもあります。しかし、通常は、私たち人間の自主性を尊重してくださっていますので、過剰な働きかけをしてこないことが普通ですし、それが逆に、愛の深さを現しています。

上記のような出来事は、いつでもは起こりません。守護霊やスピリチュアルに依存せず、自立心をもった上で、自分のやるべきことをきちんとやっている、そういうときに、もたらされる、後押しの合図だと思います。

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2012年6月14日 (木)

「影響を受けやすいタイプ」の、影響を受ける「仕組み」。

スピリチュアリズムに関心が高い人の中には、他人の感情に同調してしまう、エネルギー的影響を受けやすい、霊に感化しやすいなどの、繊細で敏感なタイプ、いわゆる憑依体質タイプの方が、少なくないものです。

そういう方達は、「自分が影響を受けやすい」という点に意識が過剰に向いてしまうために、おなじ要素のもの同士が引き寄せ合うという、「波長の法則」を、軽く捉えていて、自分の中にもおなじ要素があるからこそ、影響を受けてしまう、という仕組みを、忘れがちになります。

どんな場合でも、(影響を受けやすいタイプであろうと、そうでなかろうと)、波長の法則は、関係します。 自分の中に備えている要素が、外からの同様の要素を引き寄せる原因になるのであり、自分の中にないものが、外から一方的に加えられることはありません。

「影響を受けやすい性質の人」が存在することは確かなのですが、しかし、影響を受けやすければ、何の規則性の法則性もなく、どんどん一方的に影響を受けまくるかのような理解は、正しくありません。

自分には思い当たるところがないのに、影響を受けてしまったら、これは自分が影響を受けやすい性質であるせいだ、と思いたくなりますが、しかし、実際には、自分の中にも、気づかないところで、少しくらいは、それを引き寄せてしまう、おなじ要素が存在しています。

影響を受ける、というのは、「自分の持っている、味噌汁が入った鍋の中に、外から、同様に味噌汁が足されてしまう」ようなもので、「空の鍋の中に、一方的に味噌汁を入れられてしまう」ことはありません。

性質的に、影響を受けやすい、というのは、おなじものが引き合うという、波長の法則とは無関係の要素として作用するという意味ではありません。どんな場合でも、必ず、波長の法則は基本原則として作用します。

理解しやすさのために、数値化してみると、仮に、自分の味噌汁の鍋に、もとから入っている量と、同量が足されることが、平均だとしましょう。20mlあれば、外からも20ml引き寄せてしまうものだとします。

そうすると、影響を受けやすい人は、20mlのところに、外から50mlが、足されてしまうことがある、とか、自分でも気づかないくらいの、5mlしかないところに、20mlの影響を受けてしまいます。

それらの、影響のされやすいさの「度合い」が大きいことを、影響を受けやすいタイプである、などと表現するのであり、その性質を持っている人は、波長の法則を無視して、空の鍋に味噌汁が足されてしまう、ということではありません。この点を、誤解しないことは大切です。

多くの人が、この点をきちんと理解していなくて、自分が一方的に影響を受ける被害者で、影響を与えた人が加害者であるかのような、捉え方をしてしまうことで、(きちんと問題点を見据えていなくて、焦点がずれているので)出口を見えにくくしてしまっているように思います。

では、自分の中に、ほんの少しでも、その要素が存在すれば、おなじものを引き寄せて、影響されまくるしかないのか、というと、そこも違います。

結局、外から味噌汁が足されてしまうのは、自分の「鍋のフタが、開いているから」です。きちんとフタを閉めていれば、それでも、影響をゼロにすることはできないにしても、振りまわされるほどの強い影響を、受けてしまうことはまずない、と言えるでしょう。

「影響を受けやすい人」というのは、生まれつき備えている鍋が大きいことが理由となっているケースもないわけではないですが・・・、そのほとんどは、鍋のフタが無防備になっていること、無防備になりやすいことが、その受けやすさを底上げしています。

無防備に開きやすいフタになっている、ということは、自分のどこかに不安定さやアンバランスさがあるからこそであり、または、主体性が十分でないことでもあり・・・、だからこそ、波長を上げましょうとか、自分を見つめ直しましょうとかの、基本的な考え方が最も有効な改善方法となっていくわけです。

けれども、それらの理解が十分ではない人は、自分が被害者であり、自分には悪いところはなにもない、と、どこかで思っていて、影響を受けやすい体質である、という、その表現だけにとらわれていて、基本的な考え方からのアドバイスが、上辺のきれい事で、建前で・・・、自分が聞きたいのはそんなことじゃない、とばかりに、軽く扱ってしまうから、いつまでも状況が改善しないまま、振りまわされることになります。

改善するためには、または、その、影響を受けやすい性質を活かして、望ましいものの影響を受けていくなどの工夫をするためにも、仕組みを含めた、正しい理解が大切です。そこがズレてしまうと、解釈も、応用も、工夫も、改善方法の模索も、全部がずれてしまいます。

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2012年6月13日 (水)

過去の行動を取り消したいとき。

過去の自分の行動を、大人になった今、とても後悔して、なぜ、あんな行動をとったのだろう、もっと相手の気持ちを考えて言えばよかった、できることなら、あのときの行動を消し去りたい、と、思うことが、あるかもしれません。

それは、過去と比較して、今の自分が、成長したからこその思いです。成長していなければ、すべての自分の行動を正当化したまま、相手がすべて悪いと思い込み、後悔することはないはずだからです。

それだけ、自分が成長している、という点では、自分を褒めてあげていいでしょう。

しかし、成長していき、感性の器が深くなればなるほどに、過去の幼い自分の言動について、あんなことをしなければよかった、という後悔の思いが、より強く出てきてしまうものでもあります。

