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2012年5月26日 (土)

男性は、解決思考。

男性の思考回路というのは、物事を解決する、という前提で動いていく比率が、女性と比較して、かなり多いといえます。

女性は、特に意味のないストレス発散のための「おしゃべり」が大好きですが、男性は、そういう会話を嫌う人が多いですよね。そういう会話の中に置かれると、むしろ、ストレスを感じるのが男性です。

なぜなら、男性の受け止め方として、会話とは、必要があるからこそ、するもの、という前提があるのです。話し合うことで、問題が解決するとか、事態が前進するとか、誰かのために役立つとか、相手を理解するため、とか、そのような目的があって、目的を成し遂げるための手段として、会話があります。

一方、女性は、その時々の、自分の思いや感情を動機として、行動する比率は、男性よりもずっと高い、といえるでしょう。

男性は、裏の裏の裏を読んで・・・とか、複雑な解釈の仕方を、あまり好まないし、実際、そういう思考をしない人も多いです。女性は逆で、きっとこう思われているかも、とか、こんな態度をすれば、相手がこのように受けとめるに違いない、などと、複雑に考えていくことが少なくありません。

なぜ、男性が、女性のように、裏の裏の・・・と、複雑に考えたりしないか、というと、男性は、「解決思考」だから、です。深読みを重ねれば重ねるほど、思考がどんどん複雑化され、それにつれて状況も複雑化していく可能性は高いわけで、スムーズな解決を遠のかせること、だからです。

男性が、複雑な裏読みの思考を「できない」わけでは、なくて、思考の習慣として、(わざわざ、解決を遠のかせるようなことを)しないことが多い、のです。

女性が、共感してほしかったり、慰めてほしかったりの目的で、男性に愚痴を言うと、反応が、思っていたものと違って、「そういう場合は、もっとこうしたら?」とアドバイスめいたものになったり、または、不愉快そうな態度をされてしまい、理解を得られないことが多いのは、その感覚の差、なんですね。

男性からすれば、(女性は)解決したくて、その話題を投げかけているのかと受け取るので、その場合は、解決のために、アドバイスをするのが親切であり相手がそうしてほしいのだろう、という考えから、そのような対応になるわけです。

または、「愚痴を言ったところで、問題の解決にはならないし、事態が前進するわけでもないだろうに」と思うと、不愉快そうな態度をされてしまうのでしょうね。

女性が、どうも相手の男性と、会話や、主張したいことがかみ合わない、と思うことがあったら、「男性とは、基本、思考回路が、解決思考である」という前提で、考えてみると、相手が何を主張したいのかが、分かっていくかもしれません。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

度々更新して下さり、読むのを楽しみにしています。
お怪我について、前向きに捉えてらして素晴らしいです。

解決思考、私達夫婦間は、男女で逆転しています(笑)

私はついつい、夫が楽になる最善の解決方法を…と考えてしまい、夫の愚痴に対し、ああすれば?こうしてみれば?と助言してしまい、「言うのは簡単だ」と言われます。

夫としては、ふんふん、大変ですね、と、イエスマンな感じでただ聞いて欲しいようです。

やはり世の中、女性脳の男性も居るという事でしょうか。

投稿: りぃ | 2012年5月29日 (火) 10時15分

*りぃさま

>やはり世の中、女性脳の男性も居るという事でしょうか。

それは、いるんじゃないでしょうか(^^)。男性が全員そうだ、女性の全員がそうだ、という断定の話をしているのではないですから。そういう傾向がある、というだけで、個性は人の数だけあると思います。

あくまで、この文章を読む限りでは、という解釈であり、実際のところはわかりませんが、

内容からすると、むしろ、私は、あなたが女性的な感覚で、ご主人が男性的な感覚を備えているようにも思えます。

男性が働いている世の中の仕組みは、自分の思いや行動だけで、変えたりするのは難しい部分がありますから、「言うのは簡単だ」というご主人様の台詞が正しいのであれば、もしかすると、あなたのおっしゃっているアドバイスは、現実の男性社会において、適していないこと、なのかもしれません。

ぱっぱっとひらめきで発言したり、アドバイスをしたり、というのは、どちらかといえば、女性に多い感覚、のようにも思います。


>夫としては、ふんふん、大変ですね、と、イエスマンな感じでただ聞いて欲しいようです。

「大変ですね」と、愚痴を聞いて、共感してほしい、という目的ならば、どちらかといえば、女性的な感覚だ、といえるかもしれません。

けれど、自分が発言することで、自分の思考を整理して、解決に導きたいので、話相手になってほしい、という目的ならば、解決を前提とする解決思考、かもしれません。

表面の行動だけでは、何ともいえないと思うのですよね。動機がどこにあるのか、という点により解釈も変わってきますねsun

投稿: リカコ | 2012年5月29日 (火) 12時56分

はじめまして。

別な件で知りたいことがあり、こちらのblogにたどり着きました。
いろいろなテーマの記事、とても興味深く拝読し参考になりました。

さて、このいわゆる女性脳と男性脳の違いというか、男性と女性の差異のお話は、
スピリチュアルというより心理学的に、しばしば前提として語られますよね。
でも、あくまでも、性格の傾向ということですよね?
…と、私自身は昔から、男女で分けて語られるたびに違和感を感じてきたので、そう思ってしまいます。
性別のない、たましいのままの視点が強いのかもしれません。

