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2012年4月 7日 (土)

感受性だけが強すぎる人は、会話が苦手になることがある(1)。

感受性とは、外からの感覚的、もしくは感情的な要素を、キャッチする力のことです。誰にでも備わっていて、感受性がゼロの人はいませんが、備わり方には個人差があります。

平均よりも、とても強い感受性を持っている人は、ときに、会話や人間関係がうまくいかないという悩みを抱えてしまうことがあります。

一般に、感受性が強い人は、ちょっとしたことで泣き出すなど、皆と温度差ある反応の仕方をしたり、会話がテンポよく弾まないなどの特徴を持つ人が多いことは、なんとなく経験から分かっていても、では、なぜ、感受性が高い人が、会話がうまく繋がらなかったり弾まなかったりするのか、という、仕組みについては、分かっていない人も多いのではないかと思います。もしかしたら、感受性が強いご本人にも、分かってないケースがあるかもしれません。

今回は、そのことについて、書いてみたいと思います。

感じる力が強すぎると、それ(感じ取ったこと)を、どのように言葉に置き換えて伝えるか、という、言語変換力が働きにくくなることがあります

たとえば、とってもとっても嬉しいことがあったとき、その心境を人に伝えようとしても、ぴったりと当てはまる表現が見つからなくて難しい、という場合があると思います。嬉しい場面に限らず、複雑な心境のときなども、この気持ちを、どう言葉にしていいかわからない、という場合もありますよね。

そのような、たまに起こる、感情や思いを、言葉にするのが難しい、というこの状況こそが、感受性が強すぎる人が、うまく言葉を見つけられない状況に近いのです。それが、とても頻繁に、その人の内部では起こっているので、言葉につまってしまったり、はっきりしない表現になってしまい、誤解されたり、否定されたりしてしまうこともでてきてしまいます。

思う、と、感じる、は、あまり厳密に区分けをされずに日常会話で使われることが多いですが、思うとは、「思うこと」、だし、感じるは、「感じること」、です。「そう思った」のと、「そう感じた」の間には、それほど大きな違いはありませんが、「嫌だと思った」のと「嫌だ、と感じた」のでは、なんとなくニュアンスに違いがあり、感情や体感を伴います。

思考というのは、「思」という漢字を使うことから、思いにより為されることであるのがわかります。感じる、だけでは、それがイコール思考には、繋がらないわけです。

多くの人にとって、感じたことを、言葉にするのが難しくないのは、「思う」と「感じる」の境目が、あいまいで、重なり合っているから、だといえるでしょう。

一般的な会話や言葉の意味として、そう思った、そう感じた、というのを、あまり厳密に分けずになんとなく使っていることも、それを示していると思います。

思うこと(思考)と、感じることが、一部重なり合っている感性を持っていれば、ごく自然に、感じたことを、思考につなげて、言葉に表す事は難しくはありません。

つまり、感じる力だけが極端に高いゆえに、「感じる」と「思う(思考)」の境目がくっきり際だっているようなもので・・・、言語への変換に時間が掛かってしまい、直ぐに言葉が浮かばないことがあるのです。

「感じる」ことは、文字通り、「感じる」のであって、それは「思う」こととは(その人にとっては)別であって・・・、感じたことを、思考につなげて、言葉にするのは、自然にはなされず、意図的に、そうしよう、というプロセスがいる場合があるのです。

が、上記のような仕組みの自覚があれば意図はできますが、ふつうは、そこまでは自覚できませんから、なぜ、そうなってしまうのか分からず、自信が持てなくなったり、発言をするのが怖くなったりして、スムーズな表現がますます出来にくくなってしまうのです。

>(2)に続きます。

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10.考え方、感情」カテゴリの記事

コメント

初めまして。

偶々此方のブログを見つけて、よらせて頂きました。自分にぴったりで、少しの事で凄い泣きかたするし、映画や音楽、絵画を見てても、心でいいと感じるから、何がどう良かったのか聞かれると困ってしまいます。馬鹿なのか?って悩んでいたし。相手の思考も手にとる様にわかるし、嫌な感じを受ける人がわかってしまうのも、感受性の強さ故なんですね。