自分の過去を振り返り、分析していくという行為は、より成長した自分になるために、とても有意義なプロセスのひとつです。

思い出して、後悔して、傷つくこともあるけれども、それを乗り越えて前進していくときには、「あの経験への後悔があるからこそ、今を大事にできる」という気持ちになることもできますので、過去のすべてが力になっていきます。

自分がとった行動には、自分が責任を持たなければなりません。すべてが、今の自分をつくっている積み重ねとなっているわけで、過去の行動を、なかったことにする、消し去って無にすることは、出来ません。

しかし、「その分を補ってあまりあるほどに、取り返すくらいの気持ちで、これからの毎日の中で努力をする」ことならば出来ます。

さらには、過去を反省して、自分を見つめ直していくことも、良いエネルギーを循環していくことに繋がります。自分の考え方という土台が変わることは、それ以降のすべての言動に、影響を及ぼしていくからです。

ただし、上辺だけ、言葉だけの反省では、あまり意味がありません。心からの反省と、その反省に基づいた、自分の生きる姿勢の変化あがってこそ、よいエネルギーが作られていくようになります。

「過去を消し去ることは出来ないけれども、それを補って余りあるような、新しい行動や努力をすることはできる」のですが、しかし、新しい行動といっても、具体的に何をしたらいいのか、直ぐには思い浮かばない人もいるでしょう。

または、頭では理解できても、心が自分の過去にとらわれて、区切りを付けることが難しく、気持ちを切り換えることが難しい場合もあるかもしれません。

そういうときには、まずは、手っ取り早く、「一般的に、良いとされている行動」「分かりやすい形での、善行」を行っていき、自分の気持ちの上で、一区切りつけていく行動をお勧めします。

たとえば、慈善団体に寄付をするとか、ボランティアをするなどの行為をしていくのです。

誤解していただきたくないのですが、そういう行為をすれば、過去が帳消しになる、という意味ではないです。それさえやっておけば、マイナスが埋まって、補えるからそれでOK,ということでもありません。そういう、浅い理解はしないようにお願いします。

心からの深い思いと、前向きな気持ちをもって、それらの行動に取り組めたらベストなのですが(思いも、エネルギーなので)、しかし、仮に、思いが付いていかない形だけの行動の場合でも、行動をした、というエネルギーは、作られていきます。しないよりは、するほうが、ずっといいのです。

そうすれば、過去を取り消すことはできませんが、少なくとも、プラスを積み重ねる行為にはなっていますので、自分の心のバランスが取りやすくなり、過去にとらわれる思いも軽減し、より、自分を高める努力をしていけるようになると思います。

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2012年6月 1日 (金)

憑依体質の人は、顔が変わりやすい?

憑依体質、霊媒体質の人は、その時々で、いろんなエネルギーやら霊やらに感化しやすいので、「その時々で、顔が、変わりやすい」という特徴が、表れることがあります。

成長とともに顔が変わっていく度合いが大きい、とかの意味ではなくて、本当にその都度、昨日と今日、とか、さっきと今、のような、瞬間的な変化が出やすいのです。

そういうタイプの人は、自分の状態が整っていくこと、たとえば、エステや整体やカイロプラクティックなどで、(顔のお手入れをされたか、否かとは関係なく)、手入れをされた後の、顔の変化が顕著に表れやすいと思います。

以前にも何度か書いているとおり、体のケアをすると、それにつれて、不要なエネルギーが自分から抜けていく、という二次的な効果があるので、とくに憑依体質の人にとってはその変化というか、使用前、使用後(?)の落差が大きいので、顔が違ってみえる(くらいに、変わる)ことがあるのです。

役者さんなどの芸能人も、平均以上に霊感が強い人は多いものです。霊感と芸術センスというのは、とても似ている資質なので、それも当然、といえるでしょう。

役者さんが、いろんな役柄を演じる都度、その役柄にあった顔になるのは、衣装やメイクで変化を付けているだけが理由ではなく、その役柄に同調していたり、ふさわしいエネルギーに感化していることが、影響していると思われます。

私自身も、とても顔が変わりやすいです。対面セッションの時にご相談者さまから、よく言われたのが、「話をしているうちに、リカコさんの顔が、だんだん、自分の顔に見えてくる」、というようなことです。

セッションのときは、ご相談者さまに同調するというか、波長を合わせていくことで、いろんなことを把握しますし、後の方にも波長を合わせていくので、自然と、その方のエネルギーに、私が感化していきます。そうすると、ある種の憑依状態にもなりますので、その影響が、顔に表れて行くのだと思います。

後の方も、広い意味でいえば、「自分自身」でもありますので、どことなく親近感があるような、似たような雰囲気を持っていますから、そのエネルギーを媒介している私に、「自分と、似ている」ように、感じるのは当然で、そして、私は、とても顔が変わりやすいタイプなので、その影響がわかりやすいのでしょう。

このような影響というのは、ネガティブなほうの感化にも表れます。ご相談いただく方の大部分は、悩んでいて苦しくて苦しくて・・・という状態に置かれていらっしゃいますから、いろんな感情のエネルギーやら、未浄化霊の憑依やらで、いっぱいになっているケースも少なくありません。

そういうエネルギーも、被ってしまいますから・・・、というか、私が一部分、引き受けてしまうような形になっていきますので、そういうセッションの後は、鏡で自分をみると、鏡に映っている人がいったい誰だかわからない、というくらいに(笑)、顔が変わってしまうこともあります(^^;)。

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