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2012年5月 8日 (火)

まいた種が、自分の思うように咲かないのはなぜ?(カルマの法則)

スピリチュアリズムの大原則ともいえる、「カルマの法則」とは、自分のしたこと、行動、発言、思いのすべてが、良くも悪くも、すべて自分に返ってくる、という真理の法則です。

比喩を用いて、その仕組みを表現するならば、「自分の投げた石が、頭上に落ちる法則」とも言えますし、「自分のまいた種が、実る法則(結果として起こったことは、すべて、どこかで自分が原因となる種をまいている)」とも言えます。

自分に降りかかる出来事というのは、自分に必ず何かしら学ぶ要素があるため、であり、無作為に降りかかる災難はない、という仕組みがあるからこそ、私たちは、カルマの法則を元に、自分を省みることができます。そうして私たちは、何度も生まれ変わって、学びを続けています。

それがなければ、やりたい放題、やった者勝ち、になってしまい、自分を向上させることも、律することも難しくなってしまうでしょう。

この法則の仕組みを分かった上で、自分に起こった出来事や日常の様子を眺めていくと、無意識のうちに、種をまいていて・・・、それが実って出来事が起こったのだな、と、納得できることがいくつもあり、スピリチュアリズムへの理解を深めていくことができると思います。

けれど、その一方で、自分が意識的に、特定の種をまいたはずなのに、思うように実らない、という経験をすることもあると思います。

「自分は○○になりたいから、○○ができるように、○○に繋がる種をまこう」と、行動したことの成果や結果が、見えて来ない場合、です。

まいた種が、思うように咲かないのは、「土壌との兼ね合い」です。土壌とは、自分自身です。

自分自身という、個性や、そのときのコンディションなどが、大いに関係していますから、思う通りに咲かないことは、あり得るのです。

「あじさい」の花を考えてみればわかります。あじさいは、青くなったり、赤くなったり、いろんな色で咲きますが、あれらは、土壌がアルカリ性か、酸性か、どちらが強いかにより、出てくる色が変わってくる、といわれています。

それと同じで、まいた種が、決まったものであっても、その咲き方は、自分という土壌との掛け合わせですから・・・、思うとおりには咲かない場合もあるわけです。

ですから、カルマの法則とは「まいた種が、思うとおりに、実る」のではなく、「まいた種が、自分という土壌にもっともふさわしい形で、実る」法則、です。そこに、必ず、掛け合わせとなる「自分」、があります。

また、種がまかれて、実るまでの、時間、という問題もあります。すでに土壌が用意されていてこそ、種は成長し、実ることができますが、土壌が十分でなければ、種だけまいても、成長することができません。

そういう場合は、先にまかれた種が、土壌(=自分)の成熟を待っていて、それらのすべてのタイミングが整ったときに、実っていく、というプロセスを経ていくこともあるでしょう。あちらの世界には、こちらの世界のような、時間、というものがありませんから、どちらが先でも後でも、それほど関係はありません。

過去にまいた種が、いくつも先の生まれ変わった人生で、実りを迎えることも、可能性としては、あるのです。

これらを、「今回の人生」という限定された時期のうちの、さらに、「自分が、これくらいあれば実るだろう、と思う、短い時間」だけを抜き出して考えれば、まいた種が、作用しないように、思えてしまうかもしれませんが、

まいた種は、自分という土壌に、もっともふさわしい形で、その準備が整ったタイミングで、実る、という仕組みなのです。

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05.カルマの法則」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

現在、自分なりに精一杯努力してはいるものの、実績が出せず焦りを覚えています。
なかなか芽が出ないため自分のやり方に疑問を抱いてしまい、どう変われば良いのか自問自答し、絶えず模索している毎日です。
この努力は不毛なのかも、と思いながらも、引き続き努力し続けることが最善なのでしょうか?
いつか実ると希望を抱いて、日々、出来ることを頑張って行けば良いのでしょうか?

投稿: ともき | 2012年5月 8日 (火) 14時39分

*ともきさま

どうするのが最善か、というのは、その状況や方法との兼ね合いにより、答えは、変わってくると思いますので、一概には言えないものではないでしょうか。あなた様の状況や、努力の方法が分からない以上、どちらがいいのかは、何とも言えません・・・(^^;)。

この記事で書いていることは、とても幅広く大きな視点で見ている「世界地図」のようなものです。

世界地図には、すべてが含まれている、とはいえ、たとえば隣町まで出掛ける場合に、あまりに尺度の合わない広い地図を当てはめても、適切な助けにならず、大は小を兼ねる、とは、ならないこともあります。

個人的な問題を解決するための考え方としては、この記事よりも、別の、日常の実例等にそったもののほうが、当てはまるものがありそうに思います。

投稿: リカコ | 2012年5月 8日 (火) 15時00分

はじめまして。
初めてブログ拝見させて頂いています。

私は、2年前の夫の浮気で今も悩まされています。
夫も浮気相手も同じ職場であり、私の職場も隣にありますので、頻繁に相手の女性と対面します。
夫と女性はすでに過去の事としているようですが、私の気持ちは混沌としています。
女性を見る度に、憎しみや怒りといった感情が込み上げてきます。

「カルマの法則」ですが、自分がしたことは自分に返ってくる・・確かにそうだなと思いました。
というのも、恥ずかしながら、私も結婚前は不倫の経験があるからです。
ですので、自分がしたこと(不倫)が返っきた(夫に不倫された)と思いました。

私は、子供が生まれてから夫を構っていなかったので、その面でも自分にも非があると思い、また子供の為にも離婚は避けたいと思い、別れたという夫の言葉を信じ今に至っていますが、この2年間夫もですが、女性が何の制裁も受けず、のうのうと今まで同様同じ職場で働いていることが腹が立ち(夫は職場を辞められない(身内経営のため)、私がこんなに苦しい思いをしているのに・・というきもちで一杯です。
よく私の目の前に顔を出せる神経が分かりません。

私が制裁を与えなくても、カルマの法則で、その女性もいつしかは同じような苦しみを味わう日がくるのでしょうか。そうだと信じて自分の気持ちを慰め落ち着かせている日々です・・。

毎日毎日、恨み憎しみ怒りといった感情を持って生活をすることに疲れました。。
ストレスで体調を崩し、治療することになりました・・

悔しいという思いがあって、気持ちの収め方が分かりません。

自分がしたことは、自分がされて初めて知りました。当時の奥様のお気持ちなど察することができませんでしたし、浮気されて初めてこの辛さを知りました。
同じように相手の女性も私の気持ちなど分からないと思いますが。
何らかの天罰・制裁がくだって欲しいと望むこと自体馬鹿らしいことでしょうが望まずには気持ちのやり場がありません。

すみません、まとまりのない文章で気持ちのままコメントさせていただきました。。。

投稿: ひまわり | 2012年6月 6日 (水) 18時05分

*ひまわりさま

どこの時点で気づけるか、というのは個人差がありますよね、きっと。自分が同じ目にあって分かる場合もあれば、そうなる前に(別の何かの出来事を通して)分かる場合もあるでしょうし、

誰もが、大人になるほどに、過去への反省も含めて、より深く、いろんなことが分かるようになっていくのだと思います(^^)

投稿: リカコ | 2012年6月 8日 (金) 19時13分

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