ただ個性としても、私は性別は女性ですが、この手の話になると、どうしても自分のタイプは、
相談された側としても、話を聞いてもらう側としても、解決思考であるのがわかります。
よって、特に女性の友人や家族に、よかれと思って建設的なシビアな提案をしたところ、
冷たい言われたり、感情的な反論をされるといった、思わぬ反応を返されてなんとも理不尽な思いをしたことは幾度もあり、
そのたびに信用できない!と感じるせいか、共感できる友人や、安心して深い話をする人は、男性が多いです。
(男性とは、普通に恋愛抜きで人間同士で話していますが、本当に、それが普通なものですから。)

逆に、女性らしいといわれる特徴の女性は苦手なのかもしれません。
なので、特に同性だからという理由で女性に対して男性より共感することもないため、
今は生きやすい環境の中にいますが、とにかく男性と女性、性別でくくりたがるような環境では、苦痛で窮屈で、自分は自分らしく生きられないです。
もちろん、女性だけでおしゃべりを楽しむ、いわゆる女子会みたいなつきあいは、苦手というより嫌いです(^_^;

ただ、だからといって、男性のほうが共感できる、ということでもなく、
世間的な男女観にとらわれた男性ほど嫌な存在もなく、
要するに、すべては個人差、たましいの個性ではないか…そう考えたほうが自然で皆が生きやすいのに、と思っています。
たましいに性別はない、スピリチュアリズムで言い切っているのを、初めて江原先生のご本で読んだときには、
本当に本当に心底うれしく、私の人生を肯定された気持ちになり、心強い味方を得た気持ちになりました!
私の心情や思考は、あまり肉体…現世の価値観の影響に染まっていないのか、
子供の頃からずっと、本当に、そう思ってきましたから。
そして、肉体の中にある心も本質はたましいだから、私たちは性別でくくられて語られるものではなく、すべては個人差なのだ、と。
だから、セクシャリティも人の数だけ多様なものがあっていいと思いますし、
普通に男女関係なく、(美輪明宏さんがおっしゃるような)よき人間同士として、性的な関係ではなく、
純粋に、互いの成長のためになるような楽しく切磋琢磨しあえる異性の友人関係が、あって当然と思いますし。
そういう物事が認められなければ、世の中おかしいと思っているのです。
でも、世の中には、たましいの目を忘れてしまった方々が多いのか、こうは思わない世界の人のほうが未だ多数のようで、
何かと恋愛や異性愛を特別視して、愛とは名ばかりの幼稚な嫉妬や独占欲で相手の成長を阻む関係も少なくはなく見られ…
普段は波長の法則で、自分の心のありよう、生き方が、おおむね許される場にいるのですが、
やはり時として、世間、現実の壁を目の当たりにすると、愕然として、無力感を感じていたたまれなくなります。
それでも、自分の信じるたましいの生き方を、可能な限り、現世で実践していきたく思っています。

とりとめもなくなり申し訳ありませんが、こちらのblog、良かったです。
(私も江原啓之先生のスピリチュアリズムを信頼していて、講座や本で学びました。)
それで、なんとなく日頃の思いを綴ってしまいました。
自分には、前世の縁をはっきり感じている、たましいの縁の強い方がいて、
そのソウルメイトと出会ってから、より一層、私の中のスピリチュアル的な世界への扉が開き、
人生はたましいの修業と解るような試練に鍛えられ、、それでもガイドの導きの有り難さ、不思議さや、たましいの世界の絶妙なはからいを、実感している日々です。
自身でも、必要なことは割と見えたり感じたり、メッセージを受け取ったりしていますが、
でもまだまだ、試行錯誤も多い未熟な者ですから(^_^;
より一層の客観性と広い視点のために、メール鑑定をお願いすることが、今後あるかもしれません。
その際は、どうかよろしくお願いいたします。

こちらでの出逢いに感謝いたします(^-^)

投稿: 茉莉彦 | 2012年6月16日 (土) 00時06分

*茉莉彦さま

>さて、このいわゆる女性脳と男性脳の違いというか、
>男性と女性の差異のお話は、
>スピリチュアルというより心理学的に、
>しばしば前提として語られますよね。
>でも、あくまでも、性格の傾向ということですよね?