投稿: しょごん | 2012年4月18日 (水) 11時37分

*しょごんさま

こちらに書いてあることに当てはまるのですね。その感受性を保ちつつ、思考のほうにうまくつなげていけるようになると、より毎日が充実していくようになると思います。

投稿: リカコ | 2012年4月18日 (水) 11時59分

はじめまして。
だいぶ昔の記事に失礼します。
僕は16歳のADHDで色々な物事について昔から凄い考えます。(今でも一日中何かしらについて考え続けてる)
そのおかげで数学と物理がとても得意になりました。
物事を考えるのは物理・数学だけでなく「対人関係や自分について」などに関してもとても深く考えてきました。
しかし昔から色々考えているのに、周りに伝えるのが苦手でした。考えてるときは頭の中で、ものすごく沢山のはっきりとしたイメージが作られています。しかし昔から誰かに考えを簡潔に伝えるのがとても苦手なのです。
コミュニケーション能力はとても高い方で、誰とでも積極的に話します。
何故喋るのが苦手なのにコミュニケーションを取れるのかというと、言葉を多く使って沢山喋るからで、そのため簡潔に話すことができません。つまり喋るのは苦手ですけど話すのは得意という事です。
とても苦しんでます。
何故自分は周りに比べてこれほどまでに喋るのが苦手なのかと悩んでいて、なんとなく自分でも気づいていたのですが、何処に相談していいのか分からずこの記事にたどり着きました。

ネットで全て相談しきれない事は分かっているので一つ質問します。
この記事のような内容を扱ってる(研究している
)のはどういう分野の学科ですか?
また僕のような人は何処へ相談しに行けば良いですか?
ずっと悩んでいます、できれば回答お願いします。
最後まで長くまとまりのない文章を読んでいただきありがとうございますm(__)m

投稿: りゅーま | 2017年2月 2日 (木) 03時09分

りゅーま様

>この記事のような内容を扱ってる(研究している
)のはどういう分野の学科ですか?

この質問は、私は学問の専門家ではないのでお答えできないです。私はこれらのことを学問として学んで身につけたわけではないので、こうした分野の研究をどのような学科で行われているのかは、行われているのか、そうでないのかという点も含めて、把握しておりません。

ADHDであるということが、既に診断済みの
ことでしたら、そういうこと(研究や学科などというあなたの知りたいこと)も含めて、担当の医師の方におたずねになってみることはできないのでしょうか。それが知識を得るための近道であるように思います(^_^)。

私がお答えできるのは、スピリチュアリズムの分野についてのみとなりますのでお役にたてず申し訳ありません。

投稿: リカコ | 2017年2月 2日 (木) 11時55分

この記事を読んで、私が言葉に出来なかったことを代わりに言葉にしてくれたようなきがしました。
私がずっとわからなかった自分自身と繋がった気がします!
何か嫌なものを感じてるのに、何がそんなに嫌なのか聞かれても、言葉にすると薄っぺらくなって、なんだそんな事かよって相手も自分でも思ったりしてました。
でも嫌って感情はこんなにも強いのになんでこんなにも伝わらないんやろうって。
他の方のコメントも読ませていただいて、同じように思ってる人が他にもいて、自分だけじゃなくて安心しました。
ありがとうございます。

投稿: なっちゃん | 2017年3月 3日 (金) 11時40分

なっちゃん様

お互いの感じる度合いの差によって
受け止め方の深さや、
どんな感覚かというのが変わってきますから、

それぞれの違いがあることと
その違いによって、言葉への置きかえが
スムーズかそうでないかの差になることもあると、
頭でわかっておくと、
心に余裕がうまれます。

自分を知るということは、そういう意味でも役立ちますね!

投稿: リカコ | 2017年3月 3日 (金) 12時40分

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