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2012年5月15日 (火)

「相手から、自分がどう見られているか」を、気にしないほうがいいのか?

人間関係がうまくいかないのは、相手の立場や意向を察する感覚が磨かれていないため、という理由であることが、少なくありません。相手が、自分についてどう思っているかを、想像しながら振る舞っていくことは、スムーズな付き合いのために有効な方法である、といえるでしょう。

人間関係とは、自分と相手との「間」に作られるものですから、自分だけの一方的な目線でとらえるよりも、相手の目線も想像して、双方から捉えていくほうが、よい関係をつくっていくことができます。

「相手から、自分がどう見られるかを、気にしすぎるのはよくない」、とは、よく耳にする考え方のひとつですが、このことの捉え方を、拡大解釈をして、何でも一律当てはめてしまわないように、注意が必要です。

たとえば、「相手のことを察することが出来る人」が、自分の主張を差し置き、相手からどう見られるか「だけ」を気にしてしまう場合には、確かに、気にしすぎはよくない、と思います。

または、まったく自分の考え方がなくて、相手の意向で自分のすべてを計ろうとするような、主体性のないタイプには、自分の考えを持ちなさい、という意味では、当てはまることもあるでしょう。

けれど、そのような、両極端に当てはまる人は、ごく少数だと思います。実際には、その中間に位置する人達がほとんどです。

どんなことにも言えますが、極端になるのは良くない場合でも、適度にそれを身につけることまでが悪いとか、不都合、ということではないはずです。

相手からどう見られるか「だけ」を気にしすぎるのは良くないとしても、まったく相手のことを気にしないとか、自分の目線だけでいい、とは、なりません。

とくに、「相手の意向を想像したり、察したりすることが苦手な人」は、ある程度は、相手のことを想像して、相手が自分をどう思っているか、という、相手目線の感覚を身につけることも、人間関係をスムーズにしていき、自分が助かると思います。

つまり、察することが出来ていない人に対して、「相手からどう見られているかを気にするな」というアドバイスは、ズバリとは当てはまらないこともあるのです。

言葉や文字の表現というのは、受け取り方次第で、どのようにでも受け取れてしまいます。その意味するところが、正しいものであっても、極端な受け取り方をしたり、自分を正当化するための一方的な自分目線での解釈は、成長を妨げてしまうこともあります。解釈の仕方というのは、どんな前提があるか、により、幾らでも変わってきてしまいます。

前提というのは、この場合でいえば、「相手がどう見ているかを、気にする」以前に、そもそも、自分は、相手を察することができているか、という点です。それができていてこそ、自分を差し置き、相手の意向だけを過剰に意識することはやめる、という、ちょうどよいバランスを保つための、アドバイスと成り得ます。

相手を察することが出来ていない場合は、まずは、そこから意識していくことが、人間関係をうまくやっていくには大切で・・・、そのためには、相手がどう思っているか、という、考え方そのものを、自分に取り入れていくほうが、良い関係をつくっていくための助けとなることもあるのです。

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11.家族、恋愛、人間関係」カテゴリの記事

コメント

他人がどう見るか…の視線がエゴからくるものの場合もありますよね。
そんな方はやはり他人や自分が理解できてない方なのかもしれませんが、理解をしていない方に理解をしていく努力を…というのも難しいです…本人は優しさのつもりなんでしょうが、話を聞いたりしていると、エゴなのでは…と思う場合があります。なぜそう思うかというと、最終的に優しさをかけた相手が、自分の思いや期待に応える事ができていないと、怒ったりするからです…。
そんな方に先手として、他人を気にしすぎない様に…とアドレスするのは間違いでしょうか。

投稿: はすみ | 2012年5月15日 (火) 12時40分

*はすみさま

どんなことも、○か×か、という、唯一無二の判断はできません。あなたが、先手として、その表現を使ってアドバイスすることは、あなたの自由です。あなたの行動は、あなたが自由に決める権利があるからです。

けれど、そのアドバイスを、相手がどう受けとめるか、あなたの意図が相手に反映するか、というのは、相手が決めることであり、あなたが思い通りにすることはできません。言いたいことを、そのとおりに、受けとめてもらえない場合も、あるかもしれません(^^;)。

それでも、相手のために、アドバイスが必要だ、と思うならば、それは、ご自分の判断で、ご自分の責任で行うことで、その行動について、第三者が○か×かの判定をすることはできないものではないでしょうか。

投稿: リカコ | 2012年5月15日 (火) 13時31分

そうですね、ふと忘れてしまってました。
他人の考え方や受け取り方を変える事はできませんもんね、うっかりです。自分が気付いて相手の為にアドバイスが必要と思えば、相手の事を思って応えていけば良いですもんね。
ありがとうございました。
察して行動するというのは、難しいですね。

投稿: はすみ | 2012年5月15日 (火) 14時12分

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