たましいには、性別はありませんから、「男性とは」「女性とは」と、書いている時点で、それは性質上の傾向の話、というふうに、理解をしていただければと思います。

私たちは、本来はたましいの存在であり、たましいに性別はありませんが、しかし、人間という肉体をもった存在として、決まった性別を生きて、今回の人生を学んでいるわけですから、そこを理解していき、人間関係を通して、よい経験をしていこうと心掛けることは、スピリチュアリズムと、矛盾するわけではないと思います。

>よって、特に女性の友人や家族に、
>よかれと思って建設的なシビアな提案をしたところ、
>冷たい言われたり、感情的な反論をされるといった、
>思わぬ反応を返されてなんとも理不尽な思いをしたことは幾度もあり、
>そのたびに信用できない!と感じるせいか、

自分がよかれと思って行動しても、相手の意向に合わないことは、在ると思います。相手を察して、行動していくことも、自分を成長させるための学びの一つだと思います。自分がどんな動機で行動しようと、相手の感情や反応は、自分がコントロールできるものではないですよね。中には、善意が通じない、という、そういうこともありますよね。

>今は生きやすい環境の中にいますが、
>とにかく男性と女性、性別でくくりたがるような環境では、
>苦痛で窮屈で、自分は自分らしく生きられないです。
男性、女性、という性別のくくりが、苦手なのであれば、それこそ「たましいの個性」を基準にして、それぞれの個人、として、付き合っていくのがいいと思います。


>要するに、すべては個人差、たましいの個性ではないか…
>そう考えたほうが自然で皆が生きやすいのに、と思っています。

それは、そのとおりですね(^^)。でも、そう考えるならば、あなたも、その女性に対して、その女性の個人差をとらえて、よかれと思って現実的なシビアな意見を言っても、それを受け入れるようなタイプではない、という、その女性の個性を、考えていくことも心掛けたほうが、なおよいとおもいます。

すべては個性で、個人差、というのは、自分の思い通りにして、我を主張するためのものではないですよね。もちろん、あなたもそういう意味で、使っているのではないと思いますが、

この世は、いろんな個性の人がいて、とっても一般的な意味での女性的な性格の人というのも、個性のひとつなわけで、それが没個性なわけではないので、

いろんな人がいて、それぞれの個性が違って、だからトラブルもあれば、感情のいざこざも、苦しさもあるけれども、その中で、学んでいき、自分を成長させていくのが、私たちがこの世で生きている意味であり、その学びを助けていくのが、スピリチュアリズム、だと、私は思っています。


>でも、世の中には、たましいの目を忘れてしまった方々が多いのか、
>こうは思わない世界の人のほうが未だ多数のようで、

確かに、中には、そういう人もいるかもしれませんが、それもまた、その人の学びであり、その時点での個性である、とは、認めることは難しいでしょうか。

>何かと恋愛や異性愛を特別視して、愛とは名ばかりの幼稚な
>嫉妬や独占欲で相手の成長を阻む関係も少なくはなく見られ…

どんな恋愛をしようと、それは、その人の自由ですよ。嫉妬であろうと、独占欲であろうと、相手の成長を阻むのでれば、それは、相手も波長の法則で引き合っているのだから、相手にも原因はあるわけで、おなじ波長の人同士が、学び合っている一形態だと思います。

>やはり時として、世間、現実の壁を目の当たりにすると、
>愕然として、無力感を感じていたたまれなくなります。
>それでも、自分の信じるたましいの生き方を、
>可能な限り、現世で実践していきたく思っています。

自分の信念にしたがって生きる、という姿勢は、素晴らしいことだと思います(^^)。自分の人生は、自分がどのようにいきるかを決めていく権利もあります。

同様に、他人にも、その人の信念にしたがって生きる権利があります。あなたからみて、低い価値観に見えてしまう人がいたとしても、その人はその人の個性という価値観で、生きていく自由がありますよね。

自分がそう生きたい、と思ったら、やはり、他人にも、そうする自由を認なければならないと思います。あなたが、自分らしく生きたいのと同じように、他人も、その人の価値観で、自分らしく生きたい、と思っているものではないでしょうか(^^)

あなたが、他人の個性を、性別を超えたところで認めて行く世の中であるのが望ましい、と理想を持つならば、まずは、あなた自身が、他人の個性、つまりあなたとはおなじにならない考えを持つことも含まれますが、そういう人達をも認めていくことから、始まるのだと思います。

せっかくコメントをいただいたのに、厳しい言い方になって申し訳ないのですが(^^;)、私は、自分の主張が正しくて、あなたが間違っている、というつもりはないのです。どちらが正しい間違い、ということではなく、その解釈の差もまた、わたしとあなたの個人差、個性の差、なのだと思っています。

そのことを前提とした上で、もしも、私がお伝えしたことに中から、あなたが、何かひとつでも、参考になることがあれば、それはとても良かったと思いますし、

もしも、まったく参考になることもなく、せっかくコメントしたというのに、自分の意見を否定されたような書き方をされて、不愉快になった、と思うのであれば、それもまたあなたの自由であり、しかし、そういう気持ちになるコメントを差し上げたことはお詫び申し上げますm(_ _)m。


投稿: リカコ | 2012年6月16日 (土) 12時02分